人口約900万人を擁し、世界屈指の国際都市として名高いロンドン。そんな大都市で繰り広げられるサーキュラーエコノミーへの取り組みはかねてから注目を集めてきた。そんなロンドンの循環経済の歩みを支えている機関の一つが、ReLondonだ。
ReLondonは、ロンドン市内で廃棄物や資源の循環を促進するためのパートナーシップを構築し、イノベーションを推進する機関である。サステナビリティにおけるリーダーシップを発揮しつつ、ロンドン市内での循環経済の取り組みを具体化していくことを目指している。
2020年、IDEAS FOR GOODはReLondonの前身であるLWARBに取材をした。それから3年がたったいま、新型コロナのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻など激動の時期を経て、ロンドンはいま何に悩み、どんな循環プロジェクトに取り組んでいるのだろう。
今回はReLondonを訪問し、現地の声をお届けするべく、ビジネス変革およびセクターサポートの責任者であるPauline Metivier(ポリン・メティヴィエ)さんに話を聞いた。
ロンドンの循環都市への移行を支える「サーキュラーエコノミールートマップ」
ReLondonは、2017年に発表されたCircular Economy Route Map(サーキュラーエコノミールートマップ)を通じて、ロンドンが持続可能な循環型経済へと移行するための指針を示している。このルートマップは、環境負荷の低減、資源の効率的利用、経済的な成長と雇用創出を目指すものだ。
「ルートマップでは、5つの重要のセクターが示されています。これらのセクターはすなわち、いまロンドンや廃棄や環境負荷が特に問題になっている項目で、5年ごとにセクターごとに目標を定めているのがこのルートマップの特徴です」
その5つのセクターとは、下記の通りだ。
1. 建築環境(Built Environment)
- 建物のライフサイクル全体を通じたリサイクルや再利用、廃棄物の最小化に焦点を当てる。建築材料の選択、廃棄物管理、建物の解体や改修、そして建設プロセスの改善などが含まれる。
2. 食品(Food)
- 食品廃棄物の削減や再利用、サーキュラーエコノミーの原則に基づく食品生産と消費が重要な要素。サプライチェーンの透明性、地域産業のサポート、持続可能な食品生産方法の促進などが含まれる。
3. テキスタイル(Textiles)
- ファッション業界やテキスタイル産業において、持続可能な素材の使用、エコデザイン、製品の耐久性向上、再利用やリサイクルの促進が取り組むべきポイント。
4. 電気・電子製品(Electricals and Electronics)
- 電子機器や家電製品のライフサイクルを通じた環境負荷の低減、リサイクルや修理の促進、エコデザインの普及が重要な要素。また、廃棄物の適切な処理やリサイクル、リマニュファクチャリングもこの分野の主要な課題。
5. プラスチック(Plastics)
- プラスチック廃棄物の削減や再利用、リサイクルの促進、代替素材の開発や利用が主な焦点。また、製品デザインの改善や、消費者行動の変革を通じた持続可能なプラスチック管理が求められている。
ポリンさんいわく、中でも一番進歩が著しい分野の一つは「食」だという。
「食に関しては、ロンドン市内すべてのカーボンフットプリントを計測し、2021年にはレポートも発表しました。その中で、ロンドンの食料の流れと関連する二酸化炭素排出量を調べて、その流れにとって特に環境負荷が出ている『ホットスポット』がどこにあるのかを特定しました。そしてそのデータを公開することで、街のどこの部分の何を変えれば良いのか、ステークホルダーにわかるようにしたのです。テキスタイル(ファッション)のレポートは2023年6月に公開され、他の分野もそれに続く予定です。」
