大量生産・大量消費時代の負の遺産として食料廃棄や資源不足など様々な社会問題が取りざたされるなか、最近では「サステナブルな消費」という考え方が欧米を中心に広まりつつある。サステナブルな消費とは、分かりやすく言えば環境や社会に配慮し、持続可能な形で製造された商品やサービスを購入することを指す。
国連が掲げている2030年までの「SDGs(持続可能な開発目標)」の中にも、目標12として「つくる責任・つかう責任」が含まれており、持続可能な消費は世界全体にとって重要なテーマの一つとなっている。
そんなサステナブルな消費スタイルを少しでも世の中に広げるべく立ち上がったのが、IT業界の巨人、楽天だ。楽天は11月29日、「未来を変える買い物を。」をコンセプトに、社会や環境に配慮されたサステナブルな商品だけを取り扱うECモール、「EARTH MALL with Rakuten(以下、アースモール)」をオープンした。
アースモールは、日本最大級のECモール「楽天市場」が取り扱う2.5億点の商品の中から、FSC(森を守り必要な分だけ切られた木材)やMSC(海の資源や環境に配慮した漁業)などの国際認証を取得している商品や、キュレーターらが厳選したおすすめの商品だけを取り上げて紹介するモールだ。オープン現在で7,000商品ほどが購入可能となっている。
日本最大級のECモール「楽天市場」を運営し、日本全国の商店や消費者との深いかかわりの中で成長を遂げてきた楽天が、なぜこのタイミングでサステナブルな消費に目を向けたのか。そして、楽天グループの巨大な資産を活用し、アースモールを通じてどんな世界を実現しようとしているのか。IDEAS FOR GOOD編集部では、アースモールの立ち上げに関わった楽天の眞々部貴之氏(サステナビリティ推進部企画グループマネジャー)、石田綾氏(市場企画部 サービスECグループ)をはじめとするメンバーの方々にその舞台裏をお伺いしてきた。
もともと、楽天はソーシャルスタートアップだった。
Q:楽天グループとしてなぜサステナブルな消費というテーマに取り組もうと考えたのか?
眞々部:まず前提として、楽天グループは「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」ことをミッションとしています。このエンパワーメントという言葉には「よりよい社会を築くために、人々が協力し、自分のことは自分の意思で決定しながら生きる、その力を身につけていく」という意味があり、楽天としてはまさにそういうことがやりたくて会社を創ってきたという歴史があります。
最初は地方のシャッター街を何とかしたいという想いで若い6人が会社を興したのが始まりですが、そのときから「エンパワーメント」というキーワードがあり、楽天のこれまでの事業をよくよく解釈してみると、今で言えば地方や社会のサステナビリティを目指す「ソーシャルスタートアップ」だったのではないかと思います。
そのうえで、私もCSRの文脈でこれまで3年ほど仕事をしてきましたが、昨年に改めて楽天にとって重要な課題を特定するための調査を実施しました。データセキュリティなどの課題が上がるなか、専任の部署がないテーマについてはサステナビリティの部署が担うことになり、最終的に4つのテーマが決まりました。そのうちの一つが「持続可能な消費」であり、アースモールはそのテーマにフォーカスして作られたものです。
Q:アースモール開発のきっかけは?
眞々部:アースモール自体は、もともと日本のSDGsの第一人者であり、アースモールのアドバイザーでもある慶応義塾大学大学院の蟹江憲史先生が主催されていた「オープン2030」という産学連携プロジェクトの中から生まれたものです。プロジェクトではクラウドファンディングを通じて動画を創り、それを使った教育プログラムを創るというところまでを博報堂が手がけていました。
私は当時からサステナビリティ推進部におり、アースモールのようなことができないかなと考えていたのですが、なかなか実現には至っていませんでした。しかし、たまたま楽天市場の事業開発部署の中に同じようなことに興味があるメンバーがおり、彼女と話すなかで意気投合し、「やってみよう」という話になりました。それが昨年の12月ごろです。
それから徐々に企画を練っていたのですが、SDGsに関するフォーラムに参加した際、蟹江先生や弊社役員の小林、博報堂のCSRグループ推進担当の方などがいらっしゃり、その場で「こんなことをやりたい」と話したところ、話が盛り上がり、楽天として正式にアースモールを立ち上げることになりました。
その週には博報堂に行ってミーティングを行い、翌週には詳細を詰め、2018年5月にプレオープンし、11月末に無事グランドオープンすることができました。このように、アースモールは完全にボトムアップからのスタートで生まれたものです。今でもアースモール編集部メンバーの半分は博報堂におり、毎週ミーティングで議論を交わしながら創り上げています。
Q:アースモールはCSRなのか?事業なのか?
