ロンドンから西へ向かって片道4時間。見渡す限りの緑や庭に囲まれた特別な場所に、シューマッハ・カレッジはある。1970年代に”スモールイズビューティフル(Small is beautiful)”を提唱し、戦後注目を集めたドイツ生まれの環境経済学者E.F.シューマッハと、ガンディーの思想を受け継ぎ2年半にわたって平和巡礼を行った思想家サティシュ・クマールが設立した大学だ。その思想と独特な教授法に魅力を感じ、世界からシューマッハの門をたたく学生は絶えない。
今回はプログラムコーディネーターのPavel Cenkl氏にインタビューを行い、シューマッハ・カレッジでの学びについてお話を伺った。
Q: シューマッハ・カレッジとは、一体どのような教育機関なのでしょうか。
シューマッハ・カレッジは主に修士レベルの教育課程を提供する私立大学で、2021年に30周年を迎えました。シューマッハが他の教育機関と比べてユニークな点は、“21世紀を生きるために必要な実践スキルや、戦略的思考を学生に提供する”という設立理念にあります。この理念には、発起人であるシューマッハが提唱した“スモールイズビューティフル”や、クマールが提唱した3S(Soil, Soul, Society:土・魂・社会の関係性を取り入れた実践)と3H(Hands, Hearts, Heads:頭・心・手を統合した学びの実践) が反映されています。
スモールイズビューティフルとは、環境負荷のできるだけ小さい暮らしを実践することです。私たちの取り組みでいうと、地産地消やキャンパス内でのコミュニティ生活が挙げられます。学生は入学初日からコミュニティ環境の中に入り、同じキャンパスに住む仲間や指導者と一緒に体を動かし、食事をとり、頭に浮かんだアイデアや疑問、興味などを互いに共有していきます。
コースの内容はここ数年で大幅に充実したものとなり、2019年は2課程23人の学生しかいなかったのが、今は8課程まで拡大しました。このプログラムの発展速度はとても画期的ですし、コースの形式も多様化しました。現在はメインの修士課程に加えて6か月間の集中コースや、夏季短期コース等も提供しています。
Q: コミュニティ生活の実践について、もう少し詳しく教えてください。
先ほど述べたように、学生は入学と同時にキャンパス内での生活を始め、大学というコミュニティに所属します。コミュニティには、学生だけではなく、我々大学職員や、教授も含まれます。活動の一例はガーデニングです。私たちは大学で消費される50%以上の野菜を、キャンパスにある庭で一緒に育てています。残りの50%は地元の農家から確保し、地産地消を実現しています。食事を共にし、食器を片付け、掃除をするのも日々のルーティンです。
実際に、コミュニティに浸かっているということが、日常生活の様々な場面で学びになっているのです。昼食を待っている間の会話だったり、庭仕事をしている時だったり、アイデアはいつも、そんな何気ない日常の「間」にあって、それを実現できるかどうかは、そのコミュニティが学生同士や学生と教員の関係性をどれだけ親近感のあるものにしているかによるのです。シューマッハはその環境を実現しているのが大きな特徴です。
Q: 3S(土・魂・社会の関係性を取り入れた実践)と3H(頭・心・手を統合した学びの実践)とは、どのようなものなのでしょうか。実例を交えて教えていただけますか?
私たちは、すべての授業に3S・3Hの考え方を取り入れていますが、「(一見自然とはつながりがないように見える)経済学の授業に自然を取り入れるって、どういうこと?」と思う方もいらっしゃると思います。しかし、エコロジーを理解することは全ての基礎です。特にクマールは、知的教育を教室の中で施すだけでは意味がなく、頭、心、手を十分に活用しないと本当に大切なことは分からないと信じていました。人間を超越した自然がそこにあり、私たち(人間)が自然界に後から追加された存在であることを認識すること。私たちは自然を支配する存在ではない、ということを常に念頭に置くことはとても大切な姿勢です。
ですから、私たちは授業の中で自然に触れる機会を存分に取り入れています。まわりの世界をよりよく観察し、生物学的な分類を超えた交流を可能にし、新しい視点やアイデア、プロセスを得るためです。自然界で得られるこうした学びを、どのように日常生活やビジネスと組み合わせたり、応用したりすることができるのか、自然と考えを巡らせることができます。
新しく始まったエンゲージド・エコロジーという課程では、亜麻を収穫することから授業が始まります。亜麻を糸にして、実際に布を織るのです。織物業や衣料品業は、貿易から始まったのではなく、こうやって亜麻を育てて、手工業で物を作ることから始まったんです。ですから、屋内の教室だけでなく自然も学びの場なのです。
自然とつながること以外に、教室の外での様々なワークショップやゲストスピーカーの講演への参加といった活動も、彼らの3Sや3Hの学びの大きな手助けとなっています。様々な専門家たちの実践は、学生たちの議論を活性化させ、新しい視点を得る手掛かりとなります。しかし大切なのは、私たちが提示するメッセージは、あくまで一つの価値観であって、たった一つの真実ではないということです。私たちの役割は、正解を教えることではなく、学生たちを自然や、様々な価値観、視点に触れさせることで、「考えを深める機会」を提供することだといえます。
Q: シューマッハの門をたたく学生は、どのような人たちなのでしょうか?
