「監視を民主化」せよ。安全も、映る人のプライバシーも守る防犯カメラ

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防犯や警備のために商店やまちの中に設置される、防犯カメラ。近年では、見守りカメラやホームカメラといった、スマートフォンと連携した家庭用カメラを利用する人も増えているだろう。

防犯カメラは、名前の通り犯罪を未然に防ぐことをはじめ、事件が起こった時に犯人や証拠を特定するなど、事件解決においても大きな役割を果たすツールだ。

しかし、多くの人は感じたことがあるだろう。防犯カメラに見られている、自分の行動が監視されている感覚を。いつだれが見ていて、どのように映像が使用されているのかがわからない不安感を。

この防犯カメラへの不信感が、まちや職場、施設などへの設置を妨げている理由の一つである。実際に、防犯カメラの映像が無許可でSNSに公開されるなど、プライバシー侵害にあたる事例も発生している。

そこで、この安全とプライバシーを両立させる新しい防犯カメラを開発したのが、現役大学生の佐藤大稀さんと樋口大将さんだ。そのカメラの名前はKosmos(コスモス)。ブロックチェーンを導入したこのカメラを、彼らは「プライバブルカメラ」と呼ぶ。

左:樋口大将さん 右:佐藤大稀さん

二人はこの「プライバブルカメラ」を開発して事業を形にするために、2023年7月から2024年2月にかけて行われた学生向け社会起業家アクセラレーションプログラム「ゼロイチ」を通して事業をブラッシュアップし、2024年2月28日に行われたファイナルピッチで優秀賞を受賞した。現在は商品化に向け、保育園での実証実験などを行っている。

今回はこのプライバブルカメラを開発した2人に、開発の経緯や想い、このカメラを通して作りたい未来について聞いた。

身近な人が安心して暮らせる世界を作りたい。原体験が制作の原動力に

二人がプライバシーに配慮したカメラを開発しようと思ったきっかけは、身近な人がストーカー被害で苦しんでいる姿を目の当たりにしたことだったという。

佐藤さん「その人は、ストーカー被害や、様々な嫌がらせにあっていました。住宅街で個人情報や悪口、脅迫が書かれたビラが撒かれたり、ポストに投函されたりしていました。犯人を特定しようと警察と共に奮闘しましたが、住宅街には防犯カメラがなかったため、犯人を追跡することはできませんでした。犯人は今も捕まっていません」

住宅街に防犯カメラが設置されていれば、犯人を特定し、被害を終わらせることができたかもしれない。佐藤さんらはこれをきっかけに、住宅街をはじめ、介護施設や学校、保育園といった場所では、プライバシー保護の観点から防犯カメラの設置が進まない現状があることを知った。

佐藤さん「こうした場所ではいじめや性被害などが起こる可能性があり、それを未然に防ぐために防犯カメラは有効です。一方で、そこで過ごしたり働いたりする人のプライバシー侵害が課題となり、現状導入はあまり進んでいません。プライバシーの観点は非常に大切ですが、防犯カメラがあれば防げたかもしれない犯罪により苦しんでいる人もいるのです」

佐藤大稀さん

さらにこの問題を調べていくうちに、「安全」か「プライバシー」かの二者択一になっている現状に疑問を抱いた。

樋口さん「監視カメラには犯罪を抑制する効力がありますが、その分、カメラがあると常に見られている感覚になります。それはどのような人にとってもストレスになります。安全とプライバシーのどちらかを選択しなければいけない現状は、絶対に打開しなくてはならないと思います。だから、我々はどちらも守られる社会を作るために、この二つを両立できるカメラを開発しようと決めました」

ブロックチェーン技術を用いて、安全とプライバシーを両立

安全とプライバシーを両立できるカメラを開発するために、二人は徹底的なリサーチを重ね、セキュリティの観点で信頼できる、ブロックチェーン技術に行き着いた。

ブロックチェーンとは、暗号技術を使い、ブロックと呼ばれる取引記録を時系列に沿ってチェーンのようにつなげ、分散的に処理・記録できるようにした自律分散型のシステムである。仮想通貨で使われている技術として話題になり、他の分野でも運用されている技術だ。

