豊かになるのに成長はいらない?「ナマケモノ」からの、スローでローカルな暮らしの提案【ウェルビーイング特集 #38 新しい経済】

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最近、動物の「ナマケモノ」をリスペクトせざるを得ないと思うようになった。ナマケモノといえば、中南米の熱帯林に生息し、生涯のほとんどを木にぶら下がって過ごす哺乳類だ。常に微笑んだような顔をしており、あまりにゆっくりした動きから、英語でも「Sloth(怠惰)」なんて名前がついている。

なぜナマケモノか。それは、「より大きく、より多く、より速く」が善とされる情報過多社会で私たちがつい忘れてしまうような、驚くほどスローで地域に根付いた生き方をしているから。そして、そのスローな生き方にこそ、コロナ時代以降の生き方のヒントがあると思うから。

横浜で、「ナマケモノになろう」と活動する人がいる。文化人類学者、環境=文化NGO「ナマケモノ倶楽部」代表の辻信一さんだ。以下は、辻さんのコラムから引用したナマケモノの生態の一部である。

ミツユビ・ナマケモノほど、嘲笑と侮蔑の的になってきた動物も珍しい。(中略)まず、なぜ動きがあんなにのろいのか。それは筋肉が少ないから。筋肉が少なければ、低カロリー、低タンパクで生きることができる。ミツユビ・ナマケモノは木の葉だけを食べるベジタリアン。筋肉が少なくて軽いから木の高みの細い枝にもぶる下がることができ、それだけ天敵から襲われる心配も少ない。

一週間に一度、彼らはリスクをおかして木の根元まで下りてきて、地面に浅い穴を掘って排泄する。排泄にこんな危険な方法をとるのはなぜか。実はこれが、生態学的に重要な意味を持っていることがわかった。高温多湿のジャングルでは、糞はあっという間に分解されて土を肥やさない。でも、ナマケモノは、葉を食べて得た栄養をなるべくその同じ木に返すために、そういう排泄をしていたというわけだ。自分の命を養う植物を逆に支え、育てているという。人間の世界でいえば、「お百姓さん」だ。

こうして、ナマケモノは怠けているどころか、周囲の生態系と見事に調和した、エコな暮らしを実現していることがわかってきた。進化といえば、僕たちはすぐ、「より速く、より強い」ものが勝ちのこるという「弱肉強食」をイメージしがちだ。でもナマケモノは樹上高く、誰と争うこともなく、のんびりと、徹底した低エネ、循環型、共生、非暴力平和のライフスタイルを貫くことで成功した。遅さと弱さが彼らの力だったんだ。

どうやら、ナマケモノの生き方にこそ、生存の危機に立たされた21世紀の人類のために役立つヒントが詰めこまれているらしい。だから、「ナマケモノになろう」

止まらない気候変動。資源の枯渇。増え続ける人口に足りなくなる食糧。グローバルで成長志向の資本主義経済が限界を迎えるなかで、これから私たちが目指すべき社会とは。辻さんに伺うと、さまざまな例をまじえながら話してくれた。そのなかには、「より大きく、より多く、より速く」の時代に否定され、切り捨てられている、スローでローカルな価値観がたしかに存在していた。

話者プロフィール:辻信一(つじ・しんいち)

辻信一さん環境=文化アクティビスト。文化人類学者。NGOナマケモノ倶楽部代表。「スローライフ」、「ハチドリのひとしずく」、「100万人のキャンドルナイト」、「しあわせの経済」、「ローカル・フューチャー」などのキャンペーンを展開。著書多数。最新刊はDVDブック「レイジーマン物語」(ゆっくり堂)、『「あいだ」の思想』(大月書店)2021年11月30日に『エレガント・シンプリシティー”簡素”に美しく生きる』を発売。
Website: 辻 信一のウェブサイト「まなそびのまど。」

ウェルビーイングエコノミー

私たちはいつから、立ち止まれなくなったのか

辻さんの活動方針の一つは、ナマケモノの棲む森と世界の森を守りながら、ナマケモノのようにスローなライフスタイルを提唱していくことだ。日本では2001年から「環境に負荷をかけない暮らしを提案するお店」として東京・国分寺でカフェスローを運営し、2017年から2019年にかけては、ドキュメンタリー映画『幸せの経済学』をもとにした国際フォーラムも開催した。

