サーキュラーエコノミーの協働においてカギとなるものは何か?──2025年10月に台湾で開催されたサーキュラーエコノミーの国際会議で会場に投げかけられたこの質問。回答が会場のスクリーンに映し出されると、ある回答が急激に増えていた。それは「お金」だった。
サーキュラーエコノミーを実装しようとする人ならば、きっとこの課題に直面したことがあるのではないだろうか。未使用・未加工の素材があまりにも安価で手に入る現代、手をかけて回収・修理されたモノはそれに見合った価値評価が得にくいのが現状だろう。
結局、素材や製造方法など関係なく「いかに安く売るか」と身を削るような競争に勝たないと、サーキュラーエコノミーは実現できないのだろうか。
この問いに新たな答えを見出そうとしているのが、オランダ発の非営利組織・Circle Economy(サークル・エコノミー)だ。2022年1月に『循環経済における財務会計』を、2025年7月に『循環性ギャップレポート:金融版』を公開し、サーキュラーエコノミー分野の投資傾向や、従来の会計システムにおいてサーキュラーエコノミーが不利になる構造的な課題を明らかにした。つまり、金融の仕組みを再設計することが、サーキュラーエコノミーを推進するためのカギとなりうるのだ。
冒頭の質問が登場した台湾での国際会議・Asia Pacific Circular Economy Roundtable & Hotspot 2025(以下、APCER)でも、サーキュラーエコノミーと金融をめぐる2つのセッションが行われた。両セッションに登壇した、Circle EconomyのMarvin氏のトークと個別取材の内容から、サーキュラーエコノミーと金融の関係を紐解いていく。
▼APCERで開催されたサーキュラーエコノミーと金融をめぐる2つのセッション
- Green Finance for a Vibrant Circular Economy:活気ある循環経済のためのグリーンファイナンス
世界中で循環型経済が勢いを増す中、金融はその決定的な推進力の一つとして浮上している。再生可能エネルギー分野ではグリーンファイナンスが成熟しているものの、循環型ビジネスは依然として資金調達に苦戦。本セッションでは、循環型イノベーションと産業変革を支援するために金融商品をどのように再設計できるかについて参加者と考察する。
- Circular Accounting & Value Measurement:循環型会計と価値測定
経済界がネットゼロとサステナビリティへの移行へと進める中、従来の会計システムは依然として直線的な思考に根ざしており、循環型ビジネスモデルによって創出される価値を十分に捉えることができていない。本セッションでは、このギャップを埋め、環境、社会、経済のパフォーマンスを総合的に反映する新たな枠組みを構築する方法を探る。
話者プロフィール:Marvin Nusseck(マーヴィン・ヌセック)
サーキュラーエコノミーと金融セクターの接点における専門家。Circle Economyの金融プログラムを主導し、Circularity Exchange Networkの創設者として、主要な国際金融機関間のサーキュラーエコノミー金融の連携を促進。サーキュラーエコノミーに関するオランダ金融セクターのワーキンググループ立ち上げを支援。同社初となる『Circularity Gap Report Finance』の発起者として、サーキュラーエコノミーを推進する世界の金融資本フローの定量化を先導。ISOサーキュラーエコノミー規格(ISO 59004)、EUの報告フレームワークCSRD E5、グローバル循環プロトコルなどに貢献。アムステルダム大学にて政治経済学の修士号取得。
サーキュラーエコノミーへの投資は増加。しかし分野に偏り
前述の『循環性ギャップレポート:金融版』は、Circle Economyとして初めて金融分野に特化して分析を行ったもの。2018〜2023年を対象にデータを収集し、サーキュラーエコノミー関連事業への投資総額を分析した。
「全体的に、循環型ビジネスへの投資は増えています。ただし、2021年のピーク後には世界的に少し減少していることも明らかです。このことから『循環型ビジネスは本当にビジネスとして成り立つのか』という疑問は依然として残っています。
では、なぜ2021年にピークがあったのか。原因を分析してみると、もちろん新型コロナなどの影響も考えられるものの、2020年に発表されたEUのサーキュラーエコノミーアクションプランに関連していることが分かってきました。これは政策立案が資本の流れに明確な影響を与えている証拠です」

Image via Circular Taiwan Network
政策によってお金の流れに変化が起きたことは前向きな発見だ。しかし同時に、今後EUのサーキュラーエコノミーアクションプランのような広域にわたる政策の動きが継続されなかったり、欧州の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)のように根本的に改訂されたりすれば、この動きが鈍るリスクは残るという。
「また、資本が必ずしも最も大きな影響力が見込まれる場所に流れているわけではありません。例えば交通分野には多くの資金が投入されていますが、資源効率や気候変動への影響においてこの分野はそれほど大きな効果がありません。
なぜこれほど多くのお金が交通分野に流れているのでしょうか?それは、車の修理やリースなど、比較的見つけやすい従来の循環型ビジネスモデルが多く存在するからです。一方、最も大きな影響力が期待できるのは建設です。実際には建築分野のほうが影響力がはるかに高いものの、今はこの分野に投入される資金が比較的少なくなっています」