樋口さん「ブロックチェーンは、透明性の高さと改ざんが非常に困難という部分がプライバシーを守るカメラに適していると感じました。そこで、ブロックチェーンを扱うスタートアップ企業へのインターンに参加し、技術について学びました」

樋口大将さん

二人が開発するプライバブルカメラは、設置して24時間撮影するという点では一般的な防犯カメラと変わらない。異なるのは、その映像の閲覧を「事件が起こったとき」のみに制限し、その閲覧記録の管理にブロックチェーン技術を用いることで、撮影される人のプライバシーを守ることができる点だ。

プライバブルカメラのイメージ図

プライバブルカメラのイメージ図。ブロックチェーンはいわゆる「箱」で、その箱の中に映像が記録されているイメージだという。映像は30分ごとに分けて記録され、全てブロックチェーンで管理される。

このプライバブルカメラのもうひとつの強みは、映像の閲覧状況を連携するアプリケーションで常に確認することができる点である。

佐藤さん「連結しているアプリケーションで、管理者も撮られている側も同じようにカメラの閲覧状況を確認することができます。また、映像は申請がなければ閲覧することはできません。利用者は、カメラがあっても監視にはおびえず、なにかれば必要に応じて確認できる安心感を持ちながら過ごすことができます」

防犯カメラは犯罪防止や犯人特定に寄与する一方、冤罪防止にもつながる。つまり、カメラに見られている感覚さえ払拭できれば、防犯カメラは保育園や学校の先生といった監視を受ける側をも守ることにつながるのだ。

ゼロイチでの研鑽を通して、課題の深刻な保育園での実証実験へ

安全とプライバシーの両立という課題の解決を目指し技術の開発に取り組む二人は、一つの課題と向きあう必要があった。

佐藤さん「自分たちの感じる課題を解決するためのソリューションは見つけられましたが、実際にこの技術をビジネスに落とし込む道筋を見つけられずにいました。そこで見つけたのが、ゼロイチのプログラムです」

ゼロイチは、さまざまな社会課題の解決に挑戦する「社会起業家」を目指す学生向けのアクセラレーションプログラム。約7ヶ月間にわたる集中プログラムを通して、社会課題を解決するサービス/プロダクトを形にすることが目標である。

ゼロイチ、夏季合宿時の様子

佐藤さん「ゼロイチに参加し、起業家や事業化の先輩たちと壁打ちしていく中で、『実際だれに売るのか?』『顧客はだれなのか?』『どうしたら投資してもらえるか?』など、現実的かつ持続可能な事業経営に向けた研鑽を何度も行いました。事業の具現化、実証試験まで進めることができたのは、ゼロイチで出会った方々のアドバイスのおかげです」

樋口さん「自分たちは当初、顧客を学校や介護施設に置いていました。しかし、ゼロイチのメンターさんとの壁打ちを重ねて市場の解像度を上げていくうちに、この事業は保育園との整合性が高い、ということがわかりました。

そこで、ゼロイチの期間に保育園に導入する実証試験を行いました。保育士さんからの反応は、概ね良い印象です。実際に導入実験を行った保育園では、90%の保育士が『見られていることを感じない』と答えてくれました。必要なときのみ映像を閲覧するシステムが、保育士さんの『常に監視されている感覚』を払拭することができています」

保育園での児童虐待は、大きな社会課題となっている。こども家庭庁が2023年に全国の認可保育園を対象に実施した調査によれば、不適切な保育の件数は約1万9千件にのぼった。

このため、子どもの安全確保のために第三者の目が届きにくい場所に防犯カメラの導入を検討する園長も多い。一方で、従来の防犯カメラは保育士へのストレスや負担が重く、防犯カメラの導入に踏み込めない園も少なくない。一般的な監視カメラを設置した場合、その映像をいつでも閲覧できる管理者が保育士の粗を探す悪質な管理や監視を行わないという保証はない。実際に、防犯カメラ設置により辞職する保育士もいるという。

