音楽フェスティバルと聞くと何を思い浮かべるだろうか。素晴らしい音と光の演出が舞うステージと、熱気が立ち込めるなか夢中で踊る若者たち。そんなイメージを抱く人も多いだろう。オランダ・アムステルダムの「DGTL(デジタル)」は、その素晴らしい音楽体験はそのままに、世界で最もサステナブルな運営を行う異色の音楽フェスティバルだ。
本連載は、人気音楽フェスティバルDGTLの循環する取り組みについて全3回でお送りする。前編では、オランダの音楽フェスティバルDGTLが家で寝て過ごすよりもサステナブルな理由について紹介した。中編の今回は、「サーキュラーエコノミーを目指すとイベント産業全体、都市までもが変わる理由」について解説する。そして後編は「循環型音楽フェスティバルを支える行政の役割と地域ごとのサーキュラーエコノミーの形」について解説する。
▶ 前編:オランダの音楽フェスティバルDGTLが家で寝て過ごすよりもサステナブルな理由
▶ 後編:循環型の「イノベーション」を支えるアムステルダム市
音楽フェスティバルDGTLは、一体どのようにサプライチェーン・パートナー企業・参加者、さらには都市までも巻き込み、変化を引き起こしているのだろうか。
Circular Economy Hub編集部は、音楽フェスティバルDGTL(デジタル)の持続可能なオペレーションを統括する、レボリューション財団のサステナビリティ・コーディネーターMitchell van Dooijeweerd(ミッチェル・ファン・ドゥイウィールド)氏に取材した。
サーキュラーエコノミーを目指すことでパートナーに変わる
サステナブルなイベント運営は、サプライヤーの協力なしには実現することができません。ただ、サプライヤーがこういった目標に対して否定的であったかというと、全くそうではありません。実際にサプライヤー企業らに「100%サーキュラーエコノミーの音楽フェスティバルを開催したい」と話すと、驚くほどすぐに共感を示してくれました。また、現状把握・進捗理解のためにはこれら企業からも情報を提供してもらう必要があり、社外秘の情報が含まれていることもありますが、この点でも共感し、協力してくれます。
ここまで協力してくれるのには、私たちが本当にサステナブルで100%サーキュラーなフェスティバルを目指して、これまで実際に手を動かして自分たちで毎年実験を繰り返しながら学んできたことが大きいのではないかと感じます。実際に自らで実践し、そこからの学びを包み隠さず伝えることで、取り組みの重要性を理解し、信頼を寄せて、共に変化の一部になりたいと言ってくれるのです。
欲しいものを注文するだけでは相手企業はただのサプライヤーですが、想いとストーリーを伝えることで、目指す目標を達成するためには何ができるか一緒になって、どのようにすれば良いか共に考えてくれるようになります。業務的に頼んだものを届けてくれるだけのサプライヤーではなく、共に協業するサプライ・パートナーとなってくれるのです。
多くの団体が賛同してくれる分、当然あまりサステナブルなイベント運営を熟知していない人たちと仕事をする機会も増えました。そのため、2018年からは、サプライヤー企業にDGTLとしての方針とお願いを示すために調達計画書を作成して提供しています。すべてのサプライヤーに、会場に何を持ち込めるのか、さらにはイベント終了後にどの業者が、どうリサイクル処理をするかまで細かく明記しています。リサイクルできないものはそもそも持ち込むことができないようになっているんです。
例えばDGTLのフードコートでは、すべての資源を実際に堆肥化して、次のイベントのための食材を育てる堆肥として利用できるように調達計画がなされています。そのため、使用する使い捨ての食器やカトラリーは、すべて生分解性の素材でなければなりません。市場には生分解性を謳う素材が非常に多くありますが、実際にはうまくいかないことも多いのです。
このような製品を見分けるのは非常に難しいので、私たちは、コンポストで加工するのに適していると思われる製品を集めた独自のウェブショップを作っています。こうすることで、すべてのケータリング会社が混乱なくフェスティバル会場で堆肥化できる容器だけを使って食事を提供してくれます。DGTLではフェスティバル会場にコンポストマシンを置いて、その場で残飯と容器をそのままコンポストできるようにしています。食料システムからはなんの生活廃棄物も残りません。すごいでしょう、これは、すべてのイベントが実施すべきだと思いませんか?
