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ステークホルダー資本主義とは・意味

ステークホルダー資本主義とは?

2020年1月のダボス会議(世界経済フォーラム)の主題となった、ステークホルダー資本主義。これは、企業は株主の利益を第一とすべしという従来の「株主資本主義」とは違い、企業が従業員や、取引先、顧客、地域社会といったあらゆるステークホルダーの利益に配慮すべきという考え方である。

具体的には、環境破壊の防止や、企業がオフィスを構える地域社会への投資、従業員への公正な賃金の支払い、労働者間の格差の是正、適切な納税などが求められている。

この言葉が広まったきっかけは、2019年8月にアメリカの大手企業で構成される非営利団体「ビジネス・ラウンドテーブル(※1)」が、格差拡大や短期的な利益志向などこれまでの株主資本主義の問題点を指摘し、あらゆるステークホルダーにコミットする旨の声明を発表したことだった。

これを受けて、1月のダボス会議では、新たにステークホルダー資本主義を提唱する「ダボス・マニフェスト2020(原文は1973年作成)」が作られたほか、以下の6つが重要項目として議題にあがった。

  1. エコロジー:気候変動のリスクに対処し、生物多様性を守る対策を林床や海底まで行き渡るように実施するため、いかにして企業を動かすか。
  2. 経済:長期債務の負担を取り除き、インクルージョンの水準をより上げられるようなペースで経済を機能させていくにはどうしたらよいのか。
  3. テクノロジー:第四次産業革命のテクノロジー展開について全世界的なコンセンサスを形成し、かつ「テクノロジー戦争」を回避するにはどうしたらよいのか。
  4. 社会:これからの10年間で10億人の人々にスキルを再習得させ、向上させるにはどうしたらよいのか。
  5. 地政学:世界各地の紛争解決のために、「ダボス精神」で橋をかけていくにはどうしたらよいのか。非公式会合で和解を促進していく。
  6. 産業:第四次産業革命で事業を推進していくためのモデル構築において企業を支援するにはどうしたらよいのか。政治的緊張に晒され、飛躍的なテクノロジーの変化やすべてのステークホルダーからの増大する期待に動かされる世界で、どのように企業のかじ取りを行っていくのか。

World Economic Forumより引用

ビジネス・ラウンドテーブルのジェイミー・ダイモン会長は「主要企業は、新たな資本主義の考え方が長期的に成功する唯一の方法であると考えているため、従業員や地域社会に投資しています。この原則は、経済界の揺るぎないコミットメントです。」と述べている。

※1 BRTとも呼ばれるビジネス・ラウンドテーブルは、米国の主要企業のCEOたちが名を連ねる財界ロビー団体。企業はステークホルダー資本主義だけでなく、パーパスの実現も目指すべきだとしている。

新たな資本主義が必要な理由

ステークホルダー資本主義が登場した背景として、これまでの資本主義のあり方への懸念があった。2017年には、60社を超えるS&P500の企業が、気象に起因する収益への悪影響を公表した。さらに、サプライチェーンの気候に関連する混乱は、2012年から2019年にかけて29%増加した。気候に関する規制は、 1997年に世界で72だったのに対して、2019年には1,500まで膨れ上がっている。また職場での差別、セクシャルハラスメント等の不祥事への対応リスクも明らかになった。

従来の株主資本主義では、「株主の利益の最大化」が最も重要なことだと位置づけられており、短期的な利益を出すために従業員や環境、地域社会に負荷をかけるケースが多くあった。「ドーナツ経済学」を提唱するイギリスの経済学者ケイト・ラワース氏も、社会は多くの課題を抱えており、企業は成長のあり方を見直すことが必要だとしている。

近年、環境や社会、ガバナンスに考慮するESG投資が盛んになってきており、投資家から企業への要請もあることから、今まさに新しい仕組みが模索されている。

関連する主要概念

ここではステークホルダー資本主義に関連する概念について説明する。

ステークホルダー理論

そもそも「ステークホルダー」とは何を指すのか。その鍵となるのがステークホルダー理論だ。ステークホルダー理論は、企業が株主だけでなく、従業員、顧客、地域社会など、すべての利害関係者の利益を考慮に入れるべきだと主張する理論である。この理論は、企業の意思決定が広範囲にわたる利害関係者に影響を与えることを認識し、それらの利害をバランス良く管理することを促す。ステークホルダー資本主義においては、この多角的なアプローチが中心となり、企業の持続可能性と長期的な成功を支える基盤になると考えられている。

企業の社会的責任(CSR)

企業の社会的責任(CSR)は、企業がその業務を通じて社会に対して持つ責任を意味している。環境保護、社会的公正、経済的貢献など、多岐にわたる活動が含まれる。ステークホルダー資本主義において、CSRは単にリスク管理や法令遵守を超え、企業が社会的価値を創造し、より広いコミュニティーに利益をもたらす手段として重視されている。このような取り組みは、企業のイメージの向上にもつながるとされており、ステークホルダーとの良好な関係を築く上で不可欠だ。

トリプルボトムライン

トリプルボトムラインは、企業が財務的成果のみならず、社会的、環境的な成果も同等に重視すべきだという考え方。具体的には「人、地球、利益」の三つの柱を評価基準とし、持続可能な経営を目指す。ステークホルダー資本主義では、この三方面のバランスを取ることが重要視され、企業が取るべき行動の指針となっている。このアプローチにより、短期的な利益追求に偏ることなく、長期的な企業価値と社会的利益の両立を目指すことができる。

