完璧ばかり目指して疲れてない?ロンドンのガーデンを歩いて「不足の美」を学んだ日

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新型コロナのロックダウンのとき、1時間だけ外出が許されたことがありました。ロンドンの人々が真っ先に向かったのは、スーパーでも、薬局でもなく、公園でした。

北ロンドンにある農園・OmVed Gardens(オムベド・ガーデンズ)のオーナーであるカレンさんは嬉しそうにそう語った。

大きな街に暮らすことは、魅力的で便利で楽しい。色々な人に気軽に会うことができ、美術館や博物館にも行ける。著名なアーティストも、ライブをするならまず大都市を選ぶだろう。しかし、ロンドンに暮らす筆者はそれらに楽しさを感じながらも、どこか息苦しさを感じることもある。思い返せば、五感をフルに使ってリラックスできる瞬間があまりなかったかもしれない。それはコンクリートや排気ガスに囲まれていてはなかなか難しいことだろう。

オムベド・ガーデンズは「人々と自然のつながりを取り戻す」ことを掲げる、ロンドンの農園兼クリエイティブスペースだ。そこではどのような取り組みが行われているのだろうか?カレンさん自身が「自然とのつながり」の中で学ぶこととは?実際に庭を巡りながら話を聞いた。

カレンさん(オムベド・ガーデンズのオーナー)

カレンさんとともに、オムベド・ガーデンをめぐる

ガーデンの一部はあえて手を入れずに残す

現在オムベド・ガーデンのある場所は、保育園と墓地に隣接した空き地だった。その後、墓地に向かう人々が手向ける花を栽培する農園になったものの、農園を維持をする人が見つからず、1980年代後半にカレンさんとその家族が土地を購入したという。そして「オムベド・ガーデン」としてのビジネスが始まった。

「オムベド・ガーデンを始めた当初は(斜面になっているガーデンの)上のほうだけを耕作し、整えました。ガーデンは整える部分と整えない部分に分けています。すべて野菜や花を育てるために雑草などを刈ってしまうと、虫や鳥が住む場所がなくなってしまうためです」

オムベド・ガーデンは区画によって雰囲気がガラリと変わる、まるでパッチワークのような庭園だ。歩いていると、定期的にガーデンの見学にくる学校の生徒たちが設置した、アオガラ(ヨーロッパに生息するスズメ目シジュウカラ科の鳥)の餌が目に入ってくる。

アオガラのための餌

小さな温室ではワサビなどが育てられている

「季節はいつも『真っ直ぐ』に進むわけではありません。毎年同じリズムを刻むわけでもありません。今年は異常気象もあったせいか(※2022年の夏、ロンドンでは史上最高気温40℃を記録)土があまり良くなく、採れなくなった植物もありました」

ファールゴールドと呼ばれる黄色いラズベリー。実際に食べてみると赤いラズベリーよりも酸味が強い。

ハチのための住処

緑に繁茂している部分は池。真ん中にはアヒル用の家がある。その奥にあるのはギャラリー。

至るところに生えているホーステイル(スギナ)

「この植物はホーステイル(日本語では「スギナ」)と呼ばれています。環境を選ばずに育つことで有名で、いったん生えたらなかなか無くなりません。一説には、恐竜がいる前に生えていたと言われています」

「以前ガーデンを訪れてくれた女性は、抜いても抜いても生えてくるこの植物を鬱陶しく思っていました。ですが、あるとき調べものをしていて、ホーステイルと石炭の起源が一緒だということがわかったそうです。彼女のお父さんはかつて鉱員をしていました。彼女が嫌いだった植物は、鉱員である彼女のお父さんが掘っていたものと同じ起源だとわかったのです。そのとき彼女が『大きな循環を感じた』と言っていたのが印象的でした」

ガーデンの中にはコンポストエリアも

農園だけではない。展示を通じてコミュニティを開いていく

ガーデンをしばらく歩いていると、カラフルなガラスに囲われた小さな建物が見えてくる。ここでは季節ごとに色々な団体と協業した展示やイベントが行われ、インタビュー時は「Saving Seed(セービング・シーズ)」というテーマの展示が開催されていた。

「すべての植物を、安定した状態でオムベド・ガーデンズで育てることはできません。そこで、庭を持つ人にガーデンの種を提供し、持って帰って育ててもらい、また来年それをシェアしてみんなで育てていくという『Saving Seed Network(セービング・シーズ・ネットワーク)』が始まりました」

