IoTテクノロジーの民主化で地域を持続可能に。東京電機大学の地方創生プロジェクト

Browse By

近年非常に問題とされている、日本の人口減少。総務省・厚生労働省によると、2008年をピークに日本の総人口は減少を始め、2050年には1億人を下回ると予測されている。人口が減少すると、産業が衰退し、現在の社会保障制度や公共サービス提供の仕組みの崩壊など、さまざまな問題を招く。特に、中山間地の人口が3000〜5000人程の小さな自治体では、観光業、農業などの担い手が減少し、その土地の伝統的な行事やイベントの実行も困難になっていく。

人口が減っていくなかで、私たちはいかに持続可能な社会をつくっていくのか。その解決策となり得る、「共有」の精神を軸にした画期的なシステムの開発を進めている人たちがいる。

東京電機大学の研究チームは、IoTテクノロジーとデータを活用した「Digital Village Platform」というインターネット上のプラットフォームを、2021年のリリースに向けて開発している。

研究チームは2019年から、少子高齢化が深刻な長野県の中山間地である小谷村で、IoT技術を搭載する地域課題解決システムの開発と実証実験を行い、成果を上げてきた。しかし彼らが構想しているのは、ただ便利なシステムを開発し提供することではなく、地域の自治体や住民がデータとテクノロジーを用いて、主体的に地域課題を解決できる一連の仕組みなのだ。

テクノロジーやデータを“本当の意味で”活用することで新たに見えてくる、持続可能な未来とはどのようなものなのか。当事者がソリューションを生み出し、自治体を超えて課題解決に取り組める仕組みとは、一体どのようなものなのか。このプロジェクトを主導する、東京電機大学准教授の松井加奈絵さんにお話を伺った。

話者プロフィール:松井加奈絵(まつい かなえ)

松井さん東京電機大学システムデザイン工学部情報システム工学科准教授。東京電機大学システムデザイン工学部情報システム工学科准教授、慶應義塾大学KMD研究所リサーチャー。應義塾大学にて博士(メディアデザイン)取得後、国内外の様々なスマートシティ、スマートコミュニティプロジェクトに研究者として参画。IoTプラットフォームを用いたデータ計測、収集、蓄積、解析、活用のフェーズについての研究活動を行う。現在は地域課題抽出、解決を行うためのデータ流通プラットフォームの社会実装に従事。

データを「本当に使える情報」にするためのプラットフォーム

昨今、新型コロナウイルスの感染防止対策や熱中症対策において、人の流れや密集地域を示す流動的な「データ」を活用したソリューションが注目されている。地方創生においても、適切な課題解決の施策を導入するためには、地域の人口推移や産業マップ、空き家率、気象情報などのデータが欠かせない。

『Digital Village Platform』のひとつ目の役割は、地方創生の取り組みを“情報面から支援すること”だ。そのため、プラットフォーム内では経済産業省と内閣官房が提供している地域経済分析システム「RESAS(リーサス)」と連携し、各自治体に関する気象や人口のあらゆるデータを閲覧・使用できるようになっている。

「Digital Village Platform」の全体像

「Digital Village Platform」の全体像

日本でデータをオープンにすることがブームになったのは2010年頃で、政府が収集した膨大なデータは誰もが閲覧できる状態になっていた。しかし、今までは、それを活かして地域課題解決につなげられる人材が不足していたため、そのデータが有効に活用されてこなかった。結果、データ収集は費用対効果が見えにくいと言われ始め、人的リソースや金銭的なコストの面から継続自体が困難になってきていると言う。

松井さん:例えば、若い世代の人口が減少すると、税収や生産額がどれだけ減るのかはデータを見れば理解できます。RESASでは、地域の課題発見のためのデータを提供しています。ただし、どのように課題を抽出し、解決するためのアクションプランを導き出すかは、自治体や地域住民自身にかかっています。。その方法がわからない、という声を良くお伺いします。データを提供する側がもう一歩進んだ提供の方法を考えないと、データは本当に使える情報にはなりにくいのが現状です。本取り組みではその点を補う方法を具現化していきます。

データを詳細に分析できると意外な問題に気付くことができ、本当に解決すべき地域課題が何であるのかがわかります。目につきやすい課題から闇雲に取り組むのではなく、データを統合的に組み合わせて、点を線にすることで、新しい可能性が見えてくるのです。

そこで私たちは、行政から地域の自治体に派遣されているデータを扱える人材と協力し、若い世代の教育も含め当事者自らがデータを活用し課題を解決していける仕組みを構築することで、持続可能な地域づくりに確実につなげようと考えています。