これまで明治学院大学で名誉教授も務めており、2021年にゼミも含め教員としての生活を終えた。そんな辻さんが話す、スピードが重視される現代社会で、一度立ち止まることの大切さと難しさとは。

Q. 大学教員としての生活を引退された辻さん。最近はどのような活動をしていらっしゃいますか?

執筆や、オンラインでのイベント登壇・講演会などをしています。また僕が世話人を務めるナマケモノ倶楽部では、それぞれの地域にあった暮らしや循環を行う「ローカリゼーション」をテーマに活動しているので、最近では国内のさまざまな地域を改めて訪れて取材をしたいなと思い、少しずつ動き始めているところです。現地に身を置くと見えるものが多いですからね。

Q. 新型コロナが流行してから、よりスローな生活スタイルになったと聞きました。

そうそう、コロナになってから丸1年間のスケジュールが全部キャンセルになりました。それで時間が空いたので、近所の森に毎日のように通うというのが僕の新しい日常になっています。元から森林浴と心身の健康には深いつながりがあるという研究は世界中でされていたのですが、それが実感としてもわかってきたんです。他にも、ヨガや瞑想など、自分を整えるものを少しずつ取り入れています。

バタバタしているときは、その瞬間瞬間に何らかの基準をもって取捨選択を行っているわけですよね。そこで取り落しているもの、見過ごしているものは大きかった。ですが改めてペースを一旦落としてみると、風景が変わるし、空のきれいさに気が付くし、色々なことが一気に感じられるようになる。この2年間で、今まで見過ごしていた良い言葉や本、歌などとの出会いが増えました。

辻さんの著書『スロー・イズ・ビューティフル』

辻さんの著書『スロー・イズ・ビューティフル』

本当は、コロナが蔓延しなくてもこんな風に何度でも立ち止まって考えたり、感じたりすることが大切なんですが、実は立ち止まるというのはなかなか難しいことなんです。渋谷のスクランブル交差点でいきなり立ち止まったら、後ろから突き飛ばされるでしょう。これは交差点だけのことではなく、僕らが今生きている社会は基本、絶え間なく走っていなくてはいけないような風潮がありますよね。

Q. 私たちは、なぜ立ち止まれないのだと思いますか。スピードがあることに、人間は魅力を感じてしまうのでしょうか。

魅力や喜びというよりも、むしろ恐怖だと思います。僕たちの背中を押しているのは、立ち止まって社会の枠組みから外れてしまうことの恐ろしさ、そして一度始めてしまったものを途中で止めてしまうことの恐ろしさではないかと。

なぜかというと、この資本主義の仕組みというのは限りない成長を前提としたもので、みんなそれが当たり前だと思っているから。企業の経営がスローだというと、「業績が振るわない」というマイナスな言葉すら浮かびます。まさに自転車操業(走るのを止めると倒れてしまう様子)ですよ。

Q. 最近だと「グリーン成長」や「持続可能な成長」という言葉も使われるようになってきています。経済成長と、それに伴う環境負荷を切り離すことができる、というような。これらの概念に対して、辻さんはどのように考えていますか。

「持続可能な経済成長」を永遠に主張し続けていることが、いかに成長していないかを示していると思います。この世界に、成長し続けるものなんてないんですよ。自然界のすべての生き物は、どこで成長を止めたらいいかわかっています。そのなかで、人間だけが止められていない。

もちろんある場面では成長もしますし、ある場面では後退もします。常に変わっていくんですよ。だから僕は、この成長という一側面だけを追いかけるような、いつまでも大人になれない自分自身を卒業することがまず大切だと思います。

つながりを切り離すことで発展したグローバル経済

成長し続けることが前提となっている現在の経済システム。たしかに人材の能力も、企業の業績も「右肩上がり」なことが良しとされている。現在私たちが当たり前だと思っているこの価値観が構築されていった背景には、何があったのだろうか。

Q. 現在のようなグローバル経済の仕組みは、どのようにできたのでしょうか。

これまで人類の経済が発展してきた仕組みというのは、他者との、自然とのつながりから自らを切り離し、「個として自由になっていく」という物語を成立させるためのものだと思っています。

資本主義が最も発展したイギリスでは、昔はコモンズ(共同牧草地)という、日本でいえば里山のようなところに人々が暮らしていて、どこからどこまでが自分の所有地という明確な境界がありませんでした。共同で土地を使い、誰かが家を建てるときは助け合い…… 。気候や土壌などの土地の自然条件、そして社会的、文化的な条件などの制約のなかで、なんとかみんなで生きていくための仕組み、それが「経済」でした。今のように持続可能性なんて言葉は使っていなかったけれど、持続可能性こそが基本線だったんです。

