あなたにとって、「お金」とは何だろうか。
稼ぐためのもの、増やすためのもの、生活にどうしても必要なもの……さまざまな答えがあるだろう。しかし、お金は「良い出会いを生むもの」である──こう答えるのが、鎌倉投信代表取締役社長の、鎌田恭幸さんだ。
鎌倉投信は、その名の通り鎌倉に拠点を置く独立系資産運用会社だ。「これからの日本に本当に必要とされる『いい会社』を応援したい」という想いで2008年に設立された。
創業時から取り組んでいる、主に上場企業を投資対象とする公募投資信託「結い2101(ゆいにいいちぜろいち)」に加え、2021年4月からは、金融法人や上場企業などを募集対象(※1)としたスタートアップの育成・支援の有限責任投資事業組合「創発の莟(そうはつのつぼみ)」を運営している。その運用方針、企業や受益者との対話の仕方は、他の投資信託等の運用商品とは一線を画するものであり、まさに関わる全ての人にとっての“良い出会い”を生んでいる。
※1 特定投資家のみ対象(私募)
今回はそんな鎌倉投信の金融観や会社観、そこから生まれる人と人とのつながりについて、社長の鎌田恭幸さん、「創発の莟」運営責任者の江口耕三さんに話を聞いた。
※以下、投資信託等の金融商品を総称してファンドという
話者プロフィール:鎌田恭幸(かまた・やすゆき)
日系・外資系信託銀行を通じて30年にわたり資産運用業務に携わる。株式等の運用、運用商品の企画、年金等の機関投資家営業等を経て、外資系信託銀行の代表取締役副社長を務める。2008年11月に鎌倉投信(株)を創業。現在、代表取締役社長。
話者プロフィール:江口耕三(えぐち・こうぞう)
総合商社を経て起業。起業家としてのエグジット経験、ベンチャー経営者(CFO)として東証マザーズから東証一部までの上場経験およびグローバルIR業務経験、キャピタリストとしてベンチャー企業への投資・育成経験、20以上の新規事業立ち上げ経験等、豊富な実績と経験を有する。2020年9月鎌倉投信(株)入社。現在、投資事業部長
鎌倉投信が投資する、「いい会社」とは?
鎌倉投信は、日系・外資系の金融機関で長年資産運用に従事してきた鎌田さんを含む創業者たちによって2008年に設立された。同社の旗艦ファンドが、冒頭でも触れた「結い2101」である。
「野菜で言う“産直”みたいな感じですね」──鎌田さんがそう話すように、「結い2101」は鎌倉投信が独自の投資基準に基づき投資先を選定し、運用を行い、同時に販売を銀行や証券会社などの販売会社を経由することなく自社で行うことにこだわった“直接販売”のファンドだ。このファンドの特徴は、投資先企業の業績の伸びに見合った収益率を目標に、価格変動を抑え、長期的にゆっくりと安定した運用成果を目指していること、そして何より、投資先が同社の理念に沿って厳選した「いい会社」であることだ。
では、鎌倉投信が投資する「いい会社」とは、いったいどのような企業を指しているのだろうか。
「鎌倉投信は、『本業を通じて社会に貢献する会社』を『いい会社』と定義しています。
そのなかにも2つの軸があり、ひとつめが『これからの日本に本当に必要とされる会社』かどうかという観点です。日本は今、社会的な課題をたくさん抱えていますよね。たとえば地域経済や医療、教育、環境問題など……そうした課題を放置したまま、この国が発展・成長することはありません。ですから、モノやサービスを増やして競争するような企業ではなく、よりよい社会を創っていくための“価値共創”ができるような企業がこれからの日本に必要だと考えています。
もうひとつは、『会社に関わる人たちを幸せにしようと努力している会社』です。
会社には、社員をはじめ、取引先や地域の方々、株主など、さまざまなステークホルダーがいます。そういった方々にきちんと利益の分配をし、幸福感を共有しようとする会社を応援していきたいのです」
「結い2101」というファンド名には、「100年後の22世紀につながる価値を、たくさんの人と共に創りたい」という想いがこめられており、その運用基本方針は、12年前の設立当初から全く変わっていない。
それどころか、鎌田さんはこの十数年で、当時から掲げる3つのキーワード──『人』『共生』『匠』、それぞれの要素がより重要になってきていると感じていると話す。
「たとえば、『人』という観点では、最近は非常に速い時代変化の中で、企業で働く人の多様性や包括性をより重んじることや、社員ひとり一人の主体性や自律性、またそれを大事にしようとする経営の思想そのものなどが、以前よりも遥かに重要になってきていると感じています。
