認知症にはさまざまな種類があるが、最も一般的なものはアルツハイマー病で、現代の科学では、直接的な原因や抜本的な治療法を見つけ出せていない。家族が認知症に苦しんでいる事実を明かすのをためらう人々も多くいる。
しかし、認知症患者が何か情熱を共有できる人と関わったときや、深い思い入れのある活動をしたとき、色鮮やかな思い出が蘇ることがわかっている。
米国のコネチカット大学人間開発学部のマイケル・エゴ教授は「もちろん、治療法を見つけ出すための努力は大事だが、認知症になった人々の生活の質を向上させることも重要だ。」としている。その一つの方法が、スポーツ追憶セラピーだ。
スポーツ追憶セラピーは、認知症の患者が集まりグループで社会活動に参加する「ソーシャライゼーションプログラム」の一種だ。このプログラムには音楽、本の読み聞かせ、演劇、ダンスなどの創造的な表現を取り入れており、過去の研究はその有効性を実証している。
認知症になった人の多くは自己表現が徐々に消えていくため、これらのプログラムの多くは脳の創造的なネットワークを活用し、介護者、スタッフ、同僚と交流する機会を与えるものだ。誰かと一緒にアートギャラリーの鑑賞やドラマ制作をすることにより、参加者はより幸せで、より社交的になるということが判明している。
しかし、アルツハイマー病患者のなかでは男性より女性の割合が多く、これらのソーシャライゼーションプログラムの多くは、伝統的に女性を対象に作られていた。このため、スポーツ追憶セラピーは、認知症の男性にとって特に効果的なプログラムとして注目されている。
この先駆けとなったのが、サッカー歴史家マイケル・ホワイト氏だ。ホワイト氏の友人の一人が認知症と診断された2009年、スコットランドでFootball Memoriesと呼ばれるプログラムを開始した。
このプログラムは、認知症患者に、他のサッカーファンとリラックスした雰囲気で話す機会を提供するものだ。今日、ゴルフ、ラグビー、クリケットに加え、ホッケーの前身となったと言われているシンティなどのスポーツに多くの認知症患者とボランティアが参加している。
ホワイト氏のプログラムの成功は、大西洋を渡り野球追憶セラピーの誕生に影響を与え、2013年に米セントルイスで最初に「野球追憶セラピー」がローンチされた。その後、野球追憶セラピーを提供する施設は全米で増えつつある。
病は気からと古くから言われる。創造的な活動で気持ちを高揚させることで、患者の生活に意義と潤いをもたらすスポーツ追憶セラピー。野球やサッカーは高齢化が進む日本でも人気があり、今後は医療や福祉の現場で活用される可能性は十分にある。
【参照サイト】Improving the lives of those with dementia – by using memories of baseball
(※画像提供:Shutterstock)