トレンドカラーを取り入れたセーターやシャツ。季節の変わり目になると、店の奥の方で値下げの札が下げられている光景を誰もが目にしたことがあるはずだ。そして時が経ち売れることのなかった流行最先端の洋服たちは、二度と店頭に姿を表すことはない。そのような衣服がその後どこへ向かうのか、考えたことはあるだろうか。
ファストファッションの大量廃棄が社会問題として取り沙汰されるなか、短期間の流行に左右されづらく衣服の価値を最大限に生かす革新的な仕組みを導入しているアパレルブランドがある。佐賀県に拠点を置くサステナブルファッションブランドMERCI(以下、メルシー)だ。
今回は、そのメルシー代表、松田潤氏にお話を伺った。サステナブルでイノベーティブな仕組みが誕生したきっかけや、人々とファッションの今後について深く掘り下げていく。
話者プロフィール:松田 潤(まつだ じゅん)
1984年生まれ、佐賀県出身。物心付いた中学生の頃から女性の服に興味を持ち、アパレル業界一筋。大阪モード学園卒業後、大手アパレル企業プレス勤務を経て、2011年、27歳の地元の佐賀県にてセレクトショップを立ち上げ起業。その後、今現在まで10年自らアパレル会社を経営していく中で、アパレル業界に様々な疑問を抱くようになり、持続可能性のあるファッションをユーザーへ提案するために、自社ブランドを立ち上げる。Instagram→ 9r_jun
創業のきっかけは命の尊さへの気づき
中学生の頃からファッションに興味を持ち、将来はアパレル業界に携わりたいと考えていたという松田氏。
「私は幼い頃からルールや決まり事にとても厳格な環境で育ち、常に周りの目を気にしているような子どもでした。中学生くらいになると、その反動があったのか『何にも縛られずに自由に生きたい』という思いを持つようになりました。それから、ファッションを通して自分の個性や思いを表現することに強い興味を抱くようになっていきました。」
ファッションの専門学校を卒業したのちの2011年3月11日。東日本大震災が発生したそのとき、松田氏は佐賀から東京へ出張に向かう新幹線の中にいた。余震に警戒しながら3時間ほど閉じ込められた車内で「自分は果たして明日も生きていられるのだろうか」という不安を抱き、初めて死を身近に感じたという。
「自分の人生は有限であるということに気がついた瞬間でした。そして『やりたいことはいますぐにやらなければ』という衝動に駆られ、目指していたアパレルでの起業に挑戦することにしたのです。」
そして震災から約半年後の2011年8月、松田氏は佐賀県でアパレルのセレクトショップ「メルシー」を立ち上げた。
サステナブルなアパレルブランドへ
その後、2015年にはECサイトでの通信販売事業にも乗り出した松田氏。しかし、乱立するアパレルブランドによる競争の現実は、松田氏が想像していたアパレルの世界とはかけ離れたものだった。
「通信販売が一般的に利用されるようになり、地方に拠点を置く小さなブランドも市場で競争力を持つようになりました。すると、各ブランドがそれに対抗しようと価格を下げ始め、アパレル業界の競争は製品の質よりも価格によるものへと変化していきました。さらにSNSの普及によって、たった1枚の写真、1つの投稿のために衣服を消費する文化も生まれ、アパレル業界の激化する競争の中で徐々に疲弊していきました。」
松田氏も、ECサイト立ち上げ当初はファストファッションの流行に負けじとブランドのSNSアカウントの運営を強化していたという。その一方で、それぞれのブランドが心を込めて世に生み出した衣服たちがどんどん使い捨てられていく様子は見るに耐えなかった。
「業界の競争に遅れを取らないよう戦えば戦おうとするほど、アパレル産業に対する疑問は募る一方でした。洋服を買って、写真を撮って投稿して、そして捨てるの繰り返し。この悪循環を止めなければいけないと思いました。」
そして松田氏は一念発起しブランドのサステナブル化に踏み出した。製品の全てを日本国内で生産すること、製造の中間に卸業者を通さないこと、製品の縫製工程を積極的に公開することなど、アパレル業界がこれまで避ける傾向にあったサプライチェーンの透明化に全力を注ぎ始めた。
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たどり着いたプライスチェンジの仕組み
あるとき出張へ出かけた松田氏は、ホテルや航空会社がシーズンによって価格が変動する「ダイナミックプライシング」の仕組みを採用していることに注目した。ダイナミックプライシングでは、サービスの需要と供給によって価格が上がったり下がったり常に変動する。
アパレルの場合も、衣類の質自体は変わらないが、季節や流行の移り変わりによって需要が大きく変動する。しかし衣類がホテルや航空券と違うのは、市場に出たその瞬間が最も価値が高く、一度売り出されたら価格は下がる一方で二度と上がらないという点だ。
「アパレル業界でもダイナミックプライシングを取り入れることができれば、服の廃棄量を減らし、よりサステナブルな販売システムを構築できるのではないかと考えました。」
そこでメルシーが2019年に導入した新しい販売システムが「プライスチェンジ」だ。これまでの仕組みでは、例えば冬が終わって需要の低くなったコートの販売価格は最低ラインまで落ち込み、その後売れ残った在庫は店頭から消えていく。本来であれば、次の冬が来ればそのコートにはまた需要が戻ってくるが、流行を取り入れた奇抜なデザインの衣服の場合、翌年の需要を見込むことが難しい。
メルシーでは、従来のアパレルブランドが採用している春/夏・秋/冬コレクションという考え方から離れ、流行に左右されないデザインの衣類を販売している。これによって、流れ去っていく流行とは異なり、服の価値を落とすことなく季節を超えて需要を確保している。そして、シーズンオフで需要の低い衣類は価格を下げ、季節が変わり再び需要が高まったときには価格を上げる、というように常に需要と供給のバランスを見ながら価格を変動させている。