また『共生』についても、ここ数年で会社に関わるステークホルダーとの価値共創という軸が重要になってきています。共生といっても、単に共に仲良く生きるという意味ではなく、『共に価値を創造していく』という観点ですね。たとえば、情報発信の起点が個人中心になっている昨今では、顧客と一緒にブランド価値を高めていくことが必要となりますし、人権や自然環境に配慮したバリューチェーンやサプライチェーンを作ろうとすると、取引先との関係性も重要になってきます。そんな風に、一社単独で利益を出すという経営姿勢・構造から、多くの人たちと一緒に『社会利益の総和』を高めていくという思想が重要になってきているのです。
『匠』という観点では、単によいものを作るというだけではなく、技術が社会全体にどのような変化をもたらすか、という広い視座や思考力が求められています。そうした発想がイノベーションを生む原動力になっていると考えます。例えば、情報通信技術の革新によって、医療や介護、農業といった労働集約型の産業分野の生産性が大きく向上する、自動車が持つ機能が単なる移動や輸送手段としてだけではなく、移動に関するあらゆる情報を提供するプラットフォーマーに変わる、などの変化が見られます。このように、新たな技術が社会に与える影響は、以前に比べより高まっていると感じます」
お金には、“想いを伝える力”がある
そんな「結い2101」を10年以上運用するなかで、鎌倉投信の信念をより強くするきっかけとなったのは、2011年3月の東日本大震災だった。
「結い2101」は、2010年の3月末にスタートし、2011年には1年かけて徐々に増やしていった顧客が約500人近くになっていた。そんななか起こった東日本大震災。株式市場はパニック状態に陥り、震災の翌週、日本の株価はわずか2日間で20%、金額にすると100兆円近く下落したのだ。
「売りが売りを呼び、どんどん株価が下がっていく状況で、鎌倉投信でも不安になって解約するお客様が多いのではと思ったのです。しかし、投資行動は全くその逆。解約がなかったどころか、それまでで最大の入金件数があったのです。
当時、お客様からたくさんのメッセージをメールでいただきました。『大変な状況だけれど、いい会社を応援することで少しでも世の中を元気にしたい』『復興を直接応援することはできないけれど、投資で経済を元気にすることができれば』──そういう“想い”のこもったお金をたくさんいただきました。それを見たときに、やっぱりお金には、間違いなく“想いを伝える力”があると感じたのです。
また、投資先の企業さんも当時は大変だったと思いますが、お客様からの応援のメッセージや、鎌倉投信からのエールをお便りで伝えました。すると企業さんからはその返礼をいただいて、今度はお客様に経営者の声を伝えていって……。そんなやりとりのなかで、徐々に“信頼”が作られていきました。
そして、それこそがお金の本質であり、鎌倉投信が目指すのは、お金の残高ではなく、その裏にある“信頼の残高”を増やすことが私達の使命だと確信したのです。
その頃はまだ会社も小さく、会社経営としては苦しかったのですが、お客様の内なる声を聞いたときに、鎌倉投信が目指す『信頼に根ざしたお金の循環』の存在を、確かに感じられた経験でした」
金融の本質は、“よい出会いを生むもの”
一般的に、銀行や証券会社などの販売会社で購入する投資信託において、投資したお金がどのような考えでどこに投資されているかを知るのは容易ではない。
そこで、個人投資家から運用会社の顔が見え、その志や投資哲学を感じられる投資信託を目指したい──鎌倉投信がそんな想いで原則として年に1度行っているのが、「結い2101」の決算内容や運用状況を運用者が全国各地で直接伝える運用報告会のひとつである、「受益者総会(※2)」だ。これは、投資家と運用者、また投資家と投資先企業をまさに「信頼」で結ぶための場であり、鎌倉投信が行う顧客との直接対話の中で一番大きいものだという。
※2 「受益者総会」は、鎌倉投信の登録商標
「受益者総会では、毎年投資先の経営者の方々に講演していただいています。そこでは株価や業績の話ではなく、想いを伝えてもらうようにお願いしているんです。そもそも自分たちの会社は誰のために、何のために存在するのかといった原点や、これからどういうことに挑戦していくのかといった、世界観やビジョンを伝えてほしいと。
実は、ユーグレナの出雲充さんやマザーハウスの山口絵理子さんといった今でこそ有名な起業家たちも、最初からお金や知名度があったわけではありませんでした。
