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国連世界観光機関(UN Tourism)によると、2024年の世界の海外旅行者数は14億人に到達し、日本でも同年には過去最多となる3,686万人の外国人観光客が訪日したと日本政府観光局が発表した。この流れは続き、2025年にはその数が4,000万人を超えると予測されている。
旅行・観光産業は世界でも有数の雇用創出産業であり、日本でも観光業をこれからの基幹産業とするべく取り組みが進められている。それゆえ、観光の復活は嬉しいニュースである。一方で、発展に伴い各地でオーバーツーリズムをはじめとした課題が発生しているのも目を背けることのできない事実だ。
オーバーツーリズムと聞くと「自分の住む地域ではそこまでの混雑は起きていないし、関係ないのでは?」と思う人も多いかもしれない。しかし、日本各地が観光産業を推進しようと動くいま、ごみや騒音問題、景観や文化の変容、住民と観光客の間の分断といった、オーバーツーリズムが発生させる可能性のある問題は、今後どの地域にも起こりうる。観光を持続可能なものとするためにも、それぞれの地域が取り組みを進める必要があるだろう。
観光庁では、こうした課題を解決するため、令和5年度補正予算事業で「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」を実施し、オーバーツーリズム課題の対策や持続可能な観光地づくりに励む地域の事例が生まれてきている。
本記事では、オーバーツーリズムとは何なのか、どういった課題があるのかを改めて解説しつつ、同事業で採択された4つの事例をもとに、観光を持続可能な産業としていくための方法を探っていきたい。
オーバーツーリズムとは?
オーバーツーリズムとは、特定の観光地において訪問客が増加することによって、地元住民の生活や自然環境、そして観光客自身にも悪影響を及ぼす状況のことを指す。
京都や鎌倉など、観光客が集中する地域で発生する渋滞・混雑・ごみ・騒音といった問題を耳にしたことがある人も多いだろう。それ以外にも、過度ないし不適切な自然利用による生態系の破壊や汚染、従来からある地元の店舗が淘汰され観光客向けの施設や取り組みが増加することによるコミュニティの衰退や文化の変容、宿泊施設の急増による地価や家賃上昇にともなう住民の追い出し、観光業に依存することによる経済構造の脆弱化など、その問題は多岐にわたる。
そうした問題に対する現行の具体的な対策には、主に受け入れ環境の整備・増強や観光客の分散・平準化などがある。なかでも、観光税や入場人数制限などで観光客を減らしたり、行動を規制したりしようとする動きは世界各地で広がっている。
こうした具体的な対策の前提として、理解しておきたい観点がある。観光地は観光地である以前に、人々や動植物の住まう場所であり、長年蓄積されてきた文化や暮らしが宿る場所であるということだ。
旅は人の人生を豊かにする。旅や観光が出来ない世界を望む人は少ないだろう。しかし、観光がそれ以外を覆い隠してしまわぬように、観光振興により、地域社会・経済の好循環を生む持続可能な観光地域づくりの推進が必要とされているのだ。
国内事例4選
京都府京都市:市民生活と調和した「持続可能な京都観光」の実現に向けた観光課題対策の推進
京都府京都市では、春の桜、秋の紅葉のシーズンを中心に、観光客が特定の観光地に集中することで、周辺の道路の渋滞や市バスの混雑、マナー問題等が発生している。これらの課題は観光の質の低下だけではなく、市民の生活にも影響を及ぼしており、京都市及び京都市観光協会では様々な施策を講じている。
例えば、観光客から人気の高い嵯峨嵐山エリアにおいて、渡月橋や長辻通での局所的な混雑緩和に向け、比較的混雑していない嵯峨エリアへの周遊を促すデジタルマップを作成。デジタルマップの利用者数は2024年11月1日~12月1日の約1か月間で2万人を超え、嵐山エリアから嵯峨エリアへの観光客の誘導につながった。加えて、デジタルとリアルの組合せとして、誘導員配置も実施。エリア内の回遊ルートを案内することで、更なる混雑緩和に努めた。

嵯峨嵐山周遊ガイド
また、京都駅と観光需要の特に高いエリア(清水寺等)を結ぶルートで、市民利用と観光利用の棲み分けを目的に2024年6月に運行を開始した「観光特急バス」について、より多くの観光客の利用を促進する旅マエ・旅ナカでの情報発信の強化や、停車停留所での案内サインの増設などに取り組んだ。この結果、運行開始当初、1日あたり2,200人程度だった利用者数は、2024年11月(秋の観光のピーク)には、1日あたり3,000人近くまで増加した。
さらに、持続可能な京都観光の実現に不可欠である市民生活との調和・両立に向けて、市民向けに“暮らしと観光をつなぐポータルサイト”「LINK! LINK! LINK!」を開設。観光が京都にもたらす意義・効果、課題とその対策を分かりやすく発信するとともに、観光関連事業者が提供する割引等の市民限定サービス等も掲載しており、12月3日の開設から約2か月半でサイト閲覧者数は4万人を超えた。
また、京都観光モラル(※)の遵守を観光客に宣言してもらうキャンペーンサイトを開設し、クイズを通して地域文化・コミュニティへの貢献や環境・景観の保存等について学ぶことで、市内の店舗・施設において特典を受けることができる仕組みを構築した。
※ 観光事業者・従事者等、観光客、市民が、お互いを尊重し、持続可能な京都観光をこれまで以上に推進するために策定した行動基準