イギリスのコモンズ

それがいつからか、コモンズという制約から解き放たれて自由になるために、土地に囲いをして、ここからは自分の土地だと言い始める。それが「囲い込み」ですね。

そうすると大多数の人は土地を所有することができず、生活の基盤を失って、都会へと出ていかざるを得なくなります。都会で彼らは賃金労働、要するに自分の労働力と賃金等を交換する仕組みに組み込まれて、「労働者」へと生まれ変わるんです。

もちろん、自由にいい面がないわけではありません。不自由よりは自由なのが気分がいいしね。しかし、制約からの脱却をどんどん極端にしていくと、困ったことになる。制約の裏面は、恵みだからです。制約がなくなれば、清々しさと一緒に寂しさもやってきます。個人で所有するのは、快楽だけでなく苦しみももたらす。自然の恵みで、誰のものでもなかったはずの水が、どこかの企業に所有され、私たちは1本100円以上出して買うようになってしまっていますよね。

僕たちの生活を形作っているものは、本来すべていただきものです。朝起きて息を吸うことができる体の仕組みは、人間が設計したわけではありません。太陽エネルギーで体を動かしていても、月末に太陽が請求書を送ってくることはありませんよね。空気や水や土も、自然条件という制約ですが、同時にそれなしには生きることのできない、恵みです。そんなものを所有するというのは天に逆らうことじゃないですか?

日本語では、文の冒頭に「私」と「あなた」とかの主語をいちいちつけないでしょ。実は日本語には主語がないんです。また古代には世界中のどの言語にも主語がなく、主語・述語・目的語などどという文法的構造もなかったらしい。それと同じように、「私」と「あなた」の区別も曖昧なんです。道で転んで膝をぶつけた人を見たら、自分の膝が痛むことがあるでしょう。自分と他者の境界線というのは、僕らが思うより、ずっと曖昧なんです。それなのに、僕たちはいつのまにか、すっかり個人主義的になって、まるで独立して自力で生きているかのように思いあがって、すっかり「おかげさま」を忘れてしまっています。

Q. グローバリゼーションの課題について、もう少し教えてください。

グローバリゼーションとは、基本的には世界中が一つの文化になったように同じ経済的な価値観のもとで、物事を行おうとする動きを意味します。昔は国や地域ごとに文化の違いがあったので、物やお金が動くときにスムーズではなかった。だから、それを統一した価値観のもとにバリアを取り除き、フラットにしていくことで、どこにでも物が、情報が、お金が飛び交うシステムを作った。

世界中が先進国と同じような暮らしをしようとすると、当然資源は足りなくなります。僕たち人間は、まるで地球資源が無尽蔵であるかのように消費して、本来次の世代のためにあるはずのものを全部使い果たしてしまうような勢いで生きているわけです。そして、経済の発展と共に失われる自然環境や、土着の文化、伝統的な価値観などについては目をつむり、なるべく考えないようにしてきました。

日本全国で広まりつつある「ローカルな経済」

Q. これからの経済を考えるうえで、辻さんが大切にしている考え方とは?

ウェルビーイングを実現するのに大切なことは、つながりだと僕は思っています。そして本当のつながりを実現する場はローカル、つまり身の回りの生活、身近な人々です。

今、SNSやオンライン会議ツールなどで世界中どこでもつながれるようになったように見えます。でも人間として本当に必要としているつながりは、スマホ上で表示される「いいね」なんかとは違って、自分の存在を深いところから支えてくれるものなんです。そういう本質的なつながりを失った証拠に僕たちはどんどん孤独に苛まれて、イギリスには孤独担当省までできちゃっているじゃないですか。

僕たちはもう一度、自分の周辺に「顔の見えるつながり」を作り出していく必要があると思います。今、「成長しなきゃいけない」という物語の外に颯爽と歩み出ていく若者が日本でも増えています。そして、地域で真剣にコミュニティづくりに取り組み始めています。

Q. たとえば、どのような地域がローカル経済を築いていますか?

千葉県のいすみ市では、小・中学校の給食に地元のオーガニックな米を使っていて、さらに無農薬・地産地消100%の給食を目指しているそうです。移住先として若い世代の間で最も人気のある地域だけのことはありますよね。