まち全体の課題を見渡すと、食の分野に関しては単純に環境負荷を減らせば良いというわけではない。ロンドンでは貧困などの社会的問題もあり、一日に必要な栄養を十分に摂取できていない人もいる。食の分野での循環型モデルへの移行は、そうした問題の一部を同時に解決する可能性を持っているという。
「Too Good To Goというアプリをご存知ですか?このアプリは、スーパーやレストランで廃棄になる予定の(消費期限・賞味期限の近い)商品をアプリ上に表示し、より安価な値段で販売するサービスです。ヨーロッパ各地で重宝されているこのシステム、実はロンドン発祥なのです。このように、廃棄を減らすのと同時に食品を安価にするシステムは、社会的な問題を同時に解決しうると思います」
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支援したスタートアップは360。ポイントはステークホルダーとの出会い方を多様化すること
「ともに行動するコミュニティをつくることで、みんながインスパイアしあえる」とコラボレーションの重要性を語るポリンさん。ReLondonでは、過去6年間で360のスタートアップがサーキュラービジネスに移行できるよう支援してきた。
「いくつか印象的なプロジェクトを紹介します。一つ目は、The Toy Projectというプロジェクトです。これは、ロンドンのイズリントンを拠点とする慈善団体で、かつて愛用されていたおもちゃを回収し、必要としている子供たちに寄付したり、店舗で販売したりする取り組みです。おもちゃの回収には電気カーゴバイクを使用するなど、活動のあらゆる段階をより環境に優しいものにしたのもこだわりのポイントでした」
「また、Caiger & Coは結婚式や会社でのイベントでのケータリングを『コンシャス・カナッペ』という新しいフィンガーフードとして生まれ変わらせるというプロジェクトです。ケータリングに使われる食材はもともと高価で高品質なものが多いので、堆肥化などの解決策ではなく、できるだけ食品として再利用できるように、工夫されました」
「最近、新しい循環型ビジネスモデルを開発するために、イズリントンの23の中小企業を支援するプログラムを始めました。 The Toy Projectもその一つです。他にも、小さなカフェがミルク・ディスペンサーを購入し、結果毎月廃棄される175本の牛乳ボトルがごみにならずに済むようになりました」
このようなReLondonのプロジェクトで大切にされていることの一つは、参加者の多様性だ。ビジネスの大小に関わらず様々な状況の人がサーキュラーエコノミーへの移行に携われるよう、工夫しているのは「入り口の多様化」だという。
「ReLondonと企業(主にスタートアップ)の出会い方は様々です。オンラインの参加希望フォームもありますし、コンシェルジュサービスもあります。ときには、直接ReLondonが企業や店舗を訪問することもあるんですよ。そうすることで、多様な人々が一同に揃うことになり、ReLondonが一方的に知見を共有するのではなく、スタートアップ同志が集まって、お互いにレビューする機会もできます。そのような横のつながりを作れるのは素晴らしいことだと思っています」
サーキュラーエコノミーで難しいことの一つは、「循環」をどのような指標で測るかということだろう。そこでReLondonは現在、サーキュラーエコノミーを可視化するツールをリーズ大学などの研究機関と連携して開発しているという。行政、企業、非営利団体から教育機関まで、幅広いステークホルダーと協業しているのが特徴だ。
ずばり、ロンドンを循環都市にするための一番の困難は?
