防災ガール、解散。代表の田中美咲が6年間の活動を通して語る「日本の防災のいま」

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「日本の防災業界が変わるのは、もう一度大きな危機が来たときだと思います」そう語るのは、20代から30代の女性が中心となって防災の啓発活動を行う『防災ガール』代表理事の田中美咲さん。

同団体は2011年の東日本大震災をきっかけとして立ち上がり、これまでWebメディアでの発信、防災グッズブランドの開発、ゲームを活用した防災訓練、普段から食べられる体にやさしい非常食『potayu』のリリースなど、防災をあたりまえにするためのさまざまな活動をしてきた。内閣府などの行政とも連携し、多くのファンもいる。

しかし防災ガールは今年、6年間の活動の幕を閉じて解散することを突如発表した。2020年3月11日の本格解散まで、防災ガールとしての新規の仕事を一切受けないという。

防災ガールとしての活動を通して、田中さんはいま何を思うのだろうか。災害大国日本で、わたしたちにできることは何だろうか。IDEAS FOR GOODは、田中さんにインタビューをしてみた。

話者プロフィール:田中美咲(たなかみさき)

田中美咲さんプロフィール奈良県出身。一般社団法人防災ガール代表理事。東日本大震災後、何度も東北のボランティアに足を運び、「防災があたりまえの世の中」を目指して2013年に防災ガールを立ち上げる。国際的なPRアワードIPRA 環境部門 最優秀賞(2017)受賞。2018年、Sparknewsが選ぶ世界の女性社会起業家22名のうち、一位入賞。

「有機的解散」をする防災ガール

Q. 解散に至った経緯を教えてください。

最初はふと、防災ガールに「オワコン感」があるかも、と感じていました。惰性で続けているのではないか。すでに古くなったものを、チヤホヤされるから続けているのではないか、と。

2018年には、国内外でいろいろな賞をたくさん受賞させていただいたんですが、今の規模やメンバーのリソースでもう一歩先に、と考えると、業態を変えないといけない。なので、メンバーみんなで「防災ガールが今後どうあるべきか?」を考えてきました。代表交代や、バイアウトなど、さまざまなパターンを考えたんですが、それでも結局 問い合わせや相談が私や、防災ガールにきてしまう。それだと、私たちの存在がボトルネックになってしまうし、次世代が続かないし、これからの防災業界は育ちませんよね。

田中美咲さん

同じような活動をするライバルもほとんどいないため、もしお金を儲けたいならこの状態がベストではあるんですが、私たちの目的はそうではなかったので。防災ガールがいなくなることで掻き立てられる人や団体が生まれるのであれば、解散するのが最善の選択だと思いました。防災は私たちだけの問題じゃなく、もっとみんなで情報を共有して取り組んでいけるような仕組みをつくっていかないといけないので、「有機的」な解散を決めました。

今年12月までは、防災というフィールドでチャレンジしようと決めた次世代の団体を選抜し、私たちが6年間で培った知識・ノウハウを引き継ぐプログラム『IMPACTFUL ACCELERATE PROGRAM FOR DRR』を実施し、2020年3月11日に法人終了予定です。

防災ガール

Q. 解散後は、どんなことをしてみたいですか?

一度すべてを手放して、学びの機会をもっと持とうと思っています。

防災ガール立ち上げ前に会社勤めを1年しか経験してこなかった私でも、デジタルネイティブ世代であることもあり、日常生活で身についたSNSでのマーケティングスキルを駆使して一時的な認知はされました。ですが、ここ数年で社会人としての経験の少なさや、インプットの少なさから自分のアウトプットの質の低さを感じていまして。

昨年、パリで行われた「世界の女性起業家」のカンファレンスに出席させていただいた際には、20代前半の年下の女の子たちがビジネスを成功させていたり、自分の財団を持って非営利団体に寄付していたり、世界には当然のようにすごい人たちがいることを実感しました。そんな中、感覚で事業を育てて、そのまま表彰されてしまった私が、フワフワしてるように思えてしまったんです。

女性起業家たちと田中さん

女性起業家たちと田中さん

今までは東京と滋賀県長浜市に拠点を持ってお仕事をしていたのですが、今後は東京を拠点に活動し、ときどき海外に行く生活をしたいと思っています。

いま、振り返る日本の防災意識について

Q. 2013年から防災ガールとして6年間活動してきて、率直にいかがでしたか?

後悔はないです!20代という時期に、旧来型の慣習や文化の残る、取り組んだことのない業界でのチャレンジは、いろんなことがありましたが、どれも楽しかったです。ゼロから事業を考えて、お金を稼いで、企業や行政の方々と対面でお話できる機会をいただける…… 防災ガールを立ち上げたときには想像もしていなかったことばかりが起こったので、夢の中にいるような気分でした、ずっと。