彼らにあったのは、『想い』だけ。全てはたったひとりの想いから始まっているのです。そして、それが届くと、お客様の心や行動にいろいろな変化が起きるのです。
たとえば、何か自分にもできることはないかと考えて寄付や社会貢献ボランティアを始めてみたり、自分の人生を見つめ直して転職をしたり。投資先の会社に受益者さんのご子息が就職したという事例もありましたし、受益者同士が結婚したという話も聞きました。
そんな様子を見たときに、金融は、確かにお金を増やしたり決済したりといった機能的な役割を持っているけれど、本質的には“良い出会いを生むもの”であると感じたのです」
「なかでも最も価値のある出会いは、『自分自身』との出会いです。それまで気づいていなかった、自分の大事にしている価値観や想いに、投資やお金の循環を通じて気づく瞬間があって、そこから変化が訪れる。受益者総会を通してお客様に教わった、大事なことです」
社会的な事業を行う企業にとって、一気に成長することがよいとは限らない
2021年3月、鎌倉投信はフューチャー・ベンチャー・キャピタル株式会社と共同で、新たなファンド「創発の莟」を組成した。これは、同社が信頼する事業会社や金融機関などのパートナーからも出資を募り、彼らと協働してこれからの社会を創発するスタートアップへ投資し、育成・支援する、いわゆるベンチャーキャピタルファンド(以下、VCファンド)だ。鎌倉投信にとっては、公募投信の運用・販売に続く、ふたつめの事業となる。
近年広まっている投資ファンドによるスタートアップ支援の多くは、多数のスタートアップに多額の投資を行い、上場やユニコーン(※3)を期待する手法を取っている。これは、一定期間成果が見込めなければ見放す、いわゆる“多産多死”のモデルである。
※3 評価額が10億ドルを超える大型企業の上場を指す
一方「創発の莟」は、新しい秩序や構造変化を生み出す可能性のあるスタートアップが、多様な企業との関係を築きながら「いい会社」へと発展できるよう育むことを目的としている。「創発の莟」の運営責任者である江口さんは、こう語る。
「一般的なVCファンドは、投資家のお金でファンドを作ります。そうすると、やはり投資家にリターンを返さなければいけませんし、それがないと自分たちも次のファンドを作れないという、構造的な問題があるのです。そうなるとその投資は『投資先の企業』のためではなく、『投資家のため』になってしまう。つまり、投資をしたのだから、できる限り頑張って上場して、1億を100億にしてくれ、という思考になってしまう。たくさん投資したなかで這い上がってきた1%から、100倍のリターンを得るという構造。この仕組みで、誰が幸せになるのでしょうか。
そこで鎌倉投信は、投資した企業がそれぞれのペースに合った成長を遂げ、みんなが生き抜いていけるようなベンチャーキャピタルを作りたいと考えたのです。
特に、鎌倉投信が評価するような、テーマやビジョン、理念を持って社会的な事業を行う企業にとっては、一気に成長することが良いことだとは限らないし、丁寧に成長を積み重ねていかなければいけないフェーズもあります。ですから、彼らの発展段階にフィットする成長を求めることが、重要なのです」
目的は、“社会利益の総和”を生むこと
「成長」──ビジネスの現場では日々何気なく使う言葉だが、この言葉ひとつとってもさまざまな考え方が生まれているのが昨今だ。
たとえば、欧州では終わりなき成長を前提とする資本主義からの脱却として、「脱成長」の考え方が生まれ、一定の支持を得ている。鎌倉投信は、「成長」という概念に対して、どう考えているのだろうか。
「鎌倉投信としての成長の定義は、現状明確ではありません。しかしこの先は、これまでのように財務諸表やGDPといった数字で測る成長の指標を超えて、成長という概念自体が多様化していくだろうと考えています。そして、その新たな成長の評価や概念をどう作っていくかが、そのまま新しい経済観になっていくのではないでしょうか。
鎌倉投信の『結い2101』や『創発の莟』では、数字上の成長だけではなく、どのような社会価値がその会社の周辺に広がっていくかに着目しています。それは、会社自体が成長して大きくなることよりも、その影響力が社会に広がっていき、『社会利益の総和』が大きくなっていくことが何より大事だからです」
投資の世界では財務諸表を見ることが入り口となる。そのなかで、鎌田さんが度々口にする「社会利益の総和」は、どのように測っていけばよいのだろうか。
