IDEAS FOR GOODでは、自分が自然や人とどのような「つながり」をもっているのかを可視化し、これからどんな「つながり」を築いていきたいのか、読者の皆さんと一緒に考えていきたいという思いから、「Design for Good 〜つながりのリ・デザイン展〜」を企画しました。
今回は、8週連続トークライブ配信イベントより、2020年7月7日に行われた、第4回「デジタル時代に紙がくれる、自然と人とのアナログなつながり」のイベントレポートをお届けします。
紙と手仕事の思考場「kami/(かみひとえ)」代表のなみえゆいさんをゲストに迎え、紙を通した人や自然との「つながり」、なみえさんの紙への想いをお伺いしました。約300日間かけた「世界の紙を巡る旅」を通して感じた紙の魅力、「デジタル社会」の今だからこそ考えたい紙が持つ役割を存分に語っていただき、あっという間の1時間となりました。トークのファシリテーターは、IDEAS FOR GOOD編集部の水野渚が務めています。
話者プロフィール:なみえ ゆいさん
大学でネパールの手漉き紙を研究した後、岡山の雑貨メーカーに就職。手仕事の紙を残すため、2019年3月から303日かけて「世界の紙を巡る旅」をして15カ国の紙と印刷の工房を訪問した。紙1枚でできることをテーマに、kami/(かみひとえ)の屋号で紙の情報を発信している。ポッドキャストを聴く▷第10回「300日の世界の『紙』を巡る旅で見つけたもの」
紙へのあこがれ、世界一周へのあこがれ
水野:今手仕事の紙を残す活動をされているなみえさんですが、なぜそもそも紙に着目し活動を始めたのか、またなぜ昨年世界の紙をめぐる旅に出たのか、伺っていきたいと思います。
なみえさん:もともと手仕事のモノが好きで、幼いころから人の手で作られるものに関心があり、大学は人文系の大学へ通っていました。学生時代、長期休暇中に青春18きっぷで日本各地の器や藍染、織物などの工房を回る旅をしていたとき、たまたま訪れた高知の手すき紙の工房で紙に出会ったのがきっかけです。木の状態から紙を作る体験を通して紙づくりの手間の多さや歴史、作り方に感銘を受け、手作業の技術を守る仕事をしたいと思うようになりました。
また大学の時、ネパールの手すき紙について研究していたのですが、その時に日本とは違う紙の質感や用途を目にしたことがきっかけで、世界各地のそれぞれの植物を使った独特の紙を見るために世界を巡りたいと考えるようになりました。紙へのあこがれと、もともと興味があった世界一周。ちょうどタイミングが合い、挑戦できたのが昨年でした。
ごみが、紙をもっとおしゃれに
なみえさんは日本や旅の間に世界各地で撮った写真を見せてくださいました。
なみえさん:これは帰国してからお会いした靴下の工場の方から頂いた糸くずを使って、作った紙です。普段廃棄されている靴下の刺繍の裏側に出ている糸を切り、紙に漉き(すき)込むことで独特の模様を作ることができ、それをラッピングに活用できないかと考えています。今は捨てられるモノを使って今までになかったモノ作りに挑戦しながら、捨てられる状態だと気付かなかった色合いや魅力に気付いてもらえるきっかけになればいいな、と思っています。
また、デニムの産地として有名な岡山県に住んでいらっしゃるなみえさん。岡山ならではの取り組みもあるようで、デニムの端切れからできたレターセットを送ってくださいました。
次になみえさんが見せてくださったのは、インドの紙。
なみえさん:これはインドの綿製の古着から作られた紙になります。インドで集められた古着をいったん全部色を落として白くした後に、大きな機械で砕いて粉々にします。その後、日本の和紙のように枠に入れてすいて乾燥させたものです。インドでよく目にするハンドメイドペーパーはこのリサイクルコットンペーパーが多く、街中で販売されているレターセットはカラフルな色でスクリーンプリントされ、お土産として手軽に入手することができます。この工房は前職の会社の取引先の会社の人に紹介してもらいました。このように人づてに工房を紹介していただくことが多いです。