学生たちのバックグラウンドは様々です。ブラジルからの学生が一番多く、他にも日本、香港、南アフリカ、ヨーロッパ……様々な場所から学生がやってきています。以前は海外の学生がほとんどだったのですが、2019年により多くの学生に教育機会を提供するため、学費を値下げし、low residency model(大学のキャンパスに住まなくても学ぶことができるモデル)に切り替えたあたりから、イギリス出身の学生も増えました。
世代も様々で、大学を終えたばかりの若い20代から、50代、時には70代の学生もいます。そんな彼らの世代を超えたディベートはとても意義深いものです。
同窓生がシューマッハについてメッセージを広めてくれているので、それに感化されて入学を希望する学生が多いですね。あとは、今の資本主義的な価値観とか、スモールイズビューティフルとはどういう実践なのだろうかとか、不適切なテクノロジーってなんだろうとか、どうして世界は平和な環境じゃないんだろうとか、自分の中に問いを持ってここまでたどり着く人が多いですね。
卒業後の学生たちは各国に散らばり、様々な舞台で活躍していて、でも彼らが深くシューマッハの価値観に共感し、コミュニティで生活した経験は、その後彼らのキャリアの中で、例えば体を使って表現することだったり、デザインシンキングだったり、地方に注目することだったり、様々な形で間接的に影響を与えています。
Q: シューマッハ・カレッジのこれからについて教えてください。
パンデミックが深刻化した直後、他の教育機関と同様に、私たちにも多くの課題が降りかかりました。どのように教育を提供するのか?コミュニティを維持するにはどうしたらいいのか?これからのシューマッハでの体験が、今までとは全く違うものになってしまうことを私たちも危惧していました。
そこでスタートさせたのが、2~3週間はシューマッハのキャンパスで時間を過ごし、オンラインでシューマッハの学びは継続しつつ他の仕事や学業といったルーティンに戻り、またキャンパスに戻ってくる……といった住む場所にとらわれない学びのモデルです。
学生同士はキャンパスにいる間に関係性を深め、シューマッハを離れている間も学びを実践する機会を自分で持つようになりました。また、今年の6月から始まるプログラムは半分シューマッハのキャンパスで、半分はどこか別の場所という形で既に行うことがすでに決まっていて、学生たちは自分が滞在している場所で実践したことをまたシューマッハに持ち帰ることができるようにデザインされています。
もちろんキャンパスで生活することは特別ですが、私たちは学生たちがどこに居ようともシューマッハの学びを実践できるだけの材料を提供したいと考えています。
また、今後はより様々な方法でプログラムが提供できるようにしたいですね。例えば一週間の農業プログラム×軽座学など、修士課程の履修が難しい学生の教育機会を充実させる必要があります。さらに、長期的には、学部生向けのプログラムも開発していきたいと思っています。
その他は、世界中でのネットワーク強化も大切な仕事です。私たちのミッションを受け入れてくれるパートナーハブを国内外に多く持つことで、再生可能経済の舞台にしていくのです。実際にUNDPの6~9か月間のイニシアチブにも参画しています。このようなハブを通して、シューマッハの考えを現地化し、体を使うことや経験的な学びを各国で実践することができたらとても良いでしょう。
Q: 私たちが日々の生活で実践できるようなシューマッハの教えはあるでしょうか。
もちろんです。シューマッハの書作、『スモールイズビューティフル』を読むこと。サティシュ・クマールの本を読むこと。彼が提唱する(頭・心・手を統合した学びの実践)と3S(土・魂・社会の関係性を取り入れた実践)の概念について学び、世界との関係性や、見方について考えること。オンラインのセミナーもありますし、アーカイブに残っているものあります。みなさん一人一人の変化が、ポジティブなインパクトにつながるのだと信じています。
編集後記
毎日日が昇る、風が吹く、鳥の声が聞こえる、季節が変わる……そんな素晴らしい自然のサイクルを、日々の生活に追われる私たちはつい見逃してしまう。空調の効いたオフィスで、生産活動に従事していると、手や身体を使う機会も限られてしまう。シューマッハは、そんな資本主義社会を生きる私たちに、自然に立ち戻る大切さを語りかける場所だ。
“シューマッハは閉ざされたユートピアのような存在ではなく、あくまでもこの資本主義社会の範囲内に確かに存在している、アイデアを広める存在です。”とPavel氏は言う。確かに彼らも学費を徴収し、学生は飛行機に乗ってキャンパスまでたどり着く……そんな構造の中に存在する事実は、私たちと変わりがない。しかし、日々の小さな実践によって、自分が抱えると問いの答えに近づいていく。キャンパスからは遠く離れた私たちも、まずはアーカイブを1つ見てみることから始めるのも、小さくて、大きなステップになるのではないだろうか。
【参照サイト】Schumacher College
Edited by Yuka Kihara