資本主義が生んだ問題を解決するには?「本質的な豊かさ」を実現する経済を考える

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2021年10月、一般社団法人シェアリングエコノミー協会が主催する「SHARE SUMMIT 2021」がオンラインで開催された。企業、個人、NPO、教育機関などあらゆるセクターが集い、近年注目を集めるシェアリングエコノミーを含め、持続可能な共生社会の実現に向けた具体的な行動を模索する場だ。

本記事で取り上げるセッションのタイトルは、「シェアという思想〜本質的な豊かさを実現する経済社会の行方〜」で、セッションのキーワードは資本論、コモンズ、コープ、幸福論。スピーカーは、経済思想家・大阪市立大学准教授の斎藤幸平氏、慶應義塾大学 環境情報学部教授でヤフー株式会社 CSOの安宅和人氏、一般社団法人シェアリングエコノミー協会の常任理事兼事務局長である石山アンジュ氏の3名だ。

世界中の誰もが本質的な豊かさを手に入れられる、持続可能な経済社会システムとは、どのようなものなのだろうか。そして、そのようなシステムを実現するために、私たちは何を意識すべきなのだろうか。セッションの様子を一部抜粋してお届けする。

登壇者

資本主義がもたらす、環境破壊と世界の格差

──私たちは今、企業が利潤を追求し、市場が社会の隅々まで張り巡らされた、資本主義経済のなかで生きている。企業が、消費者の「もっと安く、もっと良いものを手に入れたい」という需要に応えようと、グローバルな競争を続けた結果、労働者や自然環境がないがしろにされるという問題が起きている。斎藤氏と安宅氏はセッションの序盤で、こういった世界の格差や環境問題に対する危機感をあらわにした。

安宅氏:僕は、今の世界は極めてまずい状況にあると思っています。まず、哺乳類の96%を人間と家畜が占める現在の世界では、野生動物とそれ以外の世界がぶつかり合いすぎています。それがコウモリや猿など野生動物からエボラ出血熱やデング熱、SARS、Covidといった新規の感染症がこの数十年次々と発生する構造的な背景になっています。新型コロナウイルスの出現は一過性のものではなく、今後も頻繁にパンデミックが起こる可能性は高い。

さらに、気候変動も危機的状況にあります。地球温暖化の影響で、永久凍土地帯にメタンなどの爆発が原因だと思われるクレーターが多く発生していたり、このままいけばアイス・アルベド・フィードバックによりあと20~30年で北極の氷が一度は全部溶けることが想定されたりもしています。また、日本海では過去100年だけで海面温度が1.7度も上昇しています。水は空気の約4倍の比熱があり、凄まじい熱が海に溜まっていることがわかります。世界的に見ても海面温度の上昇は、異常気象が頻繁に発生する一つの背景になっています。

このままいくと、気象庁ではあと60年で日本の年平均気温が4度ぐらい上がると想定しており、今後、異常気象はますます増えていくことでしょう。環境省は、このままだと2100年に最大風速90メートルの台風が来ると予測しています。風速90メートルと言えば、私たちの家の基礎まで吹き飛ばされてしまうほどです。

安宅氏

安宅氏

斎藤氏:安宅さんのおっしゃる通り、事態はかなり深刻です。このままでは食糧危機や水不足などの問題が多発し、世界の至る所で環境難民が発生したり、地域紛争が起きたりしてしまいます。そしてこういった危機を悪化させるのは、格差問題なのです。たとえば、CO2はほとんど先進国の人たちが排出していて、アフリカの人などはほぼ出していません。しかし、気候危機が起きた場合にまず犠牲になりやすいのは、お金のあまりない発展途上国の人たちです。

私は、こういった非常に不公平な世界になる道は、まだ避けられると信じたい。そのために、我々が行ってきた「地球への行き過ぎた介入」を見直すべきだと考えています。

石山氏:そのためには、やはり資本主義を見直すべきなのでしょうか。

斎藤氏:そうですね。もちろん資本主義のなかで、省エネ技術が進歩したり、再生可能エネルギーが開発されたりといったイノベーションも起きていて、それは必要なことです。ただ、その一方で、私たちは資本主義のなかで非常に多くのものを消費し、有限な資源をどんどん食いつぶしています。こういった消費の仕方を見直さない限り、危機的な状況は避けられないと思います。

斎藤氏

斎藤氏

安宅氏:私自身も含め、先進国に暮らす人は、地球環境にとてつもない負荷をかけていることを直視しないといけません。また、発展途上国に暮らす人たちが、豊かになっていくのを止めるべきでもありません。発展途上国が豊かになっていくのと同時に、人類の環境負荷は減らさないといけないという、歴史的に見ても非常に難しい局面に我々は立たされています。

脱成長か、技術革新か

──こういった非常に危機的な状況のなか、斎藤氏が提唱している、資本主義に代わる持続可能な経済思想が「脱成長」だ。

斎藤氏:脱成長とは、発展途上国が豊かになる余地を残しつつ、持続可能な世界を実現するために、先進国はこれ以上の経済成長を諦め、経済規模をスケールダウンさせようという考え方です。

