数日続いていた風により、高速船は揺れに揺れた。それでも厳原(いづはら)の港へ着くと、海も山も優しく迎えてくれた。
2024年10月4日から5日の2日間にわたり、一般社団法人Blue Ocean Initiative(以下、BOI)による「対馬未来会議2024」が長崎県・対馬市で行われた。
BOIは、企業や団体、自治体など多様なステークホルダーの多面的交流と事業共創を通じて、海洋プラスチックや磯焼け、水産資源管理、ブルーカーボンなど、「海」に関連する様々な環境・社会課題の解決を目指すアクション・プラットフォームだ。その活動の中で重要な位置を占めるのが、対馬市の存在である。対馬は豊かな海を有しながら、近年海洋ごみや磯焼けなど深刻な海洋課題を抱えている。
「2050年までに対馬を世界最先端のサステナブル・アイランドにする」を目標に掲げ、対馬をモデルとしながら世界的な海洋課題解決へのアクションを模索する本会議は、2023年を第1回目として今年で2回目。企業・団体30社以上、総勢80名以上が参加し、現場も視察しながら昨年よりもさらに具体的なアクションアイデアを議論した。本記事ではその中で見えてきた「具体的である」ということの意味を改めて考えながら2日間の様子をレポートし、対馬の、そして世界の海洋課題に向けての重要な姿勢を示したい。
「課題先進地域」としての対馬と、企業と連携したしまづくり
はじめに、対馬について簡単に紹介したい。対馬市は福岡と韓国・釜山の間に位置し、日本海と東シナ海を分かつ、日本で3番目(※1)に大きな島だ。その立地ゆえ、歴史的に稲作や青銅など多くの物や技術が大陸から日本へ最初にもたらされ、また日本からは遣隋使が対馬を経由して大陸に渡るなど、交易の重要拠点となっていた。
さらに、南から養分を豊富に含んだ対馬海流が流れ込んで非常に豊かな海を有しており、漁業が産業別就業者総数の14.2%を占める(※2)など島の主要産業となっている。特にアナゴやイカ、アマダイ、ブリなどの漁が有名だ。
豊かな歴史や漁場を有する一方で、「課題先進地域」とも言われているのが同市の現状だ。その課題の一つが近年大量に押し寄せる海洋ごみである。2023年1月から2024年1月の年間推定漂着量は約37,000立方メートル(※3)とされ、その量は日本一とも呼ばれる。内容としては漁網や発泡ブイなどの漁具や、ペットボトルなどの生活由来のプラスチック、流木が多くを占めており、日本のみならずアジア周辺地域、さらには欧州からもごみが流れ着いている。
加えて、海中から藻場がなくなる磯焼け問題も深刻だ。その原因としては、地球温暖化由来の海水温上昇によってイスズミやアイゴ、ウニなどの草食性の海洋生物が活性化することや、あるいは山林に人が入らなくなることでシカなどの動物が増え、下草が食べられて減少し、山の貧栄養化や保水力がなくなって土砂が海に直接流れ込んでしまうことが挙げられる。磯焼けが進むと、海中の生物多様性の低下や水産資源の減少が引き起こされる。
こうした状況を克服するべく、対馬市はSDGsをしまづくりの中心に据えている。2020年にはSDGs未来都市に選定され、現在遂行中の第2期SDGs未来都市計画においては、サーキュラーエコノミーを基盤とした環境・社会・経済の自立的好循環を目指している。
島内の課題解決と持続可能な島づくりにおいて同市が推進しているのが企業との連携であり、そのつなぎ役となっているのがBOIだ。同市とBOIは2023年に連携協定を結び、「ブルーアイランド・プログラム」として、BOI参加企業間の事業共創を通じて海洋課題へのソリューションを開発し、その実証実験を対馬で行い、他の島嶼部へも「対馬モデル」として横展開することで、対馬はもちろん、全国・世界的なインパクトを生み出すことを目指している。
対馬未来会議の2日目に登壇された対馬市の比田勝市長からも、「課題の解決がビジネスの本質だとしたら、課題が多い対馬は企業の力を最大限に発揮できる具体的なフィールドなのではないか」という言葉があり、参加者を奮い立たせた。
漁業をつなぐ、漁業でつなぐ
1日目は「海洋プラスチックコース」「ブルーカーボンコース」「海洋活性コース」の3つのグループに分かれ、市内の取り組みを視察しながら、現状の課題やニーズを把握し、今後何ができるのかを考える足がかりを作った。IDEAS FOR GOOD編集部は「海洋活性コース」に帯同したので、特にこのグループでの様子を書いていきたい。
