太陽光でパンを焼くフランスの職人に聞いた、ローカルグッドな小商の始め方

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2019年、パリから北西に約140キロのノルマンディーの小さな村に、太陽光オーブンを使ったベーカリー「NeoLoco(ネオロコ)」が誕生した。オーナーは、エンジニア兼パン職人のアルノー・クレトー氏。

太陽光でサワードウブレッドを焼き、地元でとれた豆類を焙煎してコーヒーやスパイスを製造する。現在、従業員は3人に増え、パンは8つの拠点、ロースト製品は80のショップで販売するなど、ビジネスの成長も順調だ。

ロシア・ウクライナ戦争により、光熱費や材料高騰の影響を受けたフランスのベーカリーが、商品の値上げや閉店に追い込まれている中、地元の材料を使い太陽光をエネルギー源にしている「ネオロコ」ではその心配はない。クレトー氏に、ビジネス成功の秘訣と、チャレンジ、今後の目標を取材してきた。

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Image via Charlotte Krebs / NeoLoco

既存の電力に依存しないビジネスモデル

「ネオロコ」の太陽光オーブンには、電子機器やボタンがついていない。オーブンに向かい合うように11平方メートルに並んだ69枚のミラーがあるだけだ。ミラーは車輪に取り付けられ、太陽光の角度に沿って動かすことができる。通常のオーブンと同じようにすぐに温度が上がり、最高温度は350度にもなる。

典型的な一週間のスケジュールは、月曜日、水曜日、金曜日に焙煎、火曜日、木曜日にパンを焼く。もし天気が悪ければ、薪の火力を使ったり、梱包など別の作業をしたりする。冬の晴れた日には約110キログラム、夏には約240キログラムのサワードウブレッドを焼くことができる。焙煎は、地元の種(ヒマワリ、亜麻、カボチャ、緑レンズ豆、など)をローストしてコーヒーやスパイスなどの商品を作る。サワードウブレッドは1週間から10日、ロースト商品も長期間保存できるため、天候に左右されるビジネスには向いている。

「ビジネスにおいて唯一の制約は、昼夜を問わずオーブンを稼働させることはできず、十分な日照があるときにのみ商品の製造ができるということです。しかし、私たちはビジネスをその生産ペースに合わせられるように構築してきました。今、企業やパン職人たちが、その方法を学びに来ています」

フランスのノルマンディー地方は、晴れの日もあれば曇りの日もある、日本と同じような天候の地域だ。そんな場所でも太陽光を利用したビジネスができるということを、「ネオロコ」は実証している。

「私たちがこれまでとは違う考え方をし、活動のあり方を見直すことができれば、それは可能なのです」

太陽光で焙煎して作られた商品

地元の豆類を使ったロースト商品。「ネオロコ」では、レンズ豆を使ったコーヒー、ローストシード、地元の蜂蜜でキャラメリゼしたお菓子、朝食用シリアルなどを販売している。

持続可能なエネルギーを探す旅に出た青年が、太陽光オーブンと出会うまで

クレトー氏が太陽光オーブンに出会ったのは、2010年の世界旅行中だ。当時、工学部の学生だったクレトー氏は、エネルギー需要による環境問題に関心を持ち、その解決策を探すため大学を1年間休学して、友人とエネルギープロジェクトを巡る世界の旅に出た。ヒッチハイクで世界15か国、60のエネルギープロジェクトを訪問する中、アフリカでソーラー技術でグローバルサウスのエネルギー貧困問題の解決に取り組む「GoSol(ゴーソル)」と出会う。

フィンランドの「Solar Fire(ソーラーファイヤー)社」が立ち上げた「ゴーソル」は、創業者のエリック ウィッセン氏が提唱する「クリーンな技術で富を生み出すダイレクトソーラーエコノミー理論」に基づいた活動をおこなっている。エネルギー貧困に直面しているグローバルサウスの人々に、太陽光オーブンの使い方やレシピを教え、ビジネス起業のノウハウを伝授する。人々は、2~3週間の研修に参加した後、実際にベーカリービジネスを始め、持続可能な方法でお金を稼ぐことができる。

クレトー氏は、「ゴーソル」のプロジェクトに参画し、東アフリカで数々のプロジェクトを成功に導いた。また、大学で学んだエンジニアの知識を活かして、「ソーラーファイヤー社」の太陽光オーブン「Lytefire(ライトファイヤー)」の開発や、データ分析にも携わるようになる。そして、2019年、太陽光オーブン利用者の課題を理解し、ヨーロッパでの需要に応えるため、自身がパン職人になることを決意。フランスのノルマンディー地方で、ヨーロッパ初の太陽光ベーカリーとなる「ネオロコ」を起業した。

「ビジネスでの喜びは、自然とつながっていることを感じられることです。私たちがしていることは、今後数十年の間だけでなく、千年後にも可能であると確信しています。必要とする資源は、まだそこにあるのです」

「ネオロコ」では、地元の観光局と連携したオンライン販売や、起業やパン職人向けの太陽光ベーカリー研修などでそのネットワークを広げている。クレトー氏の目標は、太陽光オーブンをフランス全土、またヨーロッパから世界に広げ、ダイレクトソーラーエコノミーのビジョンを普及すること。3月には、太陽光オーブンの技術的な解説や自身のこれまでの取り組みをつづった書籍「La Boulangerie Solaire 」を発売し、一人でも多くの人に太陽光エネルギーを利用する実践的な方法を届けようとしている。

「日本でも、私の書籍が発売されることを願っています。また、太陽光に関心を持つ日本の職人が、私たちのネットワークに加わってくれるのを心待ちにしています」

最近はクレトー氏のもとに、光熱費高騰に悩むベーカリーの他にも、蒸留所、リサイクル施設からの問い合わせも増えているそうだ。また、クレトー氏が技術開発として在籍する「Solar Fire(ソーラーファイヤー)社」でも、太陽光オーブンや、太陽光サウナへの需要が高まっているという。クレトー氏には、ヨーロッパでの太陽光オーブンのパイオニアとして、今後もますますの活躍を期待したい。

太陽光ベーカリー職人アルノー・クレトー氏

「ネオロコ」のアルノー・クレトー氏の著書「La Boulangerie Solaire 」

【参照サイト】NeoLoco(ネオロコ)社
【参照サイト】アルノー・クレトー氏の著書「La Boulangerie Solaire 」
【参照サイト】Les Vagabonds de L’énergie(エネルギープロジェクトを巡る世界の旅)
【参照サイト】Solar Fire(ソーラーファイヤ)社
【参照サイト】GoSol(ゴーソル)
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