そこで重要になってくるのが、今一部の人のもとに偏りすぎている富を様々な形で分配することです。私は、独占されている富をシェアすることで、多くのモノを生産しなくてもより平等な社会を築けると思っています。例えば、100人が1人1台ずつ車を持つのではなく、1台の車を100人で共有すれば、たくさんの車を生産しなくても良いですよね。このように富を共有化する考え方を「コモン」と呼んでいます。

たとえば、公共交通機関の料金をすごく安くすることで、皆が公共交通機関を利用するように誘導し、車の利用を減らす取り組みは「移動手段のコモン化」です。このように既存のシステムを使いながら、お金をあまり使わずに暮らせる社会をつくっていくと、経済成長を追い求めなくて済むのではないかと思います。シェアリングエコノミーの取り組みもコモン化を考えるうえで重要になってきますね。

公共交通機関

石山氏:安宅さんは、こういった考えについてどう思われますか。

安宅氏:私も、シェア化は人類の環境負荷を下げる点から見ても、できるところからどんどん進めたほうがいいと思います。ただ、正直それだけでは危機を食い止めるのに間に合わないとも考えています。私の見方は悲観的かもしれませんが、様々な対策を講じても、災害の多発など、地球環境が悪化していく流れは止められないのではないかと思っているのです。最善を尽くして、おそらく悪化のペースをなだらかにできる程度ではないかなと。ですから私たちは、本気でサバイバルの方法を考えないといけない局面を迎えているのかもしれないなと考えています。

課題解決のために私が期待しているのは科学、技術、社会全体の「イノベーション」です。先ほどのサバイバル問題を除けば、我々にとって当面、最大の課題は、いかに地下からのカーボン由来のCO2を出さずにエネルギーとセメントや鉄などを獲得するかだと思うので、私はこの分野のイノベーションに望みを託したいですね。というより、イノベーションを「起こす」という強い意志が必要だと考えています。

──イノベーションに期待を寄せる安宅氏の発言を受け、斎藤氏はこんな懸念を語る。

斎藤氏:イノベーションについて語るとき、私がいつも危惧するのは、「人々が技術に過度な期待を抱いて、自分たちの生活スタイルを変えようとする意識が薄れてしまうのではないか」ということです。たとえば「CO2を回収し貯留するCCS技術があれば、気候危機を回避できるはず。だから、私たちは何もしなくて大丈夫」というように、技術を言い訳にして行動を起こさなくなる人が増えてしまうのではないかという懸念はあります。

私は、技術革新に頼るだけでは問題は解決しないと考えていて、イノベーションには、私たちのライフスタイルの転換とセットで取り組まないといけないと思っています。

脱成長は可能か?

──次に、安宅氏は脱成長を進めるうえでのこんな懸念を口にした。

安宅氏:私が脱成長やシェアリングエコノミーの話で課題だと思うのは、「経済を縮ませることなく実現できるのか」という点です。経済学的理屈では、経済の規模が縮んでいくと、私たちの社会は経済成長を生み出すドライバーであるはずの金利、利息に食いつぶされて回らなくなることになっています。ぎりぎり受け入れられてもゼロ成長付近。経済が縮み始めると世界の不安定化を引き起こしてしまうので、そうならないようにする必要はあるのではないでしょうか。

斎藤氏:確かに利息などのことを考え出すと、資本主義を前提にした脱成長は破綻してしまいます。資本主義は、常に資本を増やしていくことを前提に設計されているので、日本みたいにずっとゼロ成長だとやはり色々と問題が出てきますよね。だからこそ、資本主義から脱却しないといけないと思うんです。

日本はこれから人口が減っていきますし、環境制約が増え、新しい投資フロンティアも無い状況で、成長に依存する資本主義というシステムを維持するのは、無理があるのではないでしょうか。

安宅氏:なるほど。私は、資本主義のどこに問題意識を持っているかという点で、斎藤さんと意見が異なります。私は、GDPがあまり増えないゼロ成長付近でも、金利を大幅に下げれば社会は回るので、それで最悪構わないと思っています。実際、日本はそれで回っていますよね。ただし移し替える仕組みがなく、合意も形成できない中で、経済規模縮小を目指すのは先程申し上げたとおりきわめてリスクが高い。

資本主義のなかで資本が増えていくのも、問題ないと思っています。というのも、今世界で増えている富は、ピケティが言っているように、資本が資本を生んでいる場合が大半です。問題は、この増えている富を手にするのがごく一部の人たちで、社会にほとんど還元されないことではないでしょうか。今のところ、彼らが自発的に行うフィランソロピーというかたちでしか還元されていなくて、ここが課題だと思います。

分配されない富

コミュニティの、善の追求と暴走

──今の資本主義をより良く変えるための、具体的な方法論のひとつとして、セッションで議論されたのが、協同組合についてだ。経営者だけが運営に携わる株式会社と異なり、コミュニティ内の人全員が運営に参加できる、協同組合型の組織の方が、皆の意見が運営に反映されて、利益が平等に分配されやすいのではないかと言われている。

