社会復帰を目指す受刑者のための「トラウマケア」ハウス、アメリカに誕生

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アメリカ・コロラド州にあるProvidence at the Hights (通称PATH)というアパートがある。とても大きな窓が印象的で、室内は太陽光が差し込んで明るい。建物の内部は木目調の温かい雰囲気で、外には、自然とのつながりを感じられるような穏やかな中庭がある。ただ、この部屋の魅力はそれだけではない。このアパートはトラウマ・インフォームド・デザイン(TID)という居住者のユニークなニーズを反映した設計になっているのだ。

PATHの外観

Photo via Shopworks Architecture

PATHは、刑務所出所者の社会復帰を支援するアメリカの非営利団体「Second Chance Center」が運営する住宅である。居住者はそれまで刑務所にいた元受刑者なのだ。

元受刑者は、社会復帰の過程で数々の困難に直面する可能性があり、それらを乗り越えるサポートが必要となる。PATHは、元受刑者が過去のトラウマや精神的な問題を治療し、心の健康と精神的な回復を促進する。さらに、元受刑者が自分自身と向き合い、新しい生活を築く自信を持つ助けにもなる。元受刑者が安全で支援的なコミュニティに属することで、新しい人生を始めるための重要なステップとなるのだ。

今回のプロジェクトを手掛けたのは、建築事務所である「Shopworks Architecture」。Second Chance Centerは、同社と話し合いを重ね、元受刑者たちが刑務所での生活を想起するようなものがないように徹底している。例えば、刑務所を連想させるドアノブの形や、トラブルが多く発生する刑務所の階段を連想させるデザインは避けている。各居室には高密度の遮音材が施され、刑務所とは真逆の雰囲気だ。

Photo via Shopworks Architecture

Shopworks Architectureは、建築素材や家具の選択から、空間の使い方、安全性、視線の流れの設計に至るまで幅広い視点でのデザインを手掛ける。不快な音、安全性の欠如、視覚的なノイズ、区別のつかない廊下など、人々を不安にさせるような感覚的・空間的な要素を分類し、トラウマを想起させる下がり天井のタイルや蛍光灯のようなアイテムなどは使用されない。

また、空間が持つポジティブな面にも注目している。一人ひとりが安心・安全なスペースを確保しながら、人々が交流できるオープンスペースが持つ「癒しの力」にフォーカスしているのだ。周りの人と同じ空間にいつつ、自分のスペースを確保し、刺激を調節できるようなデザインとして、壁に穴がある個室や、4分の3の長さの壁などを組み込んでいる。

Photo via Shopworks Architecture

トラウマ反応のきっかけを探るのは、人々が空間をどのように使い、どのようなルートを通って移動しているかを観察することから始まる。ここで重要なのは、空間に「可能な限り多くの選択肢」をデザインすることだと、Trauma-Informed Design Society(TIDS)の共同設立者の一人であるChristine Cowart氏はBloombergの記事で語っている。

「つまり、トラウマ反応を示す人々がいる空間では、彼らの欲求が刻々と変わることを理解し、常に安心して過ごせる場所を提供することが重要です。広々とした空間は大きなイベントや刺激的な社交の場として活用できますが、避難場所として感じられないと、人々は圧倒されてしまうこともあります」

社会から疎外され、心に傷を負った人々が過ごす「空間の質」に配慮した建築はまだ少ない。しかし自分が暮らす空間や居場所での安全性が確保されていると、それ自体がトラウマを軽減するケアであることは証明されている。

トラウマがあるということを認識し、告白することはハードルが高い。また認知していないが、心の奥でトラウマを抱えている人も、多いだろう。はっきりとしたトラウマを抱えている人はもちろん、ちょっとした違和感や息苦しさを抱えている人にとっても、TIDを意識した空間が癒しになりそうだ。

【参照サイト】コーヒーを通じて再犯率を減らす、英国の「刑務所」カフェ
【参照サイト】Shopworks Architecture公式サイト
【参照サイト】Buildings That Can Heal in the Wake of Trauma

Edited by Erika Tomiyama

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