欧州一の大都市であるロンドン。その中で多様なステークホルダーを巻き込み、サーキュラーエコノミーを推進するにはもちろん困難もつきまとうだろう。ポリンさんはReLondonでのプロジェクトを遂行する上での難しさをこう語る。
「一番難しいのは、みんなのモチベーションを上げることです。消費者に関していうと、例えば、持ちものを長く使うために修理したかったとしても、道具やスキルを持っていないことがあります。時間もお金もかかるということで、修理を諦めてしまう人もいます。それを乗り越える機会やアドバンテージをどう作るのかというのが課題です。そんなとき、ReLondonは住民とのコミュニケーションチャンネルを持っている自治体と話し、住民のニーズを拾ってもらったり、場合によっては新たな規制を作ったりすることもあります」
「企業とコミュニケーションしている上で感じる難しさは、やはりサーキュラーエコノミーがまだ彼らの議題の中で十分に高く評価されていないことです。特に中小企業は利益を出してビジネス自体を持続させることに精一杯のところが多く、サーキュラーエコノミーへの移行の優先順位が下がってしまう現状があります」
サーキュラーエコノミーの価値をどう表現するか。ステークホルダーの巻き込み方
ロンドンのみならず、ビジネスを循環型に移行することと(しばしば短期的な)利益を両立することは、多くの企業にとって悩みの種になっている。ReLondonはそうした問題に対して「前提部分」が間違っていないか、マーケティングの視点からもテコ入れをする。
「私たちは大概のビジネスが、サーキュラーエコノミーに移行することで、商業的な利益も生まれると考えています。ただ、消費者の求めるものにマッチしているかは、アイデアを商品にする前に考える必要があるかと思います。例えば、プラスチック包装のパッケージをサステナブルな素材に代替したいと思うとき、良い質のものを追い求めるとどんどん高価になっていく場合があります。しかし、日常的に使うもので高価なオプションを選ぶ人は(それがたとえサステナブルだったとしても)多くはないと思います。このようにまず前提が間違っていないかを、ReLondonのビジネス開発専門のメンバーがチェックすることがあります」
「さらに、サーキュラーエコノミーには他にもいくつかの利点があります。ビジネスを循環型にすることで、必要な原材料の量が減り、結果としてコストが安くなること。また、例えば特定の原材料が調達できなくなったとしても、少ない素材でプロダクトを製造できる可能性が上がるため、企業のレジリエンスが高まることなどです」
企業が循環型ビジネスへ移行することは、長期的には商業的利益ももたらすと考えるReLondon。また、消費者に商品の魅力を訴えかける場面でも、サーキュラーエコノミーは有効に作用することがあるという。ポリンさんは「古着(服のリユース)」の例をあげてこう話してくれた。
「例えば、古着のプラットフォームを作ると、それがサステナブルだと言わなくても安いから買う人が出てきますよね。また『味がある』ことで買う人もいると思います。このように環境の側面だけに訴えかけなくても、二重・三重の付加価値をつけられることもあるのです」
それでは、そもそもサーキュラーエコノミーという概念や言葉自体を認識していなかったり、それに関心がない企業を巻き込む場合、ReLondonではどのようなことが意識されているのだろう。
「鍵になるのは、サーキュラーエコノミーへの移行の利点を『事例』として見せることです。そのために、ReLondonでは、今までのプロジェクト事例をWebページで公開しています。これによって、例えばToo Good To Goのシステムがよく知られるようになり、レストランでこれを導入することが当たり前になったとすれば、他の企業がToo Good To Goを導入するハードルも下がります。新しく一歩を踏み出そうとする人の一助になるためにも、やはり事例を通じた知見のシェアが大事になってくるのです」
編集後記
インタビューの最後に、ポリンさんはIDEAS FOR GOODの読者に伝えたいメッセージを、こう語ってくれた。
「いまのフェーズで大事なのは、サーキュラーエコノミーのインセンティブをしっかり理解することだと思います。それは気候変動を食い止める要因にもなり、生物多様性が失われないようにすることでもあり、私たちの居住環境を守ることです。ロンドンに限っていうと、サーキュラーエコノミーへの移行で50万人の雇用を生み出すことも試算されています。私たちの生きる社会のレジリエンスを高めるきっかけとしてサーキュラーエコノミーが捉えられていくと素晴らしいなと思っています」
そうしたインセンティブを認識するために、市民として重要なのはまず近所での小さな実践に目を向けることかもしれない。インタビューの中で登場したToo Good To Goは、ロンドンをはじめ欧州の多くの都市で「お得な食品パック」として親しまれるようになった。サーキュラーエコノミーという言葉を知らなかったとしても、Too Good To Goのアプリをダウンロードしている人は多いだろう。このように、事例が多くの生活者の暮らしに馴染み、それが当たり前になっていくこと。そして、その事例が広く共有されること。それが私たちの生活をサーキュラーにしていく近道なのかもしれない。
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