森の奥深くに響く、鳥のさえずり。その歌声は、木々の間を吹き抜ける風の音と交わり、柔らかなメロディーを奏でる。そこに、川のせせらぎが軽やかなリズムを添えると、まるで交響曲のようなハーモニーが森中に広がっていく。しかし、かつて当たり前のように存在していたこの自然の調べは、今や貴重なものとなりつつある。
その原因は、人間の活動による環境破壊だ。国連「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)の報告書では、人類の影響で約100万種もの動植物が絶滅の危機に瀕しているとされる(※)。動物たちの鳴き声、羽音、木の葉のざわめき……自然が生み出す豊かな音は、世界から少しずつ、確実に消え去ろうとしているのだ。
未来の世代にもこの美しい音を残すことができるのか。この問いに真正面から向き合ったのが、一人の音楽家である。
1970~80年代にかけて活躍した英国のロックバンド「ポリス」の元ドラマーであるスチュワート・コープランド氏は、2025年春、環境問題への意識を高める目的で音楽アルバム「Wild Concerto」を発表した。本作は、オーケストラと自然音を融合させた作品だ。
コープランド氏は、楽器の演奏に動物の鳴き声や鳥のさえずりを取り入れ、自然のメロディーやリズムを音楽へと昇華。曲中の自然音には、英国の博物学者であるマーティン・スチュワート氏が世界中で現地録音した10万点を超えるサウンドアーカイブ、つまり無加工の「純粋な自然音」を使用した。アルバムには、ヤドクガエル、オオカミ、ガラパゴスゾウガメなど、約10種の絶滅危惧種の鳴き声も収められているという。
スチュワート氏は、The Guardianの記事で、1時間の「純粋な自然音」の録音をしようとすると、2,000時間もかかると明らかにした。30年程前には、3~4時間の録音と最低限の編集で済んでいたのだが、人工的な騒音があまりにも多いせいでこれほどの時間がかかるようになってしまったのだという。
「Wild Concerto」は自然が紡ぐ音楽の美しさを再認識させる作品でありながら、自然環境にまつわるこうした現状を人々に訴えかける一種のドキュメンタリーでもあるのだ。
音楽は、私たちの心に直接訴えかけ、気づきや行動を促す力を持つ存在だ。そして、自然が奏でる音楽は、未来へとつなぐべきかけがえのない財産である。この奇跡の音を守るために、私たちにはどんな行動ができるだろうか。今こそ、自然の声に耳を傾けるときだ。
Stewart Copeland
※ 人類のせいで「動植物100万種が絶滅危機」=国連主催会合(BBC)
【参照サイト】WILD CONCERTO – NEW ALBUM OUT ON APRIL 18th, 2025(Stewart Copeland.net)
【参照サイト】‘The synergy is amazing’: Stewart Copeland album fuses nature and music(The Guardian)
【参照サイト】First-ever pic of classic Police line-up revealed as Stewart Copeland announces his Wild Concerto(Y! entertainment)
【参照サイト】‘Wild Concerto’ by Former Police Drummer Stewart Copeland Blends Nature Sounds With Music(EcoWatch)
Edited by Yuka Kihara