眞々部:立ち上げの段階ではCSR的な側面が強いですが、将来的には事業としてサステナブルに運営することを目指しています。アースモールを「商品が売れる場所」にすることができれば、店舗のサステナブルな取り組みにつながり、結果として市場が広がっていくのではないかと考えています。
また、一般的にこのような取り組みを事業部門とサステナビリティ部門が一緒にやるというケースはあまりないと思うのですが、アースモールの場合は両者が一緒だから実現できたという点が大きいです。アースモールをサステナビリティ部門だけで運営することは当然できませんし、実際に編成として事業を回す人がおり、店舗との交渉やプロジェクトマネジメントなど楽天市場の領域で動いてくれる人がいて、だんだんとチームになってきたという感じです。
店舗と一緒に学び、創り上げるモール。
Q:楽天市場として、サステナブルな商品に対するニーズの高まりを感じることはあったのか?
眞々部:実際にはまだまだというところです。サステナブル消費が盛り上がっているのであればすでにみんなアースモールのような事業に取り組んでいると思うのですが、まだそういう状態ではありません。しかし、だからこそ私たちがやり始めたという側面もあります。まだ波は来ないけれども、遠くにはその波が見えているので、今のうちから準備をしておこうという感じです。
石田:どちらかというと、消費者よりも楽天市場に出店されている店舗の方々のほうが関心を持ってくださっています。店舗の方からは「どうすれば掲載できるのか?」「こういう認証を取得しているのだが、掲載してもらえるか?」といった問い合わせを多くいただいており、その中で私たちも初めてその存在を知った認証などもあります。いまは私たちも店舗さんと一緒に勉強をしながらお互いによくしていこうという感じで取り組んでおり、その後からユーザーの皆さんがついてきてくれればよいなと思っています。
Q:6つの認証基準はどのように選んだのか?
※アースモールに商品を掲載するためには、現状「MSC認証」「ASC認証」「FSC認証」「RSPO認証」「国際フェアトレード認証」「GOTS認証」のいずれかを取得している必要がある。(キュレーターによる選定商品は除く)。
慶応大学の蟹江先生が主催しているxSDGsラボという研究所があり、その中にあるサステナブル認証に関する分科会に楽天も参画しています。そのメンバーと議論を重ね、合意がとれた認証から徐々に紹介しているという状況です。どのような認証を紹介するかは信頼性に関わる部分でもあるので、今後も丁寧に議論をしながら増やしていきたいなと考えています。
一方で、アースモールでは認証を取得した商品だけを紹介したいわけではありません。現状では認証商品は7,000商品ほどしかなく、それだけでは十分な品揃えとは言えません。最終的には、認証などに気を使わなくてもアースモールに来れば欲しいものが買えるという状態にまで持っていかなければいけないと考えています。
Q:認証以外の基準は?
眞々部:今まさに議論しているところです。まだ明確には言えないのですが、大きく分けると基準としては「買い物をするまでの過程がサステナブルなもの」と「買った後にサステナブルなもの」の2つがあると考えています。また、SDGsを考慮すると、環境には良いけれども社会には悪いという商品があったとすれば、それを紹介するのは難しいので、基準づくりは丁寧に進めていこうと思っています。
10回に1回は買ってもらえる場所に。
Q:最終的にどの程度の商品数を目指すのか?
眞々部:現在楽天市場には2.5億点の商品があるのですが、それでも欲しいものが全て見つかるかというと、そうではないですよね。そのため、商品数にきりはないと思うのですが、社内では「10回に1回ぐらいはアースモールのようなサステナブルな買い物ができるような場をつくりたい」と話しています。それが商品点数と直接結びつくかどうかは分かりませんが、目安としてはそれぐらいの頻度で買ってもらえるような数を目指したいですね。
石田:現状は楽天市場のデータベースの中から認証のキーワードが入っているものをアースモールに引っ張ってきているのですが、店舗の商品ページは店舗が編集しているため、そこに認証のキーワードがなければ、私たちが拾い上げることはできません。そのため、店舗に対する働きかけも行っていく必要がありますね。
眞々部:まだ「認証がある」「サステナブルである」ということの価値をユーザーの皆さんにも店舗の皆さんにも認識してもらえていないので、今はその価値を認識してもらう過程という感じです。
あくまで普通にEコマースをやる。
Q:アースモールを作るうえでこだわったポイントは?
