東京・二子玉川のフレンチレストラン「naturam」シェフが渡仏をきっかけに考えた、日本の食材の活かし方【FOOD MADE GOOD #20】

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飲食業界のあり方を変えていくため、日本でより多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援する日本サステイナブル・レストラン協会(以下、SRA)による連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」。20回目となる本記事では、食材を余すことなく使い、オリジナリティあふれるフランス料理を提供している「naturam(ナチュラム)」を紹介する。

田園都市線・二子玉川駅から数分歩くと見えてくる、蔦で覆われたレンガの建物。その横にある階段を数段上がると現れるのが、「naturam」の白い扉だ。扉を開け、一歩そこに足を踏み入れると、老若男女が食事を楽しむ様子が目に映る。店内は木のぬくもりを存分に活用したデザイン。大きな窓からは陽光が降り注ぎ、あたたかな光が店内を満たす。

naturam店内

naturam店内

今回は、「naturam」誕生までの歩みと、同レストランで行われているサステナブルな取り組みについて、オーナーシェフの杉浦和哉(すぎうら・かずや)さんにお話を伺った。

「日本人としての強み」を考える日々

杉浦さんがフランス料理に興味を持ったのは、高校卒業後、地元の洋食レストランで働いていたときのことだった。そのレストランのシェフが過去にフランスで修行しており、よくフランス料理が話題に上がっていたそうだ。シェフの話を聞いて、杉浦さんは「自分もフランスへ行ってみたい」と思うようになり、渡仏を決意したという。

実際にフランスへ渡航したのは、杉浦さんが21歳のとき。所持金数万円で現地へ向かい、片っ端からレストランで働かせてくれと頼み込んだ。しかし、なかなか働き口が見つからず、残金も、フランスに滞在できる残り日数も減るばかりだったという。

そんなあるとき、フランスの北西部にあるブルターニュ地方の、とあるレストランで働けることが決まった。そこで半年間働きながらフランス料理を学んだ後、南フランスのレストランでも半年間働いた。

「現地で働いてみて強く思ったのが、『日本の食文化や食材について自分はまだまだ知らないな』ということでした。そこで日本に戻って、一から勉強しなおそうと決意したんです」

杉浦シェフ

杉浦シェフ

帰国してから約10年間、日本で食材の扱い方や食文化などを一通り学んだのち、杉浦さんは再びフランスに向かう。「パリの今」をその目で見てみたかったのだそうだ。そこで杉浦さんがパリで見たのは、日本人の活躍だった。

「パリで日本人の強みを考えていく中で、行きついたのが食材の扱い方でした。日本には古くから魚文化があります。だから、生魚の扱いにおいてはフランスの人よりも優れているのではないかと思ったんです。また、日本はダシ文化でもあります。煮干しや昆布、しいたけなど、さまざまなダシを日常的に使っています。これらは日本独自の食文化から育まれたもので、日本人の強みになると考えました」

杉浦さんは、二度目の渡仏で「日本人にしか作れないフランス料理を追及していこう」と決意。そして、2018年に東京・二子玉川に「naturam」をオープンした。

最近では、杉浦さんはアジア各国にも活躍の幅を広げているという。アジアでの活動を通して感じたことについてこう語った。

「彼らは自国の食材というのをすごく大切にしているんです。自分たちの土地で取れた食材を使ってコースを組む、料理を提供する。そうした意識を感じました」

食材に新たな価値を加えて料理をつくる

naturamはフレンチレストランでありながら、ほぼすべての食材は、日本のものを使っている。その食材を調達するために、実際に野菜を作っている人のもとに足を運ぶこともあるそうだ。

「実際に農家さんのところに行って、どんな人が、どういう想いでその野菜を作っているのか。食材を見て、食べて、それを使ってコースを作っています」

野菜の端材からとったブイヨン ド レギューム

野菜の端材からとったブイヨン ド レギューム

naturamには、固定メニューがほとんどないのだという。仲卸業者や市場で購入してきた食材をもとにその日のメニューを組み立てる。だからメニューは毎日のように切り替わる。また、規格外などの理由で、売れ残った野菜も使うという。

