「原風景を守る」ための地域需要を。バリ島のハイパーローカルなレストラン

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食卓に並ぶ、料理。その一つひとつの食材は、どこで、どのように育てられたのだろうか。そして、その食材は、どのようにしてその土地に根付いたのだろうか。

国際化とともに、各地で食べられる食材は似通ってきた。もしかすると、私たちが口にしている食材の多くは、もともと地元に存在しなかった種かもしれないのだ。つまり現代の暮らしでは、私たちは食のルーツを知らず生きていることが多い。

この食文化の変化は、地域の農業だけではなく、暮らしや伝統に対する価値観にも影響を与えるようだ。そこで「市場で求められるものに価値がある」という考え方に疑問を投げかけ、「需要を変える」ことで地域の自然や文化を守ろうとするレストランがある。インドネシア・バリ島にある、Locavore NXTだ。

「島で採れる食材以外、なぜ使うの?」レストラン業界の既成概念をこわす、ウブドのレストラン

Locavoreとして構えていた店をリニューアルし、2023年末にLocavore NXT(ロカヴォア・ネクスト)をオープン。バリ島中央部のウブド地域で、異なるコンセプトを掲げるグループ4店舗の中の中心的存在だ。

今回編集部は、彼らが食材のルーツを伝えるために行っている、野生植物の採取・フォレジングに同行。その体験を経て行なった、共同創設者のイルケ氏への取材や、同じく共同創設者のレイ氏に案内いただいたレストランの様子をお届けする。

話者プロフィール:Eelke Plasmeijer(イルケ・プラスマイヤー)

14歳にしてオランダの村にあるレストランでキャリアをスタート。星付きのレストランなどで修行し、ジャカルタのレストランでヘッドシェフに就任。そこでスーシェフとして働いていたレイと意気投合し、バリ島に移住。11年前にLocavoreを開業して以来、数々の受賞歴を誇るレストランやバーを手掛けた。いずれも「地元産食材のみ」のメニューで、インドネシアの生物多様性を創造的に活用。2023年後半、LocavoreはLocavore NXTへと成長。

バリ島・ブアハンの山間で、フォレジングへ

観光客で賑わうウブドを出発し、モーターバイクで風を切ること、およそ1時間。少しじっとりと、肌にまとわりつくような暑い空気が、山に近づくほど爽やかになり、手入れの行き届いた美しい田んぼが点在する山間地域に到着した。

ここは、バリ島・ウブドから少し北に進んだブアハンという地域。Locavoreに食材を供給しているアグン氏が管理する、ジャングルに囲まれた農園がある場所だ。ここを案内してくれるのは、Locavore NXTのメンバーである、カシダ氏。みんなからはボスという愛称で親しまれている。それでは二人に付いて、農園の中に入っていこう。

モーターバイクを降りて歩き始めると、すぐに二人がしゃがみ込み、何かを掘り出し始めた。細長い笹のような葉の下から顔を出したのは、小さく赤い玉ねぎのような見た目をした、シャロット。地元ではピクルスなどに使われることが多いという。

ボスはそれをすぐ下を流れる水路ですすぎ、小さく割って手渡してくれた。野生で、今その場で採った食材をそのまま口にすることに一瞬戸惑ったが、シャキシャキと口にするボスを見て、筆者も小さくかじってみる。生の玉ねぎの辛さを想像していたが、それほど強い辛さはない。

シャロットを発見。カマを使って掘り出していく|筆者撮影

水路で洗われた採れたてのシャロット|筆者撮影

一同が感想を言いながら、さらに農園の先を行く。農園と言っても、畝があるような田畑ではなく、自生する植物や、その間に植えられた木々が作物で、そこから少しお裾分けしてもらうような採集だ。

コーヒー豆に白胡椒、パッションフルーツ、ココナッツ、そしてこれまで口にしたことのなかった多くの草花……ただ草木が入り混じるジャングルに見えていたが、一つひとつを知り、食べてみることで、個性豊かな植物たちが共存する賑やかな空間に見えてきた。

こうしたバリ島各地の農家から、Locavore NXTにさまざまな食材が届けられる。その一つひとつの食材について、どんな場所で、どんな人が生産したのかを知っている──これが、地域のありのままの姿を守る基盤であるのかもしれない。

