「家族って、多分モビールみたいに繋がっていて、誰かが大きな病気になるとモビール全体が揺れている状態になるんです。スポットライトが当たりやすいのは、病気になった子ども。広がってもそのお母さんまでです。すぐ横にいる病気の子の“きょうだい”の存在は、暗い影に隠れてしまうことも少なくありません」
そう話すのは、大学生の時に、4つ下の弟を心臓病で亡くしたという清田悠代さん。自身の経験から、病気の子の「きょうだい」を支えたいと、清田さんは2003年、ボランティアグループ「しぶたね」を立ち上げ(※1)、約20年にわたって活動を続けてきた。
現在、日本にいる難病の子の数は約25万人と言われている(※2)。仮に、その子たちにきょうだいが一人ずついるとすれば、全国には、少なくとも25万人の「きょうだい」がいる。だが、病気の子どもとは違って「元気な」きょうだいたちには、ほとんど光が当てられることがない。きょうだいたちにも一人では抱えきれない「つらさ」があるにもかかわらず……。
小さな身体で頑張っているきょうだいたちが、子ども時代を安心の中で過ごせるようにしたい──そんな想いから、病気の子どもたちではなく、その「きょうだい」を支える活動を行うしぶたね。きょうだいたちが抱えるつらさとは、一体どのようなものなのだろうか。また、20年弱にわたる活動のなかで、何を感じ、何を想うのか──。
今回IDEAS FOR GOOD編集部は、しぶたねの代表である清田さんと、二人三脚で活動している相方の「シブレッドさん」にお話を伺った。
病気の子どものきょうだいの「しんどさ」
「きょうだい(シブリング)」たちが安心していられる場所や、安心して話ができる人がどんどん増えるように、その「たね」を蒔いていこう──そんなメッセージから「しぶたね」という団体名は名付けられた。専属の清田さんとシブレッドさんを含む、計4人の事務局、役員、そしてボランティアの方々が活動を行っている。
そんなしぶたねは、これまで、病気の子のきょうだいや親に向けたワークショップ、イベント等の開催、面会制限によって病院で一人ぼっちで親を待つきょうだいのための居場所づくり、病院やきょうだいのためのツールや冊子の作成など、直接的なサポートと啓発活動を両輪で続けてきた。
これらの活動を始めた背景にある、病気の子どものきょうだいが直面する「課題」。それは一体どのようなものなのか。清田さんは、自身の経験を振り返りながら話してくれた。
「私自身、弟が重い心臓病で、病気の子どものきょうだいとしての経験があります。それまで生きてきた中で一番のピンチだと思ったのは、自分の高校受験の2日前に弟が倒れて救急搬送されてしまったとき。集中治療室にいる弟には会うこともできず、付き添う両親からは、『もうこのまま死んでしまうかもしれないし、もし意識が戻っても植物状態だろう』と伝えられました。その状態で、私は2日後に高校入試の会場に行きました」
「そんな状況で受けた入試の日のお昼休み、一緒に昼食をとっていた友人たちは、教室で午前中の科目の答え合わせをしながら、親御さんの手作りのお弁当を食べて盛り上がっていました。一方で、両親はずっと病院で家には誰もいなかった私の昼食は、コンビニで買った菓子パン」
「そのとき、2日前の入試説明会を欠席した私を心配して、友人が『どうしたの?』と尋ねてくれました。でも、本当のことは言えませんでした。もし『弟が倒れて、死んじゃうかもしれない』と伝えたら、大切な試験中なのに動揺させてしまうかもしれない……そう思った私は、咄嗟に『ちょっと風邪気味かも』と嘘をつきました。全く入試どころではなかったし、菓子パンの味もしませんでした」
清田さんは、そのとき初めて、家族に重い病気を抱えている人がいることが孤独であり、同時に病気の子どものきょうだいでいることを「しんどい」と感じたと言う。
「病気の子のきょうだいたちのなかには、自分のせいできょうだいが病気になったのかなと考えたり、寂しい気持ちに蓋をしながら頑張っていたり、将来のことを不安に思ったり、学校の友達に打ち明けられなかったり……複雑な想いや生きづらさを感じながら成長していく子がたくさんいます。そして、そんな悩みが大人になるまで、形を変えながらずっと続いていくこともあります」