旅の中でのつながり:自然とつながる
まさに「つながり」によって世界の15か国35都市の工房を巡り続けたなみえさん。自然とのつながりで特に印象に残った国はどこだったのかを聞いてみました。
なみえさん:メキシコの紙が一番印象的でした。アマテという紙なのですが、紙の原料となる木の皮をはいで柔らかく煮込んだモノを板の上に並べて叩き潰すことで紙の繊維自体を密着させて作る紙です。こういう状態のモノに絵や文字を書いた紙であったり、織物のように網目状に並べて叩くことで模様を出して作っている紙もあったりと、とても衝撃を受けました。正式な定義(※1)では「紙」ではないのですが、「紙」以外に表現する名前がないほど、とても不思議な存在です。
水野:数億年かけてできた石油から作られるプラスチックとは違い、一年草のこうぞから和紙が、数ヶ月で育つ竹から器や家具ができます。それぞれの地で長く使われている素材は、昔からの知恵で、自然に効率的な方法で作られている気がしますね。
なみえさん:紙の原料も植物の成長具合によって選ばれているはずです。植物が再生できる範囲でモノづくりを行って私たちの生活に活かしていくという循環が、今より自然な形でできていたんだなと思います。
日記と手紙:自分と人とつながる
自然とのつながりが分かったところで、次は自分とのつながりについて話は移ります。
水野:日記を読み返してみると、過去の出来事や以前に考えていたことを思い出したり、未来への決断を改めて考えたりできます。つまり、紙に書くことで、過去の自分と今、未来の自分が通じる、つながっていると感じられると思います。なみえさんのご経験の中で、紙ないし日記を通して助けられたり、楽になったりした経験はありますか?
なみえさん:たびたびあります。日記についていえば、20才のときから、毎日ではないのですがその時々の感情を紙のノートに記すようにしていて、旅の日記も含め、今で27冊目になります。6年前の文章を読み返すと今の自分が欲していたコトバが書かれていて、当時から自分は変わらない核となる気持ちを持っていたんだと、今の自分が励まされることがよくあります。
次は自分とのつながりから「手紙」を通じた人とのつながりについて。
水野:手紙を書くという経験は大多数の人がやっていることだと思います。皆が経験しているがゆえに、誰かが自分のために書いてくれたときにその人が自分にかけてくれた時間を容易に想像することができ、ありがたみを感じるのだと思います。手紙以外にも、服や食料などができあがるまでの過程をみんなが経験することで、たとえ今自分が作っていなくても、作っている人への感謝などが生まれるのかなと紙を通して感じました。
なみえさん:手紙は読むより書く方が手間と時間がかかるというのはありますね。私が特に手紙を通して届いていたら嬉しいなと思うのが、書く前の段階でも手紙を作るというプロセスに時間と手間をかけている人がいるということです。そのために、送るときの紙はなるべく手すき紙を選ぶようにしていて、その想いがより届きやすくなるといいなと考えています。
なみえさん:そうですね。もともと文字や絵を書くメディアとして、木や石が使われていました。しかし、そのままだとかさばってしまい持ち運びも難しく、もっと多くの人にメッセージを届けたいという気持ちから、紙が発展してきました。そういう歴史を持っている紙に記す価値や意味を見つめなおせたらステキだなと思います。
水野:ここ50年ほどで、コミュニケーション方法としてデジタルメディアが台頭してきました。デジタル対アナログの紙という構図になることも多いと思うのですが、今おっしゃってくださったように、石から今のデジタルメディアに発展しています。そのため、デジタルとアナログは本来、対立するものではなくつながっていて、両方とうまく付き合っていくことが必要だと思います。なみえさんもSNSなどデジタルメディアを使われると思うのですが、ご自身のデジタルとのうまい付き合い方についてはどのようにお考えですか?
