SOLIT!創業者・田中美咲さんに学ぶ、誰もが優しさに包まれる社会のデザイン

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2024年4月、カナダ・バンクーバーで開催された北米最大級のファッションイベント「バンクーバー・ファッションウィーク」。世界中から集まった業界関係者やデザイナーらに見守られ、日本発のブランドがその華やかなオープニングの10分間を飾った。

体型。障害。セクシュアリティ。国籍。多様な個性を持つモデル6名が、鉄道や田園など日本の日常風景が映し出されたスクリーンを背中に、思い思いのスタイルでランウェイを練り歩く。全員が揃ってプラカードを掲げたフィナーレでは、モデルを際立たせるためのランウェイがともに幸せな未来を願うデモ会場へと生まれ変わり、多大な拍手喝采とともにステージの幕が閉じた。

ファッション業界にとっても歴史的瞬間となったショーを手がけたのは、「誰もどれも取り残さない、オール・インクルーシブな社会の実現」を目指して2020年に立ち上がった日本発のファッションブランド、「SOLIT!」だ。

障害やセクシュアリティ、信仰などに関係なく誰もが自由に好みや体型に合わせて部位ごとにサイズや丈を選択できるカスタマイズ型のアパレルを提供するSOLIT!は、一人ひとりが持つ多元性や複雑性を前提とした「東洋思想型のインクルーシブデザイン」の考え方に基づき、「サステナビリティ」と「インクルージョン」を両立させた唯一無二のブランドを創り上げている。

必要な分だけをつくる完全受注・最小ロットの生産体制、多様なニーズを持つ当事者らの「声を聞く」だけではなく「ともに」創り上げる包摂的なデザインプロセス、環境に配慮した素材選定、工場との対等な関係づくり、廃棄削減や長寿命化、リペアなどのサーキュラーデザイン、人目を気にせず試着できる「おうちで試着」サービス、「やさしい株式」の発行を通じた独自のガバナンスにいたるまで、ブランド価値を体現する同社の取り組みは数を挙げればきりがない。事業の全身がその哲学を纏っているのだ。

2022年には世界3大デザインアワードの一つ「iF DESIGN AWARD」プロダクトデザイン部門にて GOLDを、A’ DESIGN AWARDソーシャルデザイン部門にてBRONZEを受賞し、2023年にはGlobal Fashion Summit「Fashion Values」産業部門で優勝するなど、創業4年目にしてすでに高い国際的評価を得ている同社だが、バンクーバーでのランウェイを経て、SOLIT!はいま何を感じ、どのような未来を見つめているのだろうか。IDEAS FOR GOOD編集部では、カナダから帰国して間もないSOLIT!創業者・田中美咲さんに改めてその想いを伺った。

田中美咲さん

田中美咲さん

話者プロフィール:田中 美咲(たなか みさき)

社会起業家・ソーシャルデザイナー。1988年生まれ。東日本大震災をきっかけとして福島県における県外避難者向けの情報支援事業を責任担当。2013年「防災をアップデートする」をモットーに「一般社団法人防災ガール」を設立、2020年に有機的解散・事業継承済。2018年2月より社会課題解決に特化した企画・PR会社である株式会社morning after cutting my hair創設。2020年「インクルーシブデザイン」を基軸としたデザイン・開発を行うSOLIT株式会社を創設。

「オール・インクルーシブ」に込められた想いとは?

SOLIT!のウェブサイトを開くと、ロゴよりも先に、まず「多様な人も、地球環境も、誰もどれも取り残さない」という言葉が現れる。SOLIT!はそのような状態を「オール・インクルーシブ」と表現しているが、そもそもなぜ田中さんはこのコンセプトに行き着いたのだろうか。

「日本で多様性について語られるときは、サステナビリティの文脈だと地球環境や生物多様性の話ばかりになって、逆にD&Iや福祉の世界では地球環境のことはほとんど話されないですよね。私はもともと防災に関わる時期が長かったので、自然災害により人権が侵害されるなど、(環境と社会の)中間地点で起こっている問題が多いにも関わらず、両者が繋がっていないことにもったいなさや違和感を覚えることが多かったんです。多様な人を取り残さないことも、地球環境を取り残さないことも同時に実現しないと意味がないと思い、ビジョンを掲げました」

SOLIT!製品の一例。一見普通のシャツだが、多様な人が着脱しやすいようデザインされている。 

SOLIT!製品の一例。一見普通のシャツだが、多様な人が着脱しやすいようデザインされている。Image via SOLIT

「サステナビリティ分野の方と話すと『これって地球にいいんだっけ?』という優先順位で議論が進むのですが、ダイバーシティ分野の方と話すと『障害者にとって良いんだっけ? 』『高齢者にとって良いんだっけ?』という議論となり、その2軸の正解が真逆のときがあるんです。本来はどちらもちゃんとクリアする必要があるのに、議論が重ならない。なので、弊社では両方対等にチェックがつけられる状態でなければイエスと言わないと決めたのです」