きょうだいたちが抱える生きづらさ。それはいま、コロナ禍でさらに厳しくなっているという。
「小児がんで入院しているある子は、これまでは週末には家に帰ることができていて、お母さんとお父さんは交代で病院の付き添いができていました。しかし、コロナ禍の今、入院中の子に付き添うと決めた親は、一時退院もなく一か月以上ずっと病院で付き添わないといけなくなりました。そして反対に、家にいるきょうだいと過ごすことを選んだ親からは、一日15分しか入院中の子どもと面会できないという声を聞いています」
「お母さんと一か月間会えていないきょうだいたちもいますし、ほとんど会うことができないまま、きょうだいを亡くす子もいます。病気の子がいる家族も、病気の子の命を守っている医療従事者も、今とても苦しい選択を迫られ、これまで以上に大変な状況にあります」
きょうだいたちのためのヒーローと仲間
そんな大変な状況下で寂しい想いをしているきょうだいの支えになることができれば──という想いから、清田さんたちはある活動を始めた。それが、毎週金曜日の「シブレッドのへやのとびらあけておくね」だ。
「シブレッドは、団体を立ち上げたばかりの頃、イベントのゲームの題材として作ってみたのが始まりで、それを機に登場させるようになった『シブレンジャー』というキャラクターの一人です。病気の子の周りには、お医者さん、看護師さん、子どもの心理社会的支援をするチャイルドライフスペシャリストなど、色々なヒーローがいます。しかし、きょうだいたちには『自分のためのヒーロー』が見えづらいです」
であれば、世界のために戦う「○○戦隊」のように、きょうだいたちのためのヒーローも作ろう。そうして誕生したのが、「シブレンジャー」だった。
そして、シブレッドやボランティアの大人たち、病気の子のきょうだいたちがオンライン上に集い、毎週金曜日の夜8時から30分間だけ交流するのが、「シブレッドのへや」。コロナ禍で、物理的に会うことが難しくても、つながりを感じられるようにと始まったプログラムだそう。
「小学生くらいのきょうだいたちが、その週にあった話をしたり、みんなでカードゲームをしたり、Googleのストリートビューでオーロラを見に行ったりします。少しだけみんなで一緒に遊んで、毎回最後は『5・4・3・2・1、おやすみ~』と言って終えるんです」
「たった30分間のプログラムですが、多いときは15~16人、日本各地から子どもたちが参加してくれます。ある子は、『学校で嫌なことを友達から言われてしんどい日でも、シブレッドの部屋に来て、画面に映っている全国にいる子たちに会うと、みんなが仲間なんだと思って頑張れる』と言ってくれました」
「この言葉を聞いたとき、子どもたちは一週間に一度のこの場所を自分自身で日常に組み込んでくれていて、力に変えているんだなと感じたんです」
小さなことに、大きな意味がある
子どもたち自身が、元気を充電しながら頑張っている。そんな気づきだけでなく、子どもたちは日々、多くのことを教えてくれている。そう清田さんは続ける。
「月並みな言葉なのですが、子どもたちには力があるということを、日々実感しています。例えば、シブレッドの部屋で、一週間どんなことがあった?と聞くと、『一週間前じゃないけど……』と言いながら、小さい頃に見た怖い夢の話をしてくれたり、買ってもらったランドセルを見せてくれたり……子どもたち一人ひとりが、自分らしい居方でそこにいてくれるんです」
「そんな姿を目の当たりにしたとき、『大人は子どもたちの力を信じて場を開けばいいんだな』と感じました」
それからもう一つ、清田さんが子どもたちから教えてもらった大切なメッセージがあるという。それが、「小さいことに大きな意味がある」ということ。
「あるお母さんが、日頃たくさん我慢をしているきょうだいに大きなご褒美をあげようと、ディズニーランドに連れていく約束をしました。ですが、予定の日になると、入院している子の様態が悪くなってしまい、結局出掛けられない。それを繰り返していたと言います」