石田:サイトのデザインは博報堂のアースモール編集部と一緒に相談しながら進めています。楽天のユーザーの中には認証やSDGsなどについてこのサイトで初めて知ったユーザーの方も多いと思うので、そうした方々にも受け入れてもらえるよう、イラストなどを用いることで親しみやすさを大事にしています。
そのため、難しいSDGsの話などは省いているのですが、よく見るとSDGsのカラーがいろいろな場所に使われていたり、インタビュー記事のテーマに沿ってSDGsの中から対応する色を使ってデザインをしたりしています。
眞々部:商品を紹介するときも、「こういうところが環境によい」と説明するのではなく、「洗った後にさっぱりして気持ちいい」など商品そのものの価値を説明していくようにしています。掲載されている商品の信頼性は確保しつつ、あくまで普通にEコマースをやるイメージですね。認証なども一つ一つ原則を読み込んでいくととても難しいので、そうした難しいことを難しいままにせず、しっかりかみ砕くということを大事にしています。
Q:アースモールならではの特典は?
眞々部:アースモールのグランドオープンにあたって先日開催したシンポジウムでも、付与される楽天スーパーポイントを増やすなどしてはどうかという声がありました。将来的にはそうしたインセンティブも用意できればよいなと思っています。また、シンポジウムでは一つのモノを長く使うという観点から、リペアショップを紹介するのもよいのでは、というアイデアも出ていました。
やはり、ここでお買い物をするほうが楽しい、テンションが上がる、といったインセンティブをつけていくほうが受け入れてもらいやすいと考えています。サステナビリティに関心がない人にもどう興味を持ってもらうかを工夫したいですね。
Q:今後、楽天市場だけではなくグループ全体として取り組んでいくことは?
眞々部:個人的な意見にはなりますが、例えばアースモールであれば「サステナブルツーリズム」といったテーマで「楽天トラベル」や「Voyagin(インバウンド向けアクティビティ予約サイト)」と連携するということは考えられます。また、まずはサステナブル消費を軸にしてやっていきたいですが、買い方の部分でも変えられることはあると思うので、今後は配送の部分も自社でより積極的に取り組んでいくので、配送面でも環境・社会により配慮していきたいですね。
ほかにも、楽天ではエネルギービジネスも手がけており、ブロックチェーンを活用してJクレジット(CO2排出権)をウェブ上で取引可能にするサービスを創ったりしているので、お客様が買い物のなかでCO2を削減できる仕組みを創ったりすることもできますし、楽天の強みである金融サービスを活かしたサービスも考えられます。
大事なのは楽しんで取り組むこと。
Q:買い物から未来を変えるために、私たち一人一人ができることは?
眞々部:やはり「これは認証済み、これは違う」といったように色々と難しいことを考え続けるのは大変だと思うので、まずは10回に1回ぐらいそうしたことを考えてみる、ぐらいがちょうどよいのではないでしょうか。
また、楽しんで取り組むことが大事ですね。正しいからやるのではなく、食べたいから食べる、欲しいから買うといった感じで。それでかつサステナブルであったらよいのかなと思います。
石田:サステナブルな商品を使うことは素晴らしいことですが、それを持っていない人や使っていない人はダメだ、みたいに言うのも堅苦しいなと思っています。
認証についても、例えば「この服、GOTS認証なんだ、いいでしょ?」「いいね、それどこで買ったの?」みたいな感じで、まずは気軽なコミュニケーションツールの一つとして捉えるぐらいでよいのではないかと思います。
インタビュー後記
インタビューの中で最も印象的だったのは、「10回に1回ぐらいでちょうどいい」「楽しむことが大事」といった、アースモールならではのサステナブルな消費に対する考え方だ。
本来、数ある商品の中から欲しいものを探し回るショッピングはとても楽しい時間のはず。それが、環境や社会のことを考えすぎるあまりに堅苦しくなってしまっては意味がないし、何よりそれでは多くの人々にサステナブルな消費を受け入れてもらうことは難しい。
だからこそ、少し肩の力を抜いて、自分のできるところから小さく始めてみる。そんな気軽なはじめの一歩を踏み出すことをとても大事にしているアースモールの考え方には、共感できる点が多々あった。
いつかアースモールが楽天市場の中でブランド力を持ち、アースモールに商品が掲載されることが店舗にとってのステータスとなる日が来れば、より多くの店舗がサステナブルな商品を揃えるようになり、結果としてユーザーの選択肢はよりサステナブルなものへと広がっていくはずだ。
最終的にはアースモールと楽天市場との間に境目をつくる必要もなくなり、「そのほうが売れるから」という理由で店舗がサステナブルな製品を並べる日が訪れることを期待したい。
【参照サイト】EARTH MALL with RAKUTEN