人をじっと観察し続けたことがあるだろうか。どんなことも見逃すまいと見つめていると、自分の中でその人の断片的な像が結ばれていくのがわかる。真剣に向き合うほど、相手の中にすっと入っていける感覚がある。
人と人が出会うとき、話の内容ばかりが注目されるのではない。実際、1971年にアメリカの心理学者によって提唱されたメラビアンの法則によると、人が他人に与える影響の中で、話の内容など言語情報は7%に過ぎない。それよりも、まなざしが、呼吸が、立ちのぼる熱が、多くを語っている。そういう全部を集めたものがその人の芯であり、たたずまいだ。私たちは普段自らの感覚でそれをつかんでいるが、テクノロジーの力でそれを感じられるとしたら、どうだろうか。
Dolby Labsの科学者であるPoppy CrumはTEDカンファレンスのプレゼンテーションで、感情を隠すことができたのはもはや昔の話だと語った。テクノロジーの力で人の本当の感情が読み取れると話し、しかもそれはカメラやマイクロフォンで行動を観察するといった次元をはるかに超えていると説明する。
最新テクノロジーの一例として同氏は、TEDカンファレンスに来ている観客が吐きだす二酸化炭素の量を計測していることを明らかにした。会場の地面近くにチューブを設置し、そこから繋がる機械を用いて二酸化炭素の密度の変化を追っているという。示されたデータで二酸化炭素の量が急上昇している箇所は、会場中の緊張感の高まりを表していることになる。
同氏はさらに、今までDolby Labsで行った研究も紹介した。被験者に映像を見せながら、脳波、心拍数、熱、皮膚反応を測定したという。「熱の変化が、脳の働き具合、会話にどれだけ没頭しワクワクしているかを表します。炎の画像を見た人がまるで本当の炎のように反応するかどうかもわかります」と同氏は語る。人が炎の写真を見ただけで頬から熱を発する様子も確かめられた。
自分のことをそこまで観察され分析されることに抵抗感をもつ人もいるだろう。だが同氏は、こういったテクノロジーが人々の生活を向上させると考えている。
たとえば音声分析技術は、相手の心身の健康を知るうえでの手掛かりとなる。相手が用いる言葉を分析することでその人が精神病を患うおそれがあるか予測したり、アルツハイマー病と関連した言語変化が臨床診断の10年以上前に確認できたりするという。
そのため同氏は、人が自らのデータを公開していくことに肯定的だ。彼女が紹介するテクノロジーは、相手の姿をとらえ新たな視座を提供する。相手の身体から出てきた情報だというところが迫真性をもつ。やりすぎは禁物だが、相手を見透かすテクノロジーも、人のことをより深く知るためのきっかけになると考えてみてはどうだろうか。