デンマークの「人を貸し出す図書館」に聞く、無意識の差別との向き合い方

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ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉をよく聞くようになった。現在、ジェンダー・セクシュアリティ、人種・国籍、宗教など、あらゆる観点からの差別がなくなるよう、組織や個人によってさまざまな制度改革・意見交換がなされている。

しかし、そうした多様性に目が向けられるにつれて、色々な立場の人とコミュニケーションを通じて理解を深めていくアクションよりもむしろ、差別を引き起こさないために「やってはいけないこと」の方に注目が集まるようになったようにも感じられる。「差別を生まないように気をつけてはいるが、実際どのようにコミュニケーションを取ったらいいかわからない」という状況にある人も多いのではないだろうか。

「わからない」存在の中のたった一人とでも直接話す機会があれば、特定のグループに対する偏見はいとも簡単に崩れ去ることもあるが、十分なほど多様性にあふれた場所にいても、そうした存在と出会い、会話をすることは容易ではない。

以前IDEAS FOR GOODでは、デンマークのHuman Libraryを紹介した。彼らは、マイノリティと呼ばれる人々を「本」として貸し出し、彼らのストーリーを一般の「読者」に共有している。「多様性」とは一体どんなもので、何がそれを難しくしているのか──日々そのトピックに真正面から向き合う、Human Library・CEOのRonniさんに話を聞いた。

話者プロフィール:Ronni Abergelさん

RonniさんHuman Library CEO兼管理責任者。2000年の春にHuman Libraryを創設。今までに1000人以上の読者がイベントやプログラムに参加した。

「本の代わりに人を貸す」Human Libraryの活動

Human Libraryでは現在25名のメンバーが活動しており、そのほとんどはコペンハーゲン本部に在籍している。本部にはオフィス・庭・図書館が併設されていて、Human Libraryが小さな観光名所になりつつあるとRonniさんは話す。

Human Libraryのメンバー|Photo by Elin Tabitha

「Human Libraryでは今まで、例えばセックスワーカー、政治家、ジャーナリスト、失業者、ホームレスの人、自閉症の人などに物語を共有してもらいました。私たちは彼らのことを『本』と呼んでいます。

もともとコペンハーゲンでのみ展開していた活動ですが、新型コロナの影響でオンラインプログラムを開発し、かえって多くの『読者』に対話の機会を届けることができました。現在は、日本、韓国、シンガポール、香港、オーストラリア、マレーシアなどでも『本』を取り揃え、活動しています。マイクロソフトなど大手企業の研修プログラムの一環としてHuman Libraryが使われることも多くなってきましたね」

「本」も「読者」も安心して過ごせる場所づくり

「無料で過ごせて、何をするのも自由。図書館ほどオープンな場所は他にない」と語るRonniさん。Human Libraryで多様な人々の物語を聞けるのは「読者」にとって素晴らしい機会だが、「本」となる人々に彼らの苦い経験などを話してもらうのはそう簡単ではないだろう。Ronniさんは「本」の編集やケアこそがHuman Libraryが最も大切にしていることの一つだと話してくれた。

「Human Libraryが『本』のストーリーを編集する際に最も気にしていることは『彼らの経験の中で、ネガティブな偏見に最も挑戦した瞬間がいつだったか』ということです。そしてそのエピソードが際立つように、彼らの生きた物語の伝え方を考えます。『今まで知らなかったけど、意外と〇〇だったんだ』と読者に驚いてもらうことが私たちの目的です。そのような予想を覆される体験をして初めて、私たちは偏見という車から降りることができるからです」

そうした体験が大切とはいえ、断片的にでも自分の人生について語ることは大きなエネルギーを使うことだ。誰しも、他人に体験を共有したい気分のときもあれば、誰とも話したくない気分のときもあるだろう。Human Libraryはいつも『本』が良いコンディションでいられるよう、ケアを怠らない。

「私たちは『本』が読まれる前と後に、『元気?』『質問はどうだった?』など、本人たちの反応を必ず確認するようにしています。私たち全員にとって同じことですが、毎日が素晴らしい日々であるわけではありません。だから気分が優れない日は、無理に図書館に来る必要はありませんし、図書館に来たとしてもコンディションが整わなければ、コーヒーだけ飲んで帰っても構いません。どの本を棚に置くかは、私たちが責任を持って判断しています」

理解されたくない人なんていない

街を歩いていれば色んな人に出会う。ときにはなぜそんな状況になったのか、なぜそんな身なりをしているのか理解できないこともあるだろう。しかし私たちはそうした「わからなさ」を押し殺さなければいけない社会に生きているとRonniさんは言う。

「例えば、街で非常に太った男性がとても小さなスクーターに乗っている様子を見かけたとしましょう。彼はとても太っているので、もうスクーターはほとんど見えない状態です。

あなたは考えずにはいられないと思います。『なぜここまで太ってしまったのか』『なぜもっと大きなスクーターに乗らないのか』『他の移動手段はなかったのか』……しかし、それを彼に尋ねるかというと、そうではありませんよね。大概の人は何も聞かずに通り過ぎると思います」

