Browse By

ポスト成長とは・意味

Image via Shutterstock

ポスト成長とは?

ポスト成長とは、国内総生産(GDP)で測られる経済成長の優先から、人間の幸福の向上と地球の限界への適合を重点に置くことへ転換した先の社会のあり方を示唆する概念である。

高所得国における継続的な経済成長は、環境的に持続可能でなく、社会的にも有益ではないかもしれないという懸念が高まっている。そこで、こうした懸念に応えて発展してきたのがポスト成長という概念だ。

ポスト成長では、GDPの増加という社会的な目標を、地球の限界内で人間の幸福を向上させるという目標に置き換えるなど、より持続可能で公平な社会を創造するために、経済成長の指標にとらわれない評価軸を持つことを提唱する。

また、ポスト成長の思想家の中には、現在の資本主義の枠組みを超え、成長や利益よりも、幸福や持続可能性を優先するオルタナティブな経済モデルを提案するなど、根本的な経済システムの変革が必要だと主張する人もいる。

ポスト成長の特徴

  • 焦点の転換
    ポスト成長は経済成長を第一目標とする従来の考え方からの脱却を求め、人間の幸福や社会的公正、環境の持続可能性を優先することを目指す。
  • 地球資源への認識
    ポスト成長は地球の資源と生態系の限界を認識することを求める。特に現在の生産・消費パターンの中で経済成長を続けることは環境悪化や生態系を損なう問題を引き起こすため、持続不可能であることを示唆している。
  • 幸福と公平性を重んじる
    ポスト成長は公平な方法で人間のニーズを満たすことを重視し、しばしば富と資源の再分配を提唱する。また、場所や社会経済的地位にかかわらず、誰もが基本的な資源や機会を利用できるようにすることを目指す。
  • 持続可能性を重んじる
    生産と消費においてより持続可能なあり方を目指す。これには、地域経済の支援、廃棄物の削減、再生可能エネルギーへの投資などが含まれる。

従来型の経済成長とポスト成長の違い

ポスト成長は経済成長そのものを否定するのではなく、「何を重視するか」が大きく異なる。

観点

従来型の経済成長 ポスト成長

経済の価値基準

効率性(より多く、より速く)を重視

充足(足るを知る)を重視

社会・生態への姿勢

搾取(人・資源の効率的使用を目指す)

再生(持続可能な循環を目指す)

配分のあり方

集約(富裕国・都市への集中)

分配(地産地消、公正な分配)

所有の形態

私的所有(多国籍企業や一部の富裕層)

コモンズ(共有財)

人と人との関係性

管理・主従(支配的関係)

ケア・助け合い(相互扶助的関係)

 

ポスト成長の背景にあるもの

ポスト成長の姿勢は、アメリカの環境科学者であるドネラ・H・メドウズ氏などが1972年に発表した『成長の限界(Limits to Growth)』に基づく。「成長の限界」とはすなわち、資源が有限で生態系が脆弱な地球上では、資源集約型の経済も人口も無限に成長することはできないことを表す。

1972年、ドネラ・H・メドウズ氏らは、世界の資源消費と生産を分析するコンピューターモデルを作成。この研究結果は地球の環境収容力を超えた資源利用について示した。この研究が『成長の限界』の基礎に位置付けられる。

同研究は、経済成長がある時点までは社会に利益をもたらし、発展途上国の生活水準を向上させるのに役立つが、ある閾値を超えると利益をもたらさないことを認めている。その数値については、1人当たりGDPが2万〜2万5,000ドル程度であることを示唆する研究もある(※)

このような研究では、ベースラインのGDPを超える成長は、人間のウェルビーイングにとって「収穫逓減 (しゅうかくていげん) 」をもたらすと論じている。収穫逓減とは、経済学において、あるレベルまで資源を投入すると出力が増加するが、ある点を超えると追加的な資源投入による出力増加が鈍化する、または逆に減少する状態を指す。つまり、ある程度以上投入しても、それに見合った成果が出なくなる状況を指す。

言い換えれば、基本的なニーズとそこそこの繁栄が確保されれば、GDPが増え続けても必ずしも人々がより幸福に、より健康になるとは限らないということだ。

※ リチャード・ウィルキンソンおよびケイト・ピケット『The Spirit Level: Why Greater Equality Makes Societies Stronger』

脱成長、そのほか似た用語との違い

ポスト成長と似た用語に「脱成長」がある。脱成長とは、社会全体におけるエネルギーや資源の使用量を計画的に減少させる政治的・経済的変革のことを指す。

ポスト成長は、この脱成長のほか、ドーナツ経済学やウェルビーイング経済学などの研究を包括する用語として機能する。

なお、ドーナツ経済学とウェルビーイング経済学は、人間の基本的欲求を満たし、惑星の境界線内で高いウェルビーイングを実現することを求めるもので、一般的にはその提案を現在の資本主義システムの中に位置付ける。

