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年々危機感が増している気候変動。2022年は、6月から8月にかけてパキスタンで起こった大洪水をはじめ、欧州での熱波、気温の上昇による干ばつなど、異常気象による災害が次々と報告される年となった。こういった深刻な事態に対し、同年11月にエジプトのシャルム・エル・シェイクで行われたCOP27では、気候変動により「損失と損害」を受けた主に南半球の途上国への支援を目的とする基金を創設することが合意される流れとなった。
この危機の時代に、地球そのものを私たち人間の“共有財産”——「グローバルコモンズ」と捉え、企業や国家といった枠を超えてそれを守っていこうとする動きが、必要とされている。
2022年12月、学生や若手社会人を対象としたグリーンイノベーター育成プログラム「Green Innovator Academy」の第二期を締めくくるイベント「Green Innovator Forum 2050年の未来をえがく〜脱炭素社会へ、世代・セクターを超えて共創する〜」が開催された。
今回のフォーラムでは、この「グローバルコモンズ」を守るために大転換が必要とされる4つの社会・経済システム——「サーキュラーエコノミー」「都市」「エネルギー」「食と農」、そしてそれらを進めていくために必須となる「セクターを超えた共創」をテーマにセッションが行われ、各テーマの有識者やプログラム参加者の社会人や学生による幅広い議論が繰り広げられた。
本記事では、各セッションの概要をつかみながら、これからの時代、私たちがどのように気候変動を乗り越えていけば良いのかを考えていきたい。
未来に必要な“グリーンイノベーター”を育てる「Green Innovator Academy」
2030年に向けて、社会に今必要とされている変革を起こす1,000人のグリーンイノベーターを育てることを目標に2021年に始まった「Green Innovator Academy(以下、GIA)」。第二期目となる2022年度は、8月から12月の4か月間、選抜された学生と若手社会人総勢約100名がオンライン講座やフィールドワークを通してイノベーターに必要な知識やスキルを学んだ。そして、最終イベントとなる本フォーラムの2日目には事業提案や政策提言の発表を行った。
このプログラムにおいて特に大切にしていることのひとつが、気候変動や脱炭素における「大局を捉える」ことである。これは、グローバル規模の課題を本気で解決しようと思ったとき、どこか一部分や偏った視点で物事を見ていても正しい答えには辿り着けず、未来のイノベーターとなる人材には特にその部分を大事にして欲しいとの考えからだ。
そこで本フォーラム1日目では、人間と地球の関係を科学的に評価した「プラネタリーバウンダリー」を礎に4つの社会・経済システムをセッションのテーマに据え、気候変動に立ち向かうための包括的な対策を考える議論が行われた。
オープニングで登壇した、エネルギーアナリストでプログラム実行委員のひとりである前田雄大氏は、大局を捉えるときに重要となるのは「時間軸」「地政学」「空気」の3つだと話す。
「脱炭素やGX(グリーントランスフォーメーション)について考える際、2050年という遠い目標に向かうまでの道のりを、短期、中期、長期できちんと捉え、何をしていくべきなのかを考えることが非常に大事です。さらに、今の経済・社会システムの延長線上で物事を考えるのではなく、目標からバックキャストしてはじめの一歩をどうするかを考えなければなりません。
また、2022年はロシアによるウクライナ侵攻があったことで、地政学的なニュースがかなり増えた年でした。世界の国々がグローバル協調から自国第一主義の方向に向かう動きもある今、ロシアに対するスタンスも全ての国で一致しているわけではなく、むしろ分断の傾向は強まっているように感じています。エネルギー資源国であるロシアとの各国の付き合い方は、脱炭素政策にも大きな影響を及ぼすでしょう。
そんななか、世界の潮流——『空気』をしっかりつかむ、そして作ることも大事です。現在多くの国がカーボンニュートラルを政策として掲げているのは、『どうやら世界は脱炭素の方向に進むらしい』という空気があったからこそだと思います。
化石燃料をベースとして回っている今の経済・社会のスタイルを脱却するためには、小さな変化を積み重ねていくことが必要です。しかし、人間にとって変化することはそう簡単ではない。そこで必要となるのが、変化を生み出す個人の中の“熱エネルギー”です。そしてそれは、誰かが着火してくれることで、連鎖的に広がっていくもの。
