うだるような暑さの夏。首筋に汗がだらだらと流れるのを感じながら歩く帰り道。やっと家に帰れたと思ったら、玄関ドアを開けるなり、もわっと生暖かい空気が体を包む。エアコンのスイッチを入れ、なかなか冷えない部屋のなかで「今年はずいぶん電力を使ってしまったな」と溜め息をついた──こんな夏の1日を体験した人は少なくないだろう。
事実、建物を冷やすためのエネルギー消費は世界的に増加傾向にある。国際エネルギー機関(IEA)によると、現状の対策のままでは、冷房による電力需要が現在の3倍になると予測されているという(※1)。
そんななか、シンガポールのナンヤン工科大学の研究チームは、地元のデザイン企業「bioSEA」と協力し、「電気を使わずに」建物を冷やせる画期的な建築用タイルを開発した。
このタイルは、キノコの根のような「マイセリウム(菌糸体)」と、竹の削りかすやオート麦などの自然素材を組み合わせて作られる。材料を型に入れ、暗い場所で3〜4週間育てた後、ゆっくり乾かすことで、軽くて通気性のあるタイルが完成する。

Photo by NTU Singapore

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このタイルの特徴は、ゾウの皮膚をヒントにしたでこぼことした表面の形にある。ゾウは汗をかかない代わりに、しわの多い皮膚で水をためて体を冷やしている。同じように、このタイルも表面のでこぼこによって水を保持し、蒸発による冷却効果を高める仕組みになっているのだ。
でこぼこの面は、平らなタイルに比べて25%も冷却が速く、温まりにくさも2%上回っていた。さらに、雨を再現した実験では、冷却効果が70%も高まったという。
マイセリウムの成長に時間がかかるため、量産が難しいのがネックだが、研究チームは現在、この技術を実際の建物で使えるように、スタートアップ企業「Mykílio」とともに準備を進めている。

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IDEAS FOR GOODでは、これまでにも電力を使わず「塗料」で建物の温度を調節するアイデアや、古代の技術を活用して建物を冷却する建築技術などを紹介してきた。
建築分野は、世界のエネルギー関連CO2排出量の約37%を占めるという(※2)。だからこそ、こうしたアイデアは環境負荷を減らすきっかけの一つとなっていくだろう。
電力に頼らない冷却技術が普及したら……夏の帰宅時、玄関ドアを開けてもやっとした生暖かい空気に出迎えられるあの瞬間を迎えなくても良い日が来るのかもしれない。
※1 The Future of Cooling – Analysis – IEA
※2 Embodied Carbon – New Buildings Institute
【参照サイト】A ‘fungi tile’ with an elephant skin texture to cool buildings | NTU Singapore