※本記事は、「BETTER FOOD(ベターフード) VOL.1 持続可能な”食の未来”の作り方」掲載記事を、一部IDEAS FOR GOOD向けに編集したものです。
2019年の「アジアベストレストラン50」にて42位にランクインし、その年に最もサステナブルな取り組みに秀でたレストランに授与される「サステナブルレストランアワード」も獲得したレストランがインドネシアのバリ島にある。
ウブドの小道に佇む小さなレストラン「Locavore(ロカヴォア)」だ。ふたりのシェフ、インドネシア人のレイ氏とオランダ人のイルケ氏によって提供されるのは、インドネシアの地産食材をふんだんに使ったモダンインドネシア料理。
バリ島の畑やジャングル、山々を縦横無尽に駆け巡り、食材のリサーチや、伝統食材を守る生産者たちとのネットワークを構築していったロカヴォアは、まさに真のファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)の体現者であり、持続可能な飲食店のあり方を示してくれている。ロカヴォアでの取り組みについて、シェフのイルケ氏に直接話を伺った。
ロカヴォアが、地元食材にこだわる理由
Q. ロカヴォアのサステナビリティの取り組みについて教えてください。
ロカヴォアでは、地元の食材を使うことをとても大切にしています。80%はここバリ島産、残りの20%はジャワ島やスマトラ島など他の島から仕入れていますが全てインドネシア産です。
これが唯一の正解だとは思いませんが、もしあなたが旅行者としてバリに来るなら、なぜ来るのでしょうか。サーモンやフォアグラやキャビアを食べるためるためでしょうか。きっとそれらの食材はヨーロッパで食べたほうがおいしいですよね。オランダ人の僕からすると、オランダで食べているものを南国の島で食べようとは思いません。僕が旅行者ならば、インドネシア料理やインドネシア産の食材を味わいたいと思うはずです。
これは、サステナビリティのためだけではありません。僕たちは自分たちのやりたいようにレストランを運営していますが、それは僕にとって、その方がお客さんの視点から見ても面白いと感じるからです。それが、僕たちのコンセプトです。
Q. 地元の食材を使い始めた理由をもう少し詳しく教えてください。
いまだに多くの国々が膨大な量の食材を国外から輸入していることは、僕には理解できません。例えば、1年中ずっと豆を食べ続けたいと思う人がたくさんいますが、オランダでは1年のうち4か月しか豆を栽培できないので、その他の8か月間はケニアやザンビアから豆を輸入しています。しかし、どうしてそんなことをするのでしょうか。豆なんて食べないで、他の季節のものを食べればいいじゃないですか。どの国にも、それぞれの旬の時期ごとに市場に出回るべき美味しいものがあるのですから。
トマトは日光が好きですが、寒さも好きです。バリ島のトマトはイタリアほど美味しくないので、トマトサラダをメニューに載せることはないでしょう。セロリもバリ島で栽培されていますが、寒冷地ではないので美味しくありません。それぞれの土地で採れる食材は、その土地で育つべくして育ちます。
ですから、「南国の気候では栽培が難しいのにもかかわらず需要があるから育てられている食材」よりも、「元々南国で自然に育っている食材」を使うのです。だから、うちでは絶対にレタスは使いません。使わなくても全く問題はないですし、寒冷地の野菜を使うことは僕にとって意味がないのです。
完璧ではないことを自覚する
Q. 食材の持続可能性で言えば、有機栽培や持続可能な方法で生産された食材を使用すべきでしょうか?
もちろんそうするべきですが、問題は、ヨーロッパにはオーガニックやケージフリーなどのサステナブルな農法に関する明確な認証制度がある一方で、バリ島にはそのような制度がないことです。
ですから、バリ島では好きなだけ農薬を散布しても、製品にオーガニックと表示することは可能なのです。だからこそ、農家との信頼関係が重要です。5年、10年と一緒に仕事をしていても、裏切られることもあります。常にアンテナを張って、良い食材と生産者を探し続けることが大切です。
僕たちがよく仕入れている農家があります。彼は僕たちが購入するすべての食材を栽培しているわけではないので、彼の友人や近所の人から彼がまとめて食材を購入して私たちに卸すこともあります。そのため、私たちはすべての食材については知り得ないわけです。
すぐに完璧を目指すことはできないので、なるべく良い方向に向かって、日々少しずつ進んでしていくしかないと思います。ロカヴォアのことを完璧にサステナブルだと思ったことはありませんが、僕たちは努力していますし、日々話し合っています。僕は、それが重要なのだと思っています。まだ完璧ではないことを自覚し、改善しようとする限り、いつかそこに到達することができると思います。
