不動産会社などが発表する「日本全国住みたい街ランキング」で常に上位に入る人気の都市、福岡市。それだけでなく、市民の98.3%が「福岡市が好き」、97.4%が「住みやすい」、93.8%が「住み続けたい」と回答しており、地元住民からも深く愛されている(※1)。
そんな同市では「すべての人にやさしいまち」を目指し、「インクルーシブな子ども広場」の導入が進められているのをご存じだろうか。
「インクルーシブな子ども広場」を、福岡市は「誰もがお互いを理解し安心して笑顔で自分らしく遊ぶことができる場所」と定義。障害の有無にかかわらず、すべての子どもが楽しめるよう、遊具や動線、サイン表示などに工夫が施されている。

福岡市百道中央公園 インクルーシブな子ども広場(以下、公園写真はすべて百道中央公園にて筆者撮影)。
2022年度からはワークショップやアンケートなどの各種調査を実施し、検討委員会を経て『インクルーシブな子ども広場 整備指針(2023年)』を取りまとめた。そして、2026年春までに市内全区の公園7か所に「インクルーシブな子ども広場」が誕生する予定である。2024年5月末には一部が供用開始され、現在3か所が工事中、さらに3か所が計画段階にあるという大規模なプロジェクトが、今まさに進行中なのだ。
今回は、「インクルーシブな子ども広場」づくりに携わる福岡市住宅都市局公園部整備課の古賀佳代子さんと甲斐航平さんに話を伺った。すべての人にやさしいまちづくりを実現するには、何が必要なのか。その答えを探る中で、ハード面を重視していた職員が、市民や当事者の声に触れることで考えを改め、「対話」を大切にする姿勢が浮かび上がってきた。

福岡市住宅都市局公園部整備課の古賀佳代子さん(左)と甲斐航平さん(右)。(福岡市役所にて)
話者プロフィール:古賀 佳代子(こが・かよこ)さん、甲斐 航平(かい・こうへい)さん
福岡市役所職員(造園職)。両名とも令和4年度より公園部整備課に異動となり、市内の公園の設計や整備、技術管理などを担当することに加え、公園におけるインクルーシブな遊び場の検討に着手、令和5年1月に「インクルーシブな子ども広場整備指針」を策定後、市内の7区全てにインクルーシブな子ども広場の整備を進めている。公園・造園を専門とするが、教育・障がい福祉・療育・子どもの遊びなどの知識は専門外であり、日々新たな知識に触れながら、情報や意識を更新していく毎日を過ごしている。
「切実な声」が公園を変えた──ハード思考からの転換
福岡市は2012年から「ユニバーサル都市・福岡」として、地下鉄のバリアフリー化やバス停のベンチ設置などを推進してきた。そうした取り組みが積み重ねられるなかで、「インクルーシブな子ども広場」づくりも始まった。
その背景には、障害のある子どもがブランコなどの従来型の遊具では遊びにくいという課題があった。障害のある子どもにも配慮した遊具を作れば、みんなが遊べるはず──しかし、古賀さんは次のように反省を込めて、そうした認識がいかに不十分だったかを振り返る。
古賀さん「何かバリアフリーに配慮したものを作ればいいのだろう、くらいに思っていました。でも、それだけではだめなんだと気づかせていただいたんです」
市の指針策定が本格化し、実施したアンケートに寄せられたのは、当事者からの「切実な声」だった。課題は遊具の有無だけではなく、トイレなどの周辺設備、そして何よりも「公園に行きにくい」という心理的なハードルにあったのだ。その声を受け、市職員の認識は大きく変わっていった。
古賀さん「アンケートで、障害のあるお子さんや保護者の方の生のご意見を伺ったんです。例えば、特別支援学校の方に配ったり、公園でユニバーサルデザインの遊具を体験できる場にQRコードを設置したりして、アンケートを行いました。すると、『遊具だけじゃなくて私たち(当事者)が行くには駐車場が大事』、『トイレが整備されていないと利用しにくい』といった意見が集まったんです」
甲斐さん「当事者の方々へのアンケートを通じて、ハード面も重要ではあるものの、遊具だけでなく周辺施設、さらにはそれ以上に心理的な要因が課題となり、公園で外遊びをすること自体が難しいというニーズが見えてきました。その声を受け、私たちも考え方を大きく変えていったのです」
古賀さんも甲斐さんも造園職など、ハード面をつくる部署の出身であり、障害者福祉については配属後に一から学んできたという。そこで、指針策定にあたっては通常以上に徹底した当事者や関係者へのアンケートやヒアリングが継続的に行われた。調査対象は、障害のある子どもとその保護者のネットワーク、特別支援学校・学級、療育センター、一般利用者、実証実験の参加者など、多岐にわたった。