「セービング・シーズ・ネットワーク」の展示の様子

展示の中では「なぜガーデニングを始めたのか・継続しているのか?」「あなたにとって『種』とは?」などの質問にメンバーが回答していた。「コミュニティの一員になるため」「単純に楽しいから」「食費の節約のため」など、オムベド・ガーデンズとその周りで人々がガーデニングを続けるモチベーションを知ることができた。

食に関するワークショップはここで。象徴的な「ガラスハウス」

カレンさん一家が土地を引き取った際、リノベーションして建てられたのが「ガラスハウス」という建物だ。中にはキッチンが併設されており、広々した空間は食事やワークショップなど、イベントに合わせてレイアウトを変えることができる。

「ここは『クリエイティブスペース』とも呼んでいるところで、過去には世界中のシェフが集まってサステナビリティについて話す『シェフス・マニフェスト』を開催しました。ヨーロッパだけでなく、ナイジェリアやフィジーといった国々からもシェフを招き、各国の料理を紹介しながら、環境と社会により良い食の形を模索します」

Image via OmVed Gardens

「最近はオムベド・ガーデンズのメンバーでもあるシェフが、『発酵』をテーマにしたワークショップをやることも多いです。すべてガーデンの食材を使い、参加者にチャツネ・ビネガー・コンブチャなどのレシピや、実際に作るコツを参加者に共有しています」

キッチンの棚には発酵食品がたくさん

正解がわからないサステナビリティ。まずは「探索」を

一つの土地を複数の人で使う、「コミュニティガーデン」のような仕組みは世界各地で見られる。しかし、オムベド・ガーデンズのように、農園の機能に加えて展示やイベントなどのハブとして機能している場所はそう多くない。カレンさんがそれらを重視するのには、サステナビリティに対するある想いが込められていた。

「気候変動について、今後を憂えている人はたくさんいますが、いまだわからないことも多くあります。そしてサステナビリティについても、もはや何が正解かわからなくなるときがあります。たしかなのは、『今まで通りにはいかない』ということだけ。私たちの孫の時代に地球がどうなっているかはわかりません。

だからこそ、サステナビリティなどのテーマについてまずはみんなで探索することが大事だと思ったのです。アクションの善悪を判断する前に、テーマ自体を掘っていく段階にあると思います。

展示やイベントを大切にするもう一つの理由は、実際にやってみたら段々と楽しくなってきたというのも正直なところです(笑)新型コロナ禍のオンラインイベントでは、世界中のゲストと話すことができ、それがきっかけで現地の体験型ワークショップなど、様々な挑戦をするようになりました」

実際にオムベド・ガーデンズを訪れる人が感じる、自然の価値

このように、一言では表せないほど、色々な機能を持ったオムベド・ガーデン。現地には日頃どのような人々が訪れるのだろうか。

「まず多いのは学校の子どもたちですね。子どもは好き嫌いがわかりきっていない状態でどんどんガーデンに入っていきます。ハチの住処などむやみに触ると危ないものはもちろん伝えていますが、基本は自由に見て、聴いて、触って、匂いを嗅いでもらっています。中には、花を食べてしまう子などもいるのですが、オムベド・ガーデンでの経験で、屋外の植物や動物が意外と身近な存在だと伝わるといいなと思っています」

Image via OmVed Gardens

「企業に場所を借りたいとお願いされることもあります。会議をしたり、ワークショップをしたり……使われ方は色々です。屋外や緑の中で会議をすると、人は『他の人のことをよく思いやるようになる』と言われています。逆に閉じた空間では自分のことを中心に考える傾向があるそうです」

オムベド・ガーデンズにはガラスハウスもあるため、たとえ雨が降っても会議の場所には困らない。そして外の景色がよく見えるようになっていることから、「雨粒が自然の要素であることもよくわかる」とカレンさんは話す。

また、オムベド・ガーデンズは週2回一般公開もされており、その期間は誰でも予約なしで自由に立ち入ることができる。ガーデンを歩いていて、カレンさんの空間づくりにおけるこだわりで驚いたことがあった。それは「看板をまったく設置していない」ということだ。人々に「探検」してもらうことを一番の目的に掲げるこの場所では、あえて順路なども設けていない。

「もちろん誰も池に落ちないように道を整えるなど、最低限のことはしていますが、基本的に自分の好きなように回ってほしいというのが私たちの想いです。ここに来てくれる人々は『お客さん』ではありません。私はみんなを潜在的なメンバーとして見ていて、農園・自然・サステナビリティを『提供する人』『提供される人』という境界を引かないようにしています」

