フランスの匿名アーティストEmemem(エメメム)はヨーロッパ各地の舗道にあいた穴を「カラフルな水たまり」に変身させている。
自称「歩道の外科医」は、亀裂の入ってしまったアスファルトにモザイク画を埋め込むことで、歩行者の安全を確保し、殺風景な空間に彩りを加え、市民の心と道路を治癒する。
彼は、モザイク画を穴に埋める技法を「フラッキング」と呼んでいる。この言葉はフランス語で「水たまり」を意味するFlaqueに由来する。
2016年にフランスのリヨンで始まった道路の「治療」は、以来約400の舗道を美しいアートに変貌させてきた。他にもノルウェー、スペイン、イタリア、ドイツなどヨーロッパの多くの都市にも出没し、その癒しの力を振りまいてきた。これらの作品は、彼の匿名的な活動の神秘性と作品の美しさによって、国際的なメディアの注目を集め、SNS上でも話題を呼んでいる。
エメメムのポートフォリオの中でも転機となったのは、バルセロナでの活動である。彼は2019年の独立抗議デモ直後の街も修復した。デモの一部で暴力と怒りが渦巻き、石畳の破片は不幸にも投石器として使用されたのだ。道路の傷跡はモザイク画で埋められた。バルセロナ市はこれらの痕跡を消し去るのではなく、作品を市のモニュメントとして分類し、文化的な保護対象としたのだ。
こうして彼のモザイク画は歴史を記録する「生活のメモリーブック」という位置づけとなった。作品は、デモの傷跡をなかったことにせず、それを記録するとともに、新たな意味を加えるのだ。これは、過去をないがしろにするのではなく、むしろそこから学ぶ姿勢、また、美しい芸術を愛でる豊かな心を育み、より良い未来を創造しようとする意思を反映するものではないか。
この出来事は、彼に自身の作品の可能性を再考させた。トラウマが残る土地でのフラッキング、つまり、文脈によってEmememの作品の力がより引き出される場合があるのではないかという問いが生まれた。この考えから、彼は地震で被災したイタリアやリビアの街のフラッキングも手掛けるようになったという。
過去の記憶を持つことで、街はより強靭になるのではないか。筆者にはこの精神に、何か響くものを感じた。日本で古くから親しまれ、海外でも広がりつつある金継ぎだ。
金継ぎは「割れてしまった」器を、その割れた事実を受け入れ、新たな・より輝けるものに再生させる技術だ。この「不完全性」を抱擁し、前向きにさせるような精神。日本の漆と金の伝統と、フランスのアスファルトとモザイクの革新が共鳴しているように感じた。
エメメムが手がける道路のモザイク画は単なるアートにとどまらない。それは街が、そしてそこに住む人々が新たなフェーズに踏み出すための粋な計らいである。
【参照サイト】Ememem the Flacking Project
【参照サイト】Ememem Official
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