少なくとも、自分が信じていることをやっていると感じられています。好きだけでなく、それが正しいと思えることをするのは、いつだって素敵なことです。
“普通”とはなにか?既成概念にとらわれない
Q. 地元の食材を使って、どのようにイノベーティブな料理を作るのですか?
「よし、100%地元の食材でいこう」と言いながら、バリ島にはない乳製品や小麦を使うのはよくないですよね。ですから、普通のサワードウブレッドを作ることはできません。サワードウブレッドのニーズがあるならば、それはインドネシア風のフラットブレッドでもいいし、発酵した根菜類で作ったパンでもいいし、キャッサバ粉のパンでもいいかもしれない。何でも作れますよ。
でも、決して簡単ではありません。だから、何度も失敗する覚悟が必要だと思うんです。時間とお金をかけて創造性を発揮し、新しいことに取り組む時間がある場所で、集中して取り組む必要があります。20回くらい失敗しても大丈夫。プレッシャーがないですからね。ある意味、僕たちがここでやっていることは先駆的なのかもしれませんが、やはりストレスは溜まります。
料理人というのは、とても保守的な職業です。ただし、この15〜20年の間にスペインの世界一と称賛されるレストラン「エル・ブリ」やデンマークの「ノーマ」によってだいぶ改善されました。これらのレストランは、この業界がよりオープンマインドになるために貢献しました。
しかしまだまだレストラン業界は、「長年そうされてきたのだから、そうあるべきだ」という固定観念がある、一般的には非常に保守的な職業であることは事実です。乳製品を使わないでジェラートを作る?ええ、それは本来のジェラートの作り方ではありません。でも、僕たちは乳製品を使わないので、選択の余地はないのです。では、どうしたら乳製品を使わないクリーミーなジェラートができるのでしょうか。そういったことに知恵を絞り、代替品を考えなければならないのです。
Q. ロカヴォアには、蟻や蟻の卵が入ったメニューなど、ユニークなメニューが数多くあります。このような斬新なメニュー開発について、詳しく教えてください。
一体、何が“普通”なのか、ということですよね。普通って何でしょうね。日本では、生魚を食べるのは普通です。でも、他の国では、それは変なことです。一方で、昆虫を食べる国もある。それは食文化なんです。豚肉を食べるのが普通で、猫を食べるのは普通じゃないって、誰が決めたのでしょうか。何が普通で何が普通でないかを決めるのは、自分が育った場所です。そう、つまりそれはあなたがどこにいるかによって変わるものなのです。
お客様が既成概念にとらわれず、オープンマインドで、新しいことに挑戦できることがとても重要です。僕たちのレストランに来るのであれば、新しいものを試そうという気持ちと、それを楽しむ気持ちが必要です。もし、「そんなのは嫌だ」と思うのであれば、他の店に行った方がいいでしょう。
しかし、僕たちのブランドが確立されればされるほど、より多くの人が僕たちがゲストに求めるオープンマインドを持って来てくれるようになりますし、とても楽しいことなんです。
頭ではなく心で理解するために
Q. ロカヴォアでのサステナブルな取り組みについて、スタッフはどのように捉えていますか?
正しいことをするためには、より多くの時間がかかるものです。例えば、ごみを分別することは、何も考えずにごみ箱に全部入れるよりも時間がかかります。ですから、忙しいキッチンでは、サステナビリティのために自分自身を律するのは簡単ではありません。
これはプロセスだと言えます。キッチンにいるチームメンバーたち自身が、ちゃんと腹落ちしていること、なぜそれをするのかを理解することです。実は、バリ島において、なぜサステナブルなことをするのか、その理由を理解することはとても簡単です。なぜならば、そこら中プラスチックやごみだらけだからです。
雨季の最初の数週間は、ビーチに行くとプラスチックの中を泳いでいるようなものです。すべてのプラスチックは川に捨てられ、それが海に流されてビーチにたどり着くのです。ですから、このようなことがあればあるほど、頭ではなく心で理解することができると思います。つまり、自分の目で見て、実際に行動を起こすことができるのです。
一方で、地元の食材を料理に使うことを定着させるには、少し時間がかかりました。地元の食材が、西洋の食材と同等かそれ以上に優れている、あるいはより魅力的なものであることを理解してもらう必要があったのです。
少し時間はかかりましたが、今ではスタッフの誰もがこの考え方に賛同してくれていると思います。世界的にもローカルの食材を使うことは大きな潮流ですから、何も目新しいことではないんです。
しかし、次に取り組むべきは、持続可能な方法でより良いレストランになるにはどうしたらよいかということです。例えば、廃棄物をどう処理するか。農家やサプライヤーにビニール袋で野菜を運んでもらいたくないですよね。ですから、以前はこちらでリユース可能な容器や、天然素材の包装を使ってもらっていたのですが、時間が経つとそれらが壊れたりなくなったりして、徐々にまたプラスチック包装に戻るんです。
午前中に食材を受け取るのは僕ではありません。ですから、もしその食材を受け取る人が何でもかんでもサプライヤーがビニール袋に入れてくることをよしとするならば、それは問題です。3日間うまくいっても、4日目にはまたダメになる。このような話は尽きないものです。
トレーニングすることも良いのですが、本質的にスタッフ自身がその気になってくれることが大切です。僕が言うから「はい」と言うだけでは、状況は変わりません。「はい」と言うだけでなく、それが正しいことだと心から理解する必要があるのです。そうでなければ、何も始まらないのです。まあ、いつかはそこに到達できると僕は信じています。道のりは長いのですが……。