「アパレルブランドとして流行のデザインを取り入れることは喜びである一方、一度流行が過ぎ去ると『ダサい』とか『古い』とかの理由で価値を大幅に落としていきます。しかしそんな『ダサい』服もはじめはかっこいいと思って一生懸命デザインして生み出した服です。それをアパレルブランドが自ら『流行遅れだから』と否定して無価値化してしまうのはあまりに悲しいことです。私は、流行は人間が勝手に作り上げた幻想に過ぎないという見方もあると考えています。少し前までお気に入りで着ていたはずの服が、いつの間にかかっこ悪く見えてしまうということがあると思いますが、よく考えてみれば、実はデザインもサイズも服自体は何一つ変わっていません。変わったのは、その服を見る私たちの目なのです。」
これからのファッションは自分のためのもの
──ファッションとは何か。
この問いを突き詰めるべく、現在も常に学び続けているという松田氏。そのなかで気がついたのは、ファッションのあり方や目的は時代とともに変化しているということだ。
「人類の歴史を振り返れば、ファッションの起点の一つは民族衣装でした。民族間での共通言語がない時代、人々は自分の身柄や所属を明らかにするために衣服を身に纏い、視覚的に自己を表現する必要がありました。しかし現代社会では、国や性別、人種によって人を類別することも少なくなり、言葉や文字を使って世界中の人々と意思疎通を図ることもできるようになりました。そうすると、必然的に本来のファッションの意味と目的にも変化が生まれてきます。」
ファッションによる自己表現はもはや必要不可欠なものではなく、自己の選択に基づく意思決定であると分析する松田氏。さらに、ファッションと衣類は異なる意味を持つ言葉であることにも言及した。
「ファッションとは、自分を表現するための手段の一つです。好きな色やデザインの服を組み合わせて『自分の見え方』をコーディネートします。一方で、衣類とは自己完結するものです。自分の体型や体質にあった素材・サイズの衣類を身につけることで、自分が快適かつ健康に過ごすためのツールです。」
メルシーでは、後者の「衣類」の提供にフォーカスしたブランド経営を行っている。デザイン性も衣服の着心地を左右するという前提のもと、より長く、快適に着用できる「自分のための」衣服作りを追求している。
アパレルの製造現場にも声を上げる力を
今後はより一層サプライチェーンの透明性を高め、アパレル業界のサステナブル化に尽力したいと話す松田氏。
「メルシーで販売している服が、どのような素材から、どのような場所で、どのような人によって作られているのか、より積極的に情報を公開・発信をしていきたいと考えています。流行を追い求める消費者が多いなかで、どのようにしてより長く愛される衣服を生み出し、ユーザーの皆様に満足していただけるか。アパレルブランドとして、人々の生活を豊かにしながら地球環境の持続性にも貢献できるよう、そのバランスを維持することに努めていきたいです。」
「アパレル」と聞くと華やかで人気の職業のように感じるが、アパレル業界を志す多くの若者はその製造ではなくデザインや販売に興味を持っている。その一方、実際に衣類を製造する工場で働く人々の高齢化や後継ぎ問題は深刻化を極めている。松田氏は、衣服の製造過程を公開することで、消費者だけではなく未来のアパレル業界の担い手にもアプローチしていきたいという。
「これから、見た目もお洒落な縫製工場を作ることができたら良いと思っています。今は人手不足で苦しんでいる製造現場で、今後は若者がいきいきと働くことができる環境作りが求められていると感じています。また日本のアパレル業界では、製造現場の人々の立場がまだまだ弱いという課題もあります。服を製造することの魅力も、もっともっと世の中に発信していきたいです。」
日々生み出される衣類の持続可能性を探ると同時に、アパレル業界自体の持続可能性にも貢献しようと取り組みを続ける松田氏。最後に、社会を変えるための積極的な行動を続けていきたいと話した。
「私がプライスチェンジのアイデアを取り入れ始めた当初、『流行は直線的なものだから、一度価格を下げた服を再び高値で販売するのは現実的ではない』という反対意見が多く聞こえました。しかし、実際にこの仕組みを導入してから、人や地球に優しい暮らしを求めているたくさんのユーザーの方々に出会いました。これからも、より一層サステナブルな社会の実現に向けて、新しい取り組みにも前向きに挑戦していきます。」
編集後記
松田氏が運営するSNSアカウントのプロフィールの中で際立つ「#女性の服に恋をした -男子が作る服のカタチ-」の一言。その真意について取材の最後に尋ねてみると、「僕は自分では着用しないにもかかわらず、幼い頃からどういうわけか女性のファッションに強い魅力を感じています。今でも、女性のお洋服をデザインしているときがとても楽しいんです。」と満面の笑みを浮かべながら答えてくださった。
世界で2番目の環境汚染産業と言われているアパレル業界。様々な悪循環を断ち切り持続可能なサプライチェーンを構築するための道のりは長い。それでも、ファッションやアパレルに対する大きな愛と、それを通して社会をもっとよくしていきたいという確固たる決意は、不可能を可能なものに変えていくカギとなるのかもしれない、と松田氏の前向きな言葉を受けて強く感じた。
社会貢献という壮大なテーマに取り組もうとすると、その壁の高さに圧倒されてしまうこともある。しかし、自分が愛を持って心から楽しむ気持ちを忘れることなく一歩ずつ歩みを進めていけばいつか道は開かれるはず。そんな大きな希望を感じることができる時間となった。
【関連サイト】サスティナブルファッション通販のMERCI(メルシー)
MERCIでは2020年11月現在、「ベロア起毛の極上ヒートブランケット」のクラウドファンディングを行っています。