「社会的責任は私たちのDNA」NBAが挑むスポーツ環境負荷削減の最前線【Sport for Good #4】

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気温上昇が周知の事実となり「地球沸騰化の時代」と叫ばれる現在。もはや、気候変動の影響を一切受けない業界などないだろう。

現状に危機感を抱いている業界のひとつが、スポーツ界だ。身の回りの環境に身体を順応させ、最大のパフォーマンスを引き出そうとするアスリートたちは、気温上昇などの変化を敏感に感じているという。

そんなスポーツ界が、すでに気候変動への対策を世界各地で力強く進めている。IDEAS FOR GOODでは日本でスポーツ界の気候変動対応推進を担ってきたSport For Smileプラネットリーグと連携し、「Sport for Good」と題して世界各地のスポーツ界におけるサステナビリティ推進の動きに迫る特集をお届けしていく。

今回お届けするのは、世界最高峰のプロバスケットボールリーグであり、グローバルな影響力を持つNBAの活動だ。NBAは、長年にわたり「NBA Cares」や「NBA Green」といった社会貢献および環境保護プログラムを展開し、ファンや地域社会に対する影響力を活かして、環境意識の向上に貢献してきた。これらの施策は単なる慈善活動に留まらず、選手やファンとともに気候変動の影響に立ち向かうムーブメントの基盤を築いている。

今回は、NBAの社会的責任・サステナビリティ担当ディレクターであるAnnie Horn(アニー・ホーン)氏にインタビューを実施。どの社員からも「社会的責任は組織のDNAである」という言葉が出てくるほどに、社会的責任活動に力を入れてきたNBAは、具体的にどのような気候変動対策を実施しているのだろうか。また、その取り組みが組織や社会全体にどのような影響を与えているのかを聞いた。

社会と環境に貢献する「NBA Cares」「NBA Green」

NBA Caresは、NBAが2005年に開始したグローバルな社会貢献プログラムであり、社会正義やインクルージョンの尊重、市民活動への参加、環境の持続可能性、そして心身の健康とウェルネスなど、さまざまな社会課題に取り組んでいる。このプログラムを通じて、NBAは世界中のコミュニティと連携し、選手やチーム、コーチが地域社会に積極的に関与。具体的な活動としては、学校訪問や病院での交流、災害支援、国際的な指導プログラム(バスケットボールクリニック)の展開などだ。

そんな「NBA Cares」の取り組みの中でも、特に環境分野にフォーカスし、サステナビリティを推進するためのプログラムがNBA Greenだ。NBA Greenは2007-2008シーズンにNatural Resources Defense Council(NRDC)とのパートナーシップの下で開始された。このプログラムは、環境データの収集と環境負荷の軽減、環境正義および気候正義、教育と啓発の3つの主要なインパクト領域に焦点を当てている。

Image via NBA

スポーツ業界全体へのインパクトをもたらす、NBAの注目プロジェクト

それでは、NBAでは近年どのような具体的取り組みが行われているのだろう。NBAは国連「スポーツ気候行動枠組み」に署名、2023年には、全NBAアリーナと協力し、持続可能な施設運営を推進する「NBAアリーナ・サステナビリティ・タスクフォース」を立ち上げた。毎年2月に開催されるNBAオールスターウィークエンドでも、リーグの自然環境への取り組みを象徴するサステナブル・イニシアチブが展開されている。それ以外にも下記のプロジェクトが進行中だ。

アブダビの試合で再生可能エネルギーを使用

NBAは、2024年にアブダビで開催されたグローバルゲームにおいて、試合が行われたアリーナに100%再生可能エネルギーを供給する取り組みを実施。このプロジェクトは、UAEが国家として掲げるエネルギー移行戦略とも軌を一にするものであり(※)、地域社会に向けて環境への配慮を示す重要なステップとなった。この取り組みにより、NBAがサステナブルなイベント運営の可能性を示すことで、ファンや地域コミュニティに環境意識を高めるメッセージを発信した。

「NBA Launchpad」で新技術の活用と、環境問題への解決策を模索

NBAは、バスケットボールの進化とビジネスの成長を加速させるため、新技術やサービスの発掘・支援を目的としたプログラム「NBA Launchpad」を展開している。このプログラムでは、選出された技術・企業が半年間にわたる研究開発プロジェクトとしてNBAの公式プラットフォームで試験運用され、最終的にNBAサマーリーグで成果を発表する機会を得ることができる。

2025年に新設された画期的なカテゴリー「The Future of Impact」は、単に新技術を支援するのではなく、リーグ全体やファン層に変化をもたらすことに焦点を当てている。2025年2月には、環境負荷低減のために消費者に衣類の廃棄削減を促す企業や、新技術を活用して障害のある人が試合をリアルタイムで楽しめるよう支援する企業など、5社がプログラムの第4期メンバーとして選出された。

オフィスや試合会場で使い捨てプラスチックの削減を推進

NBAは環境への影響を減らすため、オフィスでのプラスチックボトルの使用を80%削減した。また、ニューヨークとニュージャージーの拠点では使い捨てカップを廃止。試合会場やイベントでも同様の取り組みが進められ、持続可能な代替品の導入が推進されている。

