気温上昇が周知の事実となり「地球沸騰化の時代だ」と叫ばれる現在。もはや、気候変動の影響を一切受けない業界などないだろう。
現状に危機感を抱いている業界のひとつが、スポーツ界だ。身の回りの環境に身体を順応させ、最大のパフォーマンスを引き出そうとするアスリートたちは、気温上昇などの変化を敏感に感じているという。たとえば、2023年8月にブダペストで開催された世界陸上競技選手権大会での調査によると、陸上選手のうち7割以上が「気候変動について非常に懸念している」と回答し、9割が「ワールドアスレティックス(連盟)は持続可能な未来の構築に向けて果たすべき役割がある」と回答した(※1)。
そんなスポーツ界が、すでに気候変動への対策を世界各地で力強く進めている。IDEAS FOR GOODでは日本でスポーツ界の気候変動対応推進を担ってきたSport For Smileプラネットリーグと連携し、「Sport for Good」と題して世界各地のスポーツ界におけるサステナビリティ推進の動きに迫る特集を毎月お届けしていく。
今回お話を伺ったのは、テニスの四大大会のひとつ、ウィンブルドンのサステナビリティマネージャーを務めるハッティ・パーク氏だ。
「気候変動、生物多様性の喪失、資源の枯渇。これらはすでにスポーツに大きな影響を及ぼしています」
そんな危機感を抱きながら気候変動問題の解決に取り組むべく、ウィンブルドンは2019年に国連の「スポーツを通じた気候行動枠組み(以下、「スポーツ気候行動枠組み」)」に署名。同年末に「環境ポジティブ戦略」を立ち上げた。本記事では、ハッティ氏にウィンブルドンの具体的な実践についてお話を伺った。
温室効果ガス排出をネットゼロに。まずはCO2排出量の計測から
ウィンブルドンは、2030年までに「温室効果ガス排出をネットゼロ」「資源の効率化」「生物多様性の創出」「より広範なアクションの促進」を実現するという目標を掲げたアクションプランを策定している。
ハッティ氏に、ウィンブルドンがサステナビリティに取り組み始めたきっかけを尋ねると、「気候変動を考慮すれば、私たちが地球に与える影響を発信し、他の人にインスピレーションを与え、気候変動からの回復力を構築するためにアクションすることが、唯一の選択肢です」と話す。
気候危機とも言われる緊迫したこの状況下で、ウィンブルドンの動きは加速している。2030年までに自社排出分であるスコープ1とスコープ2においてネットゼロを目指すウィンブルドンは、2019年から毎年、事業における温室効果ガスの排出量を計測し、年次報告書に記載している。排出量の計測を開始した2019年に比べると、2022年と2023年は温室効果ガスの排出量は少なくなっているという。
自社排出分ネットゼロを達成するためにはより抜本的な改革が必要
しかし、ハッティ氏は「自社排出分ネットゼロを達成するためにはより抜本的な改革が必要だ」と話す。ここからは、ウィンブルドンが具体的に行なっている取り組みについて見ていく。
ウィンブルドンが最初に取りかかったのは、大会開催時の選手たちや観客の会場内の移動によって排出される温室効果ガスを削減すること。具体的には、ガソリン車から電気自動車や電気バギーへの移行を進めたのである。
現在は企業から購入した再生可能エネルギーを用いているが、今後は敷地内で再生可能エネルギーを生産し、それを利用した大会運営を目指す。
また、選手や来場者に提供する食事にも配慮している。食肉や畜産業では、家畜から発生するメタンガスを中心に、生産過程で大量の温室効果ガスが生まれている。国際連合食糧農業機関(FAO)の発表によると、全産業で発生する温室効果ガスのうち14.5%が畜産業によるものだ(※2)。ウィンブルドンでは、主に植物ベースの料理を提供している。
さらに昨年から、それぞれの料理が、どの程度CO2を消費しているかを表すようにした。メニューの左に「High(高い)」「Medium(中程度)」「Low(低い)」などと、CO2の排出量が示されていることで、選ぶ人の意識も変える効果があるのだ。
