サステナブルな交通システムと都市計画を推進する国際NPOの交通開発政策研究所(ITDP)が、2023年のサステナブル交通アワード(STA)受賞都市を発表。優勝はフランスのパリ市、準優勝にインドのブバネシュワル市、メキシコのハリスコ州が選ばれた。パリは2008年に続く2度目の受賞となる。
1985年にアメリカの持続可能な交通の提唱者によって設立されたITDPは、車依存の交通モデルが発展途上国に広がるのを防ぐため、さまざまなプロジェクトや啓蒙活動をおこなっている。現在は中国、ブラジル、インド、インドネシア、東アフリカ、メキシコに事務所を拡大し、これまでに40カ国、100以上の都市で、すべての人にとって住みやすい持続可能な交通・都市開発と政策の実施をサポートしてきた。
具体的なプロジェクトとしては、高品質で低コストの大量輸送手段の開発、自転車と歩行者を中心とした都市開発や制度の構築、交通需要の管理がある。また、交通システムのパフォーマンスを向上させ、温室効果ガスを削減するための資金調達手段とインセンティブの開発なども含まれる。ITDPの活動のひとつである今回のサステナブル交通アワードは、毎年専門家や研究者が前年度に革新的で持続可能な交通プロジェクトを実施した都市を選び、その取り組みを世界で共有する活動で、今年で8回目をむかえる。
本記事では、優勝に輝いたパリのサステナブルな交通の最新事情をお届けする。
自転車工房から自転車教室まで。パリ自転車インフラ拡大の施策
パリ市は、公共レンタル自転車システム「Vélib(ヴェリブ)」を世界に先駆けて開始したことが評価され、2008年に1回目のSTAを受賞している。パリ市は2017年にフランスで初めて大気汚染緩和の「低排出ゾーン」を実施して以来、排出ガス削減戦略を拡大し続けてきた。2024年のオリンピック開催に向け、大規模な植樹プログラムなど、市民や観光客にとって魅力的な都市空間や交通サービスの取り組みを強化している。
今回2度目の受賞は、車ではなく人のニーズに合わせたパリ市の都市計画が評価された。2021年10月にパリ市が発表した新しい自転車計画「PlanVélo2021-2026」には、2026年までに100%自転車都市を目指すさまざまな政策が盛り込まれている。
2億5,000万ユーロ(約330億9,500万円)を投資し、新型コロナ感染拡大時に臨時で設置された52キロメートルの自転車専用レーンを常設にすることに加え、130キロメートルの自転車専用道路と、390キロメートルの自転車専用レーンを整備するなど、パリ市全体の自転車インフラを拡大する。
そのほか、13万台分の駐輪場増設や、市内20区すべてにセルフメンテナンスが可能な自転車工房の設置、子どもたちに自転車の乗り方を教える活動もおこなっていく。このような取り組みはすでに効果をあげ、パリの自転車専用レーン利用者は新型コロナによるロックダウン以前と比べて60%増加したという。
包括的な街へ「ジェンダーと公共スペース計画」
パリ市は、より包括的な公共スペース改善の取り組みもおこなっている。女性、子ども、障がい者、高齢者、などすべての人が安全で利用しやすい公共スペースのガイドライン「ジェンダーと公共スペース計画」を策定。それにもとづいて、学校周辺の175以上の通りに柵を設けたり、植物やアートなどを設置したりして歩行者専用道路とした。STA受賞都市のパリ市、ブバネシュワル市、ハリスコ州は、その持続可能な都市交通政策による成功事例を1年を通して共有していくプログラムに参加する。
ITDTのCEOHeather Thompson氏は、「パリ市は、パンデミックといった逆境にもかかわらず、公共交通やスペースの再構築に政治的なリーダーシップを発揮し、他の都市の模範となるような取り組みを実施しました。今後数十年にわたり、他の都市のお手本となることでしょう」
と、パリのSTA受賞をたたえている。
パリ市David Belliard副市長は、「パリは、他の都市と同様、より歩行者や自転車移動に適した都市への変革を遂げています。そして、その変革を加速したいと思っています。これは公衆衛生の問題であり、気候変動への対応でもあります。現在、排出ガス基準に満たない高排出車両はパリの公共スペースの50%を占めています。しかし、高排出車両がパリ市民の移動に占める割合はわずか13%にすぎません。私たちはこの状況を改善し 歩道の拡張や自転車専用レーンの設置など、他のニーズに対応するためにこの公共スペースを取り戻す必要があります」
と、その取り組みの加速に意欲を示している。
電動キックボードの存続を「市民投票」で決めるパリ市
2002年にパリ市に越してきた筆者は、レンタル自転車や電動キックボードが予想以上に普及していることに驚いた。2007年に開始したパリのレンタル自転車システム「Vélib(ヴェリブ)」は、現在市内で1,400ヶ所のステーションと、電動自転車を含む2万台のレンタサイクルを提供している。
2018年に導入されたレンタル電動キックボードは、自転車専用レーンが整備されたことなどが影響して爆発的な人気となった。現在3社の事業者による1万5千台が提供されているが、利用者の増加にともない事故が多発。2021年には歩道を走行したキックボードが歩行者にぶつかり死亡事故も起こってしまった。
パリ市民からは、危険走行やマナー違反があるとする不満の声と、交通機関のストライキへの対応などの利便性が高く残してほしいという両方の意見がある。そこでパリ市は、2023年4月に「市民投票」でレンタル電動キックボードの存続を決めることにした。もし市民投票で否決されても、個人所有の電動キックボード人気は続くとみられているが、公共レンタル電動キックボードで先進をいくパリ市の動きは少なからず他の国にも影響をあたえるとの報道もされており、その決定に注目が集まっている。
【関連記事】エネルギー危機で広がる「脱炭素モビリティ」とは?フランスの事例に学ぶ
【参照サイト】ITDPプレスリリース
【参照サイト】パリ市ウェブサイト
Edited by Erika Tomiyama