「楽しみにしては諦める、の繰り返しで、きょうだいも辛い想いをしていたとき、病院の先生がお母さんに、『きょうだいちゃん、本当はどこに行きたいか聞いたことはありますか?』と尋ねました。そこで、お母さんが聞いてみると、その子は、『病院の裏の池でザリガニを一緒にとりたい』と答えたそうです」
「私たちも含めて、多くの大人が『頑張っている子どものために、大きいことしてあげなきゃ』と考えると思います。でも実際は、子どもたちが大きいことを望んでいないこともあると気付いたんです。例えば、病院から帰ってきたときに、『早く会いたかった』と伝えてギュッと抱きしめる……そんな小さなことにこそ、もしかすると大きな意味があるのかもしれません」
大丈夫じゃないかもしれない子どもたちの手を掴みたい
小さなことにこそ意味があるかもしれない──そんなメッセージが、「大きいことをしなきゃ」「頑張らなきゃ」と感じている大人たちに届けば嬉しい──そんな想いを口にした清田さん。ただ、伝えたいメッセージや活動について発信することは、簡単ではないと言う。
「活動のことを伝えるときに、誰かの心に刺さりすぎないようにしています。それは、『きょうだいにサポートが必要です』という話をすると、病気や障害のある本人が、自分のせいできょうだいが辛い思いをしていると感じてしまったり、親御さんが、自分が何か足りないから責められていると感じてしまったりすることがあるからです」
「私たちが出会う親御さんは、みんな精一杯頑張っておられて、心のコップの水が表面張力でギリギリなことも多いんです。そのお母さんたちに、『もっときょうだいのことも見てあげてくださいね』と言ったら、きっとその水は溢れちゃうと思います」
「本当は、『家族全体みんなの人生が大事にされる』という同じゴールがあるはずで、誰をサポートすることも矛盾しないはずです。でも、どうしてもどこか一つだけが刺さりすぎてしまうことがあるので、伝え方に気をつけるようにしています」
私達の間には、いつも優しさが通り抜けていく
これまで、約20年の間、苦労しながらもきょうだいたちを支え続けてきた清田さん、そしてしぶたね。その原動力は何なのか尋ねてみた。
「子どもたちからもですが、大人の方々からも、力をもらっています。たとえば、病気や障がいのある子どものきょうだいの持ちうる気持ちについての知識をもった人を増やし、繋がり、きょうだい支援の輪を広げることを目的に、2016年から『シブリングサポーター研修ワークショップ』を開催しています(2022年1月時点で、全国の29都道府県で41回開催し、約1,300名の方が研修を修了)。年々開いてくださるところが増えていて、2021年度は、17回研修を行いました」
「研修で全国各地を訪れるなか、どの都道府県に行っても、『きょうだいのことが気になっていた、何かしたかった』と言ってくれる人がいます。そんな人たちの存在があるからこそ、活動を続けられますし、大人たちの優しい気持ちを子どもたちに届けなきゃというのが、モチベーションになっています」
「私たちって、ものすごく“役得”な場所にいるなと思っているんです。支援してくださっている多くの優しい大人たちと、きょうだいたちの間にいる私たちは、もらったものをただ渡しているだけ。その間には、いつも優しさが通り抜けていて、その度に、優しさがどんどんと溜まっていきます。だから、エネルギーが切れることはないですね」
そんな清田さんに今後挑戦したいことについて聞いてみた。
「研修を受けて、職場でのきょうだいへの関わりが変わったという人、仲間を見つけて子どもや大人のための会を立ち上げる人が出てきていて。繋がれば大きな波になるんだなということを実感しています。これからも頑張ってそんな繋がりを広げていきたいと思っています。あとは、きょうだいを亡くした子たちのための会を広げていきたいと思っています。亡くなった子の話をしてもしなくても良くて、泣いても笑っても大丈夫、という会です」
「この会は、これまでに二度オンラインで開催しました。印象的だったのが、子どもたちが自然と亡くなった子の話をしてくれたり、大切な写真や形見を見せてくれたりしたこと。募集するとすぐに定員に達してしまい、きょうだいを亡くした子がこんなにいるんだ、というつらさはありますが、同時に、そんな子どもたちのための場所があることが大事だなと感じたんです。そういう場所を少しずつ広げていきたいと思っています」