土地原生の食材を使用する「ハイパーローカル」の実現

創業当初からすべてインドネシア産の食材を使用し、テーマの一つに「ハイパーローカル」を掲げているLocavore NXT。特定のメニューのために食材を集めるのではなく、まずは地元の食材、特に土地に根付く原生種を学び、そこから調理方法を模索しているのだ。

とはいえ、最初はあえてバリ島の食材のみに絞ることについて懐疑的な声もあったと、イルケ氏は語る。

「インドネシア出身のLocavoreスタッフに対して、『彼らの両親や祖父母が食生活に取り入れていたような食材を使いたい』と伝えました。しかし、スタッフの多くは『自分たちが家で食べるような食材を、お金を払って食べたい人はいない』と思っていたので、まずは彼らのマインドセットを変える必要がありました。本質的にローカルであるには、より深く知っている皆の助けが必要だと伝えることで、徐々に賛同してくれるようになり、シダ類や大きなパッションフルーツなどをレストランに持ってきてくれるようになったのです。

また多くの農家にとって、伝統的な食材を栽培することは高リスクでもありました。彼らは以前、フェンネルやビートルートなど一般的な市場ニーズがあるものを栽培していたので、『Locavoreのために栽培して、もし買ってくれなかったらどうするんだ?』と思っていたのです。私たちが買わなければ、他には誰もこの食材を買わないですから」

アグン氏の農園にあるコーヒーの木。インドネシアはコーヒーの生産も盛ん|筆者撮影

チャヨテ(Chayote)という野菜。バリではジェパン(Jepang)、日本ではハヤトウリと呼ばれる|筆者撮影

Locavoreのチームは、自身が本気であること、そして急に契約を打ち切るなどはしないことを数年かけて伝え、理解を得てきたという。その結果、現在では50以上の農家と契約を結んでおり、Locavoreの専属契約を望む農家も少なくない。

かつて自らの生活のために生産していた農家も、島内の市場経済化が進む中で、需要に合わせて農作物を変化させてきた。しかし、それは単に作る食材が変わるだけではなく、地域の風景や食文化をも変えてしまうリスクがある。一方で、地域原生の食材を重視するLocavore NXTの方針は、市場に左右されず地域を守る手立ての一つにもなるはずだ。

自然を単純な“ブランディング”にしない仕組みづくり

Locavore NXTが今期掲げるテーマは、Nature’s Compass(自然の羅針盤)。自然の恵みや季節の変化がレシピの基盤だ。これを名ばかりのブランディングにとどめず、実際に日々のオペレーションの中に自然の流れに触れる機会を作ろうとしているのが、ボスのような農家訪問であり、フォレジングというプロセスだという。

そしてもう一つの工夫が「フード・フォレスト」。レストランの屋上で250種以上の植物を育て、スタッフ全員がフォレジングに行くことはできなくても、身近な場所で季節の変化を感じとり、メニューに反映していくことを目指すそうだ。

「LocavoreからLocavore NXTに移ったとき、もっと栽培施設を増やしたいと思い、フード・フォレストを作りました。屋上に行くと『もうすぐマンゴスチンの季節だな』などと自然の移ろいを感じ、次に使うべき食材を知ることができるので『カレンダーの森』とも呼んでいます。

でも、何年もかけて関係を築いてきた農家や漁師、フォレジングの仲間との契約を打ち切りたくはありません。私たちは自給自足を目指しているわけではなく、農家との協働を続けたいのです」

メニューのインスピレーションであり、スタッフがキッチンを離れて一休みするための場所でもあるというフード・フォレスト。現在も種類は増え続けている|筆者撮影

さらに、自然との繋がりを思い起こす体験はゲストにも提供される。レストランに到着するとまずバーに入り、ゲストは食事の前に、ヘッドフォンを着用してフォレジングを擬似体験をするのだ。森や川、鳥の鳴き声に耳を傾けながら「命をいただく」ということに想いを馳せる。

まもなくすると、スタッフの案内で地下へ。その先には、Locavore NXTが力を注ぐキノコの栽培・研究のラボや、食材のデータが細やかに示されたデジタルボードが掲示された空間が広がる。ここでも、またフォレジングの体験ができる。透明の箱に入った盆栽のような作品に、ひっそりと一品が隠されているのだ。