また、2019年からはサーキュラー・サプライヤー・カンファレンスをフェスティバル1か月前に開催するようにしています。このカンファレンスでは、私たちのサステナビリティ計画をサプライ・パートナーの方々に伝える場であり、様々な企業の方たちがそれぞれの課題を持ち寄り、解決のために情報交換する場でもあります。分野毎に分けて分科会も行っています。そこでは、どんな質問でもすることができます。アムステルダム市の担当者や政府関係者もいます。
イベントを開催する際、私たち運営事務局側は各サプライパートナーとメールや電話、場合によっては打ち合わせをするなどして連絡を取り合いますが、一般的にサプライヤー同士が互いに顔を合わせたり、意見交換したりすることはありません。DGTLというひとつの大きなイベントを形作るすべての人を一堂に会することで、魔法のような瞬間が訪れることがあります。例えば、エネルギーサプライヤーが「必要電力が大きくて解決できない問題がある、どうしよう」と言えば、ステージデザイナーが「それなら私たちがLEDに変更しますよ」などといったように。相互に話ができることで、イノベーションの種類もスピードも飛躍的に向上するのです。どんな質問にも耳を傾ける場です。
私たちがサステナブルな運営に必要なすべての解決策やアイディアを持っていて、「こうやっておいて」とすぐに回答できたら良いのですが、そういうことばかりとは限りません。このサーキュラー・サプライヤー・カンファレンスは、私たちが知っていることは伝え、わからないことはみんなで考える場です。
この取り組みからサプライ・パートナーが得られるものも多いのです。一度こういったやり方を確立できれば、他のイベントに対しても「私たちはサステナブルでサーキュラーなサービスを提供できます」と伝えることができます。現在、多くのイベント主催者もサステナブルな製品やサービスを提供できるサプライヤーを探しているため、とても重宝されるでしょう。
イベントを始めた当初は、おもしろがってくれているからこそ一緒に持続可能性を追求する方法を模索してくれましたが、今では、サステナビリティがなければ仕事が入ってこないという状況に変わってきました。イベント発足当時から今と比べると、社会は大きく変化しています。少し前までは私たちが発信し、教える立場にいることが多かったのですが、最近では逆に入ってくる情報、教えてもらう情報も増えてきました。
パートナー企業と共にストーリーと価値を生み出す
企業の間でも近年、サステナビリティポリシーの策定やサステナビリティ・マネージャーの採用といった、より良い社会・環境への貢献を目指す動きが活発化しています。そういったなかで、多くのパートナー企業は、DGTLフェスティバルがサステナブルな音楽フェスティバルであることを理由に提携したいと感じてくれているようです。共にサステナブルな音楽フェスティバルを作り上げるというストーリーの一部となり、協業したいと考えてくれるのです。
共感し合える企業とパートナーとなることはDGTLにとっても非常に重要なので、相手がどのような企業かを慎重に見極めなければなりませんし、そのためのポリシーも策定しています。例えば、化石燃料の採掘などによって多額の利益を上げている企業と同じストーリーを語り、協業していくことことは難しいでしょう。世界をより良くしたいと考えている、共にサーキュラーエコノミーを実現したいと考えている、そして変化に対してオープンな企業とは、きっと共に大きな価値を生み出していけると考えています。
また、企業はビジョンに賛同するだけでなく、DGTLを様々な「実験の場」として捉え、共に変わることができる大きな可能性を感じてくれているようです。
音楽フェスティバルとは、ある意味「小さな街」であるため、安全な環境で製品のプロトタイプや使用体験についてのアンケートの実施し、最適化した上で全体の生産体制に拡大することができます。ある大手飲料メーカーは、新しく100%再利用素材の飲料容器を作り、その容器のお披露目の場にDGTLを選びました。このように、DGTLもパートナー企業も、サステナブルな音楽フェスティバルという場を基軸に、共に変わっていくことができるのです。
より多くの人を巻き込むカギは「楽しさ」と「金銭的メリット」