「社会全体の利益の総和を形式化することは非常に難しく、そこはまだ鎌倉投信もきちんと定義できていません。ただ、鎌倉投信が投資している企業はそれを体現しています。
たとえば最近『創発の莟』で投資した株式会社ヘラルボニーは、知的障害者たちのアートの価値を発掘しました。今まで社会の中心にいなかった方々を主役にし、『障害者は個性の強いアーティストである』という、これまでになかった世界観を創ったのです。アートの分野から見ても、全く異色の新しい事例ですから、経済的な価値に加え、芸術的な観点でもインパクトが大きい。これがつまり、『社会利益の総和』が大きいということではないでしょうか」
「また、『結い2101』の投資先である株式会社エフピコは、プラスチック製品のリサイクルにおける選別の過程で、重度の知的障害者を雇用しています。この会社も、単なる障害者雇用だけではなく、地道な作業を根気強く高い精度で行える彼らの特性を活かすことで、自社の商品を差別化しています。さらに、自社で培った障害者雇用のノウハウを、取引先にも展開している。これも一社にとどまらない、『社会利益の総和』を作り出している事例です。
こんな風に、何かと何かを掛け合わせ、それによって新しい経済圏を生み出し、社会に大きなインパクトを与えていくこと。それが、いわゆる『社会利益の総和』なのです」
お金の使い方には“人格”が現れる
お金とは、「良い出会いを生むもの」。受益者総会の話の中で鎌田さんはそう話していた。これは、「水脈」と言い換えることもできるという。
「経済を拡大させるための社会ではなく、より良い社会を創るための経済であり、その潤滑油としてお金があるのです。ですから、お金というのは、持続的でより良い社会を創るための“水脈”であり、より良いお金の循環を創っていくことが金融機関にとっての根本的な使命だと考えています」
そしてそれは、個人についても同じことが言える──鎌田さんは、そう続ける。
「実は、資産運用や投資で成功する人には、“自分らしさ”を持っている人が多いと感じます。あくせくする人はお金でも右往左往して失敗するし、謙虚さに欠ける人は、欲と驕りで失敗する。でも、自己を貫ける人は、お金を豊かに使っていくのです。つまり、お金の使い方や増やし方には、その人の人生観や価値観、そして人格が現れるからです。もっというと、お金は『人生そのもの』だというのが私の考え方です。
だから、自分が生きるうえで大切にしていきたいものをしっかり持って、大切に使うこと。それがお金と向き合うときに一番大事だと思っています」
100年後も続く会社に投資する。そんな鎌倉投信という会社自身は、100年後の豊かな社会を、どのように創っていくのか。「楽観的かもしれないけれど」といいながら、鎌田さんは語ってくれた。
「鎌倉投資に関わる人は、お客様やその家族、投資先の会社やその従業員まで含めると、10年後には100万人近くになっているかもしれません。鎌倉投信に関わるそのひとり一人が、より良い社会を作る担い手としての自覚を持つことが大事で、その人たちの行動や意識が少しでも変わるきっかけになることが重要な点だと思っています。
ですから、鎌倉投信が、よい社会への方向を考えるきっかけをお客様にきちんと示していくことができれば、100年後には自然と豊かな社会ができあがっているのではないかと考えています」
編集後記
読む人の「金融観」を変えたいと思いながら、この記事を書いた。たとえ鎌倉投信が存在しなくても、世の中のお金の流れは止まることはないし、今日も明日も、その流れの上で経済は回り続けていく。
しかし、鎌田社長が言うように、お金は社会の「水脈」であり、その水脈が濁っていては、当然よい社会は創れない。だからこそ、ひとりでも多くの人に、鎌倉投信の示す「よりよい社会を創る水脈」があることを、知って欲しかった。
最後に、環境や社会課題の解決に向けて日々行動したいと考えてるIDEAS FOR GOODの読者へ、鎌田さんと江口さんからメッセージをいただいた。
「まずは、短期的な売上云々ではなく、10年、20年後の社会から認めてもらえるような、長期の視点をお互いに持っていきましょう。そのうえで、社会の新しい文化や技術を創るためのロジックやシナリオ組みについては、壁打ちしながら一緒に作っていきたいと思っています。
一番大事なのは、『こういう社会を創っていきたい』『この社会に新しい何かを創造したい』という気持ちですから、そういう気持ちを持つ人は、いつでも鎌倉投信に来てくださいね」
この記事を読んだ読者がこれから今日から使うお金が、少しでもより良い社会を作る水脈に行き着くことを願って。
【参照サイト】鎌倉投信(公式)