世界のどこにいてもオランダの生態系を守ることができる、近代的でユニークなボランティアをご存じだろうか。
オランダの風景の一部としても認識されている、運河。首都アムステルダムから30キロほど南にある都市、ユトレヒトにあるユトレヒト運河も、美しい水路の一つだ。しかし、近年はこの運河で深刻な問題が起きている。
それは、運河の水門が産卵のために上流へと移動しようとする魚の通り道を阻んでしまう問題だ。毎年春になると、さまざまな魚が産卵と繁殖のためにクロメ・ライン川の浅瀬に移動する。しかし、ユトレヒトにある運河の水位を維持するために設計された手動の水門は、春は閉門していることが多い。そのため、彼らの移動が制限され、周辺地域の生態系に不均衡が生じる可能性があるという。
そこで、オランダの生態学者マーク・ファン・ホイケラム氏が生み出したのが「The fish doorbell(フィッシュ・ドアベル)」プロジェクトだ。産卵に向けて上流へと移動する際、魚が水門に近づくと、水中カメラがその姿を捉える。そのライブ映像がオンラインプラットフォームで配信され、それに気づいた人がリモートで水門の開閉を操作できるのだ。
フィッシュ・ドアベルではまず、運河に水中カメラを設置し、撮影されたライブ映像をウェブサイトに配信。視聴者が魚を見つけたら画面上でドアベルを押す。魚の写真が撮影され、一定数の魚が確認されると水門が開き、産卵を目指す魚たちが無事に上流へ移動できる。
フィッシュ・ドアベルのサイトでは「先週、私たちはコイ、スズキ、ウナギなどの素晴らしい姿をいくつか見ることができました。さらに、ついにカワカマスの渡りが始まりました。これまではオスが主でしたが、オスとメスが並んで泳ぐ美しいショットも見られました」
などと報告されており、こうした過去の魚の目撃情報はFish Doorbell News Reportで見ることも可能だ。
プロジェクトが開始された年には世界中から10万人、2023年には820万人以上のアクセスがあったという。鐘が鳴らされた回数は10万5千回を超え、支援の輪は年々広がり続けている。
これは、魚の目線で都市のインフラを見るという、マルチスピーシーズの考えが採用された取り組みである。従来の都市開発や環境保全は人間の目線で考えられていることが多い。一方で、マルチスピーシーズは、生き物の視点を大切にし、都市のインフラや運河の環境を整備し、魚を含む生物多様性、そして人との共生を目指すという考え方である。
しかし、技術が発展している現代でもあえて全自動化をしないのはなぜだろうか。本プロジェクトの考案者であるマーク・ファン・ホイケラム氏は「自動化することの価値は高く評価していますが、公共のためにみんなが集まって何か良いことをするのは美しいと思います」
と、DOGO newsに語っている。
ドアベルの全自動化は利便性が高く、プロジェクトの稼働を持続させる点では必要な技術だ。しかし、参加者が環境保全活動に携わる経験は、環境や生物への関心を広げ、問題の自分ゴト化に繋がる。
誰でも参加できる余白を持つことで、環境の変化に対する多様な思考や価値観を持ち寄り、多角的に課題解決へアプローチできるのかもしれない。
【参照サイト】The fish doorbell
【参照サイト】Bored? Then click a digital doorbell to help Utrecht fish in their mating journey
【参照サイト】Ingenious “Fish Doorbell” Helps Fish Migration In The Netherlands
【関連記事】人間中心を超えて都市の正義を問う。ヘルシンキが目指す「マルチスピーシーズ・シティ」とは?
【関連記事】微生物と共に社会をつくる?人間中心ではない「マルチスピーシーズ」の社会がもたらす喜びとは【多元世界をめぐる】
Edited by Erika Tomiyama