食事の前にも自然を感じるための仕掛け。本当にフォレジングをしているかのよう|筆者撮影

地下に入ると少し暗い空間が広がる|筆者撮影

よく見ると、箱の中に一つ料理が隠れている。フォレジングの擬似体験ができる仕組み|筆者撮影

地下を抜けて、メインエリアに入る。一つひとつ説明を聞きながら、今朝のフォレジングが脳裏に浮かぶ。

「この花は少し酸味があるんだな」「この葉は噛むうちにフレッシュさが増してくるはず」と思い出しながら、食材のルーツに触れてから味わう料理は、これまでよりも豊かな食体験だった。

テンペとサツマイモ、マランリンゴ|筆者撮影

レストラン中央にあるキッチン|筆者撮影

ごみ回収の仕組みがない地域で、循環をつくる

食事の途中、ゲストはレストランの施設をめぐるツアーに案内される。普段見ることのできない、R&Dチームや発酵ラボなど、レストランの裏側を覗くことができるのだ。

このツアーで「ぜひ見たい」とお願いしていたのが、ごみ分別の現場だ。Locavore NXTでは、有機廃棄物は厨房で4種類に分別し、その他のごみは裏手にある独自のウェイストセンターで35種類以上に分別している。

有機廃棄物の一部は、ブラックソルジャーフライ(BSF)という仕組みによって循環させている。ブラックソルジャーフライというハエの一種の幼虫が生ごみを餌にして成長し、養分を蓄えた幼虫がニワトリの餌となり、卵の質も向上するという。現在は養鶏農家と連携しているが、真の循環を実現するために、2025年下旬には同社内部でBSFシステムを持つことを目指している。

今回は共同創設者のRay氏が案内をしてくれた。これは発酵ラボでの一枚|筆者撮影

Locavore NXTのウェイストセンター|筆者撮影

ただし、こうした取り組みはコストがかかり、当初は優先事項ではなかった。それでも変化に踏み出した背景についてイルケ氏は「問題の一部よりも、解決の一部になりたかった」として、取材でこう語った。

「バリは明らかに、至るところで大きな問題を抱えています。どこを歩いても、自然の中にいても、周りを見渡すとプラスチックだらけなんです。そして、そのほとんどが埋め立てられます。だから目をそらすわけにはいきませんでした。

しかし問題は、政府が管理するごみ回収システムがないこと。そこで、リサイクルにおいてはecoBaliという会社と連携しています。通常ecoBaliに費用を支払ってリサイクルを依頼するのですが、より細かく分別すると、その分収入を得ることができます。1週間あたり20ユーロ(約3,200円)ほどですが、それでも、チームにとって『丁寧に分別をすれば、コストではなく収入になるんだ』と実感できることはとても重要だと思います」

こうした工夫により、Locavore NXTでは開業から1年ほどでレストランのごみのうち98.2%をコンポストやリサイクル、BSFによって処理し、埋め立てごみは全体の1.8%にまで削減することに成功。これにはイルケ氏も驚いたそう。

「5%か10%ぐらい削減できたら良い方じゃないかと思っていたんですが、ここまで達成できました。それほど大変なことではなく、誰でも実現可能なことなのだと思います」

食事の途中でごみの話題が登場することに、少し驚く人もいるかもしれない。しかし同氏はむしろ、将来ウェイストセンターで食事を提供することも視野に入れている。すでに一度トライしたことがあり、様々な反応があり、実現の手応えもあったそうだ。

ごみが社会課題になるバリ島で、レストランでの食事体験が、そのネガティブな印象を捉え直すきっかけとなる未来も近いかもしれない。そんな心地で席に戻り、再び食事が続いた。Locavore NXTの豊かなチームにも触れたことで、今度は「誰がどのようにメニューに貢献しているか」を知り、一層目の前の料理に食材だけでない表情が加わったように感じられた。

取材後記

今一度、ブアハンでのフォレジングに戻ってみよう。この風景が、市場やレストランに合わせて姿形を変えてしまったら、どうだろうか。

筆者撮影

Locavore NXTは、「MORE THAN A RESTAURANT. A LOCALISED REBELLION.(レストランの域を越える、地域型の革命)」というスローガンを掲げる。その言葉通り、この場所は地域のエコシステムの一部となりつつあるだろう。

大きな市場に左右されず、伝統的な食文化や自然環境、風景と暮らしを守れる地域になる──その支えとして、ローカルに根ざした継続的な市場を生み出すことは、レストランの役割の一つかもしれない。

【参照サイト】Locavore NXT
【参照サイト】ecoBali
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