保育園イメージ

保育園イメージ

保育園では、例年保育士不足が深刻となっており、働く保育士にとっても心地よい職場環境を整えることが喫緊の課題となっている。保育士の配置基準を満たせず子どもを預かることができなくなってしまったり、新たな人材確保に苦労したりするなど、保育園側は経営的に損失を被る。そして、最終的には保育園を必要としている子どもたちやその親たちにも皺寄せが行く。防犯カメラによって保育士の働きやすさが阻害されることは、決して他人事ではないのだ。

佐藤さん「課題としては、防犯カメラに対する園長さんの考え方が人それぞれ異なる点です。防犯カメラの導入に対して、賛成派と反対派で大きく分かれています。実証を通して検証を重ね、園長さん、保育士さん、保護者の方々、そして何よりも子どもたちのためになるソリューションを確立できるよう、このプライバブルカメラを磨き込んでいきたいと考えています」

2024年2月28日に行われたファイナルピッチの様子

2024年2月28日に行われたファイナルピッチの様子

ゼロイチで得たものは、事業を作り上げていく力や新しい事業の形だけではなく、そこで出会った仲間たちだった。

樋口さん「ゼロイチで一緒にプログラムに参加したメンバーは、今でも連絡を取り合う仲間です。これまでは二人で先も分からず取り組んでいましたが、今は共に頑張っている仲間がいて、お互いの事業に対しても協力し合ってあえています。ゼロイチはとても貴重な機会であり、社会起業家として走り出していくために大変ありがたい期間でした」

取材当日、同席していた同じ受賞者の西郡さんと笑顔で話す様子は、7ヶ月のプログラムが有意義であったことを表していた。

ゼロイチファイナルピッチ授賞式にて

ゼロイチファイナルピッチの授賞式にて。審査員の田中はる奈さん(左)同じく最優秀賞を受賞した西郡琴音さん(左から2番目)と。

監視する側とされる側の上下関係を乗り越え、「監視を民主化」したい

防犯カメラなどを通して監視の目があることは、誰かを傷つける行動を制限する力を持っている。しかし、それと同時に、本来であればその技術の恩恵を享受するはずだったユーザーの行動を制限したり、ストレスを与えたりするものにもなり得る。監視が行き過ぎると、監視する側がされる側を管理する社会になりかねない。二人はこの社会の仕組みを変革し、安心とプライバシーが当たり前に尊重される社会を目指す。

樋口さん「人々が監視されることに慣れて、『安全のためならプライバシーを犯されても仕方がない』と受け入れてしまうこと自体、とても危険なことです。包丁も正しく使えば人々の生活を豊かにしますが、使い方を誤れば凶器にもなり得る。これは監視も同じで、監視をどう扱うのか、発達した技術をどう活かすのかが重要です。現在は、監視する側とされる側に力関係の差がある状態で、監視される側が監視されることを受け入れるしかないのが現状です」

佐藤さん「私たちは、そんな世の中の仕組みを変え、監視を民主化していくことを目指しています。安全や便益に対してトレードオフでプライバシーや自由を差し出す必要がなく、両方とも守られて当たり前な世の中を創っていきたいです」

佐藤さん、樋口さん

編集後記

取材を通して、彼らが創るのは、ツールとしての防犯カメラではなく、人々が快適に心地よく過ごせる未来なのだと感じた。

2024年2月28日に行われたゼロイチのファイナルピッチには、この事業を始めるきっかけになったというストーカー被害に遭っていた方も来ていたそうだ。佐藤さんと樋口さんは、その人の存在が事業を始めるきっかけになったことを直接は話していないというが、その想いは伝わっているのではないだろうか。

彼らがその一人を助けたいと思い始めた事業は、結果として世の中に必要なものとなっていく。社会課題を解決するユニークなアイデアは、たった一人の大切な人の笑顔を守りたいという想いから生まれているのかもしれない。

【参照サイト】Kosmos
【参照サイト】ゼロイチ
【参照サイト】ブロックチェーンとは
【参照サイト】こども家庭庁施設調査の結果

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