試合スケジュールの工夫・修正で、選手の移動を削減

NBAは22-23シーズンより、選手の移動距離を削減できるように試合日程を調整しているが、これは選手のウェルビーイングのみならず、CO2排出量の削減に役立っている。同シーズンにはリーグ全体で航空移動距離を5万マイル削減。長距離移動による選手の疲労の蓄積を防ぎ、試合ごとのコンディション維持がしやすくなるほか、試合のために家族と離れる時間が減ることで精神的な安定にもつながるのだという。

「教育と啓発のために、正直な対話を」NBAサステナビリティ・ディレクターが語る組織の歩み

NBAは、環境への取り組みをどのように進め、どんな課題に直面してきたのか。ここからは、サステナビリティ・ディレクターのアニー・ホーン氏に、サステナブルな未来に向けたアクションを支えるNBAの考え方とは何か、語ってもらった内容をお届けする。

Q. NBA Greenが始まった背景について教えてください。

NBA Greenは、07-08シーズンに当時のコミッショナーだったデイビッド・スターンが主導しました。私はその頃はまだリーグにはいなかったのですが、スターンは環境問題が今後、私たちのコミュニティやビジネスにとって重要な課題になると早くから見抜いていました。そして、それに対して積極的に行動を起こす必要があると理解していたのです。

Image via NBA

Q. 気候変動に関する教育や、ファンや選手への働きかけはどのように行っていますか。

NBAのプラットフォームを活用して、ファンに気候変動について学んでもらう機会を提供しています。気候変動に関するメッセージは、「北極のクマを守る」というような、日常生活とあまりつながりがないように感じられる内容が多く、自分ごととして捉えることが難しいものでした。そこで、私たちは「気候変動が今、私たちの生活や家族、コミュニティにどんな影響を与えているのか」という視点にシフトしました。

気候変動対策を身近で実践しやすいものにすることを目的としたプラットフォーム・The Cool Downと提携し、ファンに向けてサステナブルなライフスタイルのヒントを紹介したり、CO2排出量の「見える化」を推進するClever Carbonと協力して「カーボンフットプリント・クイズ」を作成し、楽しく環境問題を学べる機会を作っています。これらのコンテンツは、SNSや試合会場のスクリーンなどを通じて発信されています。

選手への教育も今後さらに強化していく予定です。ヴィーガンに移行した選手や、移動の際に自転車を利用する選手など、環境意識の高いプレイヤーの事例を共有することで、他の選手にも気候問題への関心を持ってもらえるよう努めています。

Q. NBAがサステナブルな取り組みを進める中で、最大の課題と感じたこと、また最大の学びは何でしたか。

最大の難しさを感じるのは、まったく新しいことに挑戦している点です。この仕事には多くの社内グループが関わり、シンプルに見えるプロジェクトでも実現までに1年半かかることもあります。この取り組みは、特定の人や部門だけが頑張っても意味がありません。組織の5%の人が素晴らしい取り組みをしていても、残りの95%がそれに逆行していたら、前には進めません。サステナビリティに関する活動を成功させるには、全員が一丸となることが不可欠です。

もう一つの大きな課題は、新しい情報に適応することです。環境問題は常に変化していて、新しい研究が出るたびに、それに基づいて計画を修正する必要があります。その柔軟性と適応力が求められるのは大変ですが、同時に日々学び続けられることが興味深く、この仕事の大きなやりがいでもあります。

Q. 最後に、日本のNBAファンへのメッセージをお願いします。

環境問題については、私たち自身も学び続けることが大切であり、かつ先入観を持たず新しい考えを受け入れる姿勢も必要だと思っています。これまでグリーンウォッシングが批判されることがありましたが、今はさらにグリーンハッシングが進んでいて、多くの企業が反発を恐れて発信することをためらっています。しかし、正直な対話なしでは、教育も意識改革も進みません。

小さな行動でも積み重なれば、大きな変化を生み出します。例えば、「車を使わずに1回自転車に乗るだけで、何が変わるの?」と思うかもしれません。しかし、もしみんながその選択をしたら、影響は計り知れないほど大きくなります。

大切なのは、完璧を求めすぎず、まず行動の一歩を踏み出すこと。すべてを完璧にしようとすると、行動を起こすのが遅れ、成果につながらなくなってしまいます。今できることから始めることが大事で、それがやがて大きな変化を生んでいくはずです。

SFSプラネットリーグ・ディレクター 梶川三枝氏コメント

NBAは以前お世話になっていた組織ですが、「社会的責任は私たちのDNAである」とリーダー層からスタッフまで組織の誰もが口にするとき、「それをとても誇りに思う」という言葉も添えられるたび、嬉しく感じます。この理念は、NBA CaresとNBA Greenの活動に見事に体現されていますが、社会問題の変化とともに、またファンの声にも応えながら、活動も進化し、気候変動問題にも積極的に取り組んでいる点が素晴らしいです。

産油国UAEも再生可能エネルギーの活用と水素製造に取り組む
【参照サイト】NBA Green

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