土地のアイデンティティ、どう伝える?スペインバスク地方のレストランに学ぶ【持続可能なガストロノミー#7】

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Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、活動を広げる杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。

7回目の今回は、スペインバスク州ビルバオのアイコンでもあるグッゲンハイム美術館の中にあるレストラン「Bistró Guggenheim Bilbao(ビストロ・グッゲンハイム・ビルバオ、以下ビストロ)」の料理長、セバスチャン・デロタ氏に話を聞く機会を得た。

ビストロは、地元ビルバオの食材を使用し、伝統的な料理を提供することで、地元の農業を支援するレストランだ。今回はセバスチャン氏に、スペインの食文化ならではのサステナビリティや、サステナブルなレストランの運営方法について話を聞いた。

グッゲンハイム美術館

グッゲンハイム美術館

土地のアイデンティティこそがサステナビリティ

「サステナビリティのすべての始まりは、“この土地に最高の素材がある“という認識です」

杉浦シェフがスペインのサステナビリティの取り組みについて尋ねると、セバスチャン氏はこう答えた。そして続ける。

「バスクには、良い素材が多くあります。この土地に素材も、それを生み出してくれる自然も──全てに恵まれています。それを認識していれば、他の場所から運んでくる必要もありません。もちろん素材には付加価値をつける必要がありますが、まずはすでにあるものの価値を認識することが大切です。サステナビリティというのはつまり、その土地のアイデンティティです」

セバスチャン氏

セバスチャン氏

美食の聖地として世界に認識されているバスク州。杉浦シェフにとって初訪問のビルバオでは、街の小さなバルでもその素材のクオリティの高さ、街全体が食文化を大事にしている姿勢を実感したという。セバスチャン氏はそのことを聞くと、いかにもというように大きくうなずいてみせた。

「ビルバオには従来からずっと続いてきたローカルのものがあり、それを誇りに思っています。また、ビルバオは食べることを大事にしている人々の街です。だからこそ飲食店が育ち、一般的な食に対する意識や嗜好レベルも高い。バスク料理にしてもビスカヤ県内の伝統料理にしても、みんな、土地に対する自信があります。

このグッゲンハイムの料理も、素材へのリスペクトが原点にあります。バスク州内での素晴らしい素材がこれだけたくさんあるのです。土地のものを使うというサステナビリティの原点は当然の流れでしょう」

「素材ありき」で顧客のニーズに応えるには

世界中から観光客が集まる土地というのは、それだけ顧客のニーズが多岐に渡るということでもある。しかしグッゲンハイム美術館で提供される素材は、顧客ありきではなく、まず素材ありきということ。シェフのアビリティで地元の素材を使いながら、様々な海外からの客のニーズに答えてゆくスキルが必要になってくるという。

「メニューをきちんと構築して、その時期にあったものを出していくことになります。グッケンハイム内の一つ星レストラン『Nerua(ネルア)』では、3か月ごとに旬の素材が主役になるようなメニューに変えていくわけです。また、僕の働く『ビストロ』ではメニューは6か月ごとの更新をしながら、別に仕入れできるものにも対応し、フレキシブルに展開しています。

私たちには25年来の関係のある卸業者や生産者がいます。彼らが自信を持って仕入れてくれるもの、勧めてくれるものを尊重します。こんなものがあるよ、よい品質で良い値段だというアドバイスに従えば、彼らが薦めるものには間違いがないですから。バスクには山もあるし、海の幸も最高級のものが揃います」

地元素材に確固たる自信を持つ。旬以外のものを使って仕入れを困難にしたり、その無理をした高値がサービス価格に映されることはない。その誠実な姿勢は必ず顧客の居心地の良さにもつながっていく。バスクという地の利もさることながら、レストラン経営において、サステナビリティを利益と同様に最重要事項として扱う。その潔さがバスクの料理人に共通する意識だ。

バスク地方

Image via pixabay

「仕事以外」の人生を大事にするバスクの調理人たち

パンデミック以降、スペインでは週に3日休日というような勇気ある決断をした高級レストランも増えている。従業員の福利厚生なくしては、飲食店の存続が危ういことはこの数年で飲食業界が痛感している事実だ。グッゲンハイム美術館内のこの2つのレストランでは、国が規定する週の労働時間40時間を超えないように、シフトを組む努力を怠らない。

「私たちは、パートタイムの労働者に効果的に働いてもらうことで、フルタイムの従業員の過重労働を防ぎ、労働時間削減を目指しています。美術館の営業時間と連動するレストランですから、冬は落ち着いていますし、逆に夏は連日忙しいですが、夜の営業も週末3日間に限定しています。春先に増えるイベントでは、常勤のスタッフが2名参加。そのほかに時間労働のスタッフを補充します。レストラングループには人事部があり、彼らがスタッフを集めてきます。

イベントは大切ですし、シェフやスーシェフ(副料理長)が参加することはもちろん重要ですが、常勤スタッフの私たちが常にすべてのイベントに全員参加しなくてはいけないという状況にはなりません。もちろん、私たちは長時間労働に慣れてしまいましたし、この習慣を変えることは簡単なことではありません。長い間、そのやり方しか知らなかったのですから。しかし、トップにいるシェフがスタッフにスキルを伝えていくことが必要ですし、私たち調理人には仕事以外の人生もあるという事実は共通認識になっています。スキルを伝えてゆくのは難しいですが、自分の体力や人生、精神性のバランスをみていかなくてはなりません」

最後に、これからのスペイン料理界の展望をセバスチャン氏に聞くと、彼の答えはやはり明確だった。

「将来のビジョンは、この土地の素材を変わらず使い続けること、若者への教育、人々の環境意識を高めてゆくこと、環境保全を続けていくこと、です。料理というのはたくさんの人々の心とつながることができるものです。ここは観光客が多い土地ですから、私たちの哲学を伝播するのは簡単です。私たちはガストロノミーを通じて、土地や素材へのリスペクトを世界の人々に伝えていきたいです」

執筆・小林由季

【参照サイト】Bistro Guggenheim Bilbao

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