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筆者が暮らすロンドンでは、小雨が降ったり止んだりの日々が続いている。雨が降るといつも思うこと。それは「今日明日はランニングに行けないな」ということだ。自然に囲まれたランニングコースは水はけが悪く、雨の降った日に走ろうものなら、白いスニーカーは一瞬で茶色に。靴が汚れるのを想像して、その日のランニングをそっと中止することも多くある。
そして思い返せば、日常の中で「土」の存在を意識するのは、靴の汚れを気にするときくらいだった。しかし、ロンドンで開催されている土壌に関する展覧会「SOIL: The World at Our Feet(以下、SOIL)」を訪れたいま、「なぜいつもランニングしている場所の水はけが悪いのか」を考えている。ロンドンの多くのエリアは粘土質の地層の上にあり、粘土質の土壌では、水と一緒に養分も保持されやすく、流出しにくい傾向があるそうだ。いつもランニングのときに見上げている木々は、地面の水分を吸収して青々としていたのだと気付く。
2025年2月現在、ロンドンのサマセットハウスという場所で開かれているSOIL展は、アート作品、オブジェ、科学的資料、ドキュメンタリー映像などを通じて、土壌の多面的な役割を再考する機会を提供するものだ。展示では、土壌は単なる「土」ではなく、植物の根圏に存在する数十億のバクテリアが、私たちの腸内細菌と同様に生命を支える重要な存在であることが強調されていた。
いくつか印象的だった作品を紹介したい。一つ目はJoana Hadjihomas氏とKhalil Joreige氏による「TRILOGIES(3部作)」という作品。彼らは2016年からアテネ、ベイルート、パリという自身のアイデンティティと深く結びついた3つの都市からコアサンプル(地層の柱状試料)を収集し、さらに専門家と協力して、そこに含まれる歴史的証拠を分析。その過程で、写真、ドローイング、手書き原稿を用いて、コアサンプルから読み取れる多様な物語を描き出している。

筆者撮影
一つのコアサンプルに書かれていた「物語」は、「都市を守るために築かれた城壁がペルシャの侵攻によって破壊され、その後、ペルシャ人自身によって新たな城壁の建設に再利用された」
というもの。地層が語る歴史に耳を傾けた作品なのだ。
さらに、順路を追って辿り着く最後の展示では、学生から突然「本、靴下、飴、チョコレートをそれぞれ生産するのに、どれが一番多く土を必要とすると思いますか」と問いかけられた。彼らはRoyal College of Artのグループで、私たちの生活がいかに「土壌」を必要としているかを問い直すワークショップを設計している。ちなみに問いの正解は、必要とする土が多い順番に、チョコレート、靴下、本、飴だそうだ。

筆者撮影
また、必要とする土の量を家具の大きさに反映させた部屋も展示されていた。やたらと大きなクローゼットやラグ、意外と小さなソファ……その部屋の様子はいびつだ。このように、身の回りのプロダクトが完成するまでにどれほどの土が“働いて”くれているのかを考えると、自分の部屋の景色でさえもまったく変わったものに見えてくる。

使う土の多さを家具の大きさに反映させた部屋|筆者撮影
他にも、実際に土壌の中に潜ったような体験ができるインスタレーションや、環境問題そして人権問題に訴えかける展示もあった。
環境について考えるとき、空気の質や水の循環、エネルギー消費に注目しがちだが、それらをつい地上の出来事として捉えてしまっていないだろうか。基盤となる「土」に目を向ける機会は意外と少ないかもしれない。しかし、私たちの生活は地表の下の世界とも密接につながっており、知らず知らずのうちにその土にも影響を及ぼしているのだ。
次に公園や土の道を歩くとき、足元の感触に意識を向けてみるのはいかがだろう。ザクザク、フワフワ、ヌルヌル……そのすべてが、そこに生きる微生物や植物の働きの証だ。普段意識しない足元の世界に、一瞬でも耳を傾けてみると、自分自身と土壌のつながりを実感できるかもしれない。
【参照サイト】SOIL: The World at Our Feet
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