斎藤氏:インターネット空間を例にとると、UberやAirbnbなどのシェアリングサービスは、車や家といった、独占されている富をシェアする有効な手段として注目されてきました。ただ、その一方で、プラットフォームとそのユーザーの関係を見ると、プラットフォームのほうが力が強くて得をしやすく、ユーザーのほうが損をしやすい状況になっているのが現状です。

ですから今後は、オンラインコミュニティに参加している人たちが平等に得をする仕組みにできるようこうしたオンラインシェアサービスにももう少しルールを設ける必要があるのではないでしょうか。たとえば、ユーザーがプラットフォームを協同組合的に所有して利益を得る「プラットフォーム協同組合」をつくるというのも、良い方法だと思います。

──この話を受け、安宅氏は「コミュニティで善を追求しようとする動き」に対して、こう意見を述べる。

安宅氏:私は、コミュニティにとっての善を追求しようとする動きに対して、ひとつ問題提起したいことがあります。それは、何らかのコミュニティが内側だけで善を追求すると、暴走する危険性があるということです。たとえば、コミュニティが極端な思想に走りやすくなったり、排他的になったりする恐れがあります。

もちろん、コミュニティにとっての善を完全に無視して、自分だけが得をすればいいという極端な個人善の方向に走るのも問題です。そういった問題意識から、プラットフォーム協同組合のような取り組みが生まれるのも理解できます。なので、コミュニティにとっての善を追求しつつ、コミュニティの外側と衝突しないようにやっていく、バランス感覚が求められると思います。

コミュニティ善

共生意識を育む「意識の修行」を

──これまでの話を振り返り、石山氏は「システムよりも人の意識をいかに変えられるかがポイントなのではないか」と語る。

石山氏:いかに意識を変えられるのか、いかに共生意識を育むか……お二人はそのために必要なことは何だと思われますか?

安宅氏:僕は、何よりも「フラットな事実の共有」が大事だと思います。ただフラットな事実をつかむのはなかなか難しいこと。ですから、「間違えたら速やかに正す」ことも重要ですね。デジタルの世界では修正がしやすいのも良さだと思います。

ただ、情報がオープンになっていても、人は都合の良くない真実には目を向けないのです。そうなると、教育の話から考えなくてはいけないのかなとも思いますね。

石山氏:私は「意識の修行」が必要なのではないかなと思っています。私たちは今、面倒くささを排除して生きていて、ともすればシステムの奴隷のようになってしまっている。そんな私たち個人がどうやって意識をアップデートできるかというところがポイントだと思います。

斎藤氏:それを助けるような形のイノベーションができると良いですよね。

石山氏:そうですね。ですが、意識の修行すらイノベーションに頼ってしまって……本当に良いのだろうかと思えてしまいます。

斎藤氏:きっと問題は、意識の修行をする時間も、行動しようという気付きもないという人が今の社会の大多数だということなのでしょうね。そこはジレンマですよね。

──セッションが終わりに近づくと、石山氏が「意識をアップデートするという意味では、日本文化や思想との関連性や親和性があるのではないか」とコメント。それを受け、最後に斎藤氏はこう話した。

斎藤氏:日本人には天災を耐え忍ぶという風潮があります。例えば、いくら台風がひどくなっても「これは自然現象だから」と耐えてしまう。「これは人為的な問題だ」「社会の問題だ」というふうに目が向かっていかないんです。この状況は変えなければいけないと思うんですが、同時に、それを変えるためのヒントも日本の思想にあるのではないかと思っています。日本には「共存」など、自然を支配しようというヨーロッパの思想とは違う考え方があります。それがひとつのヒントになると思うので、今後勉強していきたいですね。

イベント後記

私たちは、資本主義が多くの問題を引き起こしていることに気づき始めている。「待ったなし」の状況で一刻も早い解決アクションが求められる現在。私たち一人ひとりが「資本主義とは何で、何が問題なのか、どうすれば解決できるのか」といった問いについて考えるべき時がきているのかもしれない。

セッションを聞いて学んだのは、人類が直面している様々な課題を解決し、持続可能な社会をつくるために、物事をマクロないしは抽象的な次元で捉えることの重要性だ。

先述の問いに対し、すぐに答えを出すことは難しいだろう。だが、「これらの事象はどう関係しているのか」「トレードオフの部分はないか」など、いつもより広い視点でものごとを捉えるように意識することで、私たちが普段目にする、一見バラバラなニュースの間にも繋がりを見出すことができるはずだ。そうして少しずつでも全体像を捉えようと努めることで、資本主義とは何かがわかり、それをどう変えていくべきなのか、ぼんやりとでも答えが見えてくるのではないだろうか。

【参照サイト】SHARE SUMMIT 2021 | 一般社団法人シェアリングエコノミー協会

Edited by Yuka Kihara

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