アニマルウェルフェアへの対話を始める場に。飼育現場を見せる“開かれた”鶏舎「Unshelled」

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オムレツや卵焼き、親子丼──日本に暮らす多くの人にとって、卵は日常に欠かせない食材だろう。国際鶏卵委員会(IEC)の発表によると、日本人1人当たりの年間鶏卵消費量は2023年で320個、世界第4位と、他国と比べてもその消費量は多い(※1)

しかし、その生産方法にどのような種類があり、それぞれにどんなメリット・デメリットがあるのかはあまり知られていない。例えば日本では、9割以上の採卵鶏がケージで飼育されている。国内の需要に応えられる高い生産効率と、衛生面や労働環境面でも優れていることなどが主な理由だ。

一方でこの方法には、狭いケージの中で自然な行動が制限されてしまうなど、動物の心身の健康面から見ると課題もある。こうした課題感に対し、動物たちが本来もっている行動をできるだけ自然に発揮できるような環境を整えることで畜産動物の心身の健やかさを守ることを目指すのが、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という概念だ。

1960年代に問題提起がされた欧州では法整備や市民意識の醸成が進み、近年では企業に対するESG投資の要件として組み込まれる流れも始まっている。一方で、日本ではまだ言葉の認知度が低く、企業の対応や市民教育で大きく遅れをとっている。

そんななか、“飼育現場を見せる鶏舎”で養鶏を身近に感じてもらい、養鶏を人間と動物の両者にとってより良いものにするための議論や研究を促そうとしているのが、動物福祉モデル鶏舎・Unshelled(アンシェルド)である。2025年4月に東京農工大学のキャンパス内にオープンしたばかりだ。

鶏舎設立の中心となったのは、東京農工大学教授の新村毅(しんむら・つよし)先生。さらに、新村先生と共に鶏舎での教育コンテンツの開発に携わるのが、サステナビリティ領域のコンサルティング事業等を手がけるLively合同会社だ。

「“shell(殻)”に覆われていない、開かれた鶏舎にしたい」という想いで作られたUnshelled。全ての人に開かれたこの場所で、何を行い、どんな未来を作っていこうとしているのか。東京農工大学 農学部 生物生産学科・新村毅先生、Lively合同会社COO・田邊築(たなべ・きずく)さん、同社のCo-CEO・三浦友見(みうら・ともみ)さんに聞いた。

三浦友見さん、新村毅教授、田邊築さん

(左から)三浦友見さん、新村毅教授、田邊築さん / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

クローズドな畜産業をオープンに。4種類の飼育方法が見られる鶏舎

鶏舎と聞くと、大量のケージが詰め込まれた工場のような建物をイメージするかもしれない。しかし、Unshelledの鶏舎はそんな予想を裏切る、まるで一戸建て住宅のような建物だ。

鶏舎の外観

Unshelledの外観。畑やビニールハウスが並ぶ東京農工大学の屋外の敷地内に建つ。 / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

住宅と異なるのは、正面入口を挟むように両脇に造られた半屋外スペース。金属網のみで覆われたこのスペースは、鶏たちを飼育している反対側の部屋と繋がっており、天気が良い昼間は壁下部の小さな扉から鶏たちを出す予定なのだという。

また、正面入口を入ると研修や講義を行うことができる多目的スペースがある。両脇の大窓からは半屋外スペースがよく見えるため、来訪者は鶏を間近で観察できる。

鶏舎の中から外を見た時の風景

多目的スペースから見える半屋外スペース。外からの光が差し込み、昼間はとても明るい。 / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

Unshelledの最大の特徴は、このひとつの建物の中で、現在世界で主に行われている採卵鶏の4種類の飼育方法を全て見比べられることだ(※)

1つ目は、金属製のケージに複数羽の鶏を収容する「バタリーケージ飼育」。生産効率が良いため現在日本で最も主流であり、衛生面にも優れている。そのバタリーケージを改良し、鶏が自然な行動を取れるよう止まり木や巣箱・砂浴び場などを設置したのが2つ目の「エンリッチドケージ飼育」。

3つ目が「平飼い」、そして4つ目が「エイビアリー」。いずれもケージを使わずに鶏舎で鶏が自由に歩き回れる飼育方法で、アニマルウェルフェアを高度に達成できる飼育方法だ。平飼いは平屋のように1階建ての構造。一方、エイビアリーは4階建ての一軒家の構造をしており、上り下りの動きを行う鶏の行動特性に合わせ、スペース内に高さの異なる多段式のフロアが設けられている。アニマルウェルフェアと生産効率をある程度両立できる新たな選択肢として、新村先生はこの飼育方法に期待を寄せる。

※ 屋内と屋外を自由に行き来できる「放牧飼育」は含まない。

平飼いスペースの様子

平飼いスペースの様子。このエリアの鶏たちは人懐っこく、近づくとすぐに寄ってくる。 / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