田中美咲さん

社会が変わったかと言われると、どうでしょう。私たちが活動を始めたばかりのときは、「わかりやすい」「おしゃれ」なんて修飾語を「防災」と組み合わせるなんてご法度だという雰囲気がありました。亡くなった方もいらっしゃるのに「おしゃれに防災しよう」とか言ってるんじゃねぇ、みたいな。

ただ人々の防災意識については、行動にあらわれてはいないので高まったかどうかはわからないんですが、防災の「認知度や関心」は高まったと思います。SNSがそれを加速してくれました。良くも悪くも、自分の意見を発信できる場なので。地震がくれば「揺れた」とつぶやくし、防災情報がシェアされるようになったし。防災と人々の距離は近くなったのではないでしょうか。

Q. 田中さん自身の考え方は、この6年間で変わりましたか?

そうですね…… 防災ガールをはじめたときは、防災は重要度も緊急度も高いことはわかるけど行動するほどじゃない、と思っていたのですが、多面的な意見をいただくようになって、防災に正解はないことや、いつまでたっても「防災とは何か?」という問いに答えられないことなど、考えることは多くありました。そのたびにメンバーで話し合いをして、原点回帰してきました。

そもそも災害って何?といま改めて聞かれたら、答えられる人はどれくらいいるでしょうか?これまでの定義では、阪神淡路大震災や、東日本大震災のようなインパクトのある自然災害を指すんでしょうけど、私たちが考える災害は、「人が幸せであろうとする状態を妨げるものすべて」なんです。いじめや、生理痛などもそうです。私たちの幸せを減らす事象を防ぎ、生き抜いていくことが防災だと最近は定義しています。凝り固まった防災の定義から抜け出さないと、次のステージにはいけないかと。

イベントで活動する防災ガール

#beORANGEイベントで活動する防災ガール

防災に携わる人たちをひとまとめに防災業界とするならば、防災業界には、「現場第一主義」という考えがあります。もちろん一番人の命に関わることなので重要なのですが、被災された方や、災害現場で活動するボランティアの方、私たちと同じように防災を広める方など、さまざまな立場の人がいることもあって、派閥のようなものも存在していて。人を助けたいという目的は一致しているのに、悲しいですよね。

だから、防災の活動をする特定のプレイヤーをいい気分にさせるためではなく、私たちは私たちで、今生きている人々とこれから生まれてくる世代のために、真摯に防災を広めていこうと決めました。防災があたりまえの世の中には、まだまだなっていないので。

Q. 何度災害が起こっても、防災があたりまえにならない理由は何だと思いますか?

日本はやっぱり豊かですよね。災害があっても自衛隊が助けに来てくれるというか、3日間我慢すれば大丈夫だと思っている方が多い。

田中美咲さん

あとは、防災を伝える側が高齢化していて、時代の変化に追いつけていないことも理由だと思います。一緒に活動してきた消防団の平均年齢は47歳だったんですが、重要な決定権を持っている方々は、60代かもっと上のことが多いです。世に出ている防災グッズなども、かなり前の情報からアップデートされていないものがそのまま流通していて……。

本当は、一般市民の私たちが情報に疑問を持って、「それ本当なの?」とつっこめるようになれば、日ごろから防災を伝える側も、もっと責任を持って情報をアップデートすると思うんです。それで、伝える側がしっかりと時代に合った伝え方を意識していれば、受け手も理解しやすくなる。でも今はお互い歩み寄らずに、ルールに沿ってすべてが行われているから、正しい情報を知ることができずに、災害が起きたときに多くの人が亡くなる。

若者の政治参加率が低いのと一緒で、自分が意見を言ったところで社会が変わる感覚がないというか。防災と聞くと、遠いものに感じるのかもしれませんね。

Q. 日本国外では、防災に対してどのような意識でいるのでしょうか?

私が出会った方の多くは、アジア太平洋地域出身の方でした。「防災そのものに取り組む」というよりは、「災害が発生する要因としての自然と人間の距離や、気候変動、地球環境破壊という課題を解決しよう」という方が多いイメージです。また途上国に関しては、まだそもそもの避難訓練が根付いていないので、防災をするとしたら基礎情報を教えるところからになるんじゃないでしょうか。

ただ防災への意識は、能動的であるとは思います。日本だと情報が大量にありすぎて、調べれば正しい情報が出てくる「タンク」があるのに誰もそれを見に行かない。海外だと、「タンク」の中身は少ないんですがみんながその存在を知っていて、災害時にちゃんと見に行くようにしている、という。

私たちが日常的にできる防災とは

Q. 田中さんは、普段どんな防災をしていますか?

何かあったときには避難しやすい経路を確保するために普段から家を掃除したり、避難しやすいように荷物の総量を減らしたり、ヒールを履かずに逃げやすい靴を履いたりしています。あとは、体力をつけておくとか。