なみえさん:それが難しいんです。私もまだバランスを図っている途中ですね。SNSは今Twitterや、Instagram、noteやFacebookなどの色々なものを使って発信していて、それとは別に、手元にある紙に日記を記したり、紙媒体で手紙や小さな冊子を作って人に届けるということをしている中で、伝えたい内容に合わせて使い分けていくのが1番いいんだろうなと思います。
何でもない時に手紙を送ってみる
最後に視聴者の方からの質問にいくつかお答えいただきました。
水野:世界中の色々な国の紙を見たあとに日本に帰ってきたことで改めて感じた、日本ならではの紙文化の魅力や可能性はなんでしょうか?
なみえさん:高度な技術がないまま紙づくりをしている国や地域がある一方で、日本の技術レベルはとても高いと感じます。また、それを活用して発展した書道などの文化もステキだと思います。今古民家に住んでいるのですが、窓側の扉が障子になっていて、その家の住環境に外から入ってくる光を紙を通して見るということは他の地域ではなかったので、障子の美しさなども日本に帰ってきて改めて感じました。
水野:どうしたらもっと手紙文化を普及できると思いますか?また、うまく手紙の魅力を知人に伝えるためのヒントがあれば教えていただけますか?
なみえさん:やっぱり手紙を送ることが一番だと思っています。事あるごとに手紙を送るようにしたり、ちょっとした御礼にメモを添えたり、友人に何でもないときにも手紙を送ってみたりしています。受け取るときの楽しさとか喜びを分かっている人であれば、自分も喜びや楽しい気持ちを誰かに伝えたいときに手紙という手段を選んでくれる可能性も出てくるのではないかと思います。その時に手紙に使う紙が、普段手にするコピー用紙とは違う質感のものであれば、より驚きが大きく、想いが伝わりやすいのではないかという気がしています。
水野:自分が書いてみて、それを連鎖のように広げていくことが、幸せの連鎖のように、手紙を広めていくことにつながるんじゃないかなと思います。仕事中にちいさなメモで「おつかれさま」と書いて職場の人に渡すだけでも仕事中ほっこりするかもしれないですね。
紙を通した活動のこれから
帰国後は、世界一周中に集めた紙の販売をメインに、各地の紙の作り方の違いをワークショップを通して伝えたり、今住んでいる岡山で、現在活用されていない植物を紙にしようと実験もしているなみえさん。これからどのように紙の活動を広げていこうと考えているのか、お伺いしました。なみえさん:今後は昨年の世界の紙を巡る旅で知ったことや出会った人達、出会った紙のことを伝えていけたらいいなと思い、今約300日の旅をまとめた本を作っています。アナログとデジタルのどちらも使い、手の込んだ作り方で作っています。その書籍の販売に加えて各地でワークショップや紙の販売会などを行い、実際に購入してくれた方と会って話して伝えていけたらといいなと思っています。
編集後記
今回、なみえさんの落ち着いた話しぶりからは想像できないほど、行動力と強い意志が感じられる様々なエピソードを聞くことができました。
靴下の糸くずやジーンズの端切れなど、普段廃棄されゴミとなってしまう素材を上手く活用してより魅力的な紙を作ったり、紙の代わりにするアイデアからは「もったいない」をなくし、ゼロウェイストを目指すヒントも隠れていたように感じました。
また、日常に溢れていながら意識することが少ない「紙」の種類や役割、歴史など、多くの発見があっただけでなく、日常のコミュニケーション方法について改めて考え直した方もいたのではないでしょうか。
手書きのメッセージは時間がかかるけれど、だからこそ想いや気持ちを込めることができる。誕生日やクリスマスじゃなくてもいい。日々の出来事や「うれしい!」を、いつもとは違った便せんに書いて、送ってみるのもいいかもしれないですね。
※1 日本工業規格 (JIS) では、「植物繊維その他の繊維を膠着させて製造したもの」と定義されている。
【Youtube動画】
Design for Good 〜つながりのリ・デザイン展〜 Vol. 4「デジタル時代に紙がくれる、自然と人とのアナログなつながり」
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