東日本大震災をきっかけに一般社団法人防災ガールを立ち上げ、気候変動や自然災害といった環境問題と、人権や福祉といった社会問題が交差する「防災」という領域で経験を積み重ねてきたからこそ見えた、その間に横たわる溝。その溝を埋め、人も環境もどちらも取り残さない社会をつくることが、田中さんの目指す「オール・インクルーシブ」だ。

20代を丸ごと注ぎ込んでも、社会は変わらなかった

2020年に防災ガールの解散を発表した田中さんは、SOLIT!を創業する前に、大学院に進学する。その背景には、全力で20代を駆け抜けた後に残った、現状に対する絶望感があった。

「防災の団体を23歳のときに始め、そこから8年間、20代のほとんどを注ぎ込んだんです。たった一人の20代かもしれませんが、ひと一人の人生における20代ってとても重要ですよね。その大切な20代をフルで費やしたのに、社会が変わっていないという感覚がすごく強かったんです。国連は何をしているんだろうと思ったし、企業は10年たってもこんなにも変わらないのかという怒りがありました。それが私のキャパシティの問題なのか、社会や経済の問題なのか、原因が分からなくなってしまって。このまま続けていても、お金は稼げたとしても社会は変わらないなと思い、一度全てを辞めて学び直そうと思ったのです」

田中美咲さん

渋滞は、一人ひとりのブレーキの積み重ねで起きている

大学院で社会課題の構造的な問題やそれらの背後にある政治や宗教、文化的な要因にまで視点を広げられるようになった田中さんは、非常に良い学びだったとその時間を振り返る一方で、同時に焦りも感じていたという。

「同級生が100人ぐらいいたのですが、ソーシャルセクターでかつ30歳前後の女性は私しかいなくて。世界には学ぶことすらできない人がたくさんいるのに、みんなお金をかけて大学院に行って、大企業で働いて家庭も持って、いい車に乗っている。この人たちが、なぜこんなにも動かないんだろうというジレンマも感じていました」

「もちろんそれぞれ事情があるとは思うのですが、こういうことの積み重ねで社会の変化が遅くなっているのだろうなと。高速道路の渋滞も、一人ひとりのブレーキの積み重ねで起こるじゃないですか。みんな課題があるって分かっているのに早く解決しきれないのは、やっぱり全員がちょっとずつ止まっているからだと思うのです」

課題は大きいけど、変えられる。だからファッションを選んだ

授業で学んだ社会の構造的課題そのものを大学院で体感した田中さんは、やはり行動を起こす側でい続けたいと思い、新たな挑戦の準備を始める。そこで辿り着いたのが、ファッションの領域だった。

「残り3、40年という人生の時間を、どの分野にどの立場として投資すれば、社会を少しでもよくすることができるのか。そう考えたとき、ファッションであれば大正解ではないにしても少しは前に進められると思ったのです」

「気候変動や人権の分野で課題を抱える業界は山ほどありますが、例えば私が無知の状態で自動車産業に入って『変えるぞ』と思っても、何十年かかるか分かりません。それなら、ある程度は現状を分かっていて一人の意見も通りやすく、変化率の大きい業界からスタートしたほうがよいのではないかと考えたのです」

田中さんがファッションの領域に焦点を絞って「SOLIT!」を創業したのは、社会をより早く、よりよい方向へ変えるための手段として、環境課題と社会課題の双方を大きく抱えている一方で、常に変化も早いファッションという業界が適していたからだ。理想とする社会の実現に向けて冷静に課題ドリブンで自らが担うべき場所と役割を見定める。まさに田中さんの社会課題を解決する「デザイナー」としての思考が凝縮されている。

美咲さん

傷つけないために、傷つく

オール・インクルーシブな社会の実現に向けて、ガバナンスやチームメンバー構成から素材調達、サプライヤーとの関係性、包摂的な製品デザインプロセス、顧客との関係性にいたるまで、360度全身でビジョンを体現しているSOLIT!。田中さんは、ここまで徹底した実践が実現できているのは、ゼロからスタートした事業だからこその「純度の高さ」にあるという。

「SOLIT!では、定款づくりから採用まで自分でできた点が大きいですね。純度が高いアウトプットができるメンバーのみを採用していますし、創業のビジョンや基軸も全員で決めていて、根幹を一度しっかりと作っているので、ブレにくくなっています」

