2018年11月17日、フランスで始まった「黄色いベスト(ジレジョーンヌ)運動」。凱旋門をバックに、蛍光イエローのベストを着てスローガンを掲げる人々の様子をニュースで目にしたことがある方も多いのではないだろうか。2020年に入ってからも続くこの政府への抗議活動は、1968年の五月革命以来となるフランス最大規模のデモだと言われている。
また、フランスにおいては国鉄(SNFC)や地下鉄やバスを運営するRATPのストライキにより交通網が乱れることもしばしばだ。2019年12月からのストライキは、過去最長の約2か月間を記録。こうした状況を踏まえてか、各観光雑誌やWEBサイトでは「フランスに行く際はデモやストライキに注意」という項目が設けられていることも多い。
今回ご紹介したいのは、そんな、デモやストライキによる国民の政治参加がさかんなフランスで立ち上がったサービス「Wistand(ウィースタンド)」だ。こちらは、自分が参加できないデモ等のイベントに、代理人を送り込むことのできる、いわゆる「イベント参加代行」のサービスである。このユニークなサービスを立ち上げたグレッグさんにお話を伺うことができた。
間接的にでもいい。すべての人に「声をあげる機会」を
Q:Wistandとはどのようなサービス?
グレッグさん:Wistandは、自分が参加できないデモ等のイベントに、「メッセンジャー」と呼ばれる代理人を派遣することができるイベント参加代行サービスです。メインとなるのはデモの代行ですが、環境保全イベントで自分の代わりにゴミ拾いをしてきてもらう、というような使い方もできますよ。
現在、気候変動、労働環境、人権など様々な事柄に関する自分の考えを表明しようと各地で様々なデモが起きています。しかし、身体的ハンディキャップや職務規定、居住区域など様々な理由でデモに参加したくてもできない人たちがいるのです。Wistandを始めたのは「すべての人に声を上げる機会を提供したい」という想いからでした。
グレッグさん:注文者の声を代弁するメッセンジャーは、Wistandに登録されたメンバーのなかから事前に選ばれる仕組みになっています。政治的思想の相性をチェックし、注文者の信条を一番適格に代理してくれそうなメッセンジャーを選ぶのです。またユーザーは、メッセンジャーに、自らの信条やメッセージが書かれたTシャツやバナーを身に着けるように依頼することも可能です。もちろん、メッセンジャーたちが依頼者の思想は自分の信念に反すると感じた場合は、依頼を断ることもできます。
代行の取引はオンラインで行います。利用価格は、1時間あたり15ユーロ。そのうちの20%を手数料として回収し、公正なサービスづくりに役立てています。イベント中は、自分の送ったメッセンジャーがどこでどのように活動しているかをGPSで確認することができるんですよ。デモの写真や動画を撮影してもらったり、インスタント・メッセージサービスを利用して、メッセンジャーとコミュニケーションをとったりすることも可能です。
Wistandはメッセンジャーという存在を通じて、市民たちが自分の信念をきちんと表現できるようにする仕組みであり、世間で主流だとされているムーブメントに隠されて、存在をなかったことにされてしまっている人々が自らの声を取り戻すためのツールなのです。
「本物の民主主義」の実現を目指して
Q:メッセンジャーはどのような人たちなのか?
グレッグさん:例えば、自動車配車プラットフォームUberで配車を頼むと、Uberに登録されたドライバーが迎えにきてくれますよね。それと同じで、Wistandにも個人のメッセンジャーたちが登録してくれているのです。ホームページのフォームから応募を受け付けています。メッセンジャーには給与が支払われるので、不安定な職種の人や学生などから広く興味を持ってもらえているようですね。
また、いち注文者が派遣できるメッセンジャーは、1回に1人だけと決まっています。支払う金額によって派遣できるメッセンジャーの数を増やせるなら、デモ等イベントの規模や盛況具合を操作することもできてしまいます。お金をたくさん払いさえすれば意見が反映される、なんてことは絶対にあってはなりません。ですから、「一人分の抗議活動」はあくまでも「一人分の抗議活動」で代替するのです。
Q:Wistandの特徴は?
グレッグさん:「本物の民主主義」の実現を目指していることです。そのためには情報の透明性が欠かせないと考え、システムにはブロックチェーンを活用しています。
あるいは、住んでいる地域によってもデモへの参加のしやすさは変わってしまいます。例えば、僕は現在フランスの田舎のほうに住んでいます。パリまで車でなら4時間、電車でなら2時間かかるような場所です。でも、フランスで開催される大きなデモやイベントが行われるのは、たいていパリ。僕がパリでのデモに参加しようと思ったら長い時間をかけて移動しなければならないし、場合によってはホテルの部屋を用意する必要だって出てくる。デモの開催時間次第では仕事を休むことになるでしょう。1回のデモに参加するだけで多くの時間や労力、お金を消費することになってしまうのです。
デモへの参加を阻む要因は、居住地域だけではありません。病気や、障碍のために開催地に赴くのが困難な人もいるでしょうし、抗議活動を行うことが許されていない職業の人もいます。一挙手一投足が注目されている有名人も、気軽にデモに参加するのは難しいかもしれませんね。
グレッグさん:Wistandを利用し、自分の代理人をデモに送り込むことにより、そうした人たちでも間接的に意見を発信することができるようになります。それに、デモ開催地の近くに住んでいるメッセンジャーがデモに参加できれば、カーボンフットプリントも減らせますね。
意見を表明する機会は、すべての人に等しくあるはず。だからこそ、こうしたサービスをうまく利用して多くの人に声を上げてもらいたいと思っています。
「ヴァーチャル共同組合」で、行動できる人を増やす
Q:Wistandが目指す社会像とは?