まず、対馬市・美津島町を拠点とする有限会社丸徳水産が現在企画しているゲストハウス事業について、同社にて本事業を担当する森賀優太さんと、美津島町漁業協同組合(以下、美津島町漁協)総務指導課・課長の田口功二さんにお話を伺った。
丸徳水産はかご漁や一本釣り漁などを行いながら、サバやブリの養殖、水産加工や飲食店経営まで幅広く行っている。さらに、魚介類を獲って販売するだけではなく、「海と人をつないでいきたい」「この海を後世にも残したい」という思いから「見せる漁業」を推進しており、船に乗っての養殖場の見学や釣り体験、そして磯焼けの観察など、楽しみながら海を体験し、学ぶことができるツアー「海遊記」を展開している。この海遊記は地元の漁業者と連携しながら活動しており、彼ら・彼女らの新たな収入源にもなりながら、衰退が続く地元漁業振興にも貢献し、その上で持続可能な漁業も目指す、まさにブルーエコノミーの考え方を体現する取り組みだ。
現在企画されているゲストハウス事業も、島外から来た人と漁業の接点を作りながら、地元漁業の振興を目指す取り組みだ。本事業のユニークな点として、現在遊休化した漁協の建物を利用していることが挙げられる。
美津島町漁協の田口さんによると、漁業従事者の減少に伴い、事務所や荷下ろし場などのこれまでに使われていた漁協施設が日本各地で使われなくなっており、解体にもコストがかかるためにそのまま放置されているという。対馬市内の漁業従事者も、1985年の国勢調査では5,163人であったが、2020年には半数以下となる1,998人にまで減少している(※4)。丸徳水産が所属する美津島町漁協でも漁業従事者の減少は続いており、遊休化した施設も多い。
そこで丸徳水産はこれらの遊休施設をゲストハウスに転換することで、島外からの人の流入を生み出そうと考えている。丸徳水産の森賀さんは、先述の体験ツアー・海遊記とともに、他の漁業者とも連携しながら運営することで丸徳水産に留まらず多くの関係者に経済的価値を創出し、「漁村」として地域全体を盛り上げようと意気込む。海遊記で遊びに来た人がより長く滞在することになれば、よりいっそうのにぎわいが生まれることも想像される。
地元事業者も感じる、具体性を伴ったコミュニケーションの大切さ
しかしながら、計画は一筋縄ではいかないというのが現状だという。森賀さんは、漁協組合員や住民との間の合意形成が特に難しいと語る。廃屋は漁協施設であり、またゲストハウス事業では多数の人の出入りが見込まれることもあり、施設周辺の人々とコミュニケーションをとったうえで合意を得ることが必要となる。本事業に協力的である人もいる一方で、中には観光客の増加による騒音などを想定し、事業に懸念を示す人もいるという。
このような状況で森賀さんは、地元の方々とのコミュニケーションにおいては「誰に」や「どのように」を明確に提示することが大切だと考えている。
「『地域が豊かになりますよ』と言っても、納得してもらえないことが多いです。実際に『誰が』、『どのような形で』豊かになるのか、具体的に伝える必要があります」
さらに美津島町漁協の田口さんは、漁業者が抱えるもどかしさについても言及した。
「漁業が衰退している現状を認識し、なんとかしたいと考えている漁業者も多いです。一方で、時間的・経済的にも余裕もなく、新しいことをする勇気も出ないというのも事実です。また、行動を起こしても、効果が見えないと、何をしていいのかわからなくなるなど苦しさにもなります。例えば藻場再生の取り組みをしても、なかなか藻が定着せず、イスズミ(草食性の魚)も減らず、困っている状況です」
このような中で、少しずつでも行動を起こしているのが丸徳水産であり、行動の輪は少しずつではあるが確実に広がっている。丸徳水産で海遊記を任されている犬束祐徳さんは次のように語る。
「海遊記を始めた時、2・3人の漁師が協力してくれました。今では、協力してくれる漁師は10人に増えています。漁師ってあまり喋らないイメージがあるでしょう。でもやってみると、みんなすごく楽しそうに話すんですよ。自分が好きな海のことを伝えたいんですね」
少しずつでもアクションを起こすこと。完璧でなくても、小さくても、変化を生み出し、積み重ねること。それこそがコミュニケーションでもあるのだろう。最後に森賀さんは、地元の外の企業が活動に参加する意義についても語った。