ですからぜひ、グリーンイノベーターを目指すみなさん自身がそういう“着火剤”になっていくことも必要だと思います」
それでは、さっそく各セッションの概要を見ていこう。
サーキュラーエコノミーを加速させるのは、「意識改革」と「仕組みづくり」
最初に行われたセッションは、「サーキュラー・エコノミーへの転換を加速するには」。株式会社東芝CEOの島田太郎氏、データやIoTを用いて循環型社会を支えるインフラづくりを行う株式会社ecommit CEOの川野輝之氏、オールインクルーシブな社会の実現を目指し多様な人が楽しめるアパレルブランドを展開するSOLIT株式会社に勤め、GIA二期生でもある和田菜摘氏がパネリストとして登壇した。モデレーターは、一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパン代表理事として自治体と共に循環経済への移行に携わってきた坂野晶氏が務めた。
ここでは、循環型社会への移行のボトルネックになっていることや課題について整理したうえで、それを乗り越えるためにはどうすれば良いのかが議論された。
東芝の島田氏は私たち個人がもっと自分の排出しているCO2について意識的になることがまず必要だとし、東芝が開発したCO2排出量等の環境データを可視化できる「スマートレシート」のようなサービスを用いて、消費者側の意識改革を進めていく必要があると話した。
またecommitの川野氏は、ものを流通させる仕組みと比較して循環のインフラが圧倒的に足りていないとし、場所・コスト・時間など、あらゆる面で誰もが参加できる、アクセシビリティの高い循環の仕組みを構築していく必要があると述べた。
筆者としては「循環の仕組みは新しいものづくりそのものの仕組みである」という川野氏の発言が印象的で、循環経済の構築のためには、今後はものづくりの概念に、そのものの循環の部分までを組み込んで考えることが当たり前になっていく必要があるのだと痛感した。
都市の転換に必要なのは、そこに住む人が作るコミュニティ
2番目のセッション「新しい都市のあり方」では、一般財団法人森記念財団の大和則夫氏、株式会社ウェルカム 虎ノ門蒸留所の一場鉄平氏、慶應義塾大学総合政策学部2年でGIA二期生の上野萌々花氏がパネリストとして、モデレーターとして森ビル株式会社の中裕樹氏が登壇。ここでは、私たちにとって魅力的な都市の姿や、東京が今後都市としてどうあるべきかといったことについて議論された。
世界人口が増加し、2050年には全人口の7割近くが都市に住むようになる(※1)と予想されている今、都市のあり方は気候変動に対して大きな課題であると同時に、その解決のために大きな可能性を秘めているとも言える。
森記念財団の大和氏が言及した同財団の「世界の都市総合力ランキング 2022」によると、東京はロンドン、ニューヨークに続いて第3位にランクインしており、世界の主要都市の中でも「研究・開発」や「文化・交流」といった面で評価されているようだ。
一方で東京の課題として挙げられたのは、上記ランキングの環境分野の指標にもある「緑地の充実度」だという。
これに対し大和氏は、森ビルで開発している欅坂の街路樹や六本木ヒルズ屋上の田んぼなどを例に挙げ、「単純に衛星写真に映る緑地面積を増やしていくのではなく、人々が緑ある空間でいかに質の高い時間を過ごすかを重視して開発を進めていきたい」と話した。
都市の緑地を充実させることは、そこに住む人の暮らしの質向上、また地球環境にとってもプラスに働く。住む人が多い都市では公園のように面で緑地を広げていくことは難しいかもしれないが、住宅の壁面やビルの屋上といった未活用の場所に少しずつ緑を増やしていくなど、できることは色々とありそうだと感じた。
また今後都市のあり方を変えていくには、そこに住む人たちが、自分たちの暮らしについてその場所のローカリティを大切にしながら主体的に作っていく姿勢が必要になってくると一場氏は語る。同氏がプロデュースする「虎ノ門横丁」で作っている飲食店事業者のコミュニティや、人が集まる都心の特性を活かして多様な人と共創したクラフトジン作りを行う姿勢などは、その良い事例だと感じた。
化石燃料と新技術を用いて少しずつ進めるエネルギー転換
3番目の「エネルギー転換の舵取り」と題したセッションでは、株式会社INPEXに勤めGIA二期生である御手洗誠氏、ダイキン工業株式会社の神岡勇気氏、東京大学 大学院生でGIA二期生の柴真緒氏が登壇し、モデレーターを東京大学名誉教授の伊藤元重氏が務めた。