エイビアリーの飼育スペースの様子

エイビアリーの飼育スペースの様子 / Image via Unshelled

新村先生がこうした鶏舎を作ろうと考えたのは、日本でアニマルウェルフェアを推進しようとした際、そもそも一般の人々がアクセスできる情報が限られているという課題意識があったからだという。

新村先生「アニマルウェルフェアの観点では課題があるとされる飼育方法をあえて公開することには葛藤もありましたが、今の日本の状況を考えると、まずは様々な飼育方法を実際に見せることに意義があると考え、実装に踏み切りました」

さらに、実際に推進するときには、それぞれの飼育方法のメリット・デメリットをきちんと認識したうえで、経済的な観点も踏まえた現実的な落とし所を見つけていく必要がある。これが、バタリーケージ飼育が主流の日本で、あえて4種類の飼育方法を見せるという選択をした理由だ。

新村先生「平飼いは動物が受けるストレスという観点から見ると最も少ないのですが、鶏が接触しやすいため、ケージでの飼育に比べて鳥インフルエンザの感染が短期間で爆発的に広がる可能性があります。そうなると全ての鶏を殺処分しなければならなくなり、養鶏農家は深刻な打撃を受けることになります。また、放牧飼育では全体の10%程度の鶏が野生動物に捕食されてしまいます。

このように、一見良さそうな飼育方法にも様々な課題があります。ですから、こうした事実を知ったうえで現状をどう改善していくかを包括的に議論していく必要があると考えたのです」

新村先生

新村毅教授 / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

答えがないからこそ、開かれた対話の場を作りたい

畜産には牛舎や豚舎など様々な現場があるが、中でも鶏舎は衛生管理が特に厳しく、管理者以外の立ち入りが制限されていることが多い。そのため、現場は外部から見えにくく、情報も広がりにくい閉鎖的な環境になりがちだ。

学生時代に畜産分野の研究に携わり、こうした壁を身をもって感じてきたLivelyの田邊さんは、「クローズドな現場を開きたい」という新村先生の想いに深く共感したという。

田邊さん「飼育現場が見えないことで生産現場と消費者の距離はどうしても遠くなってしまっていますし、そうすると正しい知識は伝わりにくくなります。結果的に、消費者の合理的な判断として安いケージ飼育の卵を選んでしまうのも、当然だと思っています」

田邊さん

田邊築さん / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

まずは見て、感じてもらう。そんなUnshelledでしかできない体験を軸に、具体的な教育コンテンツの開発を担っていくのがLivelyの役割だ。すでに何度か学校や企業研修を受け入れており、今後は食品関連企業や近隣の学校、アニマルウェルフェアを研究する学生など、幅広い層に広げていく予定だという。

三浦さん「Unshelledでは、こちらが“正解”を押し付けるのではなく、訪れた方が感じたことを共有できるような対話の場を作っていきたいと考えています。

アニマルウェルフェアと一言で言っても、畜産を生産性や経済性の観点から捉えている方もいれば、そもそも動物を食べること自体の是非について問いかけるような方もいます。このように様々な立場の人がいること自体は、とても良いことだと思います。問題は、異なる立場の人たちが対話をする機会が少なく、対立や分断が起こってしまっていることではないでしょうか。

(左から)新村先生、三浦さん、田邊さん

三浦友見さん / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

サステナビリティ全般に言えますが、アニマルウェルフェアは一つの答えが出るような簡単なテーマではありません。だからこそ、まずは“問い”を持つことが大事だと思いますし、そのためにUnshelledでは、多角的な視点から考えるための材料や場を提供したいと思っています」

アニマルウェルフェアと経済性を、どのように両立するか

まずは現状を知り、議論を始めることから。数年前に脱炭素やサーキュラーエコノミーといった分野に対して取られていたアクションが、アニマルウェルフェアの分野ではUnshelledを起点に始まろうとしている。

しかし、その先の実践フェーズで直面するのが、経済合理性の壁だ。アニマルウェルフェアに配慮した飼育方法を行おうとすると、現状では人件費や設備投資といったコストが従来より大きく、卵の価格を大きく押し上げてしまう。企業がどんなに良い製品を作りたいと思っても、最終的には消費者に選ばれなければビジネスの持続可能性を担保できない。そうなると、アニマルウェルフェアの推進も頭打ちになってしまうのだ。

Unshelledのもうひとつの目的は、こうした一筋縄ではいかない課題に対する具体的な解決策を、研究を通して模索していくことだ。

新村先生「現在では、アニマルウェルフェアに配慮した製品の価格が既存製品の2倍近になる場合もあります。しかし、仮にそれが1.1〜3倍だったら、購入してくれる人はぐっと増えるかもしれません。