「自分たちではできない、あるいは思いつかないことができるのが、対馬の外から来る企業さんだと思います。例えば漁業のスマート化。これは地元民だけでは起こすのが難しい変化です。とはいえ、突然『困ってますよね?』と来られても、『困ってないです』と答えてしまいます。地域の人と目線をそろえる姿勢を持って、ぜひ一緒にアクションを起こしましょう」
企業の強みとしての、技術を用いたコミュニケーション
そのあと、企業との共創の可能性として、一般社団法人マリンハビタット壱岐(いき)による、水中ドローンを使用しての丸徳水産のサバ養殖イケスの見学が行われた。
マリンハビタット壱岐は磯焼け問題解決に取り組む団体。アメリカで開発された藻場育成・サンゴ礁再生コンクリートブロック「リーフボール」に、山林由来の成分である「フルボ酸鉄」を独自製法で練りこみ、藻場がより生育しやすいようにして長崎県・壱岐を中心に藻場の再生に取り組んでいる。今回は、同団体が活動で使用している水中ドローンを観光や漁業に活用できないかを探る目的で、丸徳水産のサバ養殖イケス内で実際に操作した。
ドローンを操作してみて大きな発見だったのが、養殖イケス内がとてもきれいだったことだ。魚の養殖では、残留した餌や排泄物による、イケス内及びその周辺海域の水質汚染が懸念事項として挙げられている。しかし今回、ドローンにより映し出された海底の映像には、餌や排泄物の残留がほとんど見られなかった。
この光景の背景には、丸徳水産の養殖の仕方がある。同社では、かご漁でとれたイシダイやカサゴ、アカハタなどをサバの養殖イケスの内部で一緒に育てている。これらの魚はサバと比べるとより低層の水域を活動範囲としているため、同じイケスの中での共存が可能だ。かつ、サバが食べ残して沈んでいくエサをこれらの魚が食べることにより、エサの残留の回避にもなる。さらにはこれらの魚も成長すると出荷されており、追加の収入源にもなっているという。自然の摂理から学び、環境負荷を小さくしながら生産性を上げる養殖業を実現していた。
今回水中ドローンを使用したことで、丸徳水産の取り組みの効果が可視化された形となった。「環境に良い」と言っても、その効果が見えにくい取り組みは多い。特に漁業はその活動場所が水中であることも多く、特に可視化が難しい領域でもある。たとえ、ある漁師がその人の目や体感で状況を捉えたとしても、それを共有することが難しい場合もある。とはいえ、新たな技術を導入するハードルも高いことは、先述したとおりだ。
このハードルを超えられるのが、企業が持つ技術や設備かもしれない。これまで漁業者や漁協に閉じていた活動に企業も参入することで、見えていなかった状況が可視化され、さらにより多くの人と共有できるようになるのではないか。
行動を続けていくためには、小さくても効果や変化を見せていくことが大切だという話があった。企業の話となると大きな変化に目が行きがちであるが、小さな変化を捉えて共有できることも、技術を持つ企業の強みなのではないか。水中ドローンに映し出された映像は、企業が参画することで可能となる新たなコミュニケーションのあり方を示しているように思われた。
主語を「私」から「あなた」に
2日目には、前日に現場を視察(※4)した各参加者と、島内での事業者・行政関係者が集まり、「事業構想ロードマップディスカッション」を実施した。「海洋プラスチックごみの再資源化」「藻場再生ツール開発」「海業の活性化」などのテーマごとに8つのチームに分かれ、前日の学びを共有しながらアクションを議論し、チームごとに事業(共創アクション)アイデアをシートにまとめた。「妄想を構想に」という事業構想の視座を大切に、「妄想」と思えることでもまずはありたい姿を思い描き、そのうえでそれをいかに実現するかというバックキャスティングの姿勢で議論は白熱した。
議論を通して紡がれた最終的なアイデアはもちろんだが、議論の最中も参加者から共創のあり方のヒントとなる言葉が多くあった。中でも筆者の心に残ったものをここで伝えたい。
「1日目の視察を受け、漁業もビジネスも似ていると思いました。『やりたい』と『反対』の両方が存在するのは、ビジネスでも常に言えること。大切なのは、主語を「私」から「あなた」にして、相手の立場に目を向ける重要性ではないでしょうか」
そう話したのは、大日本印刷株式会社Lifeデザイン事業部の辻晃一さんだ。辻さんは最近、環境・社会課題に関心を寄せるようになり、自身でも業務を通して貢献できることがないか模索すべく対馬未来会議2024に参加した。辻さんの言葉と重なるように、アスクル株式会社サステナブル・サービス開発の四夷麻子さんも「企業努力を押し出しがちだが、何をしたら地域の人に喜んでもらえるのか、という視点が欠かせない」と話した。