さらに踏み込んで、サプライチェーンの段階別の投資傾向に着目すると、リサイクル・アップサイクル・廃棄物管理などの「リカバリー」段階と、PaaS・レンタル・シェアリング・修理などの「利用」段階に対する資金は充足しているものの、設計段階への投資は不足しているという(※)。
モノのライフサイクルを決定づけるはずの設計段階には、未だ十分な資金と時間をかけることができていない現状がうかがえる。分野もサプライチェーン上の工程も広く対象とするサーキュラーエコノミーだからこそ、資金の流入量に差が生じやすいのかもしれない。
それでも、まずはこうして投資の流れが可視化されたことが画期的な一歩である。これを起点に、国際社会が真に「資源を効率的に利用し環境負荷を下げる」という目標に対して足並みを揃えることができるかが問われているだろう。
※ The Circularity Gap Report Finance
長持ちするほど価値が下がる?リニア優位から循環優位の会計へ
金融におけるサーキュラーエコノミーや本質的な持続可能性の推進に向けて、投資と併せて重要となるのが、事業成果の評価に繋がる「会計システム」だ。Marvin氏は、リニア型のビジネスを前提とした従来の会計システムは、循環型ビジネスをネガティブに評価してしまう構造的な課題を指摘した。
オランダ発の自転車サブスクリプションサービス「Swapfiets」を例に見ていこう。
Swapfietsのビジネスモデルは、顧客が月額料金で自転車をレンタルできる「PaaS(Product as a Service)」だ。パンクやチェーンの故障に対する修理や、定期的なメンテナンスなどのサービスが月額料金に含まれている。このモデルでは、企業が自転車の所有権を持ち続けることで資本(自転車)を管理しやすくなり、すぐに廃棄せず修理や交換を繰り返して資源を長く使うことで事業の環境負荷を下げることに繋がる。

Image via Swapfiets
では、これが会計上ではどう評価されるのだろうか。
「評価の課題は、減価償却と非常に密接に関係しています。一般的に、資産は直線的に減価償却されるため、資産自体には使用価値があったとしても会計上の価値がほぼゼロに減少します。一方、Swapfietsは、自転車をメンテナンスして車体の価値を高く維持しています。
そのため通常の減価償却期間が終わっても、自転車の価値がゼロになることはないのです。むしろ、適切なメンテナンスを行うことで、価値は当初と同じになる可能性があります。しかし現在のリニア型の会計システムでは、会計上、修理費用などを帳簿に計上して資産価値に加えることができないため、その価値を証明することが難しいのです」
使用年数が同じであれば、使い古された自転車と、手入れされた自転車が同じ評価を受けてしまう。これが、現在の会計システムの構造的な壁だ。循環型のビジネスでは資産を長く使用し、再生部品や廃棄物も資源として利用するものの、特に自転車のように既存の大きな中古市場が存在しない商品の場合、その価値を評価することが難しい。
「Coalition Circular Accounting(循環会計連合)では、さまざまな出発点があることが分かりました。もちろん、生産コストに基づいて評価することもできます。また、中古市場が存在する場合は価値を計算したり、自転車のような低価値資産には通常用いられない、正味現在価値(※)を計算する会計手法を使用することもできるでしょう」
Marvin氏によれば、循環型ビジネスも前提とした価値評価に向けて模索が始まっている。本当の「価値」は何であるのか。未来に繋ぐべきビジネス評価の仕組みを、まさに今描き直さなくてはならない。
連合循環会計では、様々な出発点があることがわかりました。もちろん、生産コストに基づいて評価することもできます。また、中古市場が存在する場合は価値を計算したり、自転車のような低価値資産には通常用いられない正味現在価値を計算する会計手法を用いたりすることもできます。
※ 正味現在価値とは、投資で得られる将来の利益を現在の価値に換算し、そこから投資額を差し引いた指標。
ビジネスも金融も「作られたもの」。だからこそ変えられる
このようにサーキュラーエコノミーと金融について掛け合わせた議論は、日本およびアジアではそう多くない。台湾での会議を終えたMarvin氏の目には、台湾や日本、アジアのサーキュラーエコノミーはどう映ったのだろうか。
「これまでアジア開発銀行などとも仕事をしてきた中で、一般的にアジア、特に東南アジアでは、循環型の取り組みが多く存在するものの、それらが明確に『サーキュラーエコノミー』とは呼ばれていないと感じていました。これは、社会が『サーキュラーエコノミー』という言葉を使うことで、逆に既存の循環型の活動を除外してしまっている可能性もあるということ。これが、私のアジアのサーキュラーエコノミーに対する以前の印象でした」

Image via Circular Taiwan Network
「しかし、台湾に来て感じるのは、サーキュラーエコノミーの取り組みがかなり進んでいるということです。台湾そして多くの近隣諸国には、製造業が多く存在し、この業界がリサイクル素材の活用や材料のトレーサビリティを通じてサーキュラーエコノミーを非常に具体的なものにしています。