「例えば、新作を作りたいとなればまずはフローを全て洗い出し、どこがビジョンに合っていないかを全員で議論します。社内で自分たちがアクティビストとなり、SOLIT!を徹底的に叩くのです。『地球環境とか言っているのにごみいっぱい作ってないですか?』みたいな。アクティビスト気質のメンバーが多いので、社内で炎上させ、外に出たときには炎上しないようになっているという感じです。だからこそ、私も『美咲さんの意見は全然意味ない思う』とか普通に言われたりすることがありますし、ミーティング中に傷つくこともあります」

メンバー自らがアクティビストとして自社のプロダクトや取り組みがビジョンと矛盾していないかを厳しくチェックする。誰かを傷つけないために、事前に傷ついておく。SOLIT! がプロダクトを世に送り出してから受け取る賞賛の大きさは、その前に社内で交わされる厳しいフィードバックの応酬のサイズに比例しているのだ。

田中美咲さん

ユーザーに「聞く」のではなく、「ともに」つくる

こうしたSOLIT!のビジョンに忠実な製品づくりの姿勢は、同社が目指す「インクルーシブ・デザイン」の思想そのものでもある。

「製品やサービスをつくるとき、デザイン思考のプロセスに沿ってヒアリングすることってよくありますよね。皆さんもヒアリングされた経験があると思いますが、目の前にその人がいたら、いいことしか言いづらいじゃないですか。私も企業にヒアリングされて、悪口を言いたくても言えなかった経験がすごくあったので」

「だから、ヒアリングするのではなく、最初から企画メンバーに入ってもらって、本人にも責任を持ってもらう。言わないと商品に反映されないし、言わないと自分が変な商品を一緒に出したメンバーになってしまう。そうしてともに責任が分配されると、みんなとても悪口を言ってくれるようになるので、商品のダメなところが明確に分かるようになるのです」

ランウェイを歩くメンバーとの打ち合わせの様子。

ランウェイを歩くメンバーとの打ち合わせの様子。Image via SOLIT

「企画段階から障害がある当事者や日本語が母語がではないメンバーなど多様な人が入ることで、例えばセクシャリティが曖昧なメンバーが『ウィメンズ・メンズと記載されているだけで嫌だ』と言ってくれたり、車椅子のメンバーが『このワンピースの見た目はかわいいけど着るのが難しい』と言ってくれたり。他にも、中国の工場のメンバーは『同じ形で同じ生地であれば縫い方を変えたほうが生地量を減らせる』と生産の立場から意見を言ってくれたりして。作ってからヒアリングすると時間もかかるし廃棄しなければいけないプロトタイプの量も増えるのですが、はじめからみんなでやれば、ごみも減って効率的だし人を傷つけにくい商品も生まれるのです」

オール・インクルーシブなデザインの真髄は、そのプロセスに誰が参加しているかに宿っている。多様な当事者が作り手としての責任を持ってデザインに関わることで、結果として無駄も誰かを傷つける可能性も一緒に減らせるのだ。

人生を賭けたランウェイの舞台裏で見た、失ってはいけない「美しさ」

これらのブランド全体を徹底して貫く哲学とその実践が評価され、世界中から業界関係者や革新的なデザイナーが集まる唯一無二のファッションショーとして知られる「バンクーバーファッションウィーク」から声がかかったとき、田中さんは、オファーを受けることについて葛藤があったのだという。

「私はもともとファッション業界をおかしいと思っていた側の人間で、特に流行を生み出し、消費を促すファッションショーは諸悪の根源のように思っていたんです。ファッションショーの回数が減れば減るほど新しいものが生まれなくなると思うと、ショーなんてやめたほうが良いと思っていたぐらいでした。だから、私たちも『何かを売る』ためのショーではなく、『思想を伝える』ショーをしに行ったのです」

「しかし、いざ裏側に行ってみると、みんなが本気で、みんなで一つの芸術作品を紡いでるかのように真剣で張り詰めた空気でした。モデルの子たちは一生懸命『よろしくお願いします』と挨拶し、フィッティングしたときに自分の体型と合わずにランウェイを歩けなくなって泣いている子もいる。女の子でも男の子の前で全裸になって着替えていて。人生をかけて食事制限をしたり、チャンスを掴むためには全てやる。みんなが本気なのです」

「今まで私もそれによって過食症の人が生まれている、大量生産を促している、みたいな結果の部分だけを指摘していたのですが、一方で子ども達の憧れが生まれたり、新たな挑戦者が生まれたり、ファッションという文化を衰退させないようにしたり、別の側面があるということもすごく見せられて、悔しいけれど感動してしまいました。そう思うと、この憧れや美しさ、かっこよさを削らずに、どうにか地球や人を傷つけない方法を作れるのかというミドルポイントを見つけることがとても必要なんだなと。ゼロにする必要はないと思えたのです」