重要人物とその貢献

R.エドワード・フリーマン

R.エドワード・フリーマンは、ステークホルダー理論の父として広く認識されている。彼の1984年の著書『Strategic Management: A Stakeholder Approach』において、フリーマンは企業がその利益を追求する過程で、株主だけでなく、従業員、顧客、サプライヤー、地域社会などの利害関係者すべてを考慮に入れるべきだと提唱した。このアプローチは、ビジネスと倫理が密接に関連しているという考えに基づいており、企業の意思決定プロセスにおける道徳的、倫理的責任を強調するものだった。フリーマンの理論は、企業が直面する多様な利害関係を管理するための枠組みを提供し、ステークホルダー資本主義の基盤を築く重要な役割を果たした。

クラウス・シュワブ

クラウス・シュワブは、世界経済フォーラムの創設者兼執行委員長として知られている。シュワブは「第四次産業革命」という概念を提唱し、技術革新が経済、社会、個人に与える影響を深く探求した。シュワブのビジョンには、企業が短期的な利益だけでなく、長期的な社会的な影響を考慮することが含まれており、これはステークホルダー資本主義の核心的な部分となっている。世界経済フォーラムのプラットフォームを通じて、彼は世界中のリーダーたちが集まり、グローバルな課題に対する協力的な解決策を模索する場を提供している。

ステークホルダー資本主義の実践例(国内外の企業)

ビジネス・ラウンドテーブルが2019年に発表した声明は、「顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったすべてのステークホルダーの利益のために会社を導くことをコミットする」という文言から始まる。それぞれのステークホルダーに対する宣言が記載され、米大手の経営者ら約180人が署名した。

同団体のメンバーには、Amazonや、Apple、Booking Holdings、General Motors、HP、IBM、Intel、JPMorgan Chase等、アメリカの名だたる大企業が揃っている。これらの大企業は、グローバル経済においても影響が大きいことから、今後はステークホルダー資本主義の考え方が世界中で浸透していくことが予想される。

またステークホルダー資本主義を実践した例がすでに多くある中で、特に注目されるのが下記の三つである。

1. Unilever(イギリス)

Unileverは「持続可能な生活計画」を2010年に開始。環境への影響を大幅に削減しながら経済的な成長を達成することを目指している。

具体的には、サプライチェーンの持続可能性を改善し、天然資源の効率的な利用、廃棄物の削減、持続可能な農業の推進などが行われている。さらに、Unileverは製品のパッケージングを減らすことによってプラスチック廃棄物を削減し、多くの製品でリサイクル可能な素材を使用。また、世界中の貧困層に教育や栄養、衛生の改善を提供するプログラムを実施しており、広範囲にわたるステークホルダーの生活向上に貢献することを目指している。

2. Patagonia(アメリカ)

Patagoniaは、境に対する強いコミットメントと持続可能なビジネスプラクティスで知られている。同社は、製品のライフサイクル全体にわたり環境への影響を最小限に抑えることを目指している。

例えば、「責任ある供給業者プログラム」を通じて、使用する原材料が環境に優しい条件下で生産されていることを確認。また、古い衣服のリサイクルプログラムを提供し、消費者が使用済みの製品を店舗に持ち込むことができるシステムを整えている。

さらに、利益の一部を環境保護団体に寄付するなど、社会全体への貢献にも積極的だ。これらの取り組みは、ステークホルダー資本主義の理念に深く根ざしており、企業が地球とその利害関係者のために長期的な価値を創造することを示している。

3. 日立製作所(日本)

日立製作所は、「社会イノベーション事業」として知られるビジネスモデルを通じてステークホルダー資本主義を推進している。このアプローチは、社会的な課題の解決をビジネスの機会と捉え、持続可能な社会の実現を目指すものだ。

日立は、環境技術やエネルギー効率の高い製品の開発に注力し、これらを世界中の市場に提供している。特に、「オムロン株式会社」との合弁である環境関連ビジネスや、データを活用した公共インフラの最適化などがある。また社員の多様性と包摂性を重視し、従業員の幸福度を高めるための様々なプログラムを実施しており、働き方改革や研修プログラムがその一例だ。

ステークホルダー資本主義への批判と課題

ステークホルダー資本主義は、このように多くの理想を追求するものであるが、その実践と理念に対する批判も少なくない。このアプローチが広がる中で、いくつかの重要な課題と批判が表面化している。

まず、ステークホルダー資本主義は、株主利益を最優先する従来の資本主義モデルとは異なり、従業員、顧客、地域社会など幅広い利害関係者の利益を企業の意思決定に取り入れることを目指している。しかし、このアプローチが、実際には経済的エリートや大企業によるイメージ戦略の一環であると指摘されることもある。

一部の人々は、ステークホルダー資本主義が単に表面的な改革に過ぎず、実質的な変革や根本的な問題解決には至っていないと批判しているのだ。自己増殖を続ける資本とその最たる受益者が、ステークホルダー資本主義を看板に掲げることで、社会からの批判を回避するために表面的な変更を加えているだけだとされている。

さらに、企業が「企業の社会的責任(CSR)」を掲げながらも、過去数十年にわたり経済的な不平等の拡大や気候変動といった深刻な問題に対して効果的な対策を講じてこなかったという点も、批判の的となっている。これらの企業は環境保護や社会貢献を公言しつつ、実際には限定的な行動しか取っておらず、問題の本質的な解決には至っていないというのが一部の見方である。

加えて、「株主資本主義」のもたらす格差や環境破壊といった問題に対し、その原因が資本主義のシステムそのものにあるとする見解と、問題がそのシステム以外にあるとする見解があり、これらの批判は、ステークホルダー資本主義が直面する課題の深さと複雑さを示している。

これから企業がこれらの批判にどう応答するかが、今後のビジネスモデルの信頼性と持続可能性を左右することになるだろう。

【関連記事】CSR(企業の社会的責任)とは・意味
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【参照サイト】Investopedia
【参照サイト】World Economic Forum
【参照サイト】Harvard Business Review

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