渡月橋(秋)/ Image via 京都市メディア支援センター
【関連サイト】LINK! LINK! LINK!
【関連サイト】京都観光モラル
【関連サイト】京都観光モラル キャンペーンサイト
山形県尾花沢市:「GINZAN is an Art Museum」持続可能な観光地づくり事業
山形県尾花沢市の銀山温泉地区では、100年前の面影を残す銀山温泉の空間を美術館に見立て、観光付加価値の創出と歴史的景観の保全を追求した魅力的な観光地づくりを行っている。一方で、地域の受入能力を超えた日帰り客の来訪により、すれ違いが困難なほどの混雑や交通障害が発生しているほか、観光客のマナー違反により、景観や自然環境への懸念が生じている。
このような問題に対し、「パークアンドライド方式(※)」と「来訪者の総量調整」の実証による需要の適切な管理を行っている。パークアンドライドを利用したアンケート回答者のうち、約7割が「スムーズで満足できた」、3割弱が「多少待ったり、予約が面倒と感じたが許容できる」と回答し、パークアンドライドは観光客からの高い満足度と一定の理解が得られた取り組みとなった。また、訪日観光客を対象とした多言語による情報提供やマナー啓発も行っている。
※ 自動車を公共交通機関の乗降所付近に駐車し、そこから公共交通機関に乗り換える交通システムを指す。
その他、観光客が非日常をゆったり感じることができるよう、観光客の安全確保と混雑緩和、滞在価値の向上を目指す。観光業に携わる人の生業を守りつつ、「市民が住み続けられるまち」の実現に向けた取組を実施する先進的な地域と言える。

銀山温泉(冬)
【関連サイト】銀山温泉マイカー規制
岐阜県白川村:白川郷観光最適化デザイン計画
岐阜県白川村では、平成7年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」がユネスコの世界文化遺産に登録された。以降、世界各国からの観光客が急増し、長年オーバーツーリズムの課題に直面している。
同地域の課題は、山間地かつ公共交通機関が発達していないことから道路の渋滞が起きやすいこと、また観光スポットが密集していることからエリアに人や車が集中しやすい点だ。さらに、世界遺産であることから、地域集落の保全活動が厳格であり、新たに恒久的な構造物を設置することが困難なのだ。
こうしたハード面での対策に制限があることを課題の背景として、住民と観光客の双方の満足度向上を目指し、白川村ではこれまでに、「白川郷ライトアップイベント」の混雑対策として、完全事前予約制と入場チケット制の導入や、白川郷独自のマナー啓発(レスポンシブル・ツーリズムの推進)など、様々な切り口から持続可能な観光地づくりを行ってきた。
更なる住民と観光客、双方の満足度向上を目指し、混雑情報をリアルタイムに発信するウェブサイト(白川郷すんなり旅ガイド シラカワ・ゴーイング)の開設や、マルチ決済に対応した全自動料金精算機の導入といった「交通対策」を実施している。ウェブサイトの閲覧数は、2025年2月25日時点で15万2千を超えた。
また、広告やメディアでの情報発信を通して観光客に啓発する「マナー対策」、白川郷ライトアップイベントの混雑対策やルール違反対策等の「イベント対策」の大きく3つの施策により、観光と生活の両立を推進している。

白川郷 / Image via 白川村
【関連サイト】白川郷すんなり旅ガイド シラカワ・ゴーイング
高知県いの町:にこ淵を中心とした仁淀川流域のオーバーツーリズム対策
高知県いの町にあるにこ淵が、「仁淀ブルー」の聖地としてSNSで有名になったことにより、いの町の観光客は急増している。一方で、駐車場などの観光インフラが不足するなど、観光客の受入環境整備が追い付いていない。また、観光管理コストが上がる中、観光スポットがにこ淵に限られているため周遊性が低く、地域に利益が還元されていないことも課題だ。
こうした問題に対し、いの町では遊歩道整備をはじめとしたハードの整備や、既存の景観を活用した小規模な観光コンテンツを分散して造成することにより、周遊促進と観光振興を図っている。
具体的には、にこ淵などの観光地周辺や景観が良い場所で地域住民が運営する屋台型ポップアップカフェを複数設置し、「地域コンテンツを楽しむ新たな観光地」と「観光案内所」としての2つの機能を持たせている。新たに観光地化した地域であるが、混雑を前向きにとらえ、地域ぐるみで活用としていこうとしているのだ。

地域住民が運営する屋台型ポップアップカフェ / Image via いの町
【関連サイト】いの町観光ガイド
まとめ
オーバーツーリズムと一口に言っても、各地域によって課題は全く異なるため、それぞれにあった対応が必要だ。しかし、どの地域にも共通していえるのは、観光客と地域の双方にとって持続可能な観光地域づくりを推進していく必要があるということではないだろうか。
コロナ禍が明けて観光が復活を遂げた今こそ、オーバーツーリズムという観光の課題を理解したうえで改めて、「住んでよし、訪れてよし」な観光とは何かを考え行動に移していくべきだろう。
観光庁の実施する「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」は、現在次年度に向けて推進している。
現在問題が顕在化していない地域でも、未然防止策を講じることが重要だ。オーバーツーリズムに現状悩む地域も、これから観光業を主要事業として推進していくなかで事前に対策が必要になると思われる地方公共団体、観光地域づくり法人等の観光関係者、民間事業者は申請を検討してみてはいかがだろうか。
【参照書籍】オーバーツーリズム 観光に消費されないまちのつくり方/高坂晶子著
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