「なぜ自社が海洋課題や地域課題解決に行動を起こすのか」と問われたとき、新規事業創出や企業価値向上など自社のメリットに思考が向くのは、ある意味当然だろう。この日行われていた議論が「事業構想」であったのも、企業へのリターンを確かにすることで、より多くの企業が地域や環境の課題解決に動き出すことを目指していたからである。
しかしながら、自社ばかりを起点に考え出されたアクションでは、短期的な成果として終わってしまったり、根本的な解決に結びつかなかったりする。特に具体的な地域へ参入する場面では、どうしても「外」の色が強くなる企業に対して、これらの短期性や課題認識のずれから反発も生みかねない。
四夷さんは、「対話」を通して、本当の課題はどこにあるのかを探る必要性を強調した。「課題がある」というのは総意だったとしても、実際どこに課題があるのかは見えにくいことも多い。高い技術やより多くの資本を持つ企業だからこそ、地域の人々との丁寧な対話を行うことで注力すべき課題を明確にすることで、これまでにない成果を生み出すことができるのではないか。さらに、対話をする姿勢そのものが、その企業に対する社会からの信頼や共感にもつながり、行動の素地が育まれるのではないだろうか。
さらに、アスクル株式会社サステナブル・サービス開発部長の蛯原一朗さんは、希望を持った表情で次のように語った。
「『アスクルとして』という考えから一度抜け出す必要性を感じました。企業だとどうしても『自分たちのアセットで何ができるか』という視点になってしまいますが、そうしたアセットベースの考え方ではなく、まずは望む未来を自由に想像してから、では自分たちはどうその未来に貢献できるのかと考えた方がアイデアも出やすく、また気持ちも楽になる感覚がありました」
実際、同社は2021年に対馬市と連携協定を結び、レジ袋の売り上げの一部を対馬市に寄付したり、市内でクリアホルダーを回収しての水平リサイクルなどの活動を始めているが、活動の発端は対馬の現状を知った社員の想いだったという。課題を認識し、そのうえで望ましい姿を描き、そこに対してできることをスモールステップで積んでいく。「妄想」が出発点にあるからこそ、その後の活動の仕方に幅が生まれる。
全体像を俯瞰することで、自社の立ち位置が見えてくる
「海のことを知ろうとして、視野が狭くなっていたことに気が付きました。1日目の視察のなかで山にも目を向けたことで、私たちができる取組みの糸口が見えた気がしました」
そう語ったのは、レンゴー株式会社中央研究所研究企画部の吉田香央里さんだ。レンゴーでは、木材から取り出した生分解性素材であるセルロースを原料とした製品を製造している。セルロースはまさに「山の資源」であるが、では自社が海というフィールドに何ができるかとなると、当初アイデアがなかなか思い浮かばなかったそうだ。しかし今回、海と山のつながりを知ることで、セルロースを活用しながら、山を通しての海洋課題解決に大きな可能性を感じたという。
特定の分野での大きな実績を持つ企業であればあるほど、自社リソースをベースに思考しがちになり、新たな分野への参入の仕方に迷うことも多いだろう。その際、一度俯瞰した視点で全体を見渡すことで、自社の力を発揮できそうな立ち位置を再発見することができる。
その具体例として、株式会社ダイフクの河川におけるごみ回収の取り組みを紹介したい。同社は物流システムにおける機械の設計・製造やコンサルティングを行う会社だ。「自社としても何かできる形で海洋課題解決に貢献したい」との想いから、2023年にBOIに入会したが、海洋とのつながりが明確な事業を行っているわけではなく、当初は具体的な行動アイデアを見出せずにいた。
しかしながら、BOIの分科会の一つ「海洋プラスティック回収手段の確立と再資源化の加速」に所属し、他のメンバーと共に本課題を俯瞰して整理するうちに、海洋プラスティックの大半は陸地で発生し、河川を伝って海に流れ込んでいることに気が付いた。そこで同社は河川であれば自社の技術を生かせるのではないかと考え、滋賀県近江八幡市内の河川において、オイルフェンスを利用したごみ回収及び実態調査を2024年に開始している。
「1日目に訪れた漂着ごみの現場を見ると、どこから手を付ければいいのかという気持ちにもなりました。同時に、当社では長年にわたって物流システムの開発を手掛けてきたこともあり、その技術力を応用できるのではないかと思いました。海洋や河川は自社にとって新しいフィールドですが、つながりが見えた今、まずは近江八幡から自治体や漁協、地域住民の方々などにご協力いただきながら活動を始めています」