他にも、岐阜県の石徹白(いとしろ)や、島根県の海士町や石見銀山、鳥取県の智頭町、福岡県の糸島なども、経済の再ローカル化のよいモデルだと思います。日本全国、いたるところで似ているような動きが始まっているんです。

糸島の「お山の楽校」を訪ねた時

糸島の「お山の楽校」を訪ねた時

日本だけでなく、世界中に、地域の住民が中心となったエコビレッジや、トランジションタウン(※1)などのローカリゼーションの動きが広がっている。人々が目指しているのは、経済成長ではなく、循環型で持続可能な地域社会です。それは「懐かしい未来」を目指す市民運動なんです。その勢いは増すばかりです。

※1 イギリス南部のトットネスが発祥。石油資源の限界と気候危機を解決するために、地域の人々が地域に合った資源を使いながら持続可能な暮らしを目指していく運動

都市という一局に集中してピラミッド型の社会を作るのではなく、小さくて生き生きとした地域が世界中にたくさんあるような。そういう未来を描いていきたいものです。

Q. 最後に、ローカリゼーションの考えに感銘を受けてこれから変わっていきたい、ライフスタイルを変えていきたいという方に向けてメッセージをお願いします。

三つの合言葉を大切にしてもらえればと思います。ケア・シェア・フェアという「三つのエア」です。

ケアという英語は、介護とか世話という意味以前に、「気にかける」、「関心を寄せる」という、人間の自他の根源的なつながりを表す言葉です。僕たち人間は、他者をケアしてしまう存在なのです。具体的に何かお世話をされなくても、誰かに気にかけられていると思えるだけで支えられます。本当の経済活動や、ビジネスの原点には、このケアがあるのです。反対に、“I don’t care(どうでもいい)”という無関心を表す表現は、他者を自分から切り離し、見捨て、見放すということを意味する。人と人とのつながりとは、互いに気にかけ合う、ケアし合うということなのではないでしょうか。

フェアといえば、フェアプレーやフェアトレードという言葉が浮かぶのではないでしょうか。これも一人じゃ成り立たない。二者以上がそれぞれいいと思い、受け入れることで、初めて成立するのがフェアな関係です。グローバル経済の中で、格差がこれまでにないほど増大している。フェアじゃない社会なんです。多くの人間が苦しんでいるだけじゃなく、動物にも植物にも、自然界全体にとってが出てあまりにもアンフェアな世界です。正しさを主張し合う社会ではなく、互いにとってフェアかどうかを基準にする社会に向かう必要があると思います。

そしてシェア。僕たち人間は空気や水、大地、太陽・・・すべての恵みをシェアして生きてきました。人間だけでなく、動植物もそうです。これは、経済活動の根源のような考えだと思っています。経済の本質は交換ではなく、シェアだ、と僕は信じているんです。

「人間らしさ」とはこの三つのエアによって表わされているんじゃないか。これらを合言葉にして、僕たちが生きていくことで、それぞれの人生も、社会も、より良い方向に変わっていくのではないでしょうか。

編集後記

「生産性を爆上げする仕事術」「仕事が遅い人の3つの特徴」そんなタイトルのビジネス本が書店に並ぶこの社会。本を一冊読む代わりに、要約された情報に目を通す。動画は1.5倍以上で再生する。家事を短縮してくれる便利グッズを買い揃える。時は金なりだ。

しかし効率化して節約されたはずの時間は、一体どこにいったのだろうか。私たちは、あまりにも多くの、本来では必要のない物や情報、タスクを持ちすぎていないだろうか。

辻さんは、ナマケモノ倶楽部のブログで「スロームーブメントは、環境=文化運動だ、と僕たちは考える。環境問題とは単に技術的な問題ではなく、僕たち一人ひとりの考え方や暮らしのあり方の問題だと思うから。」と書き記している。環境、社会、そして経済システムを変えていくために、ライフスタイルを変える。ライフスタイルが変わるには、まず「こうでなければ」という思い込みを手放すことが大切だ。

もっとスローでいい。もっと小さくローカルでいい。この取材を終えたあと、筆者の頭にはそんな考えが浮かんでいた。世界中みんなが同じ価値観や基準で生活するのではなく、土地にあった暮らしをし、またその土地に還元していく。課題を解決するために、あえて「ゆっくり」生きてみるのはどうだろう。それこそ、ナマケモノみたいに。

ナマケモノ

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