突然だが「あなたは政府を信頼していますか?」と聞かれたら、あなたならどう答えるだろうか。
OECDの調査によれば、そんな問いにイエスと答えた人の割合は、日本では42パーセントだった(※)。
気候変動をはじめとした環境・社会の問題は山積みだ。17・18世紀に生まれた近代民主主義は、果たして現代の課題にも対応できるのだろうか。実際、特に若者世代の民主主義への失望は、ここ100年でも最低レベルになったというケンブリッジ大学の調査もある。
そんななか、世界で大きな潮流となっているのが「民主主義の刷新(democratic innovation)」といわれる動きだ。政治を政治家だけに任せるのではなく、市民の発案で法律や予算を提案したり、市民の「熟議(じっくり考え、話し合うこと)」によって政策提言を作成したりする、「民主主義のバージョンアップ」が始まっている。本記事では、ヨーロッパで始まっている3つの事例をお届けしよう。
世界初、生物多様性の保全に挑むアイルランド市民議会
2022年に開催されたアイルランド市民議会は、「生物多様性の保全」という大きな社会課題をテーマにした初の市民議会になった。大きな社会課題には多くの利害関係者が関わっており、政治家には「しがらみ」があってなかなか問題解決できない場合が多い。そんなときに力を発揮するのが、無作為に選ばれた「くじ引き市民」だ。
普段、立法や政策に関わらない人々99人が約1年間、専門家や業界代表、生物多様性に関わる地域の人々の意見や、将来の主役である子ども・若者会議の提言も聞き、議論し合う。ときには会議室を出て現場に出かけ、フィールド・トリップも行いながら、生物多様性に関する学びを深める。そのうえで、環境権などを含む憲法改正の国民投票を要求する勧告などを作成し、議会・政府に提出している。
市の予算も自分たちで。フランス、グルノーブル市の参加型予算編成
政治で重要な課題の一つは、予算をいかに組むのかということだ。予算編成も市民の力で決めてしまおう、というのが「参加型予算編成(PB)」であり、アルプスの麓に広がるフランス・グルノーブル市では、2015年からこの参加型予算編成に取り組んでいる。
16歳以上の住民(国籍不問)であれば、好きな予算のプロジェクトを提案でき、選考に参加することができる。プロジェクトの提案者は、「ハチの巣」と呼ばれる意見交換会でプレゼンし、よりよい提案にブラッシュアップできる。どのプロジェクトに予算をつけるかを選ぶのも、市民の投票によって行われる。
グルノーブル市では、すでに67プロジェクトが最終投票を通過し、40のプロジェクトが完了しているという。噴水の改修や、卓球台の設置などがそれだが、今年は、木陰の広場をつくるアイデアや、歴史的市街地に湿ったキャンバスを設置して涼しくするアイデアなどに人気が集まっているという。
市民政治の制度化。東ベルギー常設型・抽選制市民議会
2019年から東ベルギーで実施されているのは、くじ引き市民の議会のような1回限りのものではなく、「常設型の」抽選制市民議会だ。議題(アジェンダ)も「上から」設定されるのではなく、自分たちで設定するといった、より民主的なものだ。
東ベルギーモデルでは、抽選で選ばれた24人の市民(市民カウンシル)が1年半かけて議題設定などを行い、さらに、25〜50人程度からなる3つのくじ引き市民議会が熟議の上で提言を作成する。共同体議会やベルギー政府はこの提言に対応することが義務づけられている。市民カウンシルは、議会の動きを監視することもできるのだ。まさに、市民政治の制度化といったところだろう。
参加と熟議のデモクラシーを私たちのものに
いかがだっただろうか。従来の政治家は、市民からの支持と投票を得るために、「票になる社会問題」を扱わざるを得ない構造もあった。そのため、気候変動などの長期的課題をいち早く政策にするのは難しいといえる。
しかし、市民には「しがらみ」も「票」も関係がない。くじ引き市民という社会の縮図によって、多様な意見を出し合い、専門家たちと学び合いながら、考察を深め、時には結論をも変えていくようなデモクラシーのあり方が今こそ求められている。
話し合うこと、声をあげること、耳を傾けること。そんなことを避けてはいないだろうか。民主主義のバージョンアップの基礎は、まさにそこにあるといえよう。
※OECD(2021)Government at a Glance
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【参照サイト】Faith in democracy: millennials are the most disillusioned generation ‘in living memory’
【参照サイト】アイルランド市民議会公式ホームページ
【参照サイト】Report of the Citizens’ Assembly on Biodiversity Loss 2023
【参照サイト】グルノーブル市参加型予算編成公式ホームページ
【参照サイト】ベルギードイツ語共同体 市民対話公式ホームページ
【参照サイト】VOICE and VOTE 「デモクラシーのいま」1,000回記念生配信
【参照サイト】VOICE and VOTE公式ホームページ
【参考文献】Boris Kolytcheff(2017) “Le budget participatif grenoblois” Dans Gestion & Finances Publiques (No.5)、 63-66.
【参考文献】OECD Open Government Unit著(日本ミニ・パブリックス研究フォーラム訳)(2023)『世界に学ぶミニ・パブリックス』学芸出版社。
Edited by Erika Tomiyama