Ronniさん

インタビューの様子

「このようにして私たちは、ストーリーを聞く機会を逃しているのです。しかし、実は当人は理解されたいと思っているかもしれませんし、スクーターに乗る彼に敬意を持って質問をしたとしたら、答えてくれるかもしれません。写真を見せながら『実は昔の2倍のサイズになってしまったんだ』と話してくれるかもしれませんし、『子どもの頃に病気になって、代謝が悪くなってしまったんだ』と伝えてくれるかもしれない。

でもあなたが聞かない限り、彼があなたの方に寄ってきて、自身のストーリーを話してくれることはまずありません。彼には説明する機会が与えられないことになります」

誰もが「マイノリティ」の立場に置かれるときがある。「女性だから」「日本人だから」「独身だから」……それ以上のことを深掘りされることなく、イメージを植え付けられる機会を私たちはどれほど経験してきただろうか。Ronniさんは深いところから「理解されたい」という欲求は誰しもに備わっているものだと語る。

「この世に理解されたくない人はいるでしょうか。逆に誤解されたいという人はいますか。私はいないと思います。根本の部分では、誰もが理解し、理解されることを求めています。きっとこれこそがHuman Libraryに『本』と『読者』が世界中から集まる理由なのです」

「多様性」は、すでにそこにあるもの。自分の中にある偏見といかに向き合えるか?

人々が「知りたい」という好奇心を安心して発揮することができるHuman Library。「これから多様性を促進していくために何ができると思いますか?」との質問に、Ronniさんはこう答えてくれた。

「まず明確にしておきたいのですが、多様性は『促進するもの』ではありません。『すでにここにあるもの』です。多様性を誇張してアピールしたり、人々の違いを受け入れることを強制したりすることは、Human Libraryのやりたいことではありません。

大切なのは、やはり『会話をすること』です。私は、会話とは筋肉のようなものだと思っています。しばらく鍛えるのをやめると、段々と衰えていきます。最初は痛みを伴うこともありますが、段々と馴染んでいくものです。日々誰かと話す機会を逃さず、一回一回に敬意を持って臨むこと、そして楽しむことが重要だと思います」

Photo by Elin Tabitha

また、Ronniさんは今すぐHuman Libraryを訪れることはできない人でもできるアクションとして、下記のことを教えてくれた。

「机に向かって、あなたが最も嫌いだと思う10のコミュニティ・グループのリストを書き出してみてください。そしてそのあと、なぜあなたはそれらのグループをリストに載せたのか、それぞれ一文で記載してみてください。

そして、そのあとが本番です。外に出て、そのリストの中に記載されているグループの誰かに会ってください。あなたが『嫌い​​だと思ったこと』について彼らと話し、それが実際のところどのような偏見であったかを見つけてください。そうするとおそらく、あなたは誰かを『決めつける』機会があったということに気付くでしょう」

「ジャッジしてしまった」ことを恥じる必要はない

最後に、RonniさんはIDEAS FOR GOODの読者にこのようなメッセージを送ってくれた。

「私たちが『ジャッジすること』『わからないものを避けること』は、生存本能から来るものです。だから、今までもこれからもそうしてしまったことを恥じないでください。

私がよく思い出すのは、新型コロナが蔓延していたときのことです。電車で咳をしている人がいたら『もしかしたら……』と思い、その場を離れた経験のある人も多いはずです。もちろん、実際その人は感染者ではないこともあったでしょうし、もしかしたら他の病気を患っていたかもしれません。それでも、『わからないもの』に対してのリスクを避けることは私たちが生きていくための本能なのです。仕方ありません。

代わりに、『私たちが知らないという事実』に向き合ってみましょう。わからない人たちと私たちの間には、多分それほど違いはないはずです。むしろ共通点がたくさんあるかもしれません。そうした可能性を信じることが、自分自身の『偏見』と向き合う第一歩になるはずです」

編集後記

「こんな会話をしていることが信じられない。けれど、Human Libraryで『本』のストーリーに耳を傾けたすべての時間が愛おしかった。」(日本のHuman Library読者)

「13年間この仕事をしてきた中で、Human Libraryは私に最も影響を与えた有意義なトレーニングだった。」(企業プログラムとしてHuman Libraryを体験した、英・Tescoの社員)

これらは実際にHuman Libraryの「読者」として「本」を読んでみた人々の感想だ。「わからなさ」はときに恐怖になるが、最初のちょっとした不快感を乗り越えて、わからないものを知ることは本来喜びに満ちたものなのではないかと思わせてくれる。

私たちは日常的に、例えば、相手の恋人や配偶者のことを「彼氏」「奥さん」ではなく「パートナー」と呼んでみたり、履歴書の欄から性別の表記を無くしたりして、相手の見えない属性に配慮することがある。そうしたアクションももちろん必要であり、気付きや変化を生み出す意味では重要なのだが、誰かを居心地悪くさせるリスクを回避する方法にとどまってしまうことも多い。

本質的な変化とはむしろ、いま私たちの隣にいる人との、「敬意ある」会話の中から生まれていくのだろう。コミュニケーションの回避ではなく、コミュニケーションそのものを通じて育まれる多様性にこそ、豊かさや楽しさが宿るのかもしれない──Ronniさんへのインタビューを通してそう感じた。

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【参照サイト】 Unjudge someone – The Human Library Organization

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