概念的な取り組みが多いヨーロッパと比べて、この具体性は新鮮に感じられました。もちろん製品のサービス化などのソリューションも重要ですが、多くの場合、それらは概念的なものやテスト段階であり、まだスケールアップしてビジネスの柱となるまでには至っていません。この点でも台湾の状況は非常に興味深いものでした」
台湾の製造業に見られるような「モノ」への具体的なアプローチは、日本の文化にも通ずるようだ。
「実は、私は以前日本の会社で働いていたので、日本の文化も少し理解しています。日本の文化には、素材やモノづくりに対する深い敬意があると感じています。例えば、日本の木工技術などには多くの時間が注がれ、大いに評価されています。文化の中に循環の本質的な要素が存在し、日本の伝統的な文化には確かにその考え方が根付いていると思います。ただ、それが「循環」という名前ではないだけです」
こうした文化に根付く循環を含めて、現代のビジネスとして正しく評価し、スケールさせていくには何が必要なのか。そのカギは、社会で共有される『価値』を映し出す会計の仕組みにあると、Marvin氏は語る。
「会計の議論の核心は常に、何をどのように評価するかという『価値』の問題です。金融セクターにおいて価値とは、常に投資の収益率。私が投入したものからより多くのお金を取り戻す可能性がどの程度あるか、私が投入したお金がそれを失うリスクはどの程度であるか……。こうした価値観の根本的な基盤に取り組まなければなりません」
しかし、ある「価値」に基づいて金融の仕組みそのものを変えることも容易ではない。環境コストを低減する循環型ビジネスを高く評価することは、これまで市場の外側に押し出されてきた社会や環境への負荷を、企業がコストとして内部化するということ。それが同時に、短期的な収益性を揺るがすものと捉えられ、結果として議論から距離を置く企業も少なくないだろう。

登壇後にも多くの質問を受けていたMarvin氏|Image via Circular Taiwan Network
「今は、そもそもビジネス界が環境コストをどう内部化するかに同意できていないのが現状です。もしくは、ただ問題を先送りしている状況です。もし一部の国だけが環境コストを負うなら、環境被害は他の国に押し付けられることになります。実際に今まさにそれが廃棄物の輸出、そして労働環境として表出しています。
これでは、基本的に自分たちの問題を外注していることになります。これらのコストを真に負担するためには、世界的な枠組みが必要です。しかし、現在の地政学的情勢では、それがすぐに実現するとは思えません。だからこそ、私たちが取れる第一歩として、環境・社会コストを定量化し、定期的な財務報告書で報告することで、環境への影響を明確にする必要があるのです」
循環型の会計システムを実現し、投資の流れを変えるには、時間を要する。その土台として、まずは循環型ビジネスと環境負荷がどう関連づけられるのかを数字で示していく。この一歩から、長い旅路が始まろうとしているのだ。
編集後記
「忘れてはいけないのは、お金そのものに、本質的な価値はないということ。お金の価値や企業は、命ある生き物ではなく、私たちが『作り出した』単なる仕組みに過ぎない」
取材中、Marvin氏のこの言葉に、はっとした。変化を起こすのに必要であるのは、お金そのものではない。貨幣経済においては、必要なモノや機会をお金を通じて得るしかないことが常であるが、そのお金というものの価値も、市場の評価として打ち出される数値も、私たち全員が「価値がない」と思えば一瞬にして崩れる。だからこそ、希望が残る。私たちが何を「価値」として行動し、どんな社会の仕組みやルールを作るか次第で、数多の解決策が見えてくるから。
ただし、「結局すべてを商品化し、金融化してしまうことはリスクを孕む」ともMarvin氏は指摘する。価値観によっては、破壊的な金融システムが実現してもおかしくはない。経済や金融が私たちの「想像」に支えられるならば、希望も破壊も隣り合わせなのかもしれない。
では、あなたにとって、今最も心に留めておきたい「価値」とは何だろうか。Marvin氏は、この問いに、穏やかにこう答えた。
「私にとって、人間関係、友人、大切な人たちと一緒に過ごし、思い出を分かち合うことが価値だと思っています。彼らがいなければ、何も楽しくないし、何も素敵に感じられないから。
そしてもう一つ。私は山で2年間暮らしていたほど、登山が本当に好きです。自然は私たちよりもずっと大きな存在で、その進化は私たちが理解できる時間軸をはるかに超えています。そんな自然から感じられる複雑さ、美しさ、静けさ、そして自然が自身に与えてくれる影響を大切にしたいと思っています」
こうして誰もが持っているであろう「価値」は、今、お金の仕組みに反映されているだろうか。今の経済で支持されているものは、私たちが心から価値を感じるものだろうか。このギャップを再接続することが、サーキュラーエコノミーに限らず、より本質的に社会に必要なものを経済的に永く支えていくための基盤となるはずだ。
【参照サイト】CGR Finance|Circle Economy
【参照サイト】The Circularity Gap Report Finance|Circle Economy
【参照サイト】Financial Accounting in the Circular Economy: Redefining Value, Impact and Risk to Accelerate the Circular Transition|Circle Economy
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