ファッションショーで披露したコレクションの一部。

ファッションショーで披露したコレクションの一部。 Image via SOLIT

バンクーバーで、SOLIT!は「コレクションのためだけの服は作らない」というポリシーを守り、新たに開発する素材は使わず、既存のアイテムのシルエットだけを変えた服をデザイン。それらを公募により起用した体型や障害、セクシュアリティ、国籍などが多様なモデル6名が纏い、ランウェイをデモ行進のように闊歩した。

世界中の注目が集まる場で、ファッション業界が抱える「美の固定化」を覆すメッセージを発信したSOLIT!。一方で、SOLIT!自身もファッションの人の心を動かす力と可能性を改めて認識する時間となった。

課題を生み出すショーから、課題を解決するショーへ。その大きな転換点となる10分間になったかどうかを決めるのは、これからの私たち一人ひとりだ。

ファッションショーの様子

ファッションショー フィナーレーの様子。 Image via SOLIT

戦場カメラマンのようなデザイナー?

創業から4年が経過し、バンクーバーでのファッションショーを経て、改めて世界が抱える光も闇も目の当たりにした田中さんは、いまどのような未来を見据えているのだろうか。将来の夢を聞いてみた。

「将来の夢をここ最近見つけまして、死ぬまでに一度できるだけでも良いのですが、戦場カメラマンのデザイナー版のようなことをやりたいんです。戦場カメラマンって、戦地に行ってその場所で必要な写真をとり、行動を起こしたり、伝えたりしますよね。私も、いまデザインが必要なところに出向き、その場で解決すべきことを解決し続けることをしたいです」

「一度、20代の中盤に識字率が低いフィリピンの村に行ったことがあるのですが、そこでは子どもたちがプラスチックのお菓子やラーメンばかりを食べていて、ごみの捨て方がわからないので川にどんどん捨てていました。政府が設置したごみ箱と看板があるのに、識字率が低いから読めないのです。そこで、燃えるごみと燃えないごみをイラストに起こして、言葉ではなくデザインで説明するというボランティアがあって、それからごみが減ったのです。そこで、デザインで解決できる社会課題があるんだなと思ったので、将来は難民キャンプや僻地に行って、デザインで現地の課題を解決できるおばあちゃんになりたいなと」

争っている場合じゃない。どんどん挑戦して、褒め合おう

限られた時間のなかで自分が解くべき課題をしっかりと見つめ、解決に向かって真っ直ぐに進み続ける田中さん。その姿に心を打たれ、共感し、自分も自分らしい居場所とやり方で社会をよりよい方向へ変えていこうと思う方も多いことだろう。最後に、そのような読者の皆様に向けてメッセージをいただいた。

「とにかく、大前提として挑戦をして欲しいですね。以前よりは挑戦がしやすくなったと思いますし、それはよい傾向だと思うのですが、一方で、ちょっと争い合う傾向があるのが悲しいなと。日本は世界で見るとすごく小さな島国でリソースも限られているのに、そのなかで武器は持っていないにしても小さな戦争がいっぱい起こっていると思うのです。良いことは良いと褒め合う、素敵なことは素敵と言い合うというか、挑戦の大小とかスピードとかではなく、まず挑戦していることが素晴らしいことですし、むしろ似たような目的やリソースなのであれば一緒にやるなど、本来の目的に目を向けて前に進めると良いですね」

田中美咲さん

編集後記

取材から少し経過した6月の上旬、田中さんは、SOLIT!を自身が経営するもう一つの社会課題解決に特化した企画・PR会社「morning after cutting my hair, Inc.」に吸収合併すると発表した。

その理由として、田中さんはブログに「ファッションから始めるけれど、それはあくまで前例を作るためであり、本来やるべきは多様な人や地球環境も考慮されたオールインクルーシブな社会を作ること」だと力強く書き綴った。

田中さんが作りたいのは、オール・インクルーシブなファッションブランドではなく、オール・インクルーシブな「社会」だ。常に目的からブレることなく真っ直ぐに挑戦を続け、わずか数週間の間にもスピード感を持って大きな変化を起こし続けている田中さんの姿に、改めて刺激をもらった。

誰もどれも取り残されることなく、優しさと希望に包まれる社会の実現に向けて、私たちが脱ぎ捨てるべきものは何で、新たに身に纏うべきものは何なのか。

多様な世界だからこそ、答えは多様にあってよい。一人ひとりが自分なりの答えを持ち、責任と勇気を持って前に進みはじめたとき、社会は一気に動き出す。今こそ、みんなで「多様な人も、地球環境も、誰もどれも取り残さない」ショーを始めるときだ。

【参照サイト】SOLIT!
【参照サイト】非常識なやさしさをまとうー人とともにデザインし、障がいを超えるー(プロローグのみ公開)
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