あなたがある日、「ザ・リッツ・カールトンでのスペシャルディナー」に招待されたときのことを想像してほしい。世界に誇る高級ホテルでの特別な一夜。きっと、真っ先に胸に浮かんだ大切な誰かを誘って、とっておきの衣装に身を包み、ウキウキ気分で会場に向かうのではないだろうか。
それは、今回リッツカールトン・シンガポールが企画したスペシャルディナーの招待客たちも同じだった。思い思いのお洒落をし、口元に微笑を浮かべたゲストたちは、大切な人と過ごすラグジュアリーな夜に胸躍らせながら席に着いた。
最上級のサービスとともに運ばれてくるのは、一流シェフたちの技とこだわりが詰まった絶品料理。そう、ここまではゲストたちの予想通りだったのだが……
このディナーの「スペシャル」なところは、実はテーブルの上のカトラリーにあった。フォークもナイフもスプーンも、どれも一部が欠けていて変わった形をしている。
なんだが滑稽で可愛らしくも見えるカトラリー。「どこかの変わった食器デザイナーとのコラボレーションかな?」とクスリとしたゲストもいたかもしれない。だがしかし、実際に使ってみたときに彼らの表情は一変する。
スープをすくおうとしてもポタポタとこぼれおちてしまうし、パスタを巻き取ろうとしても上手くいかない。これだと食べられないじゃないか。何かがおかしいとゲストが困惑の表情を浮かべ始めたタイミングを見計らって、ホテル側から「種明かし」があった。
実はこのディナー、リッツカールトン・シンガポールと、チャリティー団体Smile Asiaが共同で行った、口唇・口蓋裂(こうしんこうがいれつ)の子供たちへの理解を深める啓蒙キャンペーンの一部だったのだ。
口唇・口蓋裂とは、唇や上あごに割れ目が残って生まれてくる疾患だ。500人に1人の割合で発症すると言われており、けっしてめずらしい症状ではないものの、世間の認知度はまだまだ低い。
種明かしの際、通常のカトラリーと一緒にゲストに配られたメッセージカードには「口唇・口蓋裂の子供たちにとっては、このような“食べにくい食事”がたった一度で終わるわけではありません」「このQRコードからSmile Asia Webサイトにアクセスし、彼らの現状を変えるのに協力してください」と書かれている。
ゲストからは「知りも考えもしなかったことを体験できた」「人々は“見た目”の差異に注目するだけで、その人がどのような困難を抱えているのかは考えないのかもしれない」といった感想が挙がった。口唇・口蓋裂の子供たちが抱える苦労について考えてみるきっかけとなったようだ。
たとえ「症状」としてはっきり目に見えていてもいなくても、「疾患」としてカテゴライズされていなくても、目の前の誰かが抱える「不調」について思いをめぐらすことは大切なことだ。身近なあの人の身体の傷の裏側には、それよりも何倍も深い苦悩があるのかもしれない。元気に笑うあの人も、心の中では泣いているのかもしれない。
今回のスペシャルディナー企画は、そんな普段意識もしないような状態の人々に対して想像力を持つことの大切さを教えてくれている。
【参照サイト】The Cleft Collection: An eye-opening dining experience