カンヌ賞より大切なこと。注目されていない広告に学ぶ、伝わるコミュニケーションとは?

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学校、職場、家庭で、日々いろんな人と関わりながら生活している私たち。しかし、自分の思いがうまく伝わっていない、相手に勘違いされている、相手がなにを言いたいのかよくわからないなど、人とのコミュニケーションに悩んでいる人は少なくないだろう。

こうしたコミュニケーションは、なにも人間同士に限ったものではない。ひとたび周りを見渡せば、街角の広告やフライヤー、本の帯、お店の看板など、私たちになんらかの「メッセージ」を伝えようとするコミュニケーションは日常に溢れている。

日々無数に生まれているこれらのコミュニケーションは、広告会社が作ったわけでも有名な賞を受賞したわけでもない。しかし、そういった「王道」を外れたもののなかにも、冒頭の悩みを解決するヒントとなるプロ顔負けのコミュニケーション手法がたくさん存在する。

そんな、広告業界が注目しきれていないが猛烈な「メッセージ」が伝わってくる広告についてのみ、異業種のゲストとともにアーカイブしていくイベントが、東京・新橋にあるアドミュージアム東京で開催された。

広告業界が目を向けない広告についてのみ語ろう

イベント冒頭、今回のイベントを企画した電通社員の倉成 英俊さんから、イベントの趣旨についてお話があった。

プロフィール:倉成 英俊(くらなり ひでとし)


電通Bチームリーダー。広告クリエーティブのスキルを拡大、応用して、「広義のクリエーティブ」の実践を続ける。誰にも頼まれていない自主プロジェクトも多数立ち上げがちで、電通アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所もその1つ。
今回のイベントの企画もおこなった。

「このイベントのキーワードは、『真の多様性』。広告の手法やカテゴリーが多様化しているなか、日本と海外、アナログとデジタルという対立軸だけではその広告の真の意味について説明しきれなくなってきました」

「広告業界では広義のクリエイティビティが標榜されて久しいですが、まだ実現されているとは言えません。なぜなら、業界全体の意識や既成概念の問題があるからです。なので、このような企画をとおして、純粋な好奇心をもう一度広告業界へ投じたいと思っています」

登壇者おすすめの8作品を一部紹介

6名のゲストが一人ひとり好きな広告について語ってくれた。ここではその一部をご紹介したい。

01. 表面的なデザインを超え、人を動かした手書きのポスター

まず倉成さんのおすすめのひとつが、ドイツの選挙ポスターだ。選挙ポスターといっても、お金をかけてきれいに修正が施されたものではない。なんと、当時高校生だった5人がマジックで書いた手書きのポスターである。これは、ドイツ南部にあるモンハイム市で参政権が16歳に下がった際に彼らが立候補するために作ったものだ。

このたった1枚のポスターのおかげで、高校生が作った政党が2議席を獲得したのだ。この手書きのポスターが持つ力のすごさ。これこそ「表層のデザイン」を超え、彼らの真のメッセージが多くの人に伝わり人の行動を変えるまでにいたった良い事例だろう。

※実際のポスター画像は入手できなかったことご了承ください。

02. 言葉ではなく、ありのままで表現するファッション

電通アートディレクターでありアーティストでもあるえぐち りかさんが選んだ作品は、ANREALAGE(アンリアレイジ)という日本のファッションブランドのコレクションだ。

アンリアレイジは2010年秋冬コレクションとして、「ワイドショートスリムロング」を発表した。縦横比を変えたマネキンに、拡大・縮小したミニ丈、ロング丈の洋服を着せることで、一般的に標準形とされる身体とはなんだろうかという疑問を投げかけている。

「まさに、みんなが物差しだと思っているものを変えることで生まれる新しい形です。しかもこのコレクションのすごいところは、着用してもかっこいいんです」

また、えぐちさんはファッションについても次のように語った。「多くの人に届くけど、頭に残らない広告より、ターゲットを絞って確実に忘れられないものにするファッションってすごい。思想をあわらしていると感じます」

03. 独房で死を待つ人の絵画からあなたが感じることは?

コンセプターでありウォーターデザイン代表を務める坂井 直樹さんのいち押しは、「極限芸術 ~死刑囚は描く~」展での死刑囚の絵画だ。全国展開されたこの展覧会では、和歌山毒物カレー事件の林眞須美死刑囚や再審請求運動がおこなわれている松本健次死刑囚らの作品が展示されていた。

「彼らアウトサイダー・アート作家はお金のためでも、誰かのためでもなく、自分のために夢中に描いている。

独房で死を待つ人の気持ちは、実際に自分が経験してみるか、経験している人に聞いてみるしかわからないだろう。しかし、この作品たちを見ると、作風も本当にバラバラであるし、人によって感じることは千差万別だろう。

04. 脱がしてもステキな本

三省堂書店で30年近く書店員を務める内田 剛さんが選んだのは、やはり本。

恩田陸が書いたクラシック音楽小説『蜜蜂と遠雷』(みつばちとえんらい)は、直木賞と本屋大賞をダブル受賞した作品だ。この本は、春にハチたちが飛んでいそうな、あたたかくやわらかいタッチの草むらが描かれたカバーで包まれている。