利用しやすく低めに設計されたすべり台
甲斐さん「これまで行政がこうした声を聞く場を設けることはほとんどありませんでした。当事者の方々からは、『障害のある子どもを公園で遊ばせるのは難しく、もう諦めていた』『でも、こうして声を上げる場を作ってもらえたこと自体がありがたい』という切実な声が寄せられました。我々としても、その思いを受け止め、ありがたいと感じる一方で、これまで十分に向き合えていなかったことへの申し訳なさを痛感したんです」
2023年1月、切実な声に寄り添いながら、指針が完成した。遊具の整備にとどまらず、多様な過ごし方や見守りの工夫など、幅広い配慮が盛り込まれた。その変化は、タイトルにも表れている。当初の「インクルーシブな遊具広場」から「インクルーシブな子ども広場」へと名が改められ、ハード整備だけでなく、環境や心の在り方を重視する取り組みへと広がったことを示している。

車いすに座りながらでも利用できる、テーブル式砂場
当事者の意見が計画を大きく変える。対話の過程それ自体の価値
その後、市内7か所の公園での実際の整備・工事が始まった。ここで欠かせないのは、市民との対話を重ねるワークショップの存在である。2人はその重要性について次のように語った。
古賀さん「(いわゆる健常者と障害当事者では)ニーズが大きく異なるんですよね。だからこそ、さまざまな意見を取り入れることで、自分たちの公園に愛着を持ってもらうことが大切だと考えています。また、地域の方も話し合いに入っていただくことで障害のあるお子さんも公園に来やすくなるのではないかと思います」
そんな幅広い人にワークショップに参加してもらうため、広報や運営方法にも工夫を凝らしたという。
甲斐さん「各回のワークショップの結果を『ワークショップニュース』としてまとめ、地域全体に配布し、情報をアップデートしています。また、対話を重視するため、通常はあまり行わないのですが、参加者が少ない場合には当事者のアンケートの声もワークショップ内で紹介しました。アンケートの意見は対話を経たものではないため、そのまま採用することはできません。しかし、それを話し合いの材料として提供することで、少しでも『声』が反映されやすくなるよう工夫しています」
当日は、視覚障害のある参加者のために触地図を準備し、当日使用するスライド資料を文字起こしして情報保障を行った。障害のある子どもを連れた参加者(または子どもを連れた障害のある参加者)に向けては見守りスタッフを配置し、聴覚障害のある参加者には手話通訳を用意するなど、誰もが参加しやすい環境づくりに努めた。インクルーシブな子ども広場を目指す取り組みだからこそ、そのプロセス自体にもインクルーシブな配慮は欠かせなかったのだ。

ワークショップの様子。視覚障害のある方は触地図を使う。
古賀さん「グループワークで公園の現況調査をしてもらったのですが、あるグループに車いすの方がいらっしゃって。参加者の方がみんなで、階段をうんうんいって車いすを持ち上げてらっしゃったのです。それで、やっぱりスロープはいるよね……と強く実感されていました」
ワークショップを通じて、当事者の意見が計画を大きく変えた例は数多くある。例えば、全面芝生の広場について、車いすやベビーカーでも通れる道が欲しいという意見が当事者から出た。しかし、アスファルト舗装では景観に馴染まず、公園の雰囲気を損なってしまう。そこで、特殊な土舗装固化材を用いた小路を設けることで、自然な景観を保ちながらも通行しやすい環境を整えた。
また、知的障害のある子どもを持つ保護者から、多動傾向のある子どもが遊具の周りで動き回ることを考慮し、ある程度のスペースを確保したほうが安全ではないか、という意見が寄せられた。さらに、ベビーカーを利用する保護者にとっても、余裕のあるスペースのほうが使いやすいという声が上がった。結果として、遊具の数よりも、十分なスペースを確保することを優先する方向で計画がまとまったのだ。