2023年現在、日本も含め120を超える国々が2050年までのカーボンニュートラル実現を表明している。ロシアによるウクライナ侵攻に付随して起こっているエネルギー危機や経済的混乱のなか、エネルギーの転換をどう進めていくべきなのかが議論の中心となった。
石油ガス(以下、LNG)の上流開発を手がけるINPEXに勤める御手洗氏は、LNGは脱炭素の観点に絞って見ると必要のないものだと認めたうえで、エネルギーの安定供給や物価の安定といった要素まで考慮すると、システムの根幹で化石燃料に依存している現在の文明からそれらを急激に排除してしまうことは現実的ではないと述べた。この課題に対しINPEXでは、原油からLNG、LNGから水素やアンモニア……というように、化石燃料を用いながら徐々に脱炭素を実現していくことを目指しているという。また、今後は国際間でLNGの調整システムを構築する必要があるとし、LNGの豊富な知見を持つ日本がルールメイキングに入っていくことの重要性を述べた。
一方ダイキン工業では、自社で販売するエネルギー効率と環境性の高いエアコンを海外に普及させていくことで、省エネやCO2の削減に貢献しようとしている。日本では一般的となっているエアコンだが、欧米ではその認知度の低さや高コストなイメージから未だ普及率が低いとのことで、この部分に脱炭素への貢献だけではなく、日本にとっての経済的なチャンスもあることがわかった。また、同社では限られた自然資源である冷媒の回収と再生にも取り組もうとしているとのことだった。
環境配慮と安定供給を両立させ、日本の農業技術で世界に貢献する
4番目のセッション「気候変動と“食と農”」には、農林水産省の久保牧衣子氏、GIA二期生でヤンマーホールディングス株式会社の山崎麻衣子氏、京都大学農学部でGIA二期生の沖原慶爾氏が登壇。モデレーターは世界銀行の金平直人氏が務めた。
現在、気候変動による異常気象や気温上昇により、世界中の農作物が甚大な影響を受けている。一方で農薬や化学肥料を多用する現在の農業のあり方は、気候変動や環境汚染を引き起こす大きな原因にもなっており、一刻も早いシステムの転換が求められている。
そこで今回は、2021年5月に農林水産省によって策定された「みどりの食料戦略」を軸に、今後日本の農業がどのように安定供給(生産力)を保ちながら持続可能なものに転換していくのか、またそれによっていかに世界に貢献できるかといった点について議論された。
みどりの食料戦略は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するために策定され、2050年までに農林水産業のCO2排出量をゼロにすることや、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%減らすこと、有機農業の拡大といった14の目標を掲げている(※2)。
議論の中では、GIA二期生の沖原氏が自身の経験を元に、省農薬農法と生産量維持の難しさを指摘した。これに対し農林水産省の久保氏は、「農業の変革に生産者だけが取り組んでも持続的ではなく、これからは消費者まで含めて食料システムに関わる人みんなで環境負荷を減らしていく社会にしたい」と語り、生産者や国の予算任せにしない農業のあり方について強調した。
また、ヤンマーホールディングスが展開するスマート農業や化学肥料の使用料を6割削減して生産できるとされる『BNI小麦』など、持続可能で生産力をも保つ日本の農業技術を日本と気候の近いアジアモンスーン地域に伝えていくことで、世界に貢献すると共に経済的にも大きなチャンスがあるとの話が語られた。
共創の成功に必要なのは、明確なビジョンの共有
さて、ここまでは、各分野で今後必要とされる変化やその可能性について議論されてきた。それらの実現においてどの分野でも必要となってくるのが、業界や分野といったセクターを超えた、マルチステークホルダーとの「共創」である。
最後となるセッションは、「Green Innovationの未来」と題し、東京大学理事でグローバル・コモンズ・センターの石井菜穂子氏、トヨタ自動車株式会社執行役員の大塚友美氏、慶應義塾大学経済学部3年でGIA二期生の森口太樹氏が登壇し、セクターを超えた共創を成功させる秘訣や、若者の活躍の必要性などについて議論された。モデレーターは、 株式会社博展の執行役員でサステナブル・ブランド ジャパン代表の鈴木紳介氏が務めた。
