食事代は、自由に決めて。あたたかな食事とおしゃべりで孤独を防ぐ「タノバ食堂」

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10月のある土曜日の夕方。目黒区の学芸大学駅で降り、昔ながらの商店とお洒落なカフェや飲み屋が立ち並ぶ賑やかな商店街を抜け、閑静な住宅街を進むこと約10分。やってきたのは、臨済宗妙心寺派の龍雲寺(通称:野沢龍雲寺)というお寺の会館だ。

「タノバ食堂」

入り口の小さな立て看板に、目的のイベントのタイトルが書いてあった。よかった、間に合った。少し急ぎながら昔ながらの引き戸をガラガラと開けると、どことなく懐かしい、まるで知り合いの家のような雰囲気が感じられた。

タノバ食堂の看板

2階に上がると、8畳ほどの部屋にコの字型で机が並び、10数名が座って談笑していた。17時からの夕食会が始まるのを待っているのだ。横のキッチンではボランティアで料理をする人たちが食事を盛り付け、皿を順番に運び始めている。

受付でネームシールに名前を書き、そのまま名前の上に会社名を書きそうになった手をふと止めた。そうだ、今日は書かなくていいんだった。人が集まる場で「〇〇社の自分」であることが癖になっていたのだと気が付く。同時に、少し解放されたような気分にもなった。

全員の皿が揃うと、一斉に「いただきます」と言う。この日のメニューは、2種類のグリーンカレーにヤムウンセン(タイの春雨サラダ)。スパイスが効いた具沢山のカレーに、異国風な味付けのサラダがよく合う。どちらもお世辞抜きに美味しい。

食事会の様子。20人程度の人がテーブルを囲んで食事をしている。
グリーンカレー

隣や向かいに座っている人と、他愛もない会話をしながら食事をする。「お住まいは?」「あ、この近くで。歩いて来たんです」「それはいいですね。この辺って……」

集う人の年代は幅広い。もう何回も参加しているという近隣の人、たまたま新聞記事を見かけ、気になって今日初めて来てみた人など、参加する理由もさまざまだ。知り合いを誘って来ている人もいるからか、どこか町内会の集まりのような雰囲気がある。気負わずいられる空気感が心地よい。

この日、ボランティアで料理を担当していた男性は、日本の文化に興味があり、数年前に海外から移住してきたのだという。

「日本の人たちには本当にたくさんのものをもらったから、自分も何かお返ししたいなと思ってこの会を手伝い始めたんだ。みんなで料理するのも、楽しいしね」

食事会の様子。

「タノバ食堂」は、毎月一度開催されている夕食会だ。「タノバ」は「他の場所・場面」、職場でも家庭でもない「第三の居場所や場面」という意味。食事の場を通してゆるやかなつながりを作り、孤独の予防装置となること。それが、このイベントの目的だという。

申し込みさえすればどんな人でも参加でき、参加者が準備することは特にない。ただひとつ決まっているのは、食事代が「自由価格制」であることだ。これは、参加者が支払いたい額を自分で決め、最後に支払う仕組みだ。

主催するのは、世の中から孤独をなくすことを目指して立ち上がった、TanoBa合同会社。料理をするのはイベントの理念に共感するボランティア料理人たちで、場所は理念に共感した野沢龍雲寺がパートナー団体として貸し出してくれているという。

「メニューは毎回その日の料理を作りながら、『次は何にする?』という感じで決めているんです。特に決まりはありませんが、なるべくみんなで取り分けられるものにしていますね」と、TanoBa合同会社の共同創業者である多田大介さんは話す。

「坂ノ途中」の野菜をふんだんに使ったヤムウンセン。

「坂ノ途中」の野菜をふんだんに使ったヤムウンセン。

タノバ食堂には、これまでにのべ250人が参加、2024年10月は12回目の開催となった。1周年となった2024年9月からは、京都で有機野菜を栽培する「坂ノ途中」、地域に根差したコーヒーブランド「ONIBUS COFFEE」と地域共創パートナーとしての連携も始め、食事会に野菜やコーヒーをおすそ分けしてもらっているという。

自由価格制やボランティアによる料理作りといった仕組みのお手本としたのは、「Les Petites Cantines Réseau(小さな食堂)」という名のフランスのNPO団体だ。この食事会の少し前には、小さな食堂がタノバ食堂について彼らのSNSで紹介してくれたのだと、多田さんは嬉しそうに教えてくれた。

デザートのタピオカとコーヒーもいただき、お腹いっぱいに。楽しいひとときはあっという間で、2時間の食事会はそろそろ終わりそうだ。最後は自分が支払いたいと思う金額を支払う時間だ。食材に、料理に、そしてこの時間に。自分が感じた価値をお金にして、封筒に入れた。各々が封筒を手渡し、会はお開きになった。

ひとり、またひとりと、参加者が部屋を出ていく。筆者も料理人たちにお礼を伝え、会場を後にした。

夜道

Image via Shutterstock

すっかり暗くなった夜道を一人で歩きながら、さっきまでの時間を振り返る。ありきたりな感想だが、すごくいい時間だったな、と思う。

会に参加しなければ出会わなかったであろう人たちと食事を共にし、会社の肩書きや役割を外した一個人として、他愛もない話をしたひととき。それは、決して人生を変えるような大袈裟なものではない。

しかし、ふと家族や同僚ではない人と話したいと思うときや、理由はよくわからないけれどなんだか寂しいと感じるときに、気負わずに「あそこへ行こう」と思える場が身近にあること。それがたとえ月に一度だけの場だったとしても、そんな場所があるのだと知っているだけで、人は安心できる生き物なのかもしれない。

そしてもうひとつ。自分で金額を決めてお金を支払ったあの瞬間、不思議な心地よさがあったのだ。

仮にこのイベントが、「参加費〇〇円」といったよくある形のイベントだったらどうだっただろうと考えてみる。それに不満は持たないものの、決められた価格を支払った途端、参加者がサービスを受け取る“お客さん”になってしまうような気がする。

タノバ食堂の9つの憲章のひとつに、「ここに“お客さま”はいない。いるのは、“参加者”だけ。皆が互いを受け入れ、互いに与え合うこと!」というものがある。これはそのまま、タノバ食堂が目指す社会のあり方だと捉えることもできるのではないか。

社会のセーフティネットにもなり得るタノバ食堂のような場を作り継続するのは、決められた価格を支払う受け身のお客さんではなく、主体的に関わり、お金を出し合う参加者であってほしい。自由価格制には、そんなメッセージが込められている気がする。

そんなことを考えながら、駅に向かって夜道を歩く。夕食どきを迎え来たときよりも賑やかになった商店街を、さっきよりも少し軽い足取りで、通り抜けた。

【参照サイト】世の中から孤独をなくす |TanoBa合同会社
【参照サイト】自由価格制の食堂は成立するか?孤独と空腹を満たす「タノバ食堂」実証実験の報告
【参照サイト】小さな食堂(Les Petites Cantines Réseau)
【参照サイト】タノバ食堂
【参照サイト】自由価格制で多様な世代や属性の人が食事と対話を楽しむコミュニティ『タノバ食堂』が、志を共にする地域共創パートナー2社と提携
【関連記事】払える人が、払える分だけ。フランスの「値札のない」パン屋
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