見守り場所の東屋からは公園の全景が望める。遊具以外にも、余裕のあるスペースが取られていることがわかる。

子どもが外に飛び出しにくいよう、見守り場所を兼ねる「囲み」がいたるところに設置されている。
「みんなで一緒に遊びましょう」じゃなくたっていい。誰もが“自分らしく遊べる”公園を目指す
インクルーシブな子ども広場は、「作って終わり」ではない。指針では、多様な関係者が関わり、人材育成も想定されている。市はどのように今後を見通しているのだろうか。
甲斐さん「目指すところは、障害の有無にかかわらず、その公園に来るすべての人が自分らしく遊べる場所であること。そして、地域の方々もそれを自然に受け入れていることが理想だと思うのです。『誰がいても当たり前』という状況にしたいです」

築山。すべり台や階段、スロープ、鎖場。様々な手段を使いながら、登って遊ぶことができる。
福岡市のインクルーシブな子ども広場の定義である「自分らしく遊ぶことができる場所」。これは誰もが「一緒に遊ぶ」ことを目的にしているわけではないと古賀さん、甲斐さんは強調する。実は当初、子ども広場を「一緒に遊べる場所」と定義しようとしていたが、市民の声を受けて変更したのだという。
甲斐さん「百道中央公園のイベントで、直接『“一緒に遊ぶイベント”にはしないでください』という意見をいただきました。『なかなか言い出しにくいことだけれど、障害のある子どもを持つ親としては、正直なところ、一緒に遊びたいわけではない。ただ、そっとしておいてほしい。他の子どもたちと遊ばせるために来ているのではなく、その子自身が感じられる公園の空気を感じさせてあげたい、ただそれだけなんです』と。
『だからこそ、行政のイベントとしても、“みんなで一緒に遊びましょう”ではなく、公園は誰でも自由に来られる場所であることを伝えてもらえればありがたい』とおっしゃっていました。その言葉を聞いて、一緒に遊ぶことを強いるのではなく、同じ空間を共有すること自体が、誰もが“自分らしく遊べる”ことにつながるのだと感じました」

ワークショップでは、子ども広場の周辺に広がる美しい自然を感じる工夫がほしいという意見が数多く出た。
編集後記
今回、福岡市の2人の職員にお伺いして印象に残ったのは、市民の「声」や対話の力に対する深い信頼だった。それは、筆者が参加した公園整備のワークショップにもにも表れていた。2つ出ていた計画案のうち、どちらがよいかを選ばせるのではなく、対話のプロセスから最終案をもう一度練り直すという進め方が取られていたのだ。
このオープンな姿勢が対話を活性化させ、その地域の歴史や文化の中に「子ども広場」をどのように位置づけるのかといった議論を生み出した。そして、「砂場の砂を海の砂にしてみたらどうか」「どんぐりで遊ぶテーブルに、転がらないよう溝をつけてみたら」など、まちへの思いが込められたユニークなアイデアが次々と提案されたのだ。
指針策定にあたって集められた市民の声は、ほぼ加工されることなく『インクルーシブな子ども広場 整備指針 資料編』に掲載されている(※2)。自治体職員やこうした実践に関心のある方にぜひご一読をおすすめしたい。
※1 令和6年度 市政に関する意識調査「ふくおかボイス」
※2 福岡市(2023)「インクルーシブな子ども広場 整備指針資料編」
【参照サイト】福岡市公式ホームページ インクルーシブな子ども広場
【参照サイト】福岡市長インクルーシブな子ども広場についての発表
【参照サイト】インクルーシブな子ども広場 FUKUOKA シンポジウムリーフレット
【参照サイト】インクルーシブな子ども広場 百道中央公園で遊ぼう
【参照サイト】今津運動公園ワークショップニュース
【参照サイト】福岡市「インクルーシブな子ども広場 整備指針」
【参照サイト】「ユニバーサル都市・福岡」ホームページ
【参照サイト】九州大学未来デザイン学センター 公式ホームページ
【参照サイト】障害の有無にかかわらず、誰もが安心して遊べる公園をーー福岡市「インクルーシブな子ども広場FUKUOKAシンポジウム」をレポート
【参照サイト】全国住みたい街ランキング
【参照サイト】住みたい街(自治体)トップは、5年連続で福岡県福岡市
Edited by Erika Tomiyama