しかし、このカバーを脱がすと艶のある黒い装丁が姿を現わす。さらに装丁をめくると、真っ白な紙。これはピアノの鍵盤をイメージされたデザインだ。

Image via NAXOS JAPAN

カバーも素敵だが、内田さんが「いい本は脱がしてもおもしろい」と言うように、ピアノコンクールを舞台に繰り広げられる小説の中身を裏切らないデザインで、文字を読まなくてもメッセージが伝わってくる。

ほかの登壇者からは、「裏から見ると、そこを見ようとした人にしか知らない世界が見えてくる」、「いかにPRするかより見えないところで広告しているのが粋だな〜」といった感想が出てきた。

05. アートをとおした本気のコミュニケーション

電通に所属する飯田 昭雄さんは、イタリアのコーヒーブランド「ラバッツァ」が作った屋外広告を選んだ。

フランスのグラフィティ・アーティストZEVS(ゼウス)がベルリンのホテルに掲げられていた「ラバッツァ」のポスターからモデルをメスで切り抜いて「誘拐」し、その人質をギャラリーに展示したのだ。そしてゼウスはラバッツァに身代金50万ユーロ(約6500万円)を要求する脅迫状を送った。これだけでも衝撃は大きいのだが、さらにすごいのが、ラバッツァ側も身代金全額を払い、ギャラリーに寄付したことだ。

「Express Yourself(自分を表現しろ)」をモットーにするラバッツァが、まさに行動でそれを体現した事例である。アートをとおしてお互いが本気のコミュニケーションをしているともいえよう。

06. 「商品」そのものだけでなく、「思想」を届けるプロダクト

広告の月刊専門誌『ブレーン』で副編集長を務める刀田 聡子さんは、ファッション通販ZOZOTOWNが提供するZOZOSUITを選んだ。ZOZOSUITは一人ひとりの体型サイズを瞬時に計測できる全身スーツである。

Image via スタートトゥデイ

「ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイが単なるECサイト会社ではなく、ファションテック企業を目指している姿がわかりやすくプレセンされていると感じます。ZOZOSUITはプロダクトであり広告ではありません。しかし、プロダクトのなかに思想が含まれていて、わざわざ広告出稿しなくてもニュースになって、企業の打ち出したい価値観が現れています」

07. きれいすぎるものより、違和感が人の注目を集める

参加型のこのイベントでは、60名の参加者からもいくつものおもしろい広告が発表された。

ひとつ目は、東京の新宿駅と下北沢駅の案内表示に使われている「ガムテープを使って作り出した書体」。この書体を考え出したのは、当時警備会社に勤めていた佐藤さんという方だ。世界一混雑している新宿駅で目立つ案内表示を作ろうと思ったときに思い浮かんだという。

登壇者から「きれいすぎるより違和感があったほうが記憶に残りやすい」という声が上がったように、整いすぎているものよりも、なにか引っかかるものがあるほうが、人間の本能に訴えるのかもしれない。

08. 思わず話しかけたくなる魔法のTシャツ

次の例は、参加者の友人が着ていたというTシャルだ。とんねるず木梨憲武さんがプロデュースする、「デザインですけど、何か?Tシャツ(サイズシール)」は、もともとサイズシールがついたままのデザインになっている。親切心から思わず「サイズシール付いてますよ」と教えたくなる仕組みだ。このデザインのおかげで会話のきっかけができ、人と人のコミュニケーションが偶発的に生まれやすくなる。

Image via 木梨サイクル

Tシャツデザイン時からその意図があったのかはわからないが、あったとすれば、このTシャツは非常に大きなコミュニケーションツールになっている。

広告の本来のあり方とは?

広告と聞くと、広告代理店や企業のデザイナー、コピーライター、フォトグラファーなどクリエイターと呼ばれるごく限られた人たちが作るものだと思いがちだ。

しかし、「コミュニケーション手法はクリエイター側だけが考えるものではなくて、生活者の感覚が大事。みんな生活しているからその感覚を持っていないと」と倉成さんは語る。

「これまでの広告は、アワードやKPI(企業目標の達成度)を重視しすぎて、評価軸がゆがんでいる可能性がある。今日見てきた事例は、『カンヌ賞を取りたい』といった評価軸とは違う。広告やコミュニケーションの物差しが問われるべきだと思うし、もっとたくさんあって然りなのではないでしょうか」

左から順に、倉成さん、えぐちさん、内田さん、坂井さん、飯田さん、刀田さん

編集後記

ついつい商品を買いたくなる広告、思わず誰かに見せたくなる広告、なぜかずっと捨てられない広告など、あなたの心をつかんで離さないコミュニケーションにはどんなものがあるだろうか。

心に刺さる言葉を編み出し、スタイリッシュなデザインを生むにはセンスや訓練が必要かもしれない。しかし、その根本にある「伝えたいメッセージ」があれば、表層のデザインに問われすぎることはない。

手書きのポップや音楽、匂いなどどんなカタチをとっていようとも、立派なコミュニケーション手法である。そんな自分では思いつかないコミュニケーション方法をもっと知って使ってみたいと思う。人に自分の思いを伝え、そして相手がそのメッセージを受け取ってくれることは、カンヌ賞を取るよりも、人生を歩んでいく上でとても大切なことだから。

【参照リンク】アドミュージアム東京 裏アーカイブProject
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