環境省も引用する国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告によると、ファッションは世界で2番目に環境汚染の深刻な産業とされている(※1)。生産過程では大量の資源が消費され、さらに製造された服が大量に廃棄されている。
環境省のデータによれば、2022年に日本で手放された衣類のうち、リユースされたのは18.1%、リサイクルされたのは17.4%。残りの64.3%は廃棄されている(※2)。再利用されない服は、埋め立てられて大地に残るか、燃やされてCO2やダイオキシンを排出する。
そんな中、廃棄予定の繊維製品を「紙」に生まれ変わらせることで持続可能な社会を作ろうとするのが、一般社団法人Circular Cotton Factory(以下、サーキュラーコットンファクトリー)だ。「着るを資源に」をキーワードに掲げ、パッケージや名刺、アート作品まで、様々な使い方ができる「廃棄繊維からできた紙」を製造し、その流通の仕組みまでデザインしている。
今回は、代表の渡邊智惠子さんに、団体立ち上げの経緯や渡邊さんの哲学を聞いた。
話し手プロフィール:渡邊智惠子(わたなべ・ちえこ)
株式会社アバンティ創設者。1985年株式会社アバンティを設立。1990年より日本でのオーガニックコットンの啓蒙普及に取り組み、日本でのオーガニックコットンの製品製造のパイオニア。企業活動以外に、オーガニックコットンの啓蒙普及と認証機関としてのNPO日本オーガニックコットン協会を設立。グローバルスタンダードの基準作りにも関わる。2016年、一般財団法人森から海へ、代表理事就任。2017年、一般財団法人22世紀に残すもの発起人として活動を始める。2021年から繊維のゴミを資源にするプロジェクトを立ち上げ、繊維から紙へ、繊維から繊維へというサーキュラーコットンプロジェクトとしての活動をメインの仕事にする。
「もったいない精神」から生まれた、コットンから作る紙
サーキュラーコットンファクトリーの代表・渡邊智惠子さんは、1985年にオーガニックコットン原綿の輸入販売などを行う株式会社アバンティを設立した。日本でオーガニックコットン製品製造のパイオニアとも呼ばれる人だ。そんな渡邊さんが同団体を設立した原点には、「もったいない」という強い気持ちがあったという。
「1995年のことでした。脱脂綿の工場で、糸を紡績する工程で出る大量の『繊維くず(落ち綿)』が綺麗なまま全て燃やされているところを目にし、衝撃を受けました。『これ、なんとかできないの?』と思ったのです。
当時はまだ、現在のように気候変動が大きな話題となっているわけではありませんでした。一方でその時代は、塩素漂白された繊維くずを燃やすことでダイオキシンが排出されていることが問題になっていて、この課題を何としても解決しなければと感じました。自分が課題に気がついたということは、『あなたが何かやりなさい』という暗示だと思いました」
渡邊さんは、この「もったいない綿」に価値を与えようと、1995年ごろから綿くずを使った再生木綿紙を開発。そして、2021年、廃棄繊維を紙にして再利用するサーキュラーコットンファクトリーを設立した。
紙にこだわる理由は、紙の循環率と豊かな水に恵まれた日本の地域性
サーキュラーコットンファクトリーでは、2024年10月現在、印刷特性に優れる「サーキュラーコットンペーパー(廃棄繊維50%、木材パルプ50%使用)」、「サーキュラーコットンペーパー和紙(廃棄繊維100%使用)」、内装空間用の素材である「サーキュラーコットンボード(繊維などのリサイクル原料を90%以上使用)」の3種類の紙を製造している。
しかし、そもそもなぜ渡邊さんは、繊維を紙にして循環させることを選んだのだろうか。
その理由は、繊維と紙、それぞれの循環率にあるという。環境省によれば、日本の繊維廃棄物のリサイクル率は17.4%にとどまる。一方で、古紙の回収率は80%、回収された古紙の利用率は65%を超える(※3)。このため、繊維廃棄物を繊維に再生するよりも紙にした方が結果的に高い循環率を生み出せると考えたのだ。
また、綿から紙を作るというモデルは、豊かな水に恵まれた日本だからこそ成立する、日本ならではの循環モデルなのだという。