田中美咲さん

災害のための防災訓練をして防災グッズを揃えるよりも、いつ何が起きても大丈夫な自分に仕立てておくことを意識しているかもしれません。いまの自分の状態で、災害発生時に何が必要なのか、選び取ることが大切です。たとえばロープは、よく何かを持ち運ぶロープワークや止血をするために防災グッズに入ってますが、どちらもやり方を知らないと役に立たないですよね。使い手の状態を考えると、いらないものは多いはずです。

Q. 私たちは日常の中で何を意識しておくべき?

いつどんな災害が起こったとしてもおかしくない状態がずっと続いている、ということを知っていてほしいです。毎日、どこかで小さな地震が起きていて、アラートはずっと出っぱなしですよ。

富士山の噴火、首都直下地震、南海トラフ地震はもうずっと前に来てもおかしくないのに、まだ来ていない。そんな状態の地球で、のうのうと防災対策も取らずに暮らしているということに、もっとみんな気づいたほうがいいです。

田中美咲さん

地球の環境を知ること、そして自分の住んでいる場所を知ることが大切だと思います。普段意識すべきことは、住んでる場所によって変わるから。私が滋賀県に住んでいたときは、まわりが農家だらけだったので食の備蓄はいらないなとか、海が近くにないので津波への対策はしなくて良いなとか考えていました。結局、自分の周りで何か災害が起こったときのことを一回想像してみて、思い浮かぶことはちゃんとやっておくという方法になるかと思います。

身のまわりの災害リスクを調べられる「国土交通省ハザードマップポータルサイト」

次世代の防災を担う人々への発展的な伝承を

Q. IMPACTFUL ACCELERATE PROGRAM FOR DRRは、なぜやろうと思ったのでしょうか?

防災ガールを解散しよう、と考えてみんなで話し合いをしているときですら、私たちへの講演の依頼や連携したいという問い合わせがやむことはありませんでした。その状況に危機感を持ったと同時に、まだまだ防災ガールのような団体のニーズはあると思ったんです。

国内には、防災にチャレンジしようとしているけどお金が回っていない団体や、いいことをしているのに伝え方が苦手な団体が複数あることも知っていて。「新しい防災」が求められているのに、やり方が一歩遅かったりするんです。だから私たちのノウハウやスキルを全部引き継いで、去ろうとしている私たちへの問い合わせやニーズを、他の団体に流せないか考えました。防災ガールという一本の矢印で社会を変えていくのではなく、分散した大量の矢印で「潮流」をつくることで社会を変えたほうが、より加速すると思いまして。

田中美咲さん

このIMPACTFUL ACCELERATE PROGRAM FOR DRRというプログラムは、これからの防災業界を引っ張っていきたい方に入ってきてほしいと考えました。ただの研修じゃなく、私たちが解散する前提で6年間の情報をすべてを継承するためのものなので、きっと重いと思うんですが、私たちも全力でサポートしたいと思います。

Q. 田中さんがこれから目指すものとは?

防災ガールはもう来年で活動を終えるんですけど、本当にやっていて良かったと思うことは、自分の活動が「社会をよりよい方向に進ませる可能性がある」と知ることができたこと。社会課題に対するアクションは、生涯続けていこうと思っています。

防災業界が本当に変わるのは、もう一度大きな危機が来たときだと思います。起きてほしくはないですが、それこそ大地震か何かが重なったときに、ようやく「このままじゃダメじゃん!」と気付いて本領を発揮するんじゃないでしょうか。ルールや常識が変わるには、数年かかる気がしています。私がまず目指すのは、今回のIMPACTFUL ACCELERATE PROGRAM FOR DRRで次のリーダーたちが生まれて、どんどん業界を変えていってくれることですね。

防災ガールの活動

編集後記:防災のある日常を考える

田中さんの見通しは厳しいものだった。たしかに、災害が起こるたびに何か対策を、と意識はするものの、実際に普段から行動を起こすことができている人はどれくらいいるだろう。何かあったときに「やっぱり準備しておけばよかった」と後悔するくらいなら、自分のいま生きる環境において起こりうる災害を一度想像し、思いつく限りの対策をしておくべきではないか。

防災ガールが目指した「防災があたりまえの世の中」には、まだまだなっていないかもしれない。しかし防災業界が変わるには、私たちの意識も変えなくてはならないのだ。災害大国日本においては、ちょっとした意識や行動の違いが被災したときの生死を分けることもある。これから防災ガールが解散するまでの半年間を通して、第二、第三の「防災ガール」が生まれることを願う。

(写真提供:田中美咲)
【参照サイト】IMPACTFUL ACCELERATE PROGRAM FOR DRR