「あとは、子どもが重い病気だと診断をされた時に、家族にも支援が必要ということがシステムとして組み込まれるようになること、サポートにつなげられる人と受け皿を増やしていくことを目指していきたいですね」
ピンチのとき、誰かが傍らにいることが当たり前の社会に
そんな清田さんが思い描いている理想の社会、実現したい社会とは、どのようなものだろうか。
「子どもも大人も誰でも、ピンチのとき、誰かが傍らにいるのが当たり前になればいいなと思っています。高校入試の2日前に弟が倒れて集中治療室に運ばれたとき、私はまだ中学生だからという理由で、一人、部屋の中に入ることができませんでした。でも、集中治療室の前の廊下で泣いていることしかできなかった私に、たまたまその病院にいた父親の知り合いの方が、隣に座って温かいお茶を出してくれたんです」
「たった5分くらいですが、高校に入ったらどんな部活をしたいの?とか弟のことと関係のない話をしてくださって、落ち着きを取り戻すことができました。人生で一番、一人ぼっちだったときに、隣に座ってくれる大人の人がいたということが、その後の人生の中でも何度も私の支えになりました。そこで助けられたからこそ、今私は子どもたちの隣に座ろうと思えている気がして。そんなふうに、ピンチのときに誰かが隣に座ってお茶を出してくれる。そんな社会になるといいなと思いますね」
最後に、記事を読んでくださった読者の方へメッセージを残してくださった。
「子どもたちと話していると、きょうだいに出会う人は、みんなきょうだいの支えになれる人なんだと感じます。たとえば、学校の先生や近所のおばちゃん、習い事のコーチ……特別な知識のある人じゃなくても、身近な人が見守ってくれていることや、何気ない声掛けが嬉しかったと、子どもたちが教えてくれます。子どもたちを支える人は必ずしも、福祉や医療の専門職の人だけではないと思います」
「だから、きょうだいたちが向き合っている現状を知って、『きょうだいも頑張っているんだね』『こういうしんどさもあるよね』と受け止めること、そしてきょうだいを大切に想う空気を一緒に作ってもらえたら──。それだけで、優しい世界に一歩近づくと思うんです」
編集後記
「私たちの間には、いつも優しさが通り抜けていて、その度に、優しさがどんどんと溜まっていきます」
そんな言葉を残した清田さんとの取材の間にも「優しい風」がたくさん吹いていた。清田さんの口から語られた一つひとつの言葉、そしてその語り口からは、約20年間、きょうだいたちに届けられてきたであろう優しさが、容易に想像された。
病気の子どもはもちろん、その親もきょうだいたちも、みんな色々な想いを抱きながら生きている。きっと、清田さんが受験の時に感じたようなしんどさや生きづらさを感じている人も少なくないだろう。そんな一人ひとりが、安心して悩みを打ち明けたり、ちょっとしたことに笑ったりできる居場所があること。それが、彼らの人生においてどれほど大きな意味を持つのか。そう感じると共に、しぶたねの活動を心の底から応援したくなった。
でもきっと、応援すること以外にも私たち一人ひとりにもできることはある。
病気の子どもやその家族を含め、何らかの生きづらさを抱えているかもしれない「誰か」の隣にちょっと座ってみること。そして、「一緒にお茶を飲もう」と声をかけてみること。そんな小さな一言が、優しい世界につながっていくのかもしれない。
ハチドリ電力を通じてしぶたねの活動を支援できます
本記事は、ハチドリ電力とIDEAS FOR GOOD の共同企画「Switch for Good」の連載記事となります。記事を読んでしぶたねの活動に共感した方は、ハチドリ電力を通じて毎月電気代の1%をしぶたねに寄付することができるようになります。あなたの部屋のスイッチを、社会をもっとよくするための寄付ボタンに変えてみませんか?
※1 2016年にNPO法人格を取得。
※2 日本財団 子どもサポートプロジェクトより
【参照サイト】NPO法人しぶたね
【関連記事】障がい者に優しい社会は「いつ老いてもいい社会」。脳損傷者を支えるReジョブ大阪