同じ家賃を払っていても、ある人は徒歩5分で新鮮な野菜が買えるスーパーに行ける一方で、別の人は最寄りのバス停まで15分歩き、さらに本数の少ないバスを待たなければならない。こうした住む場所による体験格差は、都市の華やかなイメージの裏側に隠された社会課題だ。
英国政府はこうした問題を解決する糸口を求め、2025年12月、イングランドとウェールズの全域を対象に、医療や教育、商業施設へのアクセスの良さを100メートル単位で可視化する「コネクティビティ・ツール」を公開した。これは単にアクセスの良い地域を見つけやすい地図ではなく、どの地域が「交通網の空白」になっているのかをデータで突きつける試みだ。
このツールの最大の特徴は、これまでの都市計画が重視してきた「移動そのものの速さ」ではなく、「目的地への到達のしやすさ」に焦点を当てている点にある。従来の都市開発は、道路を広げて車を速く走らせることに心血を注いできた。
しかし、このツールが示すのは、サービスを住民の近くに配置したり、既存の公共交通網を最適化したりすることで、車を持たない人でも豊かな生活を送れる「人間中心の都市設計」の可能性だ。徒歩や自転車、公共交通機関を使って、日常に必要な場所にどれだけスムーズに辿り着けるかをスコア化することで、これまで曖昧だった「便利な立地」という概念に、一つの基準が与えられた。
実際にロンドンで生活している筆者は、このツールの重要性が肌感覚で理解できる。地下鉄やバスが張り巡らされたロンドンでさえ、一歩中心部を離れれば、鉄道の駅から切り離された「交通の孤島」のようなエリアが点在している。郵便番号が一つ異なるだけで、通える学校の選択肢や、急病時に病院へ辿り着くまでの時間が決まってしまうのだ。
「コネクティビティ・ツール」により、データが可視化されることで、行政やデベロッパーは「どこに投資が足りないのか」を明確に把握できるようになり、市民は自分の街の改善を求めるための強力な根拠を手にすることになる。
さらに、政府は専門家向けだけでなく、一般市民が登録不要で利用できる「ライト版」も同時にリリース。これにより、人々が「接続性スコア」を調べ、その場所が本当に自分たちのライフスタイルに合っているかを客観的に判断できるようになった。

登録などしなくても、こちらのサイトから閲覧することができる。
英国運輸省が掲げるこの新しい指標は、住宅不足の解消や経済成長といった国家目標の達成を支えるだけでなく、都市のあり方を根本から変える力を持っていると言えるだろう。目的地を住民に近づけるという発想の転換は、自動車依存による環境負荷を減らすだけでなく、移動に制約のある高齢者や子ども、低所得層の人々が社会から取り残されないためのセーフティネットとなる。
データが描く未来の地図は、効率性だけを追い求める都市から、誰もが等しく機会を手にできる「公平な都市」への転換を促していけるだろうか。
【参照サイト】Mapping opportunity: new Connectivity Tool launches to place sustainable transport at the heart of jobs, schools and vital services
【参照サイト】Launching the Connectivity Tool
【参照サイト】DfT launches public version of Connectivity Tool
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