花粉症と気候変動、そのフクザツな関係性をひも解いてみた

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今年も多くの人を苦しめた花粉症。私たちの生活のQOLを著しく下げる花粉症は、実は日本だけでなく、世界でも深刻視され始めている。その背後には気候変動の影響があるというが、一体どういうことだろうか。世界経済フォーラムが2023年4月12日に掲載したコラムを見ていく。

(以下、世界経済フォーラムが運営するアジェンダページの「気候変動で長期化する花粉シーズン」の全文掲載)


花粉症の約70%がスギ花粉によるものと推察され、日本人の3人に1人が花粉症と言われています。その理由は、日本の国土に占めるスギ林の面積が大きく、全国の森林の18%、国土の12%をスギ林が占めているためです。

例年、2月上旬に九州からスギ花粉の飛散が始まり、3月にピークを迎えます。その後、4月にはヒノキ花粉の飛散がピークを迎え、どちらの花粉にもアレルギー症状がある人は、5月頃まで強い症状に悩まされることになります。環境省の調査によると、今年のスギ花粉の飛散量は過去10年で最も多くなると見込まれています。

花粉症の健康被害は幅広く、くしゃみ、鼻水、鼻詰まり、目や全身のかゆみまでに至ります。こうした症状は、睡眠の質の悪化や、仕事のパフォーマンスの低下につながり、人々の日々の生活や仕事への影響は軽視できるものではありません。林野庁の推計によると、花粉症によるこうした影響が及ぼす経済損失は、医療費と労働損失を合わせて年間2,860億円にものぼります。

花粉の影響、米国とカナダでも深刻化

花粉症に苦しんでいるのは、日本人に限ったことではありません。米国とカナダにおいても、花粉症シーズンの影響が深刻化しています。

1990年から2018年にかけて、北米60カ所の観測拠点で得られた花粉関連の指標を調査したある研究結果によると、北米の住民が花粉にさらされる時期は20日早くなり、飛散日数も8日長くなったことが明らかになりました。また、空気中に放出される花粉の個数や濃度についても、20.9%の増加が見られ、春の花粉シーズンに限ると、増加率は21.5%に上りました。

根本の原因は、気候変動

世界的な問題となっている花粉によるアレルギー症。年々悪化の一途をたどっているのには、気候変動が関係しています。風に乗って運ばれる花粉の飛散は、気温や雨量の変化と密接に関係しており、気候変動で春の気温が上昇すれば、植物が花粉を飛ばす時期も大幅に早まり、現在よりも長期化するのです。

学術雑誌ネイチャーコミュニケーションズに先月掲載された最新の研究によれば、米国で飛散する花粉の量は、気候変動により2100年には40%まで増加する恐れがあるという結果が出されました。それに伴い、花粉シーズンは最大で40日間早く始まり、最大で15日長く続く可能性があると予測しています。

地球温暖化により生物の生育期が長くなり、その結果、アレルギーによる人間の健康リスクが高まろうとしています。干ばつや暑さにより、森林や草原が減ったとしても、アレルギーの原因となる花粉を生成する草木の中には、気温や二酸化炭素濃度の上昇によって大きく成長し、より多くの葉をつけるものもあり、まずは、こうした要因を解明し深く理解することが急務となるでしょう。

日本で進む、無花粉品種の開発

こうした中、日本では、林野庁が無花粉スギや花粉をほとんど出さない少花粉スギの苗木の生産拡大に取り組んでいます。狙いは、花粉を飛散させる既存のスギ林を伐採し、こうした品種に植え替えることで、花粉の発生源を減少させること。2019年までに生産された無花粉及び少花粉スギの苗木は1,212万本で、スギ苗木全体の生産量の約5割を占めました。同庁は、今後、2032年までにその割合を7割にすることを目指しています。

無花粉品種開発をさらに効率化させるためには、雄性不稔をもたらす遺伝子とその塩基配列の解明が求められてきましたが、スギはイネの20倍以上大きく、複雑なゲノムを持つことから配列の解読が難しいとされていました。

こうした中、近年のゲノム解析技術の進歩により、先月、森林総合研究所や、東京大学など複数の大学からなる日本の研究グループが、スギが持つ11本の全ての染色体をカバーする塩基配列の解読に成功しました。同研究グループは、約5万個の遺伝子とその位置もほぼ特定し、種を代表する標準配列「参照ゲノム配列」を構築。これにより、有用な無花粉品種の開発・育成が加速するとともに、スギの進化過程の予測や、気候変動の影響予測にも大きく役立つことが期待されています。

花粉飛散の予測や、技術の進歩によるアレルギーを軽減させるための対策や取り組みは、対症療法に過ぎません。根本的な原因である気候変動への対策がとられてこそ、私たちの日々の生活に必要な変化がもたらされるのです。

著者:Naoko Kutty(Digital Editor, World Economic Forum)Naoko Tochibayashi(Public Engagement Lead, World Economic Forum, Japan)
※ この記事は著者の意見を反映したものであり、世界経済フォーラムの主張によるものではありません。

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