バルセロナの美しい廃棄タイルの歴史をつなぐアップサイクル。家具工房「メサ・ボニータ」

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スペインといえば、アントニ・ガウディが手がけたサグラダ・ファミリアやカサ・ミラを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。これらの建築物を後ろ支えするモデルニスモと呼ばれるこの芸術様式は、19世紀から20世紀初頭にかけてバルセロナを中心にカタルーニャ地方で盛んとなった。産業革命後のスペインを背景とした、自然的な美への敬意を表現しようとする芸術様式であり、カタルーニャ地方の民族主義的な文芸復興運動でもある。

モデルニスモ建築の特徴として、豊かな色彩に、自然のモチーフや優美な曲線を取り入れたフォルムが挙げられる。当時、人口増加とともに市の拡張が進んだバルセロナでは数多くのモデルニスモ建築の建築物が建てられ、その多くが現在も集合住宅や店舗として使われている。有機的なフォルムのファザード(正面玄関)の奥には、彩り豊かなモザイク装飾やステンドグラスが壁や窓を飾り、草木柄のタイルが床一面に敷かれている様子は息を飲む美しさだ。

モデルニスモ建築。草木模様のタイルが特徴的。

モデルニスモ建築。草木柄のタイルが特徴的。

しかし、残念ながら街や人とともに歴史を刻んだタイルや装飾は、建物のリノベーションの際に取り剥がされ、廃棄されているのが現状だ。デザインと耐久性に優れたタイルは、取り剥がした後も美しい状態であることが多いが、再利用されることはない。

このような状況を嘆き、約20年前から廃棄タイルのアップサイクルを続けているアーティストがいる。バルセロナ在住のベネディクト氏(Bénédicte Bodard)だ。ベネディクト氏の工房「メサ・ボニータ」(Mesa Bonita、「美しいテーブル」の意)では、廃棄タイルを洗浄し、コーヒーテーブルやプラントスタンド、トリベット(鍋敷き)や壁掛けなどのインテリアグッズに加工している。

顧客の多くは、歴史や芸術文化への関心が高くベネディクト氏の活動に共感して訪れるそうだ。スペイン国外の顧客、特にアメリカからの注文が多いという。近年、市内のブティックで伝統的なタイルをデザインに取り入れた雑貨を見かける機会が増えたが、ベネディクト氏はその先駆者とも言える存在だ。

一見華やかに見えるメサ・ボニータだが、廃棄タイルのアップサイクルとはどのようなことをするのだろうか。ベネディクト氏に話を伺った。

メサ・ボニータのインテリア

ゴミ捨て場から廃棄タイルを持ち帰る日々

元々ベネディクト氏は、舞台やテレビでスタイリストとしてフランスとアメリカでキャリアを積んでいた。2001年に家族とともにバルセロナに移住し、日常生活にモデルニスモ建築が溶け込んでいる様子に感銘を受けたそうだ。しかしある日、街のゴミ捨て場に約100〜150年前のアンティークタイルが当たり前のように捨てられており目を見張った。

「芸術家や職人たちが手がけたタイルは、アートであり歴史の一部です。100年以上前の人々が心を込めて作ったものがリスペクトされず捨てられている様子に、憤りと悲しみを覚えました。」

粉々に砕かれ捨てられる運命にあるタイルをどうにかしようと、ゴミ捨て場から自宅に廃棄タイルを持ち帰る日々が始まった。1枚当たり2kg以上あるタイルを運ぶのは重労働だ。しかし、廃棄タイルを見かけたという連絡を知人から受ける度、キャリーケースを持って家と廃棄場所を往復した。ゴミ捨て場から廃棄タイルを持ち運ぶ姿に地元の人々からは奇異な目を向けられていた、とベネディクト氏は当時を振り返る。

「タイルを守るという使命感があり、周囲の目や重労働は気になりませんでした。しかし作業が深夜に及ぶこともあり、家族から心配されました。」

メサ・ボニータの工房

メサ・ボニータの工房

美しいインテリアに生まれ変わるまでの長い道のり

廃棄タイルは回収することが全てではない。再び人々の生活を支える存在となるよう、丁寧にクリーニングをしてインテリアグッズに加工する。力仕事の連続だ。まず回収したタイルはベネディクト氏の工房で仕分けをされる。タイルのデザインやタイルが取り出された建物から製造会社と製造時期を絞るのだ。タイルの裏面には製造会社のブランドマークが彫られており、マークのデザインから製造時期を調べることもできる。表面のデザインは丁寧にスキャンされ、顧客からの問い合わせにいつでも対応できるようリスト化されている。

次にタイルのクリーニング作業だ。リフォーム業者が壁や床からタイルを剥がす際、廃棄タイルの裏面は壁材が付着した状態であることが多い。このため、ベネディクト氏らは工具や研磨機でタイルから壁材を剥がし、裏面のブランドマークが確認できる状態にし、タイルの厚さを均等に整えるのだ。

タイルの裏面

タイルの裏面

タイルの裏側に掘られたメーカーのロゴ

タイルの裏側に掘られたメーカーのロゴ

また、タイル表面に付着した土と汚れを洗浄し、ワックスやリンスオイルを塗布するのも、本来の美しさを再現し保つために重要な作業だ。作業のほとんどは、ベネディクト氏らの手作業で行われており、工房には工具のほか、マスクや手袋、ゴーグルが置かれていた。環境に配慮し、強力な薬剤の使用は極力控えているという。