Q. サステナブルな取り組みについて、ゲストからの反応はどうでしょうか?価値を感じてくれているのでしょうか?
すべてのお客様がそうではないかもしれませんが、すでに多くのお客様が、下調べをした上でロカヴォアを利用してくださっていると思います。ロカヴォアがどんなお店か、どんなことをやっているのかを知った上で予約してくれているのです。
これは、僕たちが望んでいるあり方です。僕たちは、お客様に何を期待しているのかを知ってもらいたいのです。もし、和牛やトリュフ、キャビアをお客様が期待していたら、間違ったレストランに来てしまったと思い、がっかりして帰るでしょう。まあ、たまにはそういうこともあります。だから、僕らのお店を予約してくれる人たちが、僕らのやり方を知って、「これは僕の趣味じゃないな」とか「これは僕のコンフォートゾーンから外れすぎているな」とか、「ちょっと豪華な食材が欲しいな」と思ったら、他のレストランに行けば、その期待に沿う料理があるわけです。
ですから、うちのレストランに来る人たちの9割は、僕たちがやっていることを理解して、それを評価してくれて、それがそもそもの来店理由になっていると思います。最近のレストランのコンセプトとして正しい、または、自分が行って食事をしたいのはこれだ、と感じてくれているのだと思います。
Q. ゲストがそれに価値を感じ、その体験に適切な対価を支払ってくれることで、レストランもサプライヤーや農家に適切な価格を支払うことが可能になり、結果的にそれがより持続可能なフードシステムを構築することができるのですね。
ええ、その通りです。値段に見合うだけの価値があれば、過剰に請求されているとお客様が感じることはありません。また、僕たちはサプライヤーに値下げを要求することはありません。
パンデミックの時期には、もう少しコストに気を遣っていたかもしれませんが、今ではレストランがちゃんと忙しく回っているので、仕入先が「2ドルだ」と言ったら、2ドル支払います。つまり、僕たちの経営は健全なので、そのような値下げ交渉は必要ではありませんし、必要以上に大量に発注したり、食材の基準を落としたりすこともありません。
これは、もっと安くて量を重視した利益率の低いコンセプトでお店をやっていたら難しかったと思います。僕たちのようなテイスティングメニューだけの小さなレストランだからこそ可能なのだと思います。もちろん、これは自分たちのお店のスタイルだと理解していますが、それが僕の好きなポジションでもあるのです。農家の人たちが一生懸命に作ってくれたものを、より安い値段で買うために値切り交渉するなんて嫌ですから。
サステナビリティは行動で示すものであって、語るものではない
Q. より良いフードシステムを作るために、レストランはどのように貢献できるのでしょうか?
僕たちは少数の恵まれた人たちのために料理をしているのだということは自覚しています。つまり、誰もがバリ島に来れるわけではありません。誰もが僕らのレストランに来て食事ができるわけではありません。決して高くはないですが、安くもありませんから。
でも、ロカヴォアに来るお客さんのほとんどは、サステナブルであることが重要だとすでに考えている人たちなんです。彼らは肉をあまり食べないことが重要だと考えている人たちです。ですから、僕たちは、すでに僕たちのストーリーを信じてくれている人たちに、料理を通して改めてストーリーを伝えているのです。ある一定の顧客がいて、彼らは理由があってお店にやってきてくるのですから。また、最近のシェフという職業は、前よりも尊敬されていると思います。
だから、小さな島の小さなレストランでも、正しいメッセージを広める役割を果たすことができると思うんです。僕は話すのが好きですが、僕たちがいかにサステナブルであるかをソーシャルメディアに投稿するのはあまり好きではありません。
それは、行動で示すものであって、語るものではない、そう、“Just Do It”だと思います。ナイキのように、僕はそう信じています。つまり、正しい事例を示し、それを繰り返して、より多くの人がそれを見に来れば、いつの間にかそれは広まり、それが多くの人々へ届くのです。それはお客様にも伝わり、チームメンバーにも影響を与えます。
ある日突然、僕たちのお店を離れ、別の場所で働くようになるメンバーもいるかもしれません。そして、僕たちがサステナビリティについてやってきたことのいくつかは、彼らがそれを自ら取り込んで、新しい場所で実践することで、いつしかそこへ共にたどり着くことができるのです。僕たちは、世界の端っこで、できる限り自分たちの役割を果たし、それを続けていくだけだと思います。そうやって、変化を起こせると思います。焼石に水かもしれませんが……。でも、あまりにネガティブになりすぎると、何もできなくなってしまうから。だから、今やっていることを続けてそれを信じて、どこまでいけるか見ていきたいと思います。
バリ島でモダンインドネシア料理を提供するレストラン「ロカヴォア」をはじめとし、Farm to Tableを実践する国内外の飲食店を紹介しつつ、森林放牧を通して酪農の新しい可能性を模索する那須の森林ノ牧場や、水草からクラフトジンを作るソーシャルビジネスをカンボジアに取材するなど、食と社会システムを考える内容も取材した。さらにはマクドナルド、バーガーキング、イケアといったグローバル企業の気候変動に対する取り組みまでが網羅された「持続可能な食の未来」を探求する一冊。
Edited by Erika Tomiyama