「ラジオやPodcastは“聴く”もの」
だから、聴こえない人がそれらを存分に楽しむのは難しい──それが、これまでの常識だった。しかし、もしラジオやPodcastの音声コンテンツを”見る”ことができるようになったとしたら、世界はどのように変わるだろうか。
WHOのデータ(※)では、世界には約4億人もの、耳が不自由な人がいるとされている。また、WHOは、2050年には世界の聴覚障害者の人数は9億人を超えると推定。聴覚障害に対して適切な対策を取らないと、年間7500億ドルの損失に繋がる可能性があるとしている。
ところが、私たちが普段よく利用する音声コンテンツの業界では、聴覚障害に対して適切な対策が取られているとはまだ言えない。
聴覚障害者のための対策として用意されていることが多いのは、トランスクリプト(文字起こし)だろう。もちろん文字情報があれば、話の内容を知ることはできる。だが、話の間や笑い声といった音声ならではの要素を伝えることは難しい。「間」「笑い声」などとそのまま書き起こすだけでは、雰囲気やニュアンスといった音声メディアならではの醍醐味が抜け落ちてしまうためだ。現状では、耳の聞こえる人が楽しんでいるような音声メディアの利点を、聴覚障害者が十分に享受することはできていないと言えるだろう。
そのような状況のなか、ワシントンD.C.とニューヨークに拠点を置くアメリカ合衆国のデジタルメディア会社「Vox Media」が、聴覚障害者がPodcastを存分に楽しむための「没入型トランスクリプト」を生み出した。この「没入型トランスクリプト」を使った新番組「More Than This」は、史上初、見て感じることのできるPodcastである。
Vox Creative, Straight Talk Wireless launch accessible podcast for deaf and hard of hearing audiences: https://t.co/xZNgNKPP1Y pic.twitter.com/eAKEjEikOF
— PRWeekUS (@PRWeekUS) November 1, 2021
「More Than This」は、キャリアや国、あるいは自分の住むコミュニティを変えるなど、「自分自身で新しい道を切り開いた」人々のストーリーを紹介する番組。司会を務めるのは、作家であり、ファッションブランドをより公平で包括的なものにすることを目的としたコンサルティング会社2BG(2 Black Girls)の創設者であるダニエル・プレスコッド氏だ。
この番組内のトランスクリプトでは文字の大きさや、太さを変える、下線を引く、文字同士の間隔を空ける、配置を工夫するといった方法で会話の「間」や「抑揚」を表現。また、話し手のトーンにあわせて背景の色を変化させたり、イラストなどのビジュアルを使ったりすることで、話し手の感情や話すペース、会話の雰囲気を視覚的に視聴者に伝えている。実際のトランスクリプトは以下のリンクから閲覧が可能だ。
▷More than this(エピソード1)トランスクリプト
この取り組みは、エンジニアやグラフィック・アーティスト、デザイナーに加えて、耳の不自由な人たちの協力のもと、どのような工夫をすれば良いPodcastになるかを議論しながら進められたという。
障害者活動家でアクセシビリティコンサルタントのJamiLee Hoglind氏は、この取り組みについて「Podcast業界において、世界中の約4億人以上の聴覚障害者のためにアクセシビリティを考慮して設計・制作された、真の意味でのアクセシブルなPodcastがあるということは、非常に尊いことです。」とコメントしている。
この試みは、これからの新しいモデルになるだけでなく、アクセシビリティの優先順位をもう一段上のレベルに引き上げることで、業界全体を高めることにも貢献するだろう。
「耳が不自由な人も、存分に音声コンテンツを楽しむことができる」
常識がそのようにアップデートされる未来は、もうそこまで来ている。
※ New WHO-ITU standard aims to prevent hearing loss among 1.1 billion young people(WHO)
【参照サイト】More Than This (Vox creative)
【参照サイト】A Note on Accessibility (Vox Creative)
【参照サイト】Vox Creative, Straight Talk Wireless launch Accessible Podcast for Deaf and Hard of hearing Audiences
Edited by Yuka Kihara