県や自治体を超えて、当事者の手による課題解決の循環をつくる

Digital Village Platformのもうひとつの役割は、住民や自治体など、地域課題の当事者がデータを活用してアプリケーションやソフトを販売できる「Digital Market Place」を通して、テクノロジーを用いた地域課題のソリューションを流通させることだ。開発チームはこれを活用してもらうことで、当事者の手による課題解決の循環が構築されていくこと目指している。

このマーケットは簡単に言うと、“地域課題解決のためのオンライン個人商店”といったイメージで、ソリューションの売り上げ金は全て出品者が受け取ることができる。
現在は、水田管理、害獣対策、除雪車管理、健康支援、防災支援の5つのカテゴリーに対してソリューションを出品することができる仕様を目指していおり、一般のECサイトのように、ソリューションに対してのコメントやレビューも可能だ。

また、自然環境の条件が土地によって異なる中山間地では、他の自治体でのソリューションをそのまま導入すれば成功するという訳ではないが、ここで販売されたソリューションを購入して自分の地域に合わせてカスタマイズすることも可能だ。

水田水位管理システムのダッシュボード

水田水位管理システムのダッシュボード

このマーケットの良いところは、県や自治体を超えて同じような地域課題のソリューションを共有できることだ。現在は、行政による自治体ごとの縦割りのシステムによって、県が異なる地域同士が協力して課題を解決することは難しいからだ。

例えば、県境で隣り合う2つの自治体は同じ河川を共有していたり、同じ山から害獣が来たりするなど、全く同じ地域課題を抱えていることが多い。そういった場合には、2つの自治体が協力し合って課題の対策をする方が効率的にも金銭的にも良いのだが、行政区が異なると助成金の降り方が違ったり、地方自治法が異なったりするため、協力関係が結びにくいという実態があるのだ。

また、自分たちの自治体の課題は解決できても、その自治体の中で完結してしまい、知見が他の自治体に共有されることは少ないと松井さんは言う。

松井さん:ひとつひとつの自治体を見てみると、地域課題解決の成功事例は実はたくさんあるのです。しかし、他の自治体に知見を共有するところまで行う余裕はなかったり、そもそも共有できる場がなかったりするとも言えます。これは非常にもったいないことですし、これからも人口が減少していくことを考えると、課題の解決に追いつきません。ですから、同じような地域課題に対するソリューションがテクノロジーによって広く共有されることにより、課題の解決は格段に早められると考えています。

また、こういった地域ごとの細かなカスタマイズが必要なシステムを企業が開発すると、サービス導入にたいへんコストがかかってしまいますし、もし企業側の事情でそのサービスが終了してしまった場合どうしようもなく、本当に持続可能とは言えません。その点も、当事者の方々が主体となって行えば低コストで済みますし、急にサービスがなくなってしまう心配もありません。

小谷村での実証実験「IoTテクノロジーを使った効率化」

ここで、具体的な中山間地の地域課題の一例と、研究チームが開発し長野県小谷村での実証実験を行う、棚田(※1)の水田水位管理システムを紹介していただいた。

近年、棚田の保全は国の大きな課題となっている。その一番の理由は、棚田が土砂災害を防ぐ防波堤になっていることにある。棚田を放置すると地形が崩れ土砂崩れが起きやすくなり、それによって生態系も崩れる。また、棚田は景観としても非常に美しく、観光業を守るためにも保全が必要とされている。農林水産省は棚田保全に関するガイドブックを出しており、政府が提案するオーナー制度(※2)によって棚田の保全をしている自治体も多い。

小谷村の棚田

小谷村の棚田

棚田では美味しいお米が取れるが、農作物を育てる効率は悪く、専業農家として生活できる収入にはならないため、ほとんどの人が兼業農家として運営している。特徴的な地形のため大規模農場のようにオートメーション化で効率を上げることも難しく、人手不足のため存続の危機に瀕しているのだ。

松井さん:私たちの研究チームは、棚田の仕事の8割を占める水位と水温の管理を、IoTテクノロジーを使って効率化するシステムを開発しました。このシステムを水田に導入することで、水位、水温の15分ごとのデータがWebページから閲覧でき、それによって棚田の農家の人は、水田を見に行くかどうか決めることができます。また、これまで自身が目視で収集していたデータをシステムが計測してデータベースに保存するため、それらのデータをその後の稲作プランに役立てることができ、時間の短縮につながります。システムは水田の水位、水温といった水監視だけに注力し、超低コストを目指しました。

Digital Market Placeでは、こういったソリューションが販売されることを想定していて、水田水位管理システムもそのひとつとしてプラットフォーム上に公開しています。

水田水位管理システム

水田水位管理システム

※1棚田:山の斜面や谷間の傾斜地に階段状に作られた水田のこと。中山間地域の過疎・高齢化にともなって、1970年代頃から減反政策の対象として耕作放棄され始め、今では40%以上の棚田が消えているといわれている。
※2棚田のオーナー制度:都市住民に直接耕作に関わってもらいながら棚田を保全していく方法。