「資源の効率化」にも注力している。印象的なのは、ウィンブルドンでの取り組みのシンプルさだ。ウィンブルドンは数年前から、ごみ捨ての際に一目で分別できるよう、ごみ箱上部のふたを色付きに変え、ラベル付けを行なっている。ハッティ氏は「このラベリングだけで、大きな変化があった」と話す。
「多くの場合、単純なことが本当の違いを生むことがあります。私たちの目標は、正しい行為を、ゲストにとってできるだけ簡単にすることです」
実際に、この取り組みを行った2022年では、リサイクル率が廃棄物量の65%にまで達したという。
また、ハッティ氏は「生物多様性もまた、ウィンブルドンの体験に欠かせない要素のひとつ」と語る。ウィンブルドンの敷地内のいたるところに植物を植え、多種多様な虫の居場所も生み出している。今後、ウィンブルドンでは敷地内の生物多様性の10%純増を目指す。
大事にするのは、コラボレーション
「サステイナビリティの仕事をしていて良かったと思うことのひとつは、とてもオープンで協力的な分野だということです。異なる部門で働く同僚とアイデアを共有したり、アドバイスしあったりすることがよくあります。私たちは皆、どの部署にいても、廃棄物を減らし、再生エネルギーを使い、生物多様性と資源の再生に積極的に取り組むことを目指しています」
ウィンブルドンはスポーツ以外のセクターと協同して気候変動に立ち向かうこともあるそうだ。その代表例が、ミネラルウォーターブランド「evian(エビアン)」とのコラボレーションである。昨年、再利用可能なリフィルボトルを選手らに配り、試合中に水を補給できるようにした。ハッティ氏は「選手たちがポジティブなリユース文化の模範となった、意義深い取り組みでした」と振り返る。
スポーツを通じて、人々のアクションを促す
ウィンブルドンはこうした具体的なアクションを、スタッフ全員を巻き込みながら進めている。そうした自社が行っている気候変動問題に対する取り組みを世界に広めるため、スポーツ界の著名人を招待してパネルディスカッションを開催したり、サステナビリティに関するメディアコンテンツもつくったりするなど、発信に力を入れているのも特徴だ。
「スポーツは、人々を団結させる力を持っています。気候変動に対処するために必要な行動と、アスリートやスポーツ選手の考え方には、多くの類似点があります。スポーツの世界では、アスリートは自分自身を追い込み、限界を破り、達成不可能と思われるような目標に挑戦しています。気候変動を前進させるために本当に重要なことは、メッセージを発信することであり、スポーツを通じて人々とコミュニケーションをとることです」
今後もウィンブルドンは、テニス界の頂点として、サステナブルな活動を広める取り組みを続けていくことだろう。「Sport for Good」では、今後も国内外のスポーツ界におけるサステナビリティを推進する取り組みを紹介していく。スポーツを通じて発信される「気候変動へのメッセージ」が、アクションを起こす一助になれば幸いだ。
Sport For Smile プラネットリーグ 梶川三枝氏コメント
ウィンブルドンは、国連「スポーツ気候行動枠組み」始動後、早期に署名したスポーツ団体のひとつ。先進的なマインドで画期的なサステナビリティ活動を実践しており、よい模範となる事例である。もはやサステナビリティの実践なくして信用を得られない時代、今回の取材は著名スポーツ団体が「スポーツの力」を活用して気候変動に立ち向かうべき理由と、その社会的責任を果たすべき意義を日本に伝える貴重な機会となった。
※1 Three-quarters of athletes directly impacted by climate change, World Athletics survey finds
※2 Tackling Climate Change Through Livestock(2013)-FAO
【参照サイト】The Championships, Wimbledon
Sport for Goodに関連する記事の一覧
Edited by Erika Tomiyama