「廃棄されてしまう規格外野菜に、新たな価値を加えて料理に変えていく。これもひとつの料理のテーマですし、これができるのが料理人なのだと思います」

naturamでは、使われずに廃棄される食材はまったくと言っていいほどないという。食材の切れ端などは、寸胴鍋で煮込んでソースの土台として活用している。

「野菜の皮やハーブの茎などの余った食材を煮出しています。こうすることで、野菜本来の甘さも出るんです。そうやってできた野菜のブイヨンが、naturamのあらゆるソースの土台になっています。たとえば今だったら、あさりのダシ汁と野菜のブイヨンを合わせてお魚のソースにしています。食材で捨てる部分はまったくありません」

さらに野菜だけで作られたブイヨンは、ヴィーガンの人にも対応できるという。杉浦さんは、「フランスでの生活経験が食の多様性への配慮に結びついている」と話す。

「フランスでは色々な人と働いていたので、そこでの経験が大きいと思います。厨房でいっしょに働いていたスタッフの中にはムスリムの方もいました」

お野菜のビーツを取り入れたデザート

お野菜のビーツを取り入れたデザート

レストランは、作り手の想いをつなぐ場所

naturamでは、震災の影響で風評被害が強かった福島県の野菜も積極的に使っているという。

「福島県郡山市にある農場さんと付き合いが生まれてから、もう5年ほどになります。震災から時が経ち、国の基準はクリアしているのにもかかわらず、郡山市のブランド野菜は『福島県産』というだけで、ほかの地域の野菜よりも格安で流通している状況がありました。

あるとき、郡山の野菜を実際に食べて、評価をするという取り組みが行われました。僕も実際に郡山市に出向いて、酪農家さんや農家さんなど色々回ったんです。そこで思ったのは、力強い野菜を作っていらっしゃるということ。とても質の高いものだったので、今でも郡山の野菜を取り入れています」

杉浦シェフ

杉浦シェフ

杉浦さんは、社会におけるレストランの役割について「作り手の想いをつなぐための場所」だと話す。

「私たちが作る料理を通じて、お客様に農家さんや職人さんといった作り手の想いを届けていく。また、サステナブルな取り組みをお客様に体験してもらうことで関心を持っていただく。レストランとは想いや取り組みをつなぐ場所なんだと思います。

手作業で、昔ながらの製法で、しょうゆを作っている職人さんがいます。しかし、(大量生産できて値段も安い)大手のメーカーさんに押されて、作り手にとって厳しい状況が続いています。発信が得意ではない職人さんや農家さんも少なくありません。けれど、本当にいいものを作っています。だから、職人さんや農家さんが作った器や調味料、食材を私たちが使って、彼らの想いをつないでいきます」

杉浦さんが作り手の想いを乗せた料理は、今日も誰かの幸せをつくっている。

編集後記

物流網が発達した現在、望めば世界中のあらゆる食材を取り寄せることができる。しかし、その食材を運ぶために、CO2が大量に発生していることも事実だ。

今回、杉浦さんのお話を伺って、アイデアとクリエイティビティがあればサステナブルな仕組みと食材調達は両立するのだと感じた。その土地の食材を使うことで、産業の保護につながり、食材を運ぶために使われるエネルギー消費量も抑えることができる。

”naturam”はラテン語で「自然な、ありのままに」という意味があるのだという。飾りすぎない店内は親しみやすい雰囲気で、そのままのあなたを受け入れてくれる。素材の「ありのまま」を生かした杉浦さんの料理が、訪れたあなたの心を癒やしてくれる。naturamで料理を食べたあなたは、きっと笑顔だ。

【参照サイト】naturam公式サイト

Edited by Erika Tomiyama

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