今回の対馬未来会議2024に参加した同社・新規事業推進部の髙木皓平さんはそう話す。漂着ごみ回収を進めるための議論の中で、「対馬市の皆さんはどうしたいですか?」と聞いていた髙木さんの姿に、俯瞰した視点と地域の意見の両方を行ったり来たりしながら行動を模索する姿勢が見え、とても理想的な共創の形に思えた。
「何を」より、「誰が・誰と・どのように」
対馬未来会議2024の2日間がもたらした「具体性」に改めて目を向けると、それは「誰が」「誰と」「どのように」に対する解像度であったように思う。
「アイデアをより具体的に」と言われると、「何を」の部分の具体性に焦点が当たりがちだろう。しかし、今回対馬の方々の話から見えてきたのは、関係する人々と丁寧にコミュニケーションをとる大切さと、相手の立場を考慮しながら、小さくても行動の結果を示して共感を広げながら進む姿勢だ。地元の水産企業である丸徳水産でさえ地域の方々の賛同を得る難しさを感じた瞬間もあったのだから、その土地の外から企業が参入する際はより丁寧なやり取りが必要であり、より明確な結果が求められることは想像に難くない。
では企業が対馬といった具体的なフィールドや、海洋という新たな領域に飛び込むことは難しく、リスクであり避けるべきものかというと、決してそうではない。
地球における資源供給の限界が見え、大量生産の負の外部性が対馬のような地であらわとなっている今、企業の価値は物質的なものから、信頼や共感といったより人間的なものに移行することは明らかだ。その信頼や共感が、人同士のやり取りの中で具体的に育まれていくのが地域であろう。
さらに比田勝市長の言葉にあるように、課題が多いからこそ企業の力を発揮することができる。地域のプレーヤーができないことを実行できるのが企業であり、企業は今、求められながらその力を発揮できるチャンスを与えられているのだ。
そこに海洋という切り口が加わると、課題が複雑であるゆえ、一社では限界があるために共創が必要となる。すると企業同士の新たな関係性や事業が生まれるきっかけとなる。企業のあり方の新陳代謝を促し、社会面でも環境面でも変化の著しいこれからの時代を生き抜く礎ともなるだろう。これからの時代の企業への挑戦に対し、重要なヒントが「対馬」という地で見えた気がする。
最後に、参加者は皆、企業・団体の構成員でありながらも一人の人間として、対馬での光景や話に心を動かされたに違いない。一人ひとりの心の中に生まれた想いの種が、事業という力を通じて花開く。一人ひとりが、誰と、どのように行動するのか。一番具体的なものは、自分自身なのかもしれない。
編集後記
「まだ全然遅いと思っていない」
これはBOIの代島代表理事が1日目の「最大の収穫だった」として、2日目の冒頭で参加者に紹介した、島民からの言葉だ。海ごみ、磯焼け、水産資源の減少。積み重なる海洋課題を前に、「本当に解決できるのか」という気持ちさえ頭をよぎってしまうような中、なんと力強く、希望にあふれた言葉だろう。筆者の心にも深く刻まれた。
同時に、対馬未来会議の後、丸徳水産・代表の犬束徳弘さんと話していた際にいただいた「結果がすべて」という言葉も心に残っている。小さくても結果を見せてこそ、仲間が増え、大きな変化を生み出せるというのだ。
まだ全然遅くない。だから今、行動しよう。
「また来んね(また来てね)」
そんな別れ際の徳弘さんの言葉に応え、この場所を再び訪れよう。
※1 沖縄本島と北方4島を除く。
※2 対馬市しまぐらしガイド:産業|対馬市
※3 令和5年度 対馬市海岸漂着物モニタリング調査の結果報告(概要)|一般社団法人対馬CAPPA
※4 人口(国勢調査):産業別人口|対馬市
※5 IDEAS FOR GOOD編集部が帯同した海洋活性コースに加え、海洋プラスチックコースでは大量のごみが漂着する赤島海岸の清掃を行い、対馬クリーンセンター・中部中継所にて回収された漂着ゴミが処理される様子と課題を視察した。ブルーカーボンコースでは、ひじき漁の現状を伺うとともに、海藻養殖や藻場再生の取り組み、そして海に養分を供給する森林管理を視察した。
【参照サイト】一般社団法人Blue Ocean Initiative
【参照サイト】丸徳水産
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