他の国や地域からも、人間と自然の「境界」の捉え方を学ぶ

農園の中で生きる生きものと人間、そして農園を運営する人と訪れる人との境界を曖昧に捉えているカレンさん。そう考えるようになったきっかけの一つは、南米や日本の考え方を学んだことにあったという。

「オムベド・ガーデンズは雑誌も発行しているのですが、最新号は南アメリカの先住民の方々に執筆を依頼し、写真も撮ってもらいました。彼らは自然に対して、西洋の世界とはまったく違う感覚を持っています。自分たちは木であり、植物であると思っているのです。自分たちのことを『自然界を構成するものの一部』とする認識はすごく豊かで、しっくりくるものがありました」

雑誌で使われた写真|Image via OmVed Gardens

「また、日本を訪れたときもそういう感覚になったことがあります。例えば京都で訪れた建築。切り開いた土地に大きな建物を建てるのではなくて、日光や風を取り入れ、月を眺め……古い建物には自然を愛おしむための工夫が施されているのがわかりました」

「そして、日本のホテルに滞在したときにもう一つ驚いたことがあります。それは窓から見える屋根にごみが一つも落ちていないこと。自然と人間の境界に近いかもしれませんが、『自分がケアする範囲』と認識している領域が違うんだなと感じたのです。イギリスではみんなで使う建物の上に落ちているごみに責任を感じる人はあまりいません」

他の文化圏に行って、はじめて気付くことは多くある。カレンさんのそうした気付きの一つ一つがオムベド・ガーデンズの設計や考え方に反映されているのだ。

自然とは不完全なものの集まり。「美しさ」を履き違えないこと

「自然とは不完全なものの集まり」と話すカレンさん。移ろいや欠落、それ自体が美しいこともあるのに、人間は勝手な基準でそれらを「管理」しようとしてしまうことが多い。

「ガーデニングをしている人の中には、雑草を全て刈る人もいますし、虫をすべて駆除する人もいます。でも、そもそもそうやって『管理』しようとする感覚が、私たちに『完璧でなければならない』という緊張感を与えると思うのです。だからオムベド・ガーデンズではなるべく、ありのままの自然の姿を残しています」

「今日のこの景色を見てどう思いましたか?秋・冬になって庭に色がなくなってくると、私たちは残念に思うことがあります。葉っぱの色が移ろうことは喜びですが、散っていくのは悲しみです。けど、それらすべてが葉が毒素を排出するプロセスであり、私はそのプロセス自体が美しいなと思います」

取材時のガーデンの様子

「ときどき私たちは『美しいもの』の判断を間違えてしまうことがあるような気がします。人々はすべてのものを完全な状態で見ようとする傾向がありますが、そうした状況から抜け出すきっかけを与えてくれるのも、また植物や動物たちだと思うのです。オムベド・ガーデンズは人々がそのことを思い出せる場所でありたいなと思っています」

編集後記

ロンドン在住の筆者は車の多さや街の大きさに辟易すると「イギリスの田舎では、きっとさらに自然と近い場所で豊かな暮らしが営まれているのだろう」と、ときどき想像をする。しかし、カレンさんは対話のなかで「田舎でも自然を蔑ろにした農業が行われていることも多く、しかも生活の中で車を使うことが必須になります。ロンドンは車も多いですが、速度制限がある分、歩行者フレンドリーです。遠くの街まで公園沿いに歩くこともできるし、意外と悪くないですよ」と話していた。自然と人間との分断は、必ずしも「都市部特有の問題」というわけでもないようだ。

筆者にとってイギリスの田舎のイメージがそうであったように、私たちはわからないものに対して、できるだけ簡略化して、わかりやすく捉えようとする傾向がある。しかし、そもそも自然は未知のことばかりで、サステナビリティに関してもいまだに正解がわからないことが多い。「そもそもこの前提って本当?」「これは誰の考える正義・美しさなのか?」自分の持っているレンズで目の前のことを見る前に、一度立ち止まる時間と場所が必要なのかもしれない。

「未知のもの」に対する色々な前提が優しく覆された、とても印象的な取材だった。

【参照サイト】OmVed Gardens
【関連記事】排ガスの多い車はお断り。ロンドンが街全体を「超・低排出ゾーン」へ

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