「紙を作るためには大量の真水が必要ですが、日本は山や川、海に囲まれ、比較的水を自由に使える環境があります。だからこそ、将来的には100%繊維の廃棄物で作られた紙を世界に輸出したいと考えています」
ねぶた祭りからアートまで。多様な使い道で最後まで紙を活かしきる
古紙の回収率の高さと、日本の地域性に根付く紙づくり。サーキュラーコットンファクトリーの循環モデルは、まさに日本だからこそ生まれたものだと言えるだろう。
そんなサーキュラーコットンペーパーには、さまざまな使い道がある。同団体は、その循環の様子が多くの人の目に触れるよう、意外な活躍の場をデザインしている点もユニークだ。
例えば代表的なのが、東北三大祭りである青森のねぶた祭りで担がれる山車だ。
屋外を練り歩く山車は、雨にも耐えられるよう、従来はポリエステルが約40%配合された紙が使われてきた。これに対し、サーキュラーコットンファクトリーでは、耐水性に優れた繊維作物である「マニラ麻」を配合することで、自然素材でありながら雨に濡れても破れない紙を作ることに成功。循環素材でのねぶた祭りを実現させた。
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また、アーティストであるフジヨシゆみこ氏が手がけた「サーキュラーコットンペーパーフラワー」も、同団体のイベントやショーウインドウに使われ、綿から作る紙の魅力を発信する媒体となっているという。
こうしたアーティストの作品を起点に、数名のアーティストにサーキュラーコットンペーパーをはじめとした素材を提供し作品をつくってもらう「CCF Art Project」や、サーキュラーコットンペーパーフラワーでクリスマスのリースを作るワークショップなども行っている。
過激なアプローチではなく、「面白さ」や「感動」で社会を変えていく
人の心を動かす方法でサーキュラーコットンぺーパーの魅力を伝え続ける渡邊さん。そこには、メッセージの伝え方に対する哲学があった。
「気候変動への危機感が増すなか、世界では過激な環境活動が頻繁に見られるようになりました。しかし、そうした活動はむしろ、活動的な人とそうでない人の溝を大きくする可能性があると思います。
だからこそ、『捨てていたものがお花やねぶたに生まれ変わるって面白いでしょ?』と提案することで、環境問題に関心が高い人だけでなく、あまり関心がない人にも興味を持ってもらいたいのです」
そんな渡邊さんが理想とする社会は、どんな社会なのか。最後に聞いてみると、こう答えてくれた。
「ものを大事にし、丁寧に生きること。そして、作った人の想いを感じながら、一つひとつのものを大切にすること。それが実現できる社会が理想です」
編集後記
「世の中のおかしいと思うことに取り組むのは、私にとって自然な流れ。やらざるを得ないことだからやるのが、私のルールです。儲けることが目的ではありません。獣道を作っているからこそ、利益になるかどうかを考えている暇はないのです」
取材の中で聞いた、渡邊さんのこの言葉が印象的だった。サーキュラーコットンファクトリーのあり方には、渡邊さんの哲学や、現代社会を生きる私たちへのメッセージが詰まっていた。
利益を上げるための大量生産や、購買欲をそそるマーケティング……それは資本主義経済の中では仕方がないことかもしれないが、だからこそそうした流れを断ち切り、企業として向かう先やビジョンを今一度見直すべき時が来ている。サーキュラーコットンファクトリーの一連の活動からは、そうした強いメッセージが伝わってくる。
一方で渡邊さんは、「資本主義の形成には消費者の存在が絶対に必要です。お金で愛情を買うことはできないけれど、お金に愛情を託すことはできるのです」と話す。私たちは消費者としても、自分たちが購入し廃棄した衣服の行方を知ったり、その先を考えたりする義務があるのだ。
世の中の見えにくい部分に着目し、そこから新たな価値を提案するサーキュラーコットンファクトリー。この先私たちがどんな社会に生きたいかを、改めて考えさせられた取材だった。
※1 ファッションと環境(環境省)
※2 環境省 令和4年度循環型ファッションの推進方策に関する調査業務-マテリアルフロー-
※3 数字で見る古紙再生(公益財団法人 古紙再生促進センター)
【参照サイト】一般社団法人サーキュラーコットンファクトリー
Edited by Motomi Souma