共創の必要性は近年話題になることが非常に多く、日本国内でもすでに多様な企業が所属する活動団体や協定などは数えきれないほど存在する。しかし、そのうちのどれほどが、実際に社会に変化を生み出す活動を起こせているのだろうか。これに対しグローバル・コモンズ・センターの石井氏は、「単なる仲良しごっこではなく、“一緒に問題解決に向けて戦うグループである”という認識を持つことが必要」としたうえで、成功する共創の秘訣についてこう語った。
「成功する共創に共通しているのは、みんながビジョンを共有し、自分たちはなんのためにそれをやっているのかということがきちんと理解されている点です。また、そのうえで科学的な事実を元に中長期的な目標がきちんと確立していて、誰がいつまでに何をやるのかがしっかり決まっていること。さらに、その活動をバックアップするリソース(資金)を誰が出していくのかが明確になっていることも重要です」
また、同氏はグリーンイノベーションのためには若者の活躍も非常に重要だとし、「GIAのプログラムに参加する学生たちのような若者世代は、気候変動の事実を知り、危機感を持ち、その影響を受けるのは自分たちだと認識してもっと怒るべきではないでしょうか。そして、それをアクションにつなげていくべきです」と述べた。
一方でトヨタの大塚氏は、「社内では若い世代の方が地球環境やサステナビリティについて強い想いを持っていると感じる」と述べ、若手への期待を示した。同社の若い世代は、トヨタの「YOUの視点」——「自分以外の誰かのために頑張る」には世界の現状や物事の現場を自ら摂取しにいく必要がある、との考えから、積極的に工場などの現場に配属されるという。こういった企業の姿勢も、共創を生み出すための第一歩になるのではないかと感じた。また、筆者としては大塚氏が最後に述べた「企業人としてではなく、一人の人間としてビジョンを持つべき」という言葉が印象に残った。
どんな立場の人も疎外しない。「Green Innovator Academy」に見る共創のきっかけづくり
全セッションを聞いて感じたのは、どの分野においても理想に向けてやるべきことは明確になってきており、次はそこに向かうための移行期間をどうデザインしていくかが議論の中心になってきているということだ。
そんななかこのフォーラムには、企業、政府、アカデミア、若者……というように、多様なセクターにおいて第一線で活躍する人材が集まっていること、また例えばエネルギーについての議論には石油関連企業も招くことで、誰かを悪者にするのではない包括的で現実的な議論を行っていることが、非常に大きな価値であると改めて感じた。
また全体を通して、欧米のあり方や方法を模倣するのではく、日本は日本なりの持続可能なあり方や技術を確立していく必要があることや、それを世界に向けて積極的に輸出していくことの重要性についても強調されていた。それにより、グローバルレベルでの脱炭素への貢献、さらには経済成長のきっかけをも作れる可能性が大いにあるということが感じられた。
編集後記
筆者はアカデミープログラムの一期目からGIAのフィールドワークやイベントに参加し、学生たちとの交流を深めてきた。二期目となる今回は、一期の卒業生が当日の運営サポートに積極的に加わっており、未来を担っていくグリーンイノベーターのコミュニティが確実にできあがってきていることを実感できた。
セクターを超えて共創することは、まさに「言うは易く行うは難し」というもので、意識しなければ人間は同じ意見の人同士で集まってしまうものだ。また、それぞれのセクターの役割を超えたところで行動を起こすことにも、コンフォートゾーンを一歩踏み超える勇気が必要だ。
そんな時に、GIAのプログラムで数か月間切磋琢磨した仲間がいることや、本フォーラムのように多様なセクターの人材が集まって議論を行う重要性を知っていることは、参加者のその後の人生において、セクターを超えて共創するハードルを下げる大事なきっかけになるだろう。ここから、未来を担うグリーンイノベーターが大勢輩出されることを大いに期待したい。
IDEAS FOR GOODでは次年度も引き続き、Green Innovator Academyの活動を追っていきたい。次年度のプログラムも、今から楽しみだ。
※1 2050年 世界人口の7割が都市住民へ
※2 「みどりの食料システム戦略」 KPI2030年目標の設定について
【関連サイト】一般社団法人Green Innovation(公式)
【関連サイト】Green Innovator Forum(公式イベントページ)
【参照サイト】グローバル・コモンズ・センター
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