ですから、技術革新によって既存製品との価格差をできるだけ縮め、アニマルウェルフェアを大事にしながら生産量もある程度確保できるような仕組みを作っていくことが必要だと考えています」

鶏

Unshelledでは、循環型の鶏舎運営も行っていくという。敷地内で育てた植物の残渣を餌に鶏舎に隣接する昆虫工場で昆虫を育て、その昆虫の粉末を鶏の餌にし、鶏糞は堆肥として畑で利用するといった、大学ならではの仕組みを構築する予定だ。 / Photo by Kanta Nakamura (Newcolor inc)

新村先生がその具体例として挙げるのが、動物工学の知見を活用して生産効率を上げるという方法である。動物工学とは、動物の生理や行動を科学的に理解し、畜産動物の飼育や繁殖を効率よく、安全かつ快適に行うための技術や知識を研究・応用する学問分野のこと。

たとえば、平飼いは鶏にとってストレスが少ない飼育方法である一方、卵を産む場所が分散するため、それを集めるための人件費が余分にかかってしまう。しかし、鶏の行動特性を分析して特定の場所で卵を産むような環境を整えることができれば、平飼いのままでも作業を効率化し、コストを大幅に削減できる。

他にも、鳴き声による鶏の母子間コミュニケーションをロボットや音声で再現することで雛鳥のストレス緩和に役立てるなど、東京農工大学の工学系の研究室とも連携して独自の研究を進めているという。

新村先生「日本ではまだ根付いていない動物工学の視点をUnshelledで積極的に取り入れることで、この分野の発展にも貢献していきたいと思っています」

産めるのは、1日1個。命のありがたさを思い出すために

こうした研究が進むことで、現在輸入に頼っているエイビアリーのような飼育設備の国産化も視野に入ってくる可能性がある。そうなれば、養鶏農家にとっても無理なく、消費者にとっても受け入れられる価格で「アニマルウェルフェアに配慮した卵」が手に入る日が、一層近づくかもしれない。

しかしここで、もうひとつの問いが生まれる。そもそも、今私たちが消費している卵の量は“適正”なのだろうか。

現在の卵の供給は、品種改良や飼育環境の工夫によって、鶏が高頻度で産卵するよう調整されてきた結果、成り立っている。食肉の生産と比べると小さいものの、卵も過剰な生産を行えば、環境にも少なからず負荷を与える。この点に関しては、どのように考えているのだろうか。

田邊さん「国や地域によっても差はありますが、特に日本のような地域では、現状の卵やお肉の消費量を畜産物でまかない続けるには、工業的畜産を一定程度存続せざるを得ないことも事実です。そんな中、今代替タンパク質(植物性のタンパク質など)といった選択肢が出てきたことは、畜産業にとって決してネガティブな話題ではないと思います。

一方で、ここで大事なのは、動物性タンパク質を食べるか・食べないかといった白黒思考ではなく、代替タンパク質を新たな食の多様性として楽しむような柔軟な姿勢ではないでしょうか。それによって畜産物の消費量が結果的に適正化され、アニマルウェルフェアの向上にも資するのであれば、それは意義のある変化だと思います」

需要に応えるために整備された現在の流通システムや小売のあり方にも、見直すべき課題がある。大量消費を前提とした体制では、過剰な在庫確保、規格外品の発生、賞味期限の短さといった理由から、廃棄が生じやすい。また、卵を無機質な“工業製品”のように扱うのではなく、一つひとつが鶏という生き物の命によって生み出された貴重な存在であることを伝えながら販売する工夫も必要だ。

三浦さん「そもそもニワトリが1日に1個程度しか卵を産まないという事実を考えれば、それ自体がとても貴重なことであるはずです。それなのに、私たちはいつの間にか、その価値を忘れてしまっているのではないでしょうか」

経済性との両立や流通システムの課題、畜産業に対する私たち一人ひとりの認識の持ち方──理想的な畜産業を実現するために、ほどかなければいけない結び目は多い。

だからこそ、まずは現状を知り、そのうえで対話をしながら、これからの畜産の未来を共に考えていく。そんな小さな積み重ねが、少しずつ、しかし確実に大きなシステムを動かしていくための原動力となるのではないだろうか。

Unshelledは、そんな対話を始めるのにぴったりの場所だ。立場や知識の有無は関係ない。少しでも気になった方は、ぜひ気軽に足を運んでみてほしい。

※1 主要国の1人当たり鶏卵消費量(個)
※2 日本のケージフリー飼育の鶏の割合は1.11%、ケージ飼育が98.89%(2023年調査結果)

【参照サイト】産学連携・アニマルウェルフェアの体験型教育プログラム(鶏舎)
【参照サイト】欧州のアニマルウェルフェアに係る養鶏産業の動向と種鶏の育種改良について
【参照サイト】アニマルウェルフェアの世界的動向とリアル

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