グレッグさん:誰もが自分の信念を持ち、きちんと発言できる──本当の民主主義社会を作りたいですね。インターネットを通じて国内外から様々な知見を得ることができる今、そうした情報を通して、自分たちの住む社会のおかしな点や脆弱性に気づかされたり考えさせられたりすることも少なくないですよね。そうしたときSNSで意見を発信することも多いですが、これって「ネット上で」不満を言って終わり、ともとれると思うんです。人々が不満を言うだけじゃなくて、組織を立ち上げたり、デモをしたり……何かしらのアクションを引き起こすサポートができるようにしていきたいと思っています。
Wistandが目指すのは、「ヴァーチャル共同組合」になること。人々が集まり対話しながら、今世界で何が起きているのかを理解したり、政治に関する考えをシェアしたり、様々な人と一緒にアイデアを生み出していくことができる──そんなコミュニティをWeb上につくることです。
グレッグさん:嬉しいことに、「Wistandに関わりたい」と色々な国の方から連絡をいただいているのですが、そうした声を聞くたびに考えることがあるんです。現代では、インターネットのおかげでグローバル化が進み、フランスに住んでいても日本やアマゾンの熱帯雨林で起きたことを知り、想いを馳せることができるようになりましたよね。
これまでは、ある国の問題に対して意見を持っていても、投票権のない他国の人間は傍観者でいることのほうが当たり前でした。ですが、こうして国を越えたつながりが当たり前となった現代では、もはや国籍など関係なく誰もがデモ等の活動を通して意見を表明しても良いのではないだろうか?そんなふうに思うことがあるんです。実際には国同士の利害関係や、公平性の問題もありますし、他の国の問題にどこまで関わっていいのか線引きするのも難しいですが──グローバル化の進んだ世界では、ある国の決断が他の国に及ぼす影響もより大きくなっているはずです。これまで黙ってみているだけだった他国の問題に対して、どう関わっていくことができるのかについても考えていきたいですね。
Wistandをより良くしていくため、今も色々な事柄について考えを巡らせていますし、やってみたいアイデアもたくさんあるんです。Wistandはまだまだ始まったばかり。本物の民主主義を実現するために、これからも進み続けていきます。
編集後記
取材当日、待ち合わせ場所にやってきたグレッグさんは、脇に大きな荷物を抱えていた。「このあとすぐ飛行機で移動しなくちゃいけないんだ」と彼は言う。様々な国の人たちから「Wistandに関わりたい」との申し出があり、この数か月、クライアントのもとを訪ねてまわっているのだそうだ。この日もタイトなスケジュールの合間を縫って、快く取材に応じてくれた。「ちょっと恥ずかしいからサングラスをかけたままでもいいかな?やっぱり失礼かな?」とはにかむ姿や、気さくな笑顔が印象的だったグレッグさん。実は彼の本業は、ドキュメンタリー映画のプロデューサーだという。
「僕は決して、テックの専門家ではない。だから、自分ひとりでこの構想を実現させることはできなかったと思う。でも、いろんな人と一緒になら夢を現実にすることができる。そう実感しているよ」と彼は言う。
インタビューの最後、筆者は個人的に気になっていたことについてもグレッグさんに意見を求めてみた。自分たちの権利や民主主義を守るためなら、臆せず声をあげることができるのはフランス人の国民性なのか?そう問いかけると、彼は迷わずこう返した。
「僕は、フランス人の特技は『プロテスト(抗議)すること』だと思う。なぜだかはうまく説明できないけれど……不満を口にしたり、これっておかしいじゃないか、と声を上げたりするのがすごく上手な国民性を持っていると思うんだ。自分たちの置かれた境遇を変えるために革命を起こした歴史もあるし、現代においても、おかしいと感じたものについてはデモやストライキを通じて『変えるべきだ』と積極的に声をあげている。それがとてもフランス人らしいなと思うよ」
──そんなマインドを持った人々の国・フランスで、生まれるべくして生まれたのが、Wistandだったんじゃないかな?そう言って、彼はハハッと笑う。そして、何気なく時計に目を落とすと、少し慌てたように「もう行かなくちゃ!」と立ち上がった。荷物をまとめ、駅へ向かって歩き出すグレッグさん。ハードスケジュールで動いているはずの彼の背中には、忙しさや疲れなど微塵も感じられない。これからのWistandをどうしていこうか?そんな彼のわくわくした気持ちが、背中越しにでも十分伝わってきたのだった。
【参照サイト】Wistand
【参照サイト】Wistand-Instagram
【参照サイト】Yellow vests, rising violence – what’s happening in France? | European Sting
【参照サイト】It’s Official: Paris Transport Strike Is Over, Wednesday January 29 | Forbes
【参照サイト】仏鉄道スト、史上最長の29日目に突入 | AFP通信