家具の土台となるフレーム作りは、アップサイクルを始めて以来の付き合いがある専門業者に発注をする。バルセロナのタイルは20cm四方の正方形のものが多く、タイル本来の魅力を活かすためにフレームはシンプルなデザインにした。仕上げとして、顧客の要望に応じてベネディクト氏がフレームのカラーリングや風味を出す酸化処理を施す。

メサ・ボニータのインテリア

メサ・ボニータのタイル

後世にタイルの歴史を繋ぐ

タイルの歴史を繋ぐことを大切にするベネディクト氏は、幾つもの専門書を抱えながら作業を行う。

「『廃棄タイル』は一括りにされがちですが、一つ一つに個性と歴史があります。どの製造会社がいつ製造したかというストーリーも顧客には伝えています。購入者の多くはタイルの歴史やストーリーを知ることを望んでおり、私が提供できる付加価値の一つだと感じます。」

著名なタイルメーカーが作ったタイルもあれば、小さな工場が手がけたタイルもある。同種のデザインが複数見つかる場合もあれば、「最後の一枚」となるようなタイルもある。

彼女の豊富な知識と経験は、代表的なガウディ建築であるカサ・ミラが2015年に主催した展示会にも貢献した。展示会の一角にガウディ建築と関係の深い老舗タイルメーカー、エスコフェット社(Escofet)のアンティークタイルを展示しようと、カサ・ミラの担当者たちはスペイン中の美術館に問い合わせていた。しかし、どの美術館に問い合わせても、19世紀初頭に活躍したジョセップ・パスコ氏(Josep Pasco)がデザインしたジャポニズムの優美なタイル(エスコフェット社製)が見つからず半ば諦めていたそうだ。

「当時私は、リサイクルをテーマにした市内のアートフェスティバル、『DRAP ART』に出店をしていました。そこへ展示会の責任者が通りかかり、声をかけられたのです。」

話を聞き、ベネディクト氏は自分の工房にそのタイルが保管されているとすぐに思い当たった。歴史的価値のあるタイルの多くが、このように廃棄され後世に語り継がれる機会を失おうとしている。その悲しい現実を改めて実感しながら、現存する42枚のタイルを出展したという。

カサミラの展示会で使われたタイルとベネディクト氏

カサミラの展示会で使われたタイルとベネディクト氏

最終的な目標はタイルが廃棄されなくなること

近年ブログやSNSを通してベネディクト氏の活動が広く知られるようになり、廃棄タイルのアップサイクルを自分でも試みようとする人々からの問い合わせも増えているそうだ。

「私がアップサイクル活動を始めた頃、タイルの保管、クリーニングや再利用方法に関する情報を調べることに苦労をしました。現代のようにインターネットが当たり前ではなく、タイルを廃棄することはあっても再利用を考える人はいなかったためです。散らばった情報を集め、試行錯誤を繰り返すことで、ノウハウを培うことができました。」

貴重なノウハウだが、メサ・ボニータの事業のために秘匿しようとは思わないのだろうか?

「私は自分の知識を隠すつもりはありません。最近では若手のライバルも増えましたが、彼らにも廃棄タイルの扱いについて正しい知識を持って欲しいと願っていますし、連携を試みています。残念ながら現在も廃棄タイルは増えており、メサ・ボニータだけでは抱えきれません。私が街で廃棄タイルを見つけた際には、彼らにも情報共有をしています。」

アップサイクルされることで、タイルの美しさが人々の目に止まり、その歴史が後世に語り継がれる。紛れもなくベネディクト氏が20年かけて築いた、廃棄タイルの未来への残し方だ。しかしベネディクト氏の本当の願いは、廃棄タイルのアップサイクルが盛んになることではない。

「廃棄タイルは本来『お宝』や『掘り出し物』のように扱われてはいけません。商材と捉える方もいるかもしれませんが、タイルが廃棄されないこと、建物をリノベーションする際にタイルがそのまま使われること、これがあるべき姿であり、私の一番の望みです。」

リノベーション業者にはタイルを活かしたままリノベーションを行うことの経済的メリットを提案し、地元政府にはモデルニスモ芸術としての保護や観光政策としての重要性を訴えてきた。しかし、現時点ではこれらの訴えは届かず、リノベーション業界の仕組みを変えるまでには至っていない。

「例えば10年後、後世の人々からモデルニスモのタイルについて聞かれた時に、何も残っていないようでは悲しいじゃないですか。廃棄タイルの問題が国外の顧客だけでなくスペイン国内でも認知され、やがては廃棄タイルを無くそうという動きに繋がってほしいと願っています。」

メサ・ボニータ

メサ・ボニータ ベネディクト氏

インタビュー後記

メサ・ボニータのインテリアグッズは、出来上がった姿を見ると独特の美しさが際立ち、そこに至るまでの苦労や重労働の影は見えにくい。しかし実際に工房を訪れ、山のように積まれた重い廃棄タイルを一枚一枚抱えながら汚れを落とす作業を見ると、決して容易でないことがわかる。

ベネディクト氏は廃棄タイルのアップサイクルの先駆者であり、市民としてできることを20年間取り組んできた。しかし自身の活動が認知されることを喜びながらも、廃棄タイルが一向に減らず、企業や行政への働きかけが難航していることに苦悩と焦りを覚えているようだった。

アップサイクルは、使われなくなったものに新たな役割と価値を与える活動だ。そして同時に、私たちに問いかけているのかもしれない。「モノが廃棄されないようにするためには、どうしたら良いのだろうか?アップサイクル以前に、できることはないのだろうか?」

【参照サイト】メサ・ボニータ

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