一方で脱成長は、資本主義システムに批判的な姿勢をとる。したがって、生態系への影響と不平等を大幅に削減し、ウェルビーイングを向上させるために、経済システムを計画的かつ民主的に変革する必要性を強調する。また、脱成長は、資源利用を大幅に削減する努力の結果として、GDPが低下する可能性が高いとみなす。

ポスト成長と脱成長は、現行の経済成長から距離をとる点において共通する。

ポスト成長は決して反進歩的ではない

しかし前述した通り、ポスト成長は経済成長そのものを否定するわけではない。ポスト成長は帰結としての経済成長の有無は考慮せずに、環境・社会面での目標を達成するための経済を目指す。また、経済成長の増減そのものは議論の対象としないが、雇用や年金、公的サービスなどが、経済成長の状態を問わず実施・改善されていくことを求める。

ポスト成長の考え方は、「より多く」を「より良く」と同一視せず、幸福度、公平性、持続可能性の向上という観点から進歩を再構想するものと言えるだろう。

ポスト成長の実践

ポスト成長に対する批判の一つに、ポスト成長の概念は実践というより理論、つまり現実世界の政策立案というよりは学術研究に偏っているというものがある。しかし、ポスト成長としてこれまでに提案されたものには、実際に実践されている、あるいは、少なくとも具体的に検討されているいくつかの事例がある。

新たな経済指標の模索

GDP以外の指標への重点の移行は、政府の予算編成や優先事項に政策的な影響を与えるものだが、多くの国や地域が成功指標として代替指標を採用している。

たとえば、ブータンの国民総幸福量(GNH)指数は、国民の幸福を生産よりも優先し、開発上の意思決定の指針として広く知られている。ニュージーランドは2019年にウェルビーイング予算を導入し、政府支出を社会・環境の改善に明確に振り向けた。同様に、スコットランド、アイスランド、ウェールズなどの国々は、ウェルビーイング経済同盟(Wellbeing Economy Alliance)に参加しており、成長後の社会経済成長と整合した目標を共有し、ガバナンスにおいて健康、教育、環境を優先している。

これらの取り組みは、GDP成長そのものを追求するのではなく、生活の質の指標を中心に政策を再構築するための第一歩といえよう。

新たな組織所有のかたち

ポスト成長は、経済における企業の役割と構造を再構築することを意味する。注目を集めている考え方の一つは、従来の株主利益最大化モデルから脱却した、スチュワード・オーナーシップだ。

スチュワード・オーナーシップとは、短期的な利益最大化よりも企業の使命と長期的な価値を優先するコーポレートガバナンスと所有権の構造を指す。

スチュワード・オーナーシップ企業は、従業員など企業に関わる人々が株式を所有し、長期的に企業のパーパス(存在目的)に資する経営を行う。また、この場合、利益と成長は最優先事項ではなく、企業の使命と長期的な健全性が意思決定の指針となる。加えて、利益は目的そのものではなく、企業とその目的を維持するための手段として扱われる。

たとえば、一部の企業は、リターンに上限を設けたり、利益の大部分を社会/環境目標に再投資したりしており、これはポスト成長の原則と一致するものだ。また、「トリプルボトムライン」(企業の活動を「経済的側面」「社会的側面」「環境的側面」の3つの軸で評価する考え方)の成果を追求する社会的企業、協同組合などもある。

豊かであることの意味を再考する

ポスト成長は、永続的な経済成長よりも人間の幸福と環境の健全性を優先し、より公正で持続可能な未来を求めるものである。この概念は私たちに、豊かであることの意味を再考させる。

ポスト成長は革新や繁栄を止めるという意味ではなく、むしろ、社会があらゆる犠牲を払って成長した後、何が待っているのかを問うものだ。消費を際限なく増やしたいという衝動を克服した先で、自然の再生速度を超えない範囲であらゆる命が繁栄するためにはどうすればいいのか──ポスト成長は、繁栄と生態系の調和を両立できる社会を創造する糸口を示している。

【参照サイト】​​Post-growth: the science of wellbeing within planetary boundaries – ScienceDirect.
【参照サイト】Post-growth: the science of wellbeing within planetary boundaries
【参照サイト】What is Post-Growth Economics? Rethinking Prosperity Beyond GDP Growth
【参照サイト】Growth, Degrowth or Post-growth? Towards a synthetic understanding of the growth debate – Forum for a New Economy
【参照サイト】「成長」優先から脱した、持続可能な食農システム構築への新たな提言 ~京都から発信する地球規模の環境、経済、社会問題解決に向けた青写真~ | 総合地球環境学研究所
【参照サイト】Growth, Degrowth or Post-growth? Towards a synthetic understanding of the growth debate – Forum for a New Economy
【参照サイト】What is degrowth, or post-growth?
【関連記事】脱成長とは何か。世界で広がる“成長神話”への懐疑

ポスト成長に関連する記事の一覧

 

FacebookX