DGTLでは、参加者をサステナブルな考え方に引き込むことも重要だと考えています。そのためには、「これをしなさい」「あれをしなさい」と一方的に伝えるのではなく、「なぜリサイクルが重要なのか」、「なぜミート・フリー」なのかといったことを、理由から説明します。そして、DGTLが現在どのように取り組んでいるのか、何ができていて何ができていないのかなどの現状含めすべてを透明性を持って伝えます。
実際に環境負荷やごみなどの問題もすべて、音楽フェスティバルDGTLの一部だということも説明します。ボランティアスタッフや運営スタッフがごみを分別していますが、参加者にも分別して正しいごみ箱に入れてほしいと伝えるのです。そうすることで、チューイングガムを吐き捨てるのではなくてきちんと正しい資源箱に入れるべき理由を理解してくれます。プラスチックカップを返却してほしい、というのも理解してくれます。参加者が正しい行動してくれると、私たちがとても助かることを理解してくれるのです。
実際に毎年続けることによる変化も感じています。最初は返却を呼びかけてもプラスチックカップのうち10%ほどが戻ってきませんでしたが、毎年2%ほどずつ向上しており、現在の返却率は95%ほどにも上ります。
工夫としては、イベント開催前、開催時、そして開催後に繰り返しコミュニケーションを取ることです。カップを返却するなどの参加者自身の行動が、どのようなポジティブなインパクトにつながったか実感できるようにフィードバックをすることで、また翌年もより良い行動をしてくれるようになります。多くの人は、実際に周りにとって良い行動ができるならばしたいと考えています。ただ方法を知らないだけなのです。
サステナブルであることを主張するだけでは環境意識の高い人しか巻き込むことが難しいかもしれませんが、私は、楽しくするか、安くする(金銭的メリットをつくる)ことで、すべての人を巻き込むことができると考えています。
私たちはフェスティバル会場内で、循環のショーケースもしています。左側で用を足すと、それがフィルターを通って浄化され、右側にはミントの葉の入ったおいしいハーブティーになります。これを見た人はみんな衝撃を受けていますよ。でも、様々な議論を引き出します。さらに、このように見せることで、これまでは廃棄だと思っているものに本当は貴重な価値があると気づくきっかけになります。これは、サステナブルな考え方を「楽しくする」一つの例です。
また、安くする、といっても何かをただたたき売りをするのではありません。DGTLではリサイクル・コインという仕組みを導入しています。タバコやガムを資源として回収場所に持っていったり、カップを返却したりするとお金が戻ってくる仕組みです。このように、特定の行動を促すためのお金の仕組みを導入するのです。
来年からはこのお金のしくみにもう一歩進化させる予定です。みんなそれぞれの「予算(budget)」があり、そのなかでやりくりして購買活動を行っていますが、各自決められた「排出予算(emission budget)」のなかでやりくりしなければならないとしたら、どうなるでしょう。
環境負荷を数値化し、一人ひとり何ポイントまでならば使っていい、というふうに決めるのです。そうすれば、みんな自分たちの引き起こす環境負荷に対して責任を持つはずだと、私は考えています。排出するCO2に価格があれば、誰がその価格を多く払う必要があるのか明確になるためです。このような考え方に基づく仕組みをDGTL2022で導入し、さらなる行動変容を期待しています。
個々人の消費や行動からなるCO2排出をそのままにすると、運営側がイベント終了後にオフセットする必要がありますが、そもそも排出が発生したあとでオフセットするだけよりも、最初から排出の発生自体を抑えられる方が環境にとっても運営側にとっても良い結果になるでしょう。
続く後編では、「循環型音楽フェスティバルを支える行政の役割と地域ごとのサーキュラーエコノミーの形」について解説する。
▶ 前編:オランダの音楽フェスティバルDGTLが家で寝て過ごすよりもサステナブルな理由
▶ 後編:循環型の「イノベーション」を支えるアムステルダム市
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Circular Economy Hub」からの転載記事となります。