持続可能な地域をつくるために“注文の多い自治体”になる

9月までの実証実験を行っている長野県の最北西部に位置する小谷村は、人口3000人に満たない小さな自治体で、少子高齢化も深刻な日本の典型的な中山間地だ。

松井さんの研究チームの学生が開発した水位管理システムが京セラの主宰するコンテストの賞を受賞したことで、実証実験を行う場所として先方に紹介されたのが小谷村だった。2019年は実験のために30回以上村へ通ったが、2020年に入ってからは新型コロナウイルスの影響で現地に行くことができなくなってしまった。しかし実験は、研究チームがオンラインを通して技術的な面を随時サポートしながら村の人たちに動いてもらい、良い状態で継続することができている。

そんな小谷村が今回の棚田の水田水位管理システムの実験場に選ばれた経緯や実験の様子からは、持続可能な地域を作るヒントが垣間見えた。

松井さん:小谷村の方々は、自分たちで解決すべき課題を見つけ、ニーズを明確にするということをできています。良い意味で“注文の多い自治体”なのです。

水位管理システムの実証実験でも、システムの使いにくいところやわかりにくいところを小谷村の方々が遠慮せずにどんどん伝えてくれたので、お互いに知恵を出しやすく、実証実験も有意義なものとなりました。今では小谷村は、第二の故郷のような場所になっていますね。

地方の小さいまちが消滅していくと、国全体としての“生き方の多様性”がどんどん縛られていきます。自治体の方々は普段の業務だけでも忙しいことは重々承知していますが、目の前のことだけでなく、小谷村のように未来の地域をどうしていくかということについて考えることも、非常に大切です。

高齢者の知識や経験を若者がテクノロジーに落とし込む世代間交流

開発中のプラットフォームやIoTを活用したシステムは非常に画期的で、運用開始が待ち遠しい。しかし同時に、現在の農業の担い手は高齢の方が多く、その方々がこのプラットフォームを活用したり、ソフトの開発を行うことは難しいのではないかという疑問も浮かぶ。松井さんはその点を、世代間交流や教育、そして政府との連携によって補うと話して下さった。

小谷村での実証実験の様子

小谷村での実証実験の様子

松井さん:もちろん私たちはこのプラットフォームで全てが解決できるとは思っていません。中には75歳で水位管理システムを使いこなしていた方もいらっしゃいましたが、一方でスマート農業(アグリテック)を取り入れることに対して抵抗がある方もたくさんいらっしゃいます。

しかし年配の方は、若い人が持っていない知見や体験を持っていて、若い人たち以上にできることがたくさんあります。それを必要とする人に共有するためにテクノロジーに落とし込んでいくのが、若い世代の役目です。ひとつの地域にひとりのIoT屋さんがいるようなイメージが理想ですね。

そのためにも、IT基盤を活用して、地域の小学生や中学生が、IoTについて学べるSTEM教育のプログラムを作っています。中山間地域で暮らしていく場合、生活できるお金を自分で得ていくことはとても大事ですから、プラットフォームでお互いが支え合って、お金を回せるようになると、その土地に定住できる可能性も高まります。自分たちの仕事は自分たちで作れる人材を育てていくことを目指しています。

また、各自治体には現在、総務省から『地域まちおこし隊』という名の人材が派遣されていて、お祭りや産業を通して地域の活性化につながる取り組みをしています。その人たちにも、このプラットフォームの活用に協力していただこうと考えています。プラットフォームはあくまでアクションにつながる情報提供をできるツールで、一番大切なのはやはり、テクノロジーを使う人の力や、コミュニケーションなのです。

編集後記

今回の取材では、テクノロジーをフルに活用した壮大なプロジェクトの構想に、圧倒された。しかし何より学んだのは、持続可能な社会をつくっていくために今必要とされているのは、「競争」ではなく「共有」や「協力」の精神であるということだ。

地方創生や人口減少は解決が難しい課題ではある。しかしこのプロジェクトのように、人口が減っていくなかでいかに工夫して豊かな暮らしを維持していくのかを考えることができれば、より持続可能な未来が見えてくると感じた。

開発チームは今後もさまざまな自治体の方々とじっくり付き合い、地域の課題解決のサポートを続けることで、日本全体が盛り上がることに貢献していくとのことだ。2021年に向けて改善を重ね続けるプラットフォームの運用開始が、非常に楽しみだ。

【参照サイト】RESAS 地域経済分析システム
【参照サイト】棚田ネットワーク
【参照サイト】総務省|平成30年度版 情報通信白書|人口減少の現状
【